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まこりんのつれづれなる日々

2004年4月>   2004年5月   >2004年6月




2004.05.31

原作加門七美・猪川朱美画「晴明。」。
本屋とブックオフにあった四巻五巻をひとまず買う。
なんだろうなぁ、客観的に見てそんなに面白い話には思えないのだけれど、なんで惹かれるのだろうなぁ、不思議だ、といったら失礼??
珍しい唐菓子もらって、何これと鼻に寄せて匂いを嗅いでいたり、髪の毛が上手く結えなくて、あせあせしている晴明がかぁいかった。ってこういうところにズッキュンくる乙女マインドの持ち主ですよ、どうせ私という人間は。
あと、内裏での戦闘シーンとか、カッコよかった。お前は「鬼走り」(@「宇宙皇子」)を身につけているのか、という感じで。
主人公が強くてカッコよくって可哀想で可愛いってあたりがわたし的にツボなのかなあ。よくわからん。まだ分析できてませんね。



2004.05.30

一昨日の「朝まで生テレビ」。
田原総一朗が司会欠席で宮崎哲弥が司会代行というので久しぶりにチャンネルを合わせてみた。
最初のうちは緊張していたのか、全体的にノリが悪かったが、30分もしてディベートに流れが出てくると、むしろいつもよりも全然良くなった。
話者一人一人のトークも長めだったし、宮崎氏もある程度言いたいところまで訊いてから、内容ある返しや話者の転換をしていた ので、何故このパネリストがいるのか、この人は何をいわんとしているのか、どういう立ち位置なのか、ということがわりと論理的にすぅっとわかった。
いつもやたらと話しが乱れて無駄に喧喧諤諤としていたのが嘘のよう。「ただグダグダ口喧嘩やっているだけで話に発展性がないからつまらん」と1時間もすればお腹いっぱいでチャンネルを切るのがこの番組に対するいつもの私なのに、今回はストレスなく3時間全部見てしまった。
比べるにやっぱり田原総一朗の司会術ってのは「アラシさん系」だったんだな。



2004.05.29

本屋で買ったばかりの新刊を直後にブックオフで見つけると勝負に負けたような気がしません?
こんばんわ。まこりんです。

トクトクの規約を見ながらおっかなびっくりで「ACR WEBアクセス解析」を取りつける。
「広告収入を目的としたバナーの貼付」とかでないし、インフォシークのものでも忍者ツールでもないから大丈夫だよね……。
ひとまず各メインページにとりつけてみる。本当は各テキストにまでつけるのがいいのかもしれないけれどそれは果てしなくめんどくさいので今回はしなかった。
今まで、このサイトの人の流れってあんまり気にしていなかったけれど、どういう結果になるか、ちょっと楽しみ。



2004.05.28

鬼束ちひろの周りがいま、色々とトラブっているらしい。
鬼束の所属事務所
メロディースターレコーズからのお知らせ。
「弊社とのマネジメント契約を終了いたしました」「同件に関しまして電話などでのお問合せには一切お答え出来ません」……。
もちろん、鬼束の公式ページも閉鎖している。
きな臭い。きな臭すぎる。
去年、喉を壊してるにもかかわらず、広告代理店にいいように使われて「いい日旅立ち・西へ」なんて変なタイアップソング歌わされたあたりから危険信号が鳴っていた感じが部外者からも感じ取れたが、ここまで進んでしまったとは。
「喉を壊す」→「それでも怒涛のシングルリリース」→「アルバム発売延期」→「結局アルバム発売中止。代わりにシングルBOX発売へ」→「シングルBOXはレコード会社が勝手にリリースしたもの。本人の意志でないと弁明」→「事務所・レコ社との契約終了」
しかし、見事なフローチャートですな。
ま、彼女ほどの人ならどうせ早晩大手が引き取るだろうから気にはしないが、どうしてこう東芝はダメダメかねぇ。社風といってしまえばそれまでだけれど、アーティストとの別れ方がいつも下手過ぎる。もっとスマートにならないものか。外部からもわかるほど厭な雰囲気を毎回出すこともなかろうに。



