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まこりんのつれづれなる日々



2005年5月>   2005年6月   >2005年7月

2005.06.29

よくよく調べてみると、この狭い家に使いかけの消臭スプレーが7本も見つかって、ちょっと驚いているまこりんです。 お前は何を消したいんだ、一体。

みなさんは匂いに敏感ですか? この時期になると、雑踏は絶妙になんともいえない匂いで充満していやぁな気分になりますね。
繁華街の路地だとか、ターミナルの地下道とか、人の溜まるところ、 こう、何が原因と特定できないんだけれども、汗とか腐敗臭とか、食べ物の匂いとか、色んな匂いの成分がまじりって、独特のぐずぐずずるずるとした匂いがどこからともなくただよって、一体なんなんだ、これは、という。
とはいえ、アレはアレでそんなに気にならない人もいるようで、世の中広いです。 なんとなく、女性より男性のほうが匂いに対して鈍感な感じ、するなあ。ああいう臭いところで平気で突っ込んでいくよね、おっさんの方たちは。

わたしは汚いのはわりと平気なんだけれども、臭いのはダメ。もう、生理的に受けつけない。許せない。 だから無意識に買物の時に消臭スプレーをカゴに入れたりしちゃうんだろうけれども、じゃ、実際使うかというと、そんな使わないんだよね、 掃除と換気でだいたい臭気って吹っ飛んじゃうし。スプレー使う前に掃除すれば、という。 ファブリーズのCMみたいに、いちいちサカナ焼いたり、お肉焼いたりするたびに部屋じゅうにスプレーかけるほど偏執的にはなかなかなれません。



2005.06.28

まるで何事もなかったようにひっそりと最終回を迎えてしまった久米宏の「A」です。 最終回の「さ」の字もない最終回。収録後の最終回決定だったのかな。 って、うーーーん、まぁ「打ち切り仕方なし」という内容だったんだけれどもね。

バラエティーの久米宏の20年ぶりの復帰に私は一応初回をきちんと見届けたけれども、 キャストの人選といい、番組テーマといい、どうよ、という。 パソコンの前に必然性のよくわからないタレントが並んで、久米宏になんか必死に気を使っている、という。
しかも内容は「なるほどザ・ワールド」や「世界まるごとHOWマッチ」の縮小再生産みたい、という。別に、韓国や中国の人達の日常生活とか、そんな知りたくないしなぁ。 韓国とか中国とかお手軽な近場でロケばっかしてて新鮮味がないっつうか、まだ「なるほど」とかのほうが色んな秘境に訪れていて、面白かったような気がする……。 その後はなんか、「伊東家の食卓」方向の変な梃入れしたり、もう、なんつーか、打ち切りまっしぐら、という感じでなにもいえず。
この番組、久米宏自身の持ち込みの企画でレギュラーの面子の人選も彼が噛んでいるという話だったけれども本当なのかなぁ。 これが、本当だとしたら、久米さんちょっと終わっているよなぁー―と思わざるをえなかった。

久米宏の最大の武器って現場処理能力だと思うんだよなあ。 何が起こるかわからない生放送のシズル感を視聴者に届けるのに1番うまいのが、久米宏って司会者だ、と。
スタイルとして「受身」だとおもうんだよね。目の前に次々と現れる展開(それは新しいニュースだったり、ゲストの思わずの発言だったり)に対して、絶妙に付き合いながらどうでもよさげに受け流す。 流れにノッテいながらも「この人、結局なにもかもどうでもいいと思っているんじゃなかろか」というシニックな面がチラッと垣間見えるあたりが、非常にテレビそのものという感じで面白い人だ、と。

久米宏のとなりに黒柳徹子や横山やすしといった直情的で危なっかしい人を配置していたのも、そういう効果を狙って、と思ったりする。 ハイテンションで暴走する徹子にノリつつもを軽くいなす久米宏、という感じで。

それがなぜあらかじめ用意された特に新鮮味のないVTRをスタジオで見つつ、あやややぐっさんなどという自己抑制の強いタレントを周りに配置させ、しかも録画放送、なぁんて番組作るかなぁ。 久米宏は、となりにわけわからんことをうっかりいいそうな人を置いて、あとは生放送でてんやわんややってりゃ、バラエティー番組でも情報番組でも歌番組でもなんでもにいいんだからさぁ。 っていうか、そういう番組がみたいっす。
ニュースショーなんて20年近くもやったせいで、本人の気づかないところでお文化っぽくなっちゃていたのかなぁ。あぁ、残念残念。



2005.06.27

サイトのテキストアップに関する作業でぼーっとチャートデータを眺めていると……あれっ? 「オリコンチャートブックアルバム編」と「オリコン年鑑」で売上データが微妙に違う?

