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まこりんのつれづれなる日々

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2004.03.31

いたっっっ。いたたたたたた。いたいってば。もう。

今、漫画家・渡辺多恵子が熱いらしい。
なんでも公式サイトでつい思いっきり大河の「新撰組!」批判をしてしまい、それを見た三谷幸喜がコラムでそれをネタとしてを取り上げたらしい。
まとめサイトは
ここ。

大河「新撰組!」。同人誌レベルというのはさすがに言い過ぎだけれど、確かに細かい嘘が多いのは事実。演出効果とか新しい視点というよりも、ただ雑なんじゃないか、と、いうところが多い。
もっと勉強して練りなおした方がいいよなあ、という感じ。
細かい嘘が多いのが何故いけないかというと、視聴者が入っていきづらいから。
やっぱり「嘘だ」とおもうと、なかなか感情移入できないものです。
特に頭の固くなったお年寄り層なんかは特にね。
ま、なんにせよ、お芝居だからこそ嘘であってはいけない部分というのは程度の差こそあれ、あるのですよ。

でもねぇ、渡辺多恵子に言われてもなぁ。
だって「新撰組に女の子がっっ。ドキッ」って話でしょ、「風光る」って……。(途中まで単行本を持っている私)
「いやん、新撰組にはいい男いっぱい。沖田さんもいいけれど土方さんもいいよね、ドキッ」ってそれだけでしょ。
別に少女漫画だからそれでいいんだけれどさぁ。
あなたに言われたくないなぁ、と三谷さんは思ったはず、絶対。
だからってコラムでネチネチネタにするのもちょっと大人気ない感じがするけれどね。
あんまり安易に悪口をいうものじゃないよなあ、と思わずわが身を振り返ってしまったよ。



2004.03.30

ホムペの読者に「引きこもり系?」といわれてしまったまこりんです。こんばんわ。

引きこもったっていいじゃない。
というか、むしろ俺は引きこもりたい。
引きこもらせてくれ。
なにもしなくても衣食住が確保できる、そんないいご身分に私もなりたいっちゅー―のっっ。
そんな甘い親が私にも欲しいっちゅーのっっ。

ところでさ、ぶっちゃけ、引きこもり自立支援とか、引きこもりの心のケアとかあるけれど、あれって意味あるの??
別に人と関らなくても生きていけるという環境ならそれで生きていけばいいじゃない。
むしろ羨ましいらいだよ。
なにも無理してやりたくないことやる必要はないでしょう。
それで衣食住が確保できない状態になったのならばもはやそのままでは「引きこもり」なんていってられなくなるわけだし。
それこそ社会に出てお金稼ぐか、ホームレスになるか、自殺するか、の選択するしかないわけで。

みんな中途半端に過保護だし、無駄にモラルとか道徳意識持ってるだよなぁ、使えもしないくせに。まったく。
誰もがご立派に生きていく必要なんてどこにもないのよ。
ほっときゃいいのよ、ほっときゃ。相手はいい大人なんだから。

と、関係ない話になだれこんだ私であることよ。



2004.03.29

今日の厭な和田アッコ。

長さん死去に関して、アッコ曰く「私が全員集合最多ゲスト出演」。
え!?うそーーん。
俺アッコが全員集合に出ている記憶なんてあんまりないよ、悪いけれど。
と、調べる。
最多・小柳ルミコ89回、第2位・西城秀樹70回、第3位・沢田研二66回、第4位・郷ひろみ……和田アッコは第七位じゃん。
ルミコとかジュリー、布施明といったナベプロタレントは番組的都合上よく出ていたし、実際印象残っている。新御三家あたりのアイドル勢もよく出ていた。
だけど、アッコ……。ねぇ……。
もう、適当な誇大表現やめろや、アッコ。

あ、土曜の「全員集合」スペシャルは面白かった。昔のテレビは無駄なテロップなし、CM前の煽りなし、しかもCMとCMの間隔も長い、と、いい時代だったなぁ。
テレビ文化ってのはカラー放送が主流になった70年代初頭からビデオ普及が全域に広まった80年代末期までのものなのだなぁとしみじみ感じた。



2004.03.28

江角マキコもついてないよなぁーーー。
ということで、彼女の年金未納問題についてすこし。

あれだけ稼いでいるタレントが国民年金払っていないというのもずいぶんな話だが、それでうっかりCMのオファーを受けてしまうというのもこれまたアホな話だ。
が、まぁ、これは、「芸能界」だしなぁ、ということで妙に納得いってしまったりする私なのであるが。
――そういうところよ、あそこは。タレントなんて所詮ただの電波芸者なわけだしさぁ。
問題は、へらへらCMつくって、挙句ネガディブキャンペーンにしかならなかったいい面の皮のお役所である。