2004.05.27

やっぱりネタにしなきゃね。ということで「ベストヒットTV」ゲストは松田聖子。

「kimono beat」とか「上海ラブソング」を推すあたりが相変わらずマニアックなマシュ―だけれども、「kimono beat」の収録アルバムは「瑠璃色の地球」が入っていた『SURPREME』でなく『STRAWBERRY TIME』でしょう。 ま、藤井隆は『It's style '95』から本格聖子ファンになったらしいから仕方ないのかも。
と、オタク的につっこむ私は中森明菜ファン。
各VTRも通常の他の歌番組の過去Vなどよりも長めに曲目も多めに紹介したあたりは好感持てたけれど、コンサート映像が多いのが残念。
こうして昔の聖子の映像を見るとずいぶん顔をいじっ……ゲホガボゲホ。いや、なにもいってないいってない。
それにしても、聖子、昔の映像に拒否反応示しすぎ。ここまで強烈に嫌がる人って珍しいよなあ。それも黒歴史的な特定のものでなく昔のもの全部だもの。 正直うるさかった。こんなこといっちゃなんだけれど、今の聖子よりも昔の聖子を見たいってユーザーのほうが圧倒的なんだからさぁ。腹くくってちょっとはおとなしくしてろよ。
ま、番組全体の作りとしてはよかったですよ、なつかしCMは素直に面白かったし、ひとり流しそうめんもここでフューチャーすると思わなかったし(深夜時代の「サマーフェスタ」でやったネタなのよ、コレ)。ボーリングはどうでもよかったけれど。
とはいえ物真似であべ静江の「みずいろの手紙」をやるあたりに聖子の実年齢を感じてしまいましたね。

ちなみに番組で大フューチャーしていた聖子の新曲「逢いたい」は結構いいと思うぞ。
ただ聖子曰く「『あなたに逢いたくて』以来のバラード」ってのはどうよ。「私だけのエンジェル」とか「哀しみのボート」の立場は一体……。
立ち位置的に熱狂的ファン以外に訴求するのが難しいだろうけれども(実際、売上げは厳しいようだ)、アルバムもやっとのことリリースされるようだし頑張ってほしいものです。



2004.05.26

言葉というのは網目の粗いざるのようなものだと思う。
語るべきこと、言葉にしようと思っていることは、いつも言葉にならずに不定形の泥の海のように心の中に横たわっている。
それをなんとか伝えようと、何度も泥の底から掬う。
が、伝えようと思ったものはそのほとんどが、網目からすべりおちて、伝わるものはせいぜいポタリポタリを落ちる雫程度のもの。
こんなに上手く言葉にできない自分はアホなんじゃないかと、思う。
どんなに賢い人の本を読もうとも、どれだけの人と話をしようとも、いつまでたっても上手くいかず、ああ言えばこう書けばと終わった後で後悔する。
こんなに面倒ならば言葉などもう要らない、私にとって言葉というものはそもそも不向きなのだ、とぐれて拗ねてみた時もあった。
でも、言葉がなければ、人という生き物はあまりにも孤独だ。その孤独に私は耐えられそうもない。
だから今は「自分のいいたいことの3割言えた、伝わったと思えばそれでいいんじゃない。人生長いんだし、焦らずにさぁ」と自分を慰めながら、言葉を使っている。