えー―っとですね。例えば、中山美穂の「Catch the nite」。オリコン年鑑だと34.9万、チャートブックアルバム編だと34.6万。 工藤静香の「静香」だと、年鑑が26.6万でチャートブックが26.0万。 どれもこれもよく調べて比べるに、80年代末から90年代初頭にかけて、数千枚程度チャートブックの方が枚数が少ない。

むむむむ。これは考察するに、あれだな、チャートブックは純粋に「総合チャートベスト100」にランクインした分の枚数だけ合算していて、 一方、「オリコン年鑑」は各チャートのベスト100の全ての枚数を弾き出している、その誤差なんじゃないかな。 例えば、この週はカセットデータのベスト100には入っているけれども総合データになると100位以下、そういった場合の数字を「チャートブック」は弾いていて、「年鑑」は含めている、と。 なもんだから、CDのみで一本化される以前の時代、まだカセットチャートが生きている90年代前半にはこういった誤差が出る、と。

てわけで、ひとまずうちのサイトはできるだけ「年鑑」であわせることにしました――ってあぁ面倒くさい作業。 資料がないものはチャートブックの数字ですが、知っているものがあったらそっと教えてくださいな。



2005.06.25

忍者システムの不安定は金曜の全面メンテでどうやら完全解消したみたいだけれども、今度は自分のパソコンが非常に不安定で困っている、そんなまこりんです。 の、呪われている。いきなりフリーズして電源落ちるってどういうこっちゃッッッ。

そういえば、「格付けしあう女たち」に安倍麻美が出ていて、ちょっと驚いた。 や、この番組のコーナーが数字いいのは知っているけれども、これって汚れの仕事や――ん。そ、それでいいわけ?アイドル歌手としての彼女はもう「ナシ」の方向なわけ?
ま、別にファンでもなんでもないんだけれども、展開の早さにちょっと焦った。しかもおおっぴらにヤンキー扱いだし。
二年前の今ごろは確か筒美京平+326の楽曲による大型新人アイドルって扱いだったような……。 ナベプロは昔っからそうだけれども、このへんの見極めがはやいよなぁ。



2005.06.22

ををををっ、ついにうちのサイトにも「Musical Baton」がきたどーーーっっ。

TSUKASAさんに「まこりんさんはこういうのは嫌いだよね」となぜか問答無用でスルーされたものの、 庄内拓明さんから頂いちゃいました。
とはいえ、takさんもトラバかけつつ「すんません。出来心ですんで。面倒なら無視してください。」と恐縮してらっしゃる。 オレ、自分のキャラ立て間違えちゃったのかなぁ。オレってそんなに殺伐として人を受け入れない感じ?

ともあれ、以下が質問と回答。



〇今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量:

はっきりきっぱり0。あ、歌の動画はちょっとあるかなあ、それでも420MBくらい。 なんにつけパソコンにデータをしまっておくのが不安なんですよ。大切なものはすぐ焼くし、そうでないモノはさっさとディレートしてしまう。

〇今聞いている曲:

久石譲の「WONDER CITY」。下の「思い入れのある楽曲」の質問に答えるために彼の『Pretender』ってアルバムを今かけている。

〇最後に買ったCD:

東京エスムジカ「月凪」
安室奈美恵「All For You」
鬼束ちひろ「育つ雑草」
小柳ゆき「Crystal Days」
茂木ミユキ「MIU」

中古待ちしていたのやら、うっかり買い逃していたのやら、安かったから試しで、などなどを一週間ほど前に中古で買ってみた。 東京エスムジカは往年のザバダックや新居昭乃を想起させる。アニメオタク方向へプロモーションを打てば手堅くファン獲得できると思われる。 ただ谷山浩子やエキセントリックオペラのような奥底の知れなさ、化け物っぽさというのはこの盤では感じられず、新譜を定価で買うかとなると微妙。 安室はバラードだな、と(――なんで避けていたんだけれどもね)、小柳は「まぁ、がんばれ」と、鬼束は「もうがんばらなくっていいから、ちょっと休め」と。 茂木ミユキはよく知らない人だが、悪くなかったです。自意識中庸系かな。100円分は確実に楽しみました。

〇よく聞く、または特別な思い入れのある5曲:

ていうか、5曲に絞れるくらいならこんなサイトやってませんってばっっ。

・「窓の外を誰かが歩いている」谷山浩子
世界中の誰も覚えていない約束、あの時逃がしたカナリア、ふり向かなかったよその子供、窓の向こうで誰かが歩いている……。生きるってことは色んな物を忘れ捨てていくことなんだなあ、と思った時にこの歌が響いた。近年の谷山浩子は「追憶のうた歌い」という感じで、とにかく泣ける。

・「Rain」大貫妙子
レクイエムなのだが、暖かく、希望が見える。不思議な歌。「夜明けに降る雨は暖かい」ということをこの歌で知った。

・「Ponta De Areia」エキセントリック・オペラ
これも、とにかく泣ける。イントロの時点でもう泣いている。ほとんどパブロフの犬状態。これも追憶の歌だなぁ。「今はただ追憶の海に漂うだけ……」

・「View of Silence」久石譲
高3の冬を思い出す。ピアノとストリングスの追いかけあうような展開が神。久石譲でこれ以上の曲を私は聞いたことがない。破滅の美学。空の高みから螺旋の形で落下していくような、そんな気分になる。

・「あの娘がくれたブルース」浅川マキ
なぜかふと口ずさんでしまう。愛唱歌。鼻歌でふらっと歌うとなんとも侘しく、いい気分になる。「影と二人でここまで来たが」の部分が好きだなぁ。

「時の流れ」とか「追憶」が詞のテーマで、弦楽が流麗なものをとりわけ愛おしいと思うみたいだな、わたしは。

〇お誘いする5人

っていうか、ネット友全然いないんですけれども(――そもそもリアル友もそんないないし)、こんなこといわれても果てしなく困るというか。 それに、ブログサイトもあんまり徘徊しないし。 TSUKASAさんと庄内拓明さんは、もう答えているしなぁ。R2さんはサイト閉めちゃったしなぁ。
……あ、そうだBILITISさんがいた。ということで、なんだったらびりさんどうぞ。