そもそもお国が人気タレント使って「年金払えよ」というCMを流すこと自体がお門違いなのだ、と、思う。
年金に対する不信感というのはこれはもう、80年代頃から叫ばれていたものであって、確か中学校の「公民」の授業の副教材にも取り上げられていたし、私はそれで学んだという記憶がある。
あらかじめ教育の場で指摘し、国民共通の認識とまでなっていたこの問題をなにも解決することなくここまで来て、で、いよいよ立ちいかなくなってどうしようというところで、金をつんで、タレントCMでアピールなどと、アホか馬鹿かと(ry)
だいたい、若年層が一定数存在し、彼らがしっかり働いて給与を手にし、そして年金に加入することが前提として動いているこの仕組み自体が危ういんだっつうの。
それじゃ識者に「ねずみ講だ」っていわれてもしかないっつうの。
信頼回復がテレピスポットで済むような簡単な問題じゃないことくらいすぐわかるだろうに。
でもって、起用したタレントが年金未払いですか。本当にいい面の皮だよ。
国民をなめてるんじゃないのかなあ、と思うぞわたしゃ。



2004.03.26

寝なくてはならないのにまったく眠れないという場合、軽いストレッチをするとか、牛乳を飲むとか、羊を数えるとか、本を読むとか、それぞれの解消法があるが、そのなかで私がよくするので「軽い物語を考える」というのがある。
ぼんやりと頭の中で好き勝手な物語を作っていく。物語といってもなにもご立派なものではない。この人はこういう日常を送っているんだろうなぁ、とか、こういう食べ物とか好きだろうなぁ、とか、そういったドメスティクかつ無内容なことを思い浮かべる。
つまりアニパロ同人漫画のような話にもならない話を思い浮かべるのだ。きちんとした話よりも、なるべくこういったどうでもいいような話がいい。
考えていくうちに輪郭がどんどんぼんやりしていって、そして最後は夢に地続きになる。

ただ、あまりこの脳内物語遊びは自分の身近な人を使って、というのはあまりよくない。
これはあくまで、自分にとって安全かつ無関係な、そして気に入った虚構の中に自分を落としこむことによって、頭にこびりついた記憶や理屈や言葉や数字を剥ぎとって気持ちを解放させ落ちつかせる、という作業なのだから、 そこにリアル過ぎる関係を持っている人を想起してしまうと、脳みそが無駄に活発化してしってよくないのだ。
何かの作品で出てきた登場人物や、まったくオリジナルのキャラクター、有名人などの実在する人々というのが一番いい。



2004.03.22

よぉく考えたら今月は「三国志9」月間なんだ。
と言うことで連休も問答無用でゲーム三昧だったわけですが、なにか。
あぁ、どうせ俺はダメ人間だよっっ。

「かまいたちの夜2」。
別名『ノットトレジャーハンター2』。

ゲーム界の異端児、『ノットトレジャーハンター』。
その魂を受け継ぐ作品がこんなところにあるとはっっ。
この作品を認めないなんてゲームオタはまだまだだな。
普通の物語に飽きたあなた、メタフィクション好きなあなたは是非。

もう感情移入しやすい感動の物語とか、整合性のある物語ってのは古いんだよね―――。
話にオチがあるなんて、誰が保証したっつうのよ。
そんなの近代というシステムが作った共同幻想だっつうの。
今時代は「やおい」。まさしくこれだね。
「やまもオチも意味もない物語」
これがポストモダーーンだっつうの。



2004.03.20

読書月間とかいっていたくせして結局今日も「三国志9」を起動させる。
無茶だ無茶だといいながらショートシナリオをちくちくやり直しては失敗の繰り返し。
ああ結果も残せずに、ただ時間だけが無駄に過ぎていく。
気持ちとしてはもう勘弁なのに、やめられない。呪いにかかってしまったよう。
だめだこりゃ。

だめだこりゃ、といえばいかりや長さんですよーーーー。
いつか来るとは思っていたけれど、やっぱりショック。
70年代後半生まれの私は「ドリフ黄金時代」を知る最後の世代。
「ひょうきん族」がいくら話題になろうとも私の土8はずうっっと「全員集合」のものでした。
―――坂道コントだろうが、大縄跳びだろうが、仲本工事のトランポリンだろうがぜったいザッピング無しの硬派なファンだったのです。
なつかしいなぁ。
しかし、とうとうこの世代が逝くようになるのかぁ……。