2004.05.24

前回に続いて旅の話。
近年、便利な移動手段は増えたが、「旅」を味わう手段は減ったように感じる。
また「旅行が趣味」と答える人は多いが、果たしてどれほどが旅を味わっているのだろうか、とも思う。
豪華な料理を食べるのが、マリンスポーツを楽しむのが、ブランドモノを買い漁るのが、それが旅というのではあまりにも心が貧しい。
見慣れぬ土地で心細くなるような感じ、頼るものなくあてどなくさまよっているもの寂しい感じ、というのがなくては「旅」ではないと私は思う。
つまり日常の隙間にある不安定な非日常を味わうことが旅だと私は思っているのである。
どこにでもある、どこかで見たことがある、そんなものにばかり囲まれているのは旅ではない。と。
コンビニのように世の中が退屈に便利になりすぎてしまったせいだろう。
その便利さの延長で旅を楽しもうとすると欲望肥大型のくだらぬ観光ツアーになるのだ。

そんな定食メニューのようなリゾート観光ツアーよりも、いつも使っている道を一本ずらしてみただけのほうがよっぽど「旅」だと私は思う。
使ったことのないバスに乗ってみる。歩いたことのない路地に入ってみる。もし、あなたがそれを見知らぬ世界だと感じ、そしてほんの少しものめずらしく、寂しく感じるのであれば、もうそれは「旅」だ。
もしかしたらあなたの旅は、もう次の瞬間にははじまっているかもしれない。
そう思いながら生きているとわくわくするではないか。
そうやって私はいつもひとり、いつか旅することを夢見ながら生きている。



2004.05.22

鉄道の旅が好きだ。
目的もなく、がら空きの列車にひとりで乗って、ぼうっと外の流れる景色を眺める。
すると、心の中の様々な雑事がゆっくりと溶けていく。
そして、心はまるで鏡のように景色だけを映すようになる。
なにもない。感情すらもきえてなくなる。ただ心は淡々と過ぎる風景そのものになる。
流れに身を任せて、瞳に映るものだけを、ただただ見る。
山間を辿り、川沿いに走り、寒村を抜け、海に出て……、折々の季節の情景を感じながら、どこまでも、どこまでも、このままでいたいとおもう。

ドライブは幹線道路のさまざまな商店やその広告塔などが人の気を惹こうと目に邪魔で、そこまで透徹した気分になれない。
船旅も心地よいのだが、外海へ出るとなると景色は茫漠とした水平線ばかりで退屈だ。―――だから、瀬戸内海を巡る船の旅というのはいい。
飛行機の旅は、ただの移動だ。旅ではない。新幹線も私の中では「鉄道の旅」ではない。防音壁に囲まれた高架線とトンネルばかりでは、飛行機と同じで楽しむ余地がない。



2004.05.21

大竹直子、とうとう新刊「白の無言」6月発売決定。
よかったよかった。
濡れ場アリの100%やおい漫画ですが、適性のある方は是非とも手に取ってくださいな。
内容はいつもの歴史JUNEです。
自分のホムペで取り上げたから単行本が出たというわけでは絶対ないだろうけれど、自分が口にしたことが叶うとやっぱりちょっと嬉しい。
潮出版社さぁーーん。そろそろ白井恵理子の「続続続 GOGO 玄徳くん!!」出しませんかぁ。小説JUNEに掲載のものはもう結構原稿溜まってますよぉ。



2004.05.20

こんばんわ。新しい靴をはいて靴擦れした男、まこりんです。
あー、足痛い。

あ、絵がキレーーイ、とブックオフ買いした原作加門七美・猪川朱美画「晴明。」第1巻
少年時代の安倍晴明の物語。驚異的な力を身につけるもそれゆえに人から疎まれ、自らもその能力に振りまわされる晴明。
そこに都を存亡すらも揺るがす大事件がおこる。果たして彼は魔物になるか、それとも神になるのか。
内容は典型的な伝奇ロマンっぽい感じ。
特徴としては、とにかく晴明が小汚くはしこい、まるで手負いの山猿のよう。そして徹底的に周囲からいじめられる。そしてひねる。ひねくれるから更にいじめられるというスパイラルに陥った、いわゆる「いじめてキャラ」ですな。
マゾっぽく運命の荒波にざっぷり飲み込まれていく悲劇の美少年っぷりが初期の「宇宙皇子」を思い出したのは私だけではありますまい。ていうか、加門さん、昔読んでたでしょ。絶対。
なんとなくね、人物の配し方とか。そんな感じがしたぞ。ま、まったくの勘ですが。
あー、続きが気になるなぁ、このあと平将門とか出てくるみたいで、気になる。