その他、「Musical Baton」に関わりたいけれども、トラバかけてくれる人がいないよぉ――っていう私みたいな方、いってくださるなりトラバかけるなりしていただければ、問答無用でバトンお渡ししますので、どうぞ。先着4名です。 って誰もいってこないような気がするな。



2005.06.21

いつもポケットにショパン、でなく無記名定額小為替なまこりんですが、なにか。 これでいつでも同人誌が通販できるね――ってまたやおらーにしかわからんことをいってしまった。
ってわけで、今日はやおいとか同人とか、その辺の話。

同人誌を中心に活動していた方が、商業誌で少しずつ書くようになり――いつしか、同人誌を出すペースと商業誌に掲載されるペースが逆転し、単行本などが上梓されて、 サイトの更新も少なくなり、いつのまにかサイトの掲示板も撤去され、動いている部分が日記だけになり、日記の内容も「いそがしいです」と「メールありがとうございます」と「今度の○○に何々を書きます」という話題が中心になり、 なぁんてなると、「売れてよかったねぇ。これからもがんばってねぇ」と思うと同時に、昔みたいに気軽にメールとか出したら迷惑だろうなぁ、と一抹の淋しさが湧き起こるのはなぜ?
これってつまりは、メジャーになると心が離れるビジュ系バンギャルの法則?
って、これもそのスジの人にしかわからない話題だってば。

ま、元々作家と読み手ってのは、本来は作品を媒介にして対峙するものなわけだから、ベつに問題なく、むしろよりその関係は純化したともいえるわけで、それはそれでいいんだけれども。 そこを押しのけて、身内まがいの馴れ馴れしさでせまるのもなんか違うし。
ともあれ、同人誌の愉しみってのは、そのへんがあんまり「本来の形」でないところ――作家と読者とが作品を挟んでさほど対峙した関係でないところが面白いわけであって、読者と作家が共犯関係になるような快感っつうのかなぁ、 それは幻想に過ぎないんだけれども、放課後に教室の隅に溜まってくだんなーーい話をしているような愉しみが同人にはあるわけで、それがもう、失われちゃったなぁ、という悲しみがあるのですね。 あの人は「同人誌」という教室から卒業しちゃったんだな、という。
とはいえ、一旦出ていっても忘れられずにその教室に出戻ってくる人、あるいは教室を行ったりきたりしている人、などなど、そういう人もいっぱいいるから、さほど悲しがる必要もないんだけれどもね。
ま、なんだ、つまりは、そんな作家さんのサイトを見て、ちょっとルルルな私がいたというそれだけの話なのだった。



2005.06.20

時代が保守的になってきたのか、なんだかちょっと生きにくいなあ、なんて近頃よく思う。

ネットで、モノ書きやら役者やらの不道徳や非常識、あるいは珍妙な行動をあげつらったような発言をみかけることが多い。
まぁ、確かに聞くだに、それは身近にそういう人はいて欲しくないなぁ、とか、うわあ、それって人としてどうよ、というちょっと引いてしまう行動だったりするわけだが、 その一方で、だがねぇ、と私はそんな批判にちょっと一言物申したくなる。

役者とかモノ書きなんてぇ――のは、やっぱり社会的な落伍者がなるものだとわたしは思うんですよ。 言葉悪いけれども、昔でいうところの、河原乞食っていうか、さ。 なんにもなれない半端モノが最後の最後の砦でなんかぐちゃぐちゃやっているよ、という、そういうモノだと思うし、そうであるべきだと思うんだよね。 社会的なヒエラルキーからはみ出たところにいるからこそ生のままの現実を手掴みできる、ああいう稼業ってのはそういうもんだと私は思うんですよね。

歌手なら歌が素晴らしければ、役者なら芝居が素晴らしければ、小説家なら小説が素晴らしければ、絵描きなら絵が素晴らしければ……。 痛くてもいいじゃん。犯罪起こしてもいいじゃん。だらしがないセックスしてもいいじゃん。性格破綻してもいいじゃん。 そう、ひそかに私は思っている――もちろんこれは、自分とその人とのつきあいが作品だけに過ぎないという前提で、であるが。

なわけで、作家の柳美里が「孕んだ子を堕ろすときに、自分が生きてると実感する」といって10回以上堕胎しても、 「30歳までには死にます、見ててください」と公言しても、小説という名で相手のプライバシーを侵害していることに気づかなくても、 自身のサイトで恋人相手に「精通はいつ?」とか「はじめてのセックスは?」とか「オナニーはどれくらいのペースでしてる?」などと、公開セクハラしても、 サイトの掲示板で訪問者のさりげない書きこみにいきなり「クソバカ」「サイテー」と罵っても、あまつさえ掲示板で自作自演したり、2ちゃんねるに降臨しても、 全て全て小説が素晴らしかったら、問題ないのである。ないのである。……

とはいえ「じゃあ彼女はどんな文章を書くの?」というと、こんな文章を書いているわけで、なんともフォローが難しい。

http://www.shinchosha.co.jp/shincho/200309/yu_miri.html


うーーーん、あれだな。いつのまにか日本じゃセックスとバイオレンスでドラッグ決めてブギーナイト、ってやっときゃ「純文学」ってことになったみたいですな。
純文学界における村上龍の功罪ってのは、おおきいなぁ……。

閑話休題。
ともあれ、私は歌の下手で踊れない、スタイルの悪い中森明菜はいらなし、歌の下手で曲の書けないCoccoもいらないし、文章の下手な栗本薫も太宰治も森茉莉も、やっぱりいらないなぁ。

なんつーのかな、美味いモノには美味いモノであるからこそのエグみっていうのがあるわけで、 そりゃ、赤ちゃん言葉でしゃべる明菜サマとか見ると「うわっっ」と思うし、Coccoの腕に何本も走りまくっているためらい傷はなるべく見ないようにするし、中井英夫の「狩人の兄の方がタイプだな」なんて話にゲゲッと思うけれども、そのエグみの向こうに、本当に美味いモノが待っているからこそ、 こちらとしてはそれを乗り越えようとするわけですよ。

それをなに履き違えたのか、「エグイ=美味い」と勘違いする人がなかにいるわけで、これはさきほどの例とは大きく違って、はっきりいえば、ただのイカモノ食いだと私は思うんですよね。 イカモノとなられちゃうとこちらとしては「イタイ人を愉しむ酔狂はこちらとしてはないんだけれどもなぁ」と思わずつぶやかずにはいられないわけで……。 確かにそういう「イタイ系」の作家なり歌手ってのは、自己投影する似たもの同士のファンが根っこで支えている、という事実はあるわけだけれども、 うーーーん。そこんところ、どうよ、と。これはこれで非常に困ってしまう。

ま、結局、無茶してもメンヘルでも人間の屑でも何でもいいけれども、作品がオモシロなかったらそれまでだよね、というだけで、 モノ作りは倫理観とかそういうことはどうでもいい、面白いか面白くないかで、作り手もそこんところをしっかと受けとめて欲しいし、 受け手も余計なこというな、といいたい私なのであった。



2005.06.19

エキセントリック・オペラ時代から書上奈朋子さんの音作りにはやられっぱなしな小生ですが、 もうね、個人名義の作品っていうのは特に壮絶で、「psalm 詩篇」このアルバムは凄すぎる。 先日もじっくり聞いていて、もうね、またまたやられましたね。

身を削って作っているというか、これ以上突き進むともう狂ってしまうんではないか、というぎりぎりのところで作っているような感じがあって、 もうたまりませんね。 生きているのに、彼岸の世界にいっちゃったよ、というか。一瞬、こう、見えるね、向こう岸の世界が、ヤベぇ、ところ来ちまっていたよ、五色の霞の向こうで誰かが手を振っているよ、という。 こんなもの聞いちゃって、ほんと自分、どうするよってなもんですよ。
表現者として自分のすべて叩きつけていて、それでいて透徹としていて狂おしいほどに美しく、だからこそ悲しく、孤高の境地のひとこと。
聞いていると、あぁ、表現せんとする人ってなんて悲しい人なのかなぁ、と、 表現せずにはいられない者の業に深く感じ入るわけですよ、わたしは。 なんて不幸で幸福な人たちなのだろう、と。

折にふれて絶賛している書上サマですが、こんなに凄いのにあんまり知れ渡っていないんだから、世の中不思議なものですねぇ。 もうね、日本のあらゆる作曲・編曲家は書上奈朋子にもっと嫉妬するといいよ、てなもんなのですが、 一般的にはあまり知られず、google先生にこの盤の感想を尋ねてもあまり数が見つからず、うーーーん。

もっともっと書上サマのファンは、もっともっと書上サマをお神輿かついでわっしょいわっしょいするといいとぼかぁ思うよ。 だってぇーーー、マジすごいわけじゃん。 書上サマは日本文化の至宝といっても過言でないわけじゃん。 って、そこまでいったら言い過ぎか。

ともあれ、一部のディープな人にだけ書上奈朋子の音楽が愛されるってのは、ちょっと贅沢過ぎると思っちゃうなぁ。 てわけで、ことあるごとに書上さんをとりあげてしまうのであった。みんな聞け聞け。



2005.06.18

貴乃花親方の暴走ぶりにゴシップジャーナリズムが盛り上がりを見せる今日この頃、みなさんお元気ですか。
80年代のマッチみたいなパーマといい、やっぱり昔と変わらん瞳孔開きっぱの表情といい、およそ尊敬・謙譲というものを無視した素晴らしい敬語といい、 その癖ワイドショーに出演しまくり、ベらべらべら相手を貶めまくり、しまいには過去の若貴優勝決定戦は八百長だった?というニュアンスで話しだしたり、って一体どこへいくんだろうか、と他人事とながらもあまりにもキャッチが強すぎますよ、もう。

とはいえ、なあんか薄ら寒い感じがするんだよなぁ、このネタは。
それぞれの渦中の人物のキャラクターもともあれ、その中心である貴乃花のアダルト・チルドレン的傾性がちらちら垣間見えるところが妙に痛々しくってねぇ……。 結局この人は、今までの自分を培ってきた周囲に、今、玉砕覚悟で復讐しようとしてるんじゃないかなぁ、とわたしは思ったりするんだよね。
テレビで"わたしはわたしはわたしは"と拙い言葉で自分語りするのも、なんかもう必死でしょ、って感じで、 あぁ、この人わかってもらえる人が身近にいないんだろうなあ、と思わずにはいられないわけで。 こういう人はとにかく"そうだねそうだね"とただ頷いてひたすら話を聞く人が必要なんだけれど、景子夫人にそれは役不足なんだろうなあ、やっぱ。 それはもう、見るからにわかる。
それにしても、こういった幼児性を抱えこんだままトップに立ってしまう人間ってのはどのジャンルにも出てきて、そしてその後のトラブルも出てくるものだけれども、しっかしなあ、やっぱり周りはたまったものじゃないだろうなあ。