でもこれを契機にドリフ映像の大放流となったらいいかも。



2004.03.19

無茶だって。絶対無茶だって。
「三国志9」ショートシナリオ「趙雲登場」。
趙雲→劉備軍勢で3年以内に曹操・エンショウを滅亡させるって、無理、絶対無理。
曹操を滅亡させて洛陽・キョショなどの大都市抑えた時点で時間切れ―――。
あと1年あればなんとかなるかも。――曹操陣営の人材をフルに使えばなんとか。
とにかくこのスケジュールじゃ、無理。はっきりいって無理。
ていうかこの時期の劉備軍勢、金もない人もない知恵もない、ないないづくしじゃん。
まともな知将ひとりすら居ずに何ができるというのよ。まったく。

……と、ひとりでぶつくさ画面に文句を言っているまこりんであった。



2004.03.18

折角炬燵しまったのになんだよこの寒さはッッ。
まったくもって自分の間の悪さにイライラする。


今週は「埋もれた音源発掘フェアinまこりん宅」を実施中。
で、その中から発掘した今日のいいお皿はこれ。
川井郁子『バイオリン・ミューズ』『レッド・バイオリン』

ちゃんと聞けるじゃん。いいじゃん。
ごめんよーーー埋もれさしてまって。
ただ、彼女、メディア露出がおっさん層を意識しまくりなのがよくないよね。
ビートたけしだ、筑紫哲也だ、と、どう見たって「団塊親父の癒し系美女」狙いだものなぁ。
下手したら12中国娘と同じ箱だっちゅうの。
作品自体はいいです。『インスティンクト』も聞こうっと。



2004.03.17

あの時買っとけばなぁー――という盤がある。
「Twilight made」というアルバム、近所の中古ショップで350円であった。
ジャケット、なんかハートカクテルみたいなおされちっくでコバルトな風景画。タイトルを見る、全部英語ばっか。歌手名、HIDEKI。
誰??、それ。
が、気になりためすがめつ眺める。
こういう時の買うか買わないかの判断は本当に気まぐれなものだ。
で、その時は買わなかった。
次回、店に行くとそのCDはもう売れていた。

後々、西城秀樹のベスト盤を聴く。
「Beat Street」、これ、いい。いいよお。プロデュースは角松敏生、コーラスが吉田美奈子の作品。
直球でいい。「腕の中へ」もいいけどこれが一番だ。
これが秀樹だっつうなら俺、秀樹好きだよ。
と、「Beat Street」の収録しているアルバムを調べる。
……タイトル、「Twilight made」。
えっ、あれかよーーーー。
HIDEKIって秀樹だったのかよぅ。
以来このアルバムを探しているのだが、まだお目にかかれない。

ひそかにこの時期の角松敏生って好きだったりする。
杏里の『COOOL』『TIMELY!!』、中山美穂『Catch the nite』といった彼のプロデュース作品は今でもわりとよく聴くし、明菜の『Bitter&Sweet』もさりげなくスーパーバイザー彼だし。
彼名義のアルバムで言えば『After 5 Crash』あたりから『BEFORE THE DAYLIGHT』あたり。
なんかバブルっぽいきらきら感が懐かしくって……って誉め言葉じゃないなぁ。



2004.03.16

あーーー、本が読みたい。
ということで、読書強化月間を設けようか、と企み中。
ここ数ヶ月、書いてばかりで読んでないのですよぉ。
そのせいか近頃カスカスなテキストばかり書いているような気がするし。
ということで、ちょっとテキストアップのペースが落ちるかもしれませぬ。



2004.03.15

猫にまたたび、まこりんに明菜。
ということで、人生に疲れたときには明菜のビデオを見て萌えているまこりんだぞ、こるぁ。
真夜中に淡々と一人で明菜のビデオを見ている27歳って、いいよね。ちょっと不気味で。
まこりんは昔の明菜の映像に飢えているので、有志の方は映像ください。

と、こういう事書いたら、本当に送ってきそうだなあ。
いや、ただでもらえるモノならなんでも欲しいですから。はい。
あなた頼みの乞食根性で今日も私は生きています。

そうそう。そういえば、僕らの明菜様、またまたテレビ出演キャンセルされたそうで。
しかも、どうでもいいバラエティー番組でなく、40分の歌番組のワンマンショーというのだから。
もう、明菜様ってば。
事情はわからんのでファンとしては「残念」という以外何も言うことはできないけれど。
しかし、大して驚いていない自分がいたりするわけで。
こういうことに慣れっこの自分が、ちょっと厭。