2004.05.18

「NHKスペシャル、地球大進化」をみる。
テーマは「地球の全球凍結」である。
やっぱり「全球凍結説」のエピソードはいつ聞いても驚くよなぁ。恐竜絶滅の天体衝突説とおなじくらいにSF的なキャッチの強いダイナミックさがある。
ただ「全球凍結」自体のメカニズムに関しては結構大幅にネグってしまった感が強い(――ほら、氷の太陽光反射率の高さと地球の熱収支の関係よ)。
それにしてもこの仮説、ずいぶんメジャーになったものだなぁ。
私が知った中学生くらいの頃は「という説もある」くらいで全く確立していなかったのに、今では教科書に載るくらいだものなぁ。
科学の進歩は日進月歩。
ちなみに番組は近年の科学番組の中でトップクラスだと思う。特に映像面に関しては出色(―――中心気圧300hPaのスーパーハリケーンのCGはカッコよかった。高さ100mの高潮よ、フロリダ半島通り抜けちゃうのよ。カッキィ―――!!)。進行役の山崎努が邪魔かなと私は思ったが、箸休めとして必要という人もいるかもしれないのでなんともいえない。
ともあれ、学生時代「地学」「生物」あたりに興味があった人、またSF好きには是非ともお薦めしたいプログラムである。
私も機会があったら次回も楽しみたい。



2004.05.17

珍しく雑誌の表紙に「中森明菜」の名前が……。
平和出版「若妻体験王 vol.6」。いわゆるエロ本。
『人妻になりそこねた女』というコピーが、大きなお世話という感じだが、ひとまず戦々恐々な気持ちで見てみる。
シングルアルバムのジャケット写真をコラージュして、音楽賞・紅白・シングルデータなどを記載、と意外にも内容は結構普通。何故エロ本にこの記事が!?と疑問。
一応「AKINAは今も歩きつづける」ということで今年のツアーのインフォメーションもチラッとしていたから、業界的には「書いていただいてありがとうございます」ということだろうが……。
きっと編集に明菜ファンがいたんだろうな。エロ本業界って家内制手工業みたいなもんだしね。
しかし「妹?お姉さん?俺の女?愛人? 僕らの望むあらゆる欲望にこたえてくれる女 No.1」というのは果たして今の明菜にもあてはまるのかどうか……。
ま、80年代の明菜は小林麻美とタイマン張れるほどのいい女っぷりでしたが。



2004.05.16

しまったぁ。シムケン+ジュリーの「さぁ殺せ」、深夜にテレビ放送していたのに、おもっきり見逃したあ。一生の不覚。
というのは置いといて、だ。

おいおいおい。筑紫哲也、そんな身の引き方はないんじゃないの。
だいたい「年金未納問題」って、それは個人のモラルに返る問題なのかなぁ。
そりゃ菅直人は引くべきだと思うよ。だってあの人がしたのは自殺点だし。
「未納3兄弟」といって批判しといて、お前もかよ、アフォか馬鹿かと小1時間(略)てやつよ。
が、それを拡大解釈して、「未納」=「悪」という形で魔女狩りみたく個人をあげつらうのはあまりにも労力の無駄じゃございませんか。
そりゃ納めるべきだとは思いますよ。でもね、これはただのバッシングのためのバッシング、この個人攻撃には未来がありませんよ。
それに、ここまで「あの人も未納、この人も未納」って来ると、これはもう現行の年金システム自体の問題なわけだよね、と考え方が一段上に行くのが普通だと思いますが、いかがなものか。
に、それを筑紫よ「私も89年に朝日新聞やめて92年に会社設立するまで国民年金はいってませんでした。ごめんなさい。番組降板します」って、おい。
この問題をより一層「魔女狩り」方向に持っていくつもりか。
こんなしょうもない話題に油を注いでどうするよ、筑紫。

というところに今度は、自信満々がよりアホアホっぽかった小泉純ちゃんですか……。もう、ね、いいけれどさ。



2004.05.15

「誰でもピカソ」本田美奈子特集。
アイドルとしてのデビューから「ミス・サイゴン」を契機にミュージカル女優へ転向、さらに現在のソプラノボイスによるクラッシックの名曲のカバーに到るまでの彼女の歴史が紹介される。
本田は新曲「新世界」をはじめ、「on my own」、「Jupitar」などを歌唱した。
また、音域別のさまざまな歌唱法の違いを披瀝したりと、芸細な部分も披露。
アイドル歌手として失速して後もつまらないバラエティー番組で顔を売ったりなどせずにまったく座標がぶれず「歌一本」でやってきただけのことはある。よくやっている。
本田美奈子の歌唱はクラッシックオタク的な頭の硬さがないから、よい。言葉がすうっと耳に入っていくし、なによりエンターテイメントしている。
歌にフリをつけたり、コンサートでバイオリンを引き連れて客席を練り歩いたり、というのはしたり顔のクラッシック信奉のモノにはできない芸当だろう。
個人的にはソプラノボイスの部分よりも地声で張った声、ミュージカル風の歌声が1番彼女の声では好きだ。「つばさ」「命をあげよう」などはたまらない。
―――ソプラノボイスはもちっと声に厚みが出てきたらいいな、と思う。やっぱ少しは太らないと。
目指すは越路吹雪か由紀さおりといったところだろう。紅白の舞台に彼女が立つのもそう遠くはないと思うぞ。
しかし、アイドル時代はサイテーの作詞家の秋元康のおもちゃであった本田美奈子が、サイコーの作詞家のひとりである岩谷時子のバックアップを得て歌手活動を続けているというのはなんとも不思議なものである。
それにしてもアイドル大ブームの80年代の女性アイドル出身で今でもきちっと歌をやっているのは彼女を含めても片手で足りるくらいになってしまった(松田聖子、中森明菜、原田知世、長山洋子くらいか??)と思うと感慨深いものがある。
ここまで来たなら一生歌うしかないよね。



2004.05.14

パンク。日本ってパンクだよなぁ。立憲君主国なのに皇族が役人に圧力かけられて、それに耐えかねて、マスコミ集めて暴露の記者会見するなんて。パンク。
ということで、皇太子殿下の「人格否定」発言に関してはさすがにちょっと驚いた。
言葉は穏やかで、声音も乱れてはいなかったが、確かに怒りの色合いがそこにあった。
下品に言いかえれば「俺の嫁を散々虚仮にしやがって、もうゆるさねぇぞ」といった感じである。
そしてこれは皇太子殿下がはじめて公の場で見せた「私」の部分であった。
昭和天皇、今上陛下もそうであって、そして皇太子殿下ももちろんそうなのだが、「日本の為に私を捨て鏡のようになにもない状態になろう、自分というものをどこまでも漂白しよう」というゆるぎない意志がその佇まいから常に感じられたのだが、 あの会見の皇太子殿下は違っていた。
そして彼が「雅子」という時のニュアンス、そこに「あぁ、少なくとも、皇太子殿下は雅子妃殿下を世間の夫婦がそうであるように『普通に』愛しているのだなぁ」と妙に感じ入ってしまった。

主題としては宮内庁と皇族(少なくとも皇太子、皇太子妃との)確執ということなわけだが、こんなものは歴史を紐解けばいくらでもあるわけで、ドロドロしていることは暴露されなくとも想像に難くなく、 時々の権力者によって操られる意志のない囚われの傀儡のような存在が「皇族」の本質であって(―――であるから「象徴」でよく「機関」であればいい。意志も主体性もいらない。)そんなこといわれてもそういう役割なんだもの、としかいいようがないが、当事者としてみればたまったものじゃないだろう。
とはいえ、抜いてしまった刃である。そうは簡単に鞘に戻る事もなかろう。
殿下もだまし討ちのように渡欧直前にマスコミ集めて不意の記者発表である。ある程度の覚悟はしてのことだと思う。
これは皇族のあり方の新たな時代の幕開けかもしれないし、天皇制の終わりの始まりかもしれないし、もちろんただの二人のわがままで終わるだけかもしれない。

個人的には、国内で無私的なアルカイックな微笑で群衆に手を振る皇族の方々は見ていてとても可哀想だな、と思う。
なにかで天皇・皇后両陛下が皇太子・皇太子妃時代にイギリスに行かれた時、とてもリラックスした自然な表情と言葉遣いで偶然であった日本人相手になにかを話されていた映像を見たことがあり、それが私のなかで強く印象に残っている。
しっとりと品のいい、理知的な物腰のやわらかな紳士と淑女といった佇まいで、ふと旅先で隣の席になったならば話しかけてみたくなるような、それは素敵なふたりだった。
ああした自然な笑顔は決して日本では見ることはできない。それがなんとも可哀想だな、と思うのだ。
もちろん、可哀想、などという感情論で今まで培ってきた伝統をたやすく壊すわけにはいかないと、思う。
が、そういった役割が皇族の意思でなく、ましてや国民の意思でもなく、偶然皇族の周囲に配されたもの――宮内庁の人間や、旧華族の女官達の意志によるものだとしたら、改善する余地はいくらでもあると私は思うのだ。
とはいえ、湯浅宮内庁長官、あれは許せない。あの人は一体何様だ。まさしく現代に甦る宦官である。「臣下の礼」という言葉を知らないのか。非常識にもほどがある。
―――それにしても、なんか「皇族大好き」という文章だな。新年一般参賀に二重橋渡る人の気持ちなどちっともわからない人間なのに。



2004.05.13

「韓国新幹線」

ここ1ヶ月、生温かい視線を送っているものが密かにある。
KTX、先月ようやく開業したプサンとソウルを結ぶ最高時速300km/hの韓国の高速鉄道だ。
つまりは「韓国版新幹線」といえばわかりやすいのだが、鉄オタの私としてはそれは言いたくない。だって「新幹線」じゃないから。
日本の新幹線をお手本にしたわけでなく、フランスの高速鉄道「TGV」をお手本にしたものなのですよ。これ。
お金出してフランスからの技術協力も得て、車両もフランスから買って、ということでマゼモノなし、比喩なしの「韓国版TGV」がKTXなわけです。
――――「TGV」と「新幹線」ってのは「めっちゃ速い鉄道」というのは同じだけれども、他のコンセプトは全然違う、鉄オタ的には全くの別物なのですよ。
簡単に言っちゃえば「TGV」は「機関車と客車」(ブルートレインとか、昔々蒸気機関車が茶色い車両つけて走ってたでしょ、アレのパワーアップ版)、「新幹線」は「電車」(山手線とかと同じね)、で走れる範囲も「TGV」は線路があればどこまででも乗り入れ可なのに対して(感じとしては高速道路と下道の感じに似ている。速度は落ちるけれどそのまま在来線でも走れますよっとこと)、一方新幹線は「専用路線」のみ。
また、新幹線はトンネルや勾配に強い、定時性に優れ、車体も大きく、列車の本数も多く設定でき、大量輸送向け。一方TGVはなだらかで広い土地では建設費が安めに済む。などとそれぞれに特性があるわけで、ま、これ以上書いても鉄オタ以外誰も喜ばんので書かないが、ま、別物なわけですよ、はっきりいって。
で、韓国は何を意地を張ったのか、「TGV」方式を採用して――冷静に考えれば気候、風土、地形ともに日本に近く、国の大動脈であるソウル、プサン間はどう見たって新幹線の方が賢い選択なのだが、それを選んだのは彼の国自身であるのでそんなことは知らない――で、まあ、これがこれが、案の定、色々ありましてね。(――色々が知りたい方はひとまず
こちらをどうぞ)98年開業が遅れに遅れて04年4月に部分開業なわけですよ。
で、まぁ、その色々が解決しての開業かというと、と全く解決しているようには素人目にはまったく見えないわけで。
正味な話、私が「KTX乗りたいか」って訊かれたら「絶対乗りたくない」と答えかねない代物でして、私には時限装置付きのヤバイ乗り物にしか見えない。
いつ事故が起こるか怖くて怖くて……。
それにしてもいきなり300km/hで1時間4本なんて数で開業するかなぁ。
もっとさぁ、最初はスピードも落として、本数も減らして、馴らし馴らしで、やっていくものだぜぇ。普通。事故ったら一巻の終わりなんだから。
新幹線だって開業時は1時間2本で東京・大阪間4時間だったんだぜぇ。(――確かTGVも最初は時間1、2本だったと思う。)
部分開業なんだから、時短効果だって対してあげられないだろうに、無理して300km/hにこだわっている感バリバリ。そういった意地を含めて、またもちろん開業当日から起こった様々なトラブルも含めて、おっそろしいです。
「安全」というもののプライオリティーがつくづく低い国なんだなぁ、としみじみ私は思っちゃいます。
なんてったって、地下鉄の車両を難燃化していない国だからなぁ……。と、まあ、そんな「大丈夫かよ、おい」という感情ともに見守っているのですね。はい。



2004.05.11

部屋の窓から、見えるすぐのところにマンションの建設予定地があるのだが、近頃そこでの様子がおかしい。
なにやら、手作業で濠のような穴を掘っている。その作業に多くの人が行ったり来たりしている。
なにをやっているのだろう、と行きし帰りしなに眺めていたのだが、しばらくして県の教育委員会の立看板が立ち、理由がわかった。
遺跡の発掘調査だったのだ。
なるほど、とほんの少し興味がわくが、尋ねる相手もいない。
とはいえここは鉄道が通るまで雑木林と畑しかなかったような埼玉のはずれなのだから、大したモノが出てきたわけではなかろう。
そうこうしているうちに昨日の夜、帰宅途中に見てみるともう埋め戻しの作業に入っていた。



2004.05.08

「薔薇」

ゴールデンウィークを過ぎるといよいよ薔薇の季節である。
私が昔住んでいた家は、玄関の前にある小さな庭に母が丹精して育てた薔薇の樹が植わっていた。
その樹は東側が住宅で遮られた日当たりの良くない庭にもかかわらず、見事に育ち、2階の屋根のすれすれのところまで枝を伸ばし、ほとんど庭を天蓋のように覆っていた。
この季節になると我が家は赤い花弁で埋もれ、さらに、6月を過ぎる頃になると、薔薇の花筵の中を踏み玄関の扉を開ける、という有様であった。
と、こう書くとずいぶん風流なように見えるが、それは遠目に見るとであって、6月の雨に打たれて茶色く痛んだ花弁というのは、近くで見ると美しいものではなかったし、何より薔薇の芳香というのは、これだけ大量になると甘ったるくて仕方ない。
それに母が学校の教室に飾るようにと毎日のように私に渡した花束は小学生の私にはちょっとばかり恥ずかしいものであった。
薔薇というと繊細なイメージがあり、育てるのも大変という感じがあるが、これが一度根づくとなかなかしぶといもので、母もその繁茂っぷりにいささか呆れたのか、途中からほとんど世話らしい世話もしなくなったが、それでも勢い良くこの季節になると約束のように咲き誇っていた。
薔薇というと世間的には「(通俗的な)美しいモノ」の代表的選手という感じであるが、私の中ではこの季節でいえば、躑躅や紫陽花と同じような位置である。
季節になると、やたらめったら勝手に咲き乱れる雑草のような花、という感じ。
というわけで、花屋に行って薔薇の価格を見るにいつも私は驚いてしまう。
えーーー、こんな値段なのぉ、と。
ちなみにその薔薇の樹であるが、私が15の頃、転居の時に切り倒してしまった。
ただ、隣家に株分けしたものはいまでも残り、この季節になると咲き誇っているという。



2004.05.06

そういえば、4日(だっけ??)、関東地方でものすごい風の強い日がありましたよね。
その日、うっかり階段の窓を開けっぱで出かけてしまったわたし。
いやぁ、帰ってきたら、もう、階段砂まみれ状態。
ま、階段が汚れただけならまだいいものの、階段のあがったところにCD・レコード用の棚を置いてた私、もう、CDケース砂まみれね。
中まではさすがに入っていなかったものの紙ケースとかもう悲惨。コレクターなら発狂状態。数々の廃盤作品がものの見事に砂被ってまいました。
その状況を眺めつ、「ま、聞ければいいからいいんだけどね」と、負け惜しみをいう私なのであった。

もうひとつ。
皆さんお気づきの事だと思いますが、四月中旬のサーバーダウン以降カウンターが全く死んでおります。
一応パーミッションとか確認したものの、全く問題ないわけで、生温かく観察しているのだけれど、全く直る気配なし。
さすがトクトク。いい感じです。べつにカウンターなんて飾りだからいいんですけれどね。
と、これまた負け惜しみ。
と今日はダブル負け惜しみの回でしたとさ。



2004.05.05

「米軍によるイラク人虐待問題」

こんな事はあることだとは思っていたけれど、いざ知らされると憂鬱になる事件だよなぁ。
私は萩尾望都の名作「エッグスタンド」の言葉を不意に思い出す。
「戦争は 人間の心にある欲望かなにかの炎が 狂ったように人から人へ引火して とめどなくもえひろがる大火事だ。」
大火事は辺り一面すっかり燃え尽きるまで、終わらないのだろうか。
憎しみが憎しみを生む負の連鎖。
政治はよくわからないし、この戦争の意味というのも私はよくわからないけれど、この戦争、どう鉾を収めるつもりなのだろうか、と他人事ながら感じる。



2004.05.04

ゴールデンウィークなんて大っ嫌いだぁ。
ひとまず捨て台詞だけは欠かさないまこりんです。
色々と仕事をしている時にテキストのネタがも思いつくもそれをモニターの前にまで持ってくることができません。
モニターの前に座ると真っ白になってしまうのです。
どうしたらいいでしょうか。
できれば思いついたらその場で書いちゃいたいんですけれど、それだと社会生活が送れなくなるしなぁ。
とはいえネタ帖とか作るのも馬鹿馬鹿しいし、ネタ帖に書いたところで、後でそれを見ても骨組だけで、結局「キモ」の部分が思い出せなかったりするんだよなぁ。
つーことで、今日の日記用にネタを用意していたのに、すっかり忘れてしまった私なのであった。



2004.05.01

こんにちは。愛の伝道師まこりんです。
僕の詩旅ももうすぐ終わりを迎えそうです。
って、おれは自己啓発セミナーなんかに通ってねぇよっっ。

美少女クラブ21のデビュー曲「Da Di Da☆Go! Go」のフリを見て、おっ「smooth criminal」と思った奴は全国に300人はくだらないと思いますがいかがなものか。
ま、もっと斜めって欲しいんですけれどね、ムーンウォーカーでないわたしたちではあそこが限界かなって感じですね。
っていうか、そこで「美少女クラブ21」って何者!?って質問はなしだぜ、ボーイ。
それにしても、オスカー必死。多人数アイドルって、今でも「あり」なのかなぁ……。と、わたしはちょっと疑問です。


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