2005.06.17

見る前はとっても不安な南野陽子の「うたばん in スター誕生」だったけれども、や、問題なかったです。 ていうか、ナンノ、かわいいぞごるぁぁぁ。
過去のベストテン映像もたっぷしあったし、ナンノもセーラー服でサービスしたし、 歌衣装も花柄プリントのワンピースできちっと当時の「吐息でネット」の衣装にあわせていたし、 トークも石橋相手に「いい時だけのとんねるず」(――や、ナンノ、よくいったよ。みんなそう思っているけれども、嫌味なくズバッといえるのはあんたくらいよ)と相変わらずのぶっちゃけぶりで飛ばしまくっていたし、 ていうか、ナンノ、37歳にはまったくみえんかったよ。すんごい。 20年弱前の「スケバン刑事」のセーラー服のVTRと当日のセーラー服を来た南野陽子がまったくおんなじといったらさすがにちょーーっと無理があるけれども、見た目20代後半くらい?ってなもんで、や、もう、凄いッス。 色々と美貌を保つために当人もがんばっているんだろうけれども、松田さんのように人工的な感じもせず、一体なにやっているだろうと、率直に感心してしまった。 ―――って、まぁナンノが可愛かったのはいいとして、「吐息でネット」のセルフカバーはどうなんだろうか。



2005.06.16

結局、学生時代のポエムをあげてしまいました。
「詩人の魂」という新コーナーをつくってやっちまったわけですけれども、いんやぁーーー、はずかっすぃーーー。
なんか、こうね、なんで勝手に自分に罰ゲームしてんの?という。
――その昔うっかり「ポエムなんてサイトであげても誰も見ねぇ――よ」なんていっちゃった私だけれども、もうね、その言葉そのまんま、今の自分にお返しされちゃっているわけで、 こういう時自分の馬鹿さ加減に思わずあきれてしまうんですが、とはいえこれを編集作業している時、いつもと違う快感があったのをここに告白しちゃいますね、これまたうっかり。

昔の自分っていうのは、自分であって自分でないというか、痛いほどわかるがゆえにむず痒い部分やら、"はぁ?なにいってんのよ"な理解不能な部分とか、 "あ、なんかいえてる"なんて他人事な部分とか、こう、色んな自分のかつての断片がありまして、ひどいテキストであるということはわかってもなぜか捨てがたいわけで、 自分の息子の悪癖を見てしまった時のような(――て、別に子供いませんが)というか、居心地の悪さ全開なのに不思議と席を立てない親戚の集まりみたいなというか、そんな感じでして、 とにかく、もぅ、たまらんわけですよ。

それにしても、こうね、見直してみるに、当時の俺はどこへ行きたかったのか、と、 俺は銀色夏生になるっっっ、とでも思っていたのだろうか。タイムマシンに乗って自分を問いつめたいですわ。

ともあれ、誰が見るんだという感じのコーナーだけれども、まぁ、自分が愉しかったから、いいか。 ティーン特有の青臭さ、稚拙さ、生意気さ、ナルシシズムとセンチメンタリズムを愉しみたいというマニアックな方は見てくださいな。素人やおい小説の冠詞みたいのばっかで、非常に味わいぶかいです(笑)。めざせ「黄昏詞華館」というかんじ。



2005.06.15

※ 連絡

何度かお伝えしていると思いますが、大家の"忍者システム"のサーバー増強、移転の関係で 当サイトも非常にアクセスが不安定になっています。特にアクセスの多い深夜帯は接続が遅い、乃至できない(――何度かリロードすると接続できたりします)時もあると思いますが、 ゆっくり見守ってやってください。
(もし、本当に落ちたようであったら、はてなのダイアリーを見ていただけたらと思います)

あぁ、それにしても、今までこういったトラブルまったくないサーバーだったのになぁ……。以前のトクトクにようになったら嫌だなぁ……。ぶつぶつ。



「ぼくんち」(監督/阪本順治  主演/観月ありさ  原作/西原理恵子)

まったく期待しないでぼんやり見たのだが―――まぁ、普通にちょっと退屈な邦画?という感じ。 間の取り方とか、ロングショットの見せ方とか、シナリオに安易な人情モノ臭をたしてみたり、ラストのストーリーと無関係のフォークダンスのモブシーンがはいったり、などなどに"あぁなんかよくあるちょっと退屈な邦画を俺は見ているなぁ"という 気分になった。
まぁ60点くらい?と思って、原作をもう一度ぺらぺらめくると―――うーーむ。

なんつーか、アレだね。原作が名作過ぎると、色々と苦労するのはわかるし、 なるべく映画化やらなんやらと別の媒体化した時には、原作はなるべく忘れるのが正解だけども、 やっぱり見なおしちゃうと、こう、もにょるね。 これを素材に、どうしてこうなるかなぁ、と。

キャスティングといい、脚本といい、演技といい、どうしてこうなっちゃうのかなぁ、と。
子役は演技が吃驚するほど出来てないし、ていうかそもそも主演の観月が微妙だし、 ていうか、かあちゃんが鳳蘭ってないだろとか、こういちくんの真木蔵人はただのチンピラじゃんとか、 そもそも、ニ時間という枠の中で「猫婆」をあそこまでフューチャリングしたこと、 "ニ太は実はかの子の息子"という設定に無理変更したこと、一太を原作より思いっきり子供にしたこと、 このみっつは、どう解釈しても理解不能だし、などなど、あぁーー、いいたくないのにいってしまう。 間違い探しのようなことをいってしまう。

キャスティングは色んな都合があるからなんともいえないけれども、脚本はねぇ……。ニ時間でまとめるなら、かの子家の3人とこういち君だけで話を持っていって余計な人間はまったく出さないほうが、よほどすっきりして感動を誘う展開になったと思うなぁ。

ともあれ、原作を超えたあるいは原作にない魅力を出すのって、大変だよね。名作であればあるほど。 ま、つまりはこの映画は、見るならひとまず西原理恵子の「ぼくんち」を読んでよね、ということで。 原作はもうね、大名作ですから。



2005.06.13

先日は「ワーナー時代の明菜担当ディレクターの藤倉さんは、ユニバーサルに移った明菜の宣伝担当の任務についている」というガセビアを指弾したまこりんですが、 もういっこ、明菜関連のこれって"ガセ"なんじゃねぇのぉ?というをちょっと思い出したので、一筆。

"中森明菜の「Dreaming」(作詞 斉藤ノブ/作曲 与詞古/編曲 AKAGUY)の作曲の与詞古というのは元・キャンディーズの田中好子のこと"というのはガセだと、わたしゃ思うんですけれども、どうよ。

この"「与詞古」=「田中好子」説"は田中好子唯一(だよね)のソロシングル「カボシャール」(84年発売)の作詞が「与詞古」であるところから出たものだと思うんだけれども、「与詞古→読みは"よしこ"→スーちゃんのペンネーム?」って流れでね、 これって田中好子サイドからきっちり出てきた発言なんですかね?そこんとこどうよ、スーちゃんマニアのそこの君(――って、はたして田中好子ファンはここを見ることがあるのか?)。 どうも、これって違うような気がしてならないんだよなぁ……。や、だってこの明菜の「Dreaming」は作曲だし。(――キャンディ―ズ時代に音楽的にも色々がんばっていた話は聞いているけれどもさぁ)

えーと、しかも、ですね、この「与詞古」って名義の作詞・作曲の作品ってのは、調べてみるとこのふたつだけでなく、そこそこあって(――とはいえ田中好子作品では「カボシャール」のみ)、でもって、それらの作品ってのは必ず作詞なり、作曲なり、編曲なりに「AKAGUY」ってバンドとそのメンバーが関わっているのですね。 で、「AKAGUY(――アカガイと読む)」のメンバーってのは、新川博、長岡道夫、島村英二、松原正樹、斉藤ノブ、浜田良美、プラス与詞古の7人。浜田良美、与詞古はボーカル担当で、編曲名義の時は参加していないわけですが、とはいえ、 ものすごい面子で――まぁ、つまり日本の一流スタジオミュージシャンが趣味でちょっとバンドやっています、というそんなバンドなわけですよ。 で、「Dreaming」も上記のようにそうだし、「カボシャール」も作曲斉藤ノブ、編曲 AKAGUYとそんな面子で作られたプロダクトなわけですよ。 ――ってこの時点で"「与詞古」=「田中好子」説"ってなんかおかしくありゃーせんか?

ちなみに「AKAGUY」は86年に1度だけアルバムをリリースしておりまして、そのなかで与詞古さんは作詞に作曲に大活躍のようで、アルバム曲の半数以上は作詞なり作曲なりを担当しているようでして(――現物もっとらんのよ。わたし)、 や、まぁ「与詞古」=「田中好子」で、スーちゃんがこの面子にかこまれた車座のなか"この曲はぁ"とか語りだしたり、地味ぃに一緒にイベントに参加したりするのを想像するも萌えますが、ってやっぱりそれはないでしょうよ、とわたしは思ってしまうわけなのですよ。

ってわけでわたしは"「与詞古」=「田中好子」説"を黒に近い灰色だと思っておりますです。 スーちゃんの公式サイトの活動履歴にも五木ひろしとのデュエットは載っていても、AKAGUYのこと、一切ふれていないしね(――もし、アレだけの面子とバンドとして一緒にやったのなら確実に箔だから普通載せると思うしなぁ)。
まぁ、ぐずぐずいうにも、とにかく白か黒かはっきりさせるためには「AKAGUY」のアルバムを買えばいいんだけれど、みつかんないよ、こんなマイナーなのっっ。 とにかく「与詞古」=「田中好子」と信じるスーちゃんファンは身の潔白を証明するため、意地でも探して買いなさい。っていうかもしそうだとしたらこのアルバムでスーちゃん歌っているってことになるわけだしね。メーカーはフォーライフで品番は35KD-47ですぞ。 ともあれ、わたしはぬるーーく"違うんじゃないかなぁ"と思っているのみです。



2005.06.10

サイトを続けていると自然とプライバシーの垣根が低くなってきちゃいまして、 以前なら"これはちょっと、自分の話過ぎるよ"なんて躊躇していたのが、 だんだん"それもまたありか?"なぁんてノリで曝すようになっちゃって、非常に困っております。

あぁ、もっと痛々しい発言繰り広げてぇ―――っっ。"やおいの萌バナ"書き殴りてぇ――っ。て、いうこの俺の衝動を誰かとめてくざさい。

や、ね。
昨日たまたま、学生時代のノートとか開いてみたら、こうね、キャラ萌え話とかっっ!!、アニパロのショートシナリオとかっっ!!、自作のポエムとかッッ!! そんなんばっかりでしてねぇ。 で、コレが猛烈に下手でね、もうね、全身くすぐられているかのような感じというか、もう、たまらんっっ。身を捩りまくり、恥ずかしさに部屋じゅうごろごろ転がりまくりで、どんな恥辱プレーよりも恥辱という。 もうね、完全一人SM状態。あ、いや、そんな、や、や、や、……でも、もちっと、見たいかも、いやむしろもっと見たい、てなもんで。 こんなしょーもないもの書いていた自分、どうよ、と思いいつも でもそんな必死な昔の自分がなぜかいとおしく、結果、やめられない止まらないカッパえびセン状態にはまってしまいましたよ、ええ。

でもって「このポエムとか、うっかりサイトにのっけてもいいかも……」なあんて思っちゃった自分がいたわけですが(―――と云った途端に、高速で逃走)。
―――や、なんかこう、やおいサイトっぽく、隠しページでやんわりとポエムやアニパロ小説をアップするのもいいかなぁ、なんて。ってごめんなさいごめんなさい。

そうだなぁ、"まこりんのイタタなポエムが見たい"というメールなり書きこみなりが5通ほど集まったらこっそりとやってみたいと思いますです。ひとまずポエムはあげんの簡単だしね。



2005.06.09

あのぅ、南野陽子ファンのみなさん、こんなものを見つけてしまったのですが。……。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1496311

ニューシングル「吐息でネット / はいからさんが 通る」(ニューアレンジバージョン)って、まじっ……す、か。
ってよくみると、
杉田かおるに続くTBS『うたばん』の”スター誕生”企画!
80年代を代表するアイドル南野陽子がヒット曲「吐息でネット」、「はいからさんが通る」をセルフカバーします!
ええええぇぇぇーーー、なんだってぇーーーーーっっっ。
じゃあ、今後は去年の杉田かおるよろしく「金スマ・波瀾万丈」で今までの芸能生活の裏側を赤裸々に語ったり、しちゃうわけですか、ナンノも。 まあ、ここ数年南野さん、TBSのバラエティー多いかな、なんて思いましたが、TBSの阿部Pに見出されちゃったわけぇ―――??
ううう、「鳥の詩」のリイシューは今の杉田かおるのイロモノキャラがあっていうところだったと思うんですけれども、それを今度はナンノにですかぁ……。
わーーー、なんかすげ―――微妙。素直に応援しづれ―――っっ。
しかも「吐息でネット」も「はいからさん〜」も、個人的には萩田光雄さんのアレンジでもう"ありがとうございます"ってなもんで、下手にいじって欲しくないなあ、というのもあり、 とはいえ、91年以来のシングルであることは間違いないわけで、うまくいけば、歌手として本格復帰もありうるか、なんてドリームもファンとしては捨てきれず、ってとにかくうわーー―、どうしよ。 頭んなかでぐるぐる考えすぎて、脳みそバターになっちゃうよ、もう。 来週の「うたばん」で詳細がわかるようだけれども、あぁ、もう、見たいような見たくないような……。あんまりイロモノっぽく扱ってくれるなよ……。
あ、杉田ネェさんのように「昔はあんなに可愛かったのに、色々あったのか今はこんなになっちゃって……」でなく「色々あったはずなのに、まぁ今も昔とかわらずこんなに可愛らしく……」ていう"おっさんのやけぼっくいゴコロに火をつかせる"的な中年のアイドル路線だったら許す。 っていうか、南野さんは全盛期の美貌の保ちっぷりは80年代アイドル部門では、原田知世と双璧なわけだから、そうしましょう。そうするしかありませんよっ。 ――ホントはセルフカバーだったら、A面が「楽園のDOOR」か「話しかけたかった」でB面に「思いのままに」とかの方が個人的には良かったなんて思ったりするけれども、うーん、とにかく番組見るしかないなぁ。



2005.06.08

忍者さん、まだまだいっぱいいっぱいのようです。
http://www.shinobi.jp/

新サーバへの完全移転は一週間かかるとのことで、うちのサイトの深夜帯に不安定になるのも、もちっと続くと思いますが、耐えてください。 先生が1番つらいんですっっ。



「堺正章&井上順の歌って笑って生放送!時代を飾った名曲たち2」 って番組で、10数年ぶりに石立鉄夫を見たのだが、いやぁ、ふけましたなぁ……。
確か数年前、写真週刊誌に彼の記事が載っていて、それは彼が芸能界から退き、熱海か伊東かで半隠居生活をしているというもので、 記者が訪れるのを"お前らまたろくでもないモノ撮りに来たのか"とかなんとかといったいうもので、それにずいぶんと偏屈な爺ちゃんになっちゃったのかなぁ、なんてわたしは思ってしまったけれども、 んんーー、その記事が納得できるような佇まいだった。
岡崎友紀のサプライズゲストとして呼ばれたものだが、歌に入った後、ひな壇の前にいる石立鉄男のところに当時彼と仕事をしたであろう歌手が何人か集まっていて、それが歌手の後ろになんどもちらちらと映っていたのが印象的だった。 みなさん、本当に久しぶりだったのだろうなあ。

――あ、番組自体もおもしろかったですよ。「夜ヒット・同窓会」っぽくって。そもそも司会が堺正章&井上順ってのがあまりにも盤石。当時の歌手って横のつながりが濃密だよなぁ、なんて改めて思いました。なんかみなさんのびのびと楽しそう。



2005.06.06

だるぽ。

テキスト更新したんだから、日記も書かなきゃなぁ、なんて思って、テキストエディタをひらいて、……ってなんにも思い浮かびません、先生。
かといって、ネタがないと呻吟するのもばかばかしいわけで――てことは今の今まで、ネタ切れという状況がなかったのですね、実に。ということで、今日はそんな感じで、 明菜のテキストアップしたから明菜ファンの方は見てね、ということで、って本当にしょうもないな、今日は。
いやぁ、「どんな面白い人間でもつまらない時が必ずある」(松尾スズキ)ってことで、今日はそんな感じです。



2005.06.05

斉藤由貴のテキストが思ったよりリアクション高でちょっと驚いているまこりんです。 斉藤由貴の音源に関するきちんとしたテキストって、これがはじめてだったと思うけれど、うーん、意外。

実はいうとここだけの話、いわゆる"アイドル"という形――キャラクター込みでリアルタイムにベタはまりしたアイドルって中森明菜と斉藤由貴だけなんすよね、わたし。
他の歌手に関しては後追いだったり、あるいは歌はいいけれども彼女自体には……、という音源のみのファンだったり、あるいは"まぁ、嫌いじゃないっすよ"ってスタンスであって、本当にアイドル的な愛で方というか、"この人ならなにやっても俺は支持しちゃうよ"っていうのはこの二人だけなんだよね。アイドル系に関していえば。 今回同時にあげた南野陽子にしても今はキャラ込みで応援しちゃうよってノリだけれでも、リアルタイムの頃はさほどそこまでのめりこまなかったし、"「話しかけたかった」とか「秋からも、そばにいて」とかいい曲だよね"というレベル、その後92、3年頃OHHOの「南野陽子は大丈夫か」を読んで開眼しちゃうんだけれども、彼女が現役の頃はその程度だったわけで。 結構そういうのばっかりだったりするんですよ、わたし。

っていうか、中森明菜のファンで、斉藤由貴もアリっていう人って多いわけ?
確かに色恋沙汰でパブリックイメージをぶっ壊しちゃったり、デビューからしばらくはポニーテイルがトレードマークだったり、女の情念ぐるぐる渦巻いちゃってたり、似ているところを探そうと思えばできないこともないけれども、 とはいえ、客観的にいって一貫して立ち位置違うよなぁ、と思ったりするし。
うちのサイトのメインユーザーってどのあたりがツボなんだろうか……、と思ったそんな今日であったことよ。

あ、もののついでにふと思ったけれども、うちのサイトって女性の方が多くありません? 掲示板とか届くメールとか見るに、女性アイドルをメインにあつかったサイトなのに、男の人少ないかも、と思ってしまった。
もちろん、男性の方もしっかり見ているとは思いますが、こういう系統のサイトって、他のサイトの掲示板とか見るに男女比が9:1から8:2くらいがフツーなのを、うちは5:5、もしくは4:6で女性のほうがちょっと多いかも、という。きちんとデータを取ったわけでなくあくまで空気感なんですが、そんな感じがする。
ま、メインとはいえないものの男性アイドルも扱っているし、やおいとか少女漫画も扱っているので、こうなのかなと思ったりもしますが、ちょっと珍しい傾向かも。



2005.06.03

昨日の「花田家の人々」のテキストのユニーク数が750を越えているんですけれども、これって一体どういうことなんですか。 上位検索ワード数も「貴乃花」「洗脳」「確執」「花田家」「若貴」がずらっとものすごい数値で並んでいるし。もう、一体どういうことよ。 って調べてみると、Googleで「貴乃花/洗脳」検索にかけると7番目、「貴乃花/確執」だと4番目にうちのサイトが表れるのね。こりゃ、ウチに流れて来るわ。 それにしても、みんな花田家のワイドショー的な話題が気になっているんだなあ……。
別にこれでうちが大相撲サイトだったらいいんだけれども、全然関係ないし、全然嬉しくないし、ひたすら驚くばかりだし。
っていうか、それよりなにより「花田家の人々」ってどんなテキストだっけ?と思ってさっき読み返したら、文章が下手過ぎて悶絶した。
思わず書きなおしちゃったよ。もう。



2005.06.02

ちょっと業務連絡。リンクに関して。
うちのサイトはしばらく「リンクしてくれたらリンク返し」戦法で行っていたんですけれども、 ある日リンクしてくれたサイトさんに「じゃあうちもリンクしました」つったら、 「や、このサイトにリンクつけられるのはちょっと恥ずかしいです」っていわれてずっこけたってことがあって、それ以来リンク返し戦法はやめたわけですよ、ハイ。 で「これからは相互リンクにいれてくださいといったものだけ」と方向転換したら、いやあ、リンクがまったく増えない増えない。

「リンクいれましたぁ」報告とか、ウチの掲示板の書きこんだ方が自身のサイトのアドレスをリンクしていたりとか、ってのはもちろんあるんですけれども、 それにたいして、どういう気配なのかがわからないので、リンクをいじらない方向で行くと全然増えない。

こりゃいかん、てわけで以下の文章をLinkに付け加えました。

管理人は、"行間を読む"という作業がとりわけ不得手なので、もし"相互リンクに"というのであればきっかりかっちりそう言ってください。 "ウチのLINKにいれましたぁ"ではこっちは動きません。――や、一方向リンクの方がいいという方もいたので、そうしております。 エロサイトや違法サイトでない限り、フツーにLINKにいれちゃいます。そんな感じですので、もしと思ったら、メールなり書きこみなりでお願いします。突然の依頼メールにも「なに、いけずうずうしい奴」だなんて思いませんってばぁ。
ってわけでそんな感じでよろしくお願いします。


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