2004.03.14

タモリ倶楽部で何故か今更「河合奈保子祭」。
熱狂的ファンが熱く熱く河合奈保子の歌のフリを踊りまくる、という。
なんというか、「タモリ倶楽部」って放送コードぎりぎりのキモオタを見つけてくるのが、上手いよなぁ。
と、妙なところで感心してしまった。
それにしても、河合奈保子のフリってあんまり記憶にないなぁ。
「エスカレーション」と「スマイルフォーミー」くらいしか覚えていなかった。
「ジェラス・トレイン」。実物の奈保子のフリで見てみたかったかも。
手をひらひら――っ、アンド謎のキック。

ちなみに個人的にいまでも記憶に残る印象的なアイドルのフリは、明菜以外では、「sosotte」で唐突に寝そべる本田美奈子。「禁断テレパシー」の工藤静香の気合の入ったバックステップ。「Catch me」でぐりぐり踊りまくる中山美穂。「楽園のドア」で最後バットを大きく振りかぶるようなフリをする南野陽子、恥ずかしそうに腰を振る斉藤由貴の「夢の中へ」。
こんなもん。アイドルオタとしてまだまだ甘いですね、自分。

掲示板、いきなりサーバー移転してびっくり。俺をあんまり驚かせるなっつーの。
ひとまず貼りかえました。



2004.03.13

あれっ、なにこれ、ジュリーの新曲??
と思わず勘違いした、TOKIOの新曲「トランジスタ G ガール」。
タイトルまでなんだか近頃のジュリーっぽいなぁ。
しかも、今の低くハスキーになりすぎたジュリーの声に似ているっつうんだから、なお厄介。
サビの「カモンカモンカモン」の部分なんか絶対間違えます。
曲調も痛快な直球ロックだし。というか、ジュリーにこういう歌を歌ってほしいっちゅうのっっ。
ま、ジュリーマニアの諸兄諸子はちょっと聞いてみてくださいな。



2004.03.12

うなが「読む本がない」というので、なにかないかと一緒になって私の書棚の奥などを漁った。
で、出てきたダンボールいっぱいの「純文学」に大爆笑。
なんつーか、俺、節操なしになんでも流し読みしては忘れてるなぁ。
ボードレールの「悪の華」とか、ジャンコクトーとか、ポーとか、ヘッセとか、中原中也とか、福永武彦とか、自分で言うのもなんだが、自分の濫読っぷりに呆れました。
もちろん、途中まで読んで挫折したのもいっぱい。とはいえ、どれも今となっては、ほとんどまともに内容を覚えていないっつうんだから、これまた素敵だよね。
読書って、なんなんだろうなぁ、と思った。そんな今日であったことよ。



2004.03.11

なんだか不機嫌な時代だなぁ、とおもう。
雑誌や新聞にも「将来の不安」や「理不尽な現実」や「成功者への嫉妬」や「内実の暴露」ばかり。
不景気な言葉にこちらの気分までが落ちこんでしまう。
夢がないなぁ。夢が。
どの会社が危ないとか、将来どんな不安が待っているとか、組織の腐敗とか、まぁ、確かに大切な話題なのかもしれないけれども、 シビアな話題ばかりで、心が潤いませぬよ。
ネットに繋ぐとそれは尚更。自閉的でむやみに批判的でダークで。
シニカルであること、物事に対して半身で構えることで、自分を守ろうとするポーズで溢れているように私には映る。
でもそれは、生きにくいこの世で自分だけが適応していると見せたいだけの、格好つけのポーズにしか過ぎないような気がする。
そこからはなにも生まれない。

あぁ、鬱になる。
いかんいかんいかんいかん。

とにかく、ここぐらいは、真正面向いて、明るくなるような、気分が楽しくなるような、そんな文章を心がけよう。
批判する時も面と向かって、自分が傷ついてもかまわないという姿勢で批判しよう。
と、思った今日なのであった。



2004.03.10

片瀬那奈「ミ・アモーレ」を聞く。
ふーーん、という感じ。
研音の楽曲リサイクル運動というところでしょうか。
ユーロだったら「サザンウインド」とかの方がよかったんでないの??
というより研音の楽曲で行くならで石井明美でしょ、彼女なら。「Shake up」とか「fanatique」がいいと思う。
などと、ぐだぐだ思っていたら今月末には工藤静香の「禁断のテレパシー」もカバーするという。
もしかして迷走している??彼女(とそのスタッフ)。



2004.03.09

こばわーー(光GENJIの諸星風に)。まこりんです。

春ですね。春といえば春愁。
ということで私は今、鬱です。
だるーーーー。
ものごっつ、だるーーーー。
意味もなく、だる―――。
無駄に死にたくなるぅぅぅぅぅ。

ということでMP補充中なので生暖かく見守ってやってください。
ひとまず今日のところは、私はカルメンマキ&OZのマキのシャウトでも聞いて癒されときますんