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メイン・インデックスまこりんのつれづれなる日々>まこりんのつれづれなる日々  2010年4〜6月



まこりんのつれづれなる日々



2010年1〜3月>   2010年4〜6月   >2010年7〜12月


2010.06.08

■ 嵐のよさ?

 五年程前に、友人と雑談していたときに、不意にジャニーズ系に話が及んだ。
 曰く「いまは嵐がいい」と。
 「えーなんで。つか、メンバーの区別つかないし、音もキャラも一番没個性じゃない? スマならキムタク、TOKIOなら長瀬、V6なら岡田、NEWSなら山P、みたいな、いかにもセンター、っていう華々しい人もいないし」
 と私が反駁するに友人は答えた。
 「いや、あのメンバー横一線で華のないところがイイ」と。
 大学生くらいの年齢の子がつるんでいる感じ? 深夜のファミレスでまったりしてたり、ワンルームに集まってテレビゲームで盛り上がってたり、本当にフツーのそこらへんの子っていうのが、いかにも芸の水で洗われている他のジャニーズと一線画している。SMAPが出てきた時も、今までのジャニ系と違ってフツーっぽいなと思ったけれども、嵐はそれ以上、と。
 へー、そういう解釈なんだ―、と、その時は完全に流して聞いていたのだけれども、いつの間にやらテレビ界を席巻し、二宮だ桜井だとさすがの私も顔と名前の区別がつくようになった今の嵐の姿に、その時の友人の言葉がやたらリアルに響いてくる。
 あー、なるほど。
 それまでの他グループの、親しみあいながらも、なんだかんだいって芸能人同士ですからといった雰囲気も併せ持っている、いささか緊張の孕んだ関係性と比べると、嵐って、本当に友達感覚でゆるい感じ、するもんなー。
 それがどれほど作られたものではあるのかは、ファンでない私には知るよしもないのだけれども、視聴者の共同体への帰属意識で成立しているテレビ界にとって、どこか素人くさくって、わいわいやっていて楽しげな彼らは、とても有用な存在なのだろう、おそらく。みんな「学校」大好きだしね。



2010.05.06

■ 資料性博覧会、終了

 5/5の資料性博覧会にきてくださった方、ありがとうございました。
 いやあ、それにしても色んなイベントがあるもんだな。そんなにサークル参加経験があるわけでもないですけど――シティ系のとコミケと文フリ?くらいか、8畳くらいのまさしく「倉庫」という感じのちっちゃな個室がイベントスペース――というのはかなり意外。サークル数も15なかったし。
 イベントは全体的にまったりモードで、例のごとくうちはそんなに売れなかったんですけども、初対面の隣のサークルさんが色々とおしゃべりに付き合ってくれたり、シュークリームおすそ分けしてくれたり(←餌付けに弱い)とやさしかったし、スタッフさんもいい感じで――基本まんだらけの社員さんなんだからあたりまえっちゃ、そうかも、ですけど、いい一日だったな、と。
 シティとかコミケみたいな、いかにも「同人イベント」っていうのもわるかないけど、こういうアットホームなイベントってもありかもな、と。イベント終わりに中野ブロードウェイのオタショップうろうろできるのもいいし。
 もうちょっとサークル数が増えたり、使えるスペースが増えたりしたら、もっといいよな。ジャンルからいって急成長というのは難しいだろうけれども。
 帰りに「まんだらけ」と「タコシェ」によって、明菜本の委託状況の確認。
 「まんだらけ」はいまだに明菜本の二冊を四階の記憶コーナーのレジ近くに平積みしてあった。四月に再納品したからかもだけれども、一巻なんてもうすぐ一年になるのに、ありがたいやら申し訳ないやら。
 「タコシェ」は一巻が在庫なしになっていたのでちょっとだけ再納品してきた。



2010.05.04

■ 卒業してる?

 大学に通っている夢を今でもよく見る。といっても暢気な夢ではなく、
「ちょっとまこりんさん、なに大学卒業してるフリしてるんですか?まだ必須単位の○×取れてませんよっ」
「えええっっ、マジすか」
 という、単位取りに奔走する夢ばかりだ。
 当時、真面目な大学生ではなかったのと、いまだに未熟な大学生気分だったりするのとでこんな夢が多いのだろう。時には高校と大学をはしごで通う夢を見る。もちろんこんなことは現実ではありえないのだが。
 ロックアウトが頻繁にあった学生運動の頃ならいざしらず、21世紀も間近に迎えた頃の私の大学は、単位を取るには結構骨だった。といっても、きちんと毎回出席し、レポート提出を怠らず、テストでそれなりの結果を出していればいいだけの話で、ただ私にはそれが大変だったというそれだけなのだけれども。特に出席という面においてね。
 やーでも、大学があんなに出席厳しいなんて。団塊世代からそのちょっと下の作家の読み物とかに、完全に騙されたよ。
 四年生になっても二年で取得できる他の大学でいう一般教養過程の部類の授業を出ていたし(――私の通った大学は留年という制度はなく、どんな成績の生徒も四年まで持ち上がれる仕組みになっていた)、将来卒業論文を書くための少人数の専門的な講義――いわゆる他校におけるゼミにあたるようなもの、も、一年の時は中国文学、二年になったら上代文学、三年は戦後の現代文学のコマを取ったけれどもなんかつまんなそうだったので二・三回出てパスして、四年取り直して江戸文学、と(――文学部で日本文学専攻だったのですよ、わたし)。卒論のことなど考えずおよそいい加減だった。
 それで結局卒論は上代文学で書くことにして、とはいえ12月にはいるまでまったくノータッチ。12/24頃に大学と地元の図書館で関連図書を借りまくって、一週間で本読み、一週間でテキスト書いて、で、1/8の卒論提出期限に間に合わせた、という。当日五時が提出期限で、その日の三時までテキスト書いていたという超タイトロープっぷり。テキストも、規定枚数下限ぎりぎりの原稿用紙換算50枚ジャストだったと記憶している。
 タイトルは「日本の荒ぶる神と英雄譚、その変容」とかなんとかだったかなー、四月に顔合わせしてそれっきりな担当教官の著書を随所に引用した、実に媚びまくった卒論だったと記憶している。どうみても「まこ、必死だなww」という粗製っぷりで、ほんと、2月頭の口頭試問まで、こりゃ無理かもなーと、かなりドキドキしたもの。
 こんなタイトロープなことを四年間ずっとやっていたので、今でも夢に見る。――というか正気の時でもちゃんと卒業したのかどうなのか不安になる。きちんとクリアしたという実感がない。あんた中退じゃないの?と。あんたのレベルでは中退が相応じゃない?と。いやいやいやいや。卒業証書あるし、大丈夫だし。



2010.05.03

■ 名盤? 名作?

 この作品は凄い、名盤、名作、マスト。そういわれるのを鵜呑みにして、読んだり聞いたりして――どこが? と思ったりすることが誰にもあると思う。「似たような趣味かな?」と思っている人の発言でも自分的にははずれだったなんてこともあったり。つまりそれだけ人の趣味ってのは多様で複雑なんだろうな。
 逆に考えてみれば、わたしがサイトやらなんやらで「溶ける」「死ぬる」とかなんとか絶賛しまくっている作品を「ゲッ、趣味わりぃ」と思っている人もいるんだろう、この世のどこかには。
 考えてみれば、世の中に出回っている作品の全ては、これはいいものだろう、といった判断が誰か彼かのところで働いて世に出されているわけで、もしかしたら、全ての人が否定する駄作なんてものはこの世に存在しないのかもしれない。
 だから、こんなサイトやブログをやっていてなんだけれども、この作品がいいとか悪いとか、そういうところで議論を戦わせる気っていうのは、私はまったくない。
 それはもちろん「人の意見なんて聞く気ないですわ」とかそういうのでなく、(自分を含めて)世界には色んな意見が遍在するのが当然だし、尊重したいからだ。みんな違ってみんないい。
 それを押しのけて自分の意見を相手に通そうしあうのは、「オレは正しい」とお互い言い張る宗教戦争みたいなもので、不毛で救いがない。
 とはいえ「○□の作品は全て名作」って感じの無条件全肯定の文章とか読んじゃうと「ええー、嘘だろー」と思っちゃうんですけどね。その時々の好調不調もあるだろうし、関わっている人間も作品ごとに違ってくるし、作り手の趣味志向の範囲だって他人のあんたと完全一致してるわけでもなかろうし、全部はねーだろ、全部は、と。どっかで自分にはあわないわ、これ、ってのあるだろ―、と。
 まーこれはこれで盲信している信者という感じで、否定はしないし、微笑ましいとも思うけれどもね。その話をあてにしようとはまったく思わない。そういう意味ではファンサイトって、あんまりあてにならなかったりするんですよね。どこぞの新興宗教の信徒達が月に何回か寄合してたりする、そういうところの会話となにが違うのかっていう。
 まーだからといってそんな寄り合いで「今度の○×は違うと思う」なんて言いだすのはKYの極みなのですが。平和な空間乱すなよなっていう。これはこれでうまくいってるんだから、と。
 以上。雑談終わり。



2010.05.01

■ 先月なにしてた?

Q.先月なにしてた?

A.佐藤史生さんの著作を読み返していた。

 訃報を耳にして、そういえばほとんどの作品どういう話だったのか忘れているなあと思い立ち、本棚の奥の方から引っぱりだしてきて――「夢みる惑星」以外のほとんどの著作を読み返したかな? あ、「ワンゼロ」は三巻の半ばで挫折。これ昔も途中で挫折したんだよなー。なんかこの手の仏教SFってどうもわたしはダメっぽい。オカルト臭いから?
 18歳の頃に著作を一気買い、アンド読みして以来だから、10年以上がスパンが空いていて、んで、改めて読み返したわけだけれども、昔に感じた「佐藤史生」の印象と随分違うのが、とても不思議だった。当時は、なんかよくわからんストレンジなSFを描いている、無機的で物語を俯瞰で見る、なんだか距離の遠い作家って感じがしたけれども、その奥で自らを語る作家でもあったのかなぁと、読み返してみて思った。以前よりもぐっと作者を近くに感じて読むことが出来たな。
 話も表層をはぐと以外とわりと同じようなモチーフが繰り返されていて――んでそれは大抵家族と性の部分に帰着するものが多くて、そっから「作家・佐藤史生」の佇まいみたいなものを今の私は感じた。歪な家族と揺らぐ性といったテーマは、萩尾望都のそれにも近い感じもしたしね。
 とはいえ、やっぱり佐藤さんは本質的に物語を語るでなく、組み立てる作家なんだな―とも。これは再確認しだね。他の多くの少女漫画家のように内なる物語が轟いているというのでなく、神話学や民俗学に基づいて、物語の構造を読み解き、のちに再構築している、という感じ。外国語を話すように物語っている感じ、すっごい勉強をして物語を作っているなー、と。それはある意味男性的な物語りかたなのかなとも感じた。

A.斉藤由貴本を作っていた

 5/5の資料性博覧会で売ります。20ページの本だけれども、やっぱり本作りは大変で面倒で面白い。いつかもっとボリューミーな斉藤由貴本オフセットで出したいなー。

A.twitterをやってみた

 3/20からはじめてみて思ったことを――と、ちょい前にtwiiterをやっている知り合いに語ったら「フォロー全然してないのにtwitterやってるとかwwww」といわれた(´・ω・`)
 うーん。フォローいっぱい入れると、なんか混線電話というか、始終ラジオやテレビのチャンネルガチャガチャザッピングしてるみたいになって、落ち着かないんだよぅ。気になるところは、自分で行くからって思っちゃう。
 あと「いまどうしてる?」って言葉に象徴されるように、オンタイムでどばどば言葉行き交うシズル感たっぷしのダイナミズムがtwitterのよさだと思うので、ちょっと自分とは相性があわないかもなぁ、とも思っている。
 ほら、基本、まこさんってば、世事に疎いし、新しいこととかモノとかあんまりどうでもいいし、全然オンタイムに生きてけてないからね。ライブでもテレビ番組でも好きな人が出てるとしても、自分が今その気でなければ、全然スルーしてしまう人ですから。生まれてこの方マイブームのみに生きてますよ、ええ。CDや本が自分にしっくり馴染むのは、後追いできるところだなー、とつくづく最近思います。
 んでかててくわえて、自分は根っこの部分で浅薄で低俗でおっちょこちょい(と思い込んでいる)ので、今流行りのなんとか、とか、今問題のなんちゃら、とか、パッと思いついたことを言葉にするのが、凄く怖い。うっかりと余計なこといって、ま、アホ晒したりするのはいいとして、人傷つけたりせんかね、と。
 てわけで、あんまりチェックせずに、すげー後になって自分宛の返信に気づいて、あー、今、返信し返したら逆に不自然かなーとかなんとかで、ほっておいてるのがぽちぽちあってごめんちゃい。

A.猫をかわいがった

 最近、異様なジャンプ力を見せつけます。衣替えと掃除で天袋をあけっぱなしにしていたら、のぼってました。低いテーブルからジャンプしたっぽい。あと最近、私の顔に体をくっつけて寝ます。そうそう鳴き方のバリエーション増えました。「おはよう」の時は、喉の奥で高く「うるるる」って鳴いて顔にちゅっちゅします。ええいっ、このケモノめっっ。

A.パソコンプリンターを換えた

 プリンタを仕事で使っている知り合いが、新しいのに買い換えたから古いのあげる、というので喜んでもらってきた。一年半前の型。印刷はえー、印字キレー、メンテも楽―。それまでの七年近く前のボロプリンター、形無し(哀)。彼は退役ほぼ決定かと。でもお前は同人誌印刷に頑張ったもんなっ、今までよくやったよっ。

A.明菜本の下巻を再版した

 再販希望のメールが一通あったのでためしに「採算が取れる50人分、買うっていう人がいたら再版しますよ」とアンケートをとってみたら、一週間で予定数が集まってしまった、という。ちょっと嬉しい誤算。もう、そんなに希望者がいるなら早く言ってくれればいいのに。とはいえまだ50冊、売れてないんですけどね(苦笑)。



2010.04.27

 5/5 中野ブロードウェイ四階で行われる即売会イベント「資料性博覧会」に参加します。
http://www.mandarake.co.jp/information/event/shaku/
 ――が、イベントサイトやパンフレットに告知してある「栗本薫関連・新刊」は出ません。もうしわけない。
 某浜名湖在住の魚が「栗本薫とか、今、書く気ねーよ」とのことでボツりました。
 かわりに突発新刊で斉藤由貴のアルバムレビュー本を出します。
 「歌手・斉藤由貴 自らを探す旅 1985〜1995」というタイトル。
 サイトにアップしたものを大幅に加筆訂正したもので、20ページのペラいコピー本ですんで、コピー実費分のみの100円で売りまっす。イベント売りで余ったら、要望あれば通販にも回します――けど、需要あるのかね。
 いつか「中森明菜 歌姫の軌跡」のようにもっとボリュームアップして、著作とかビデオ作品とかも含めたみっちりとした内容のオフセットの斉藤由貴本も出したいんですけど、時間とやる気と才能の関係でこんなもんで赦してやってください。
 てわけで、よかったらららら。当日は既刊の明菜本の二冊と「うなグインサーガ」ももちろん持ってきます。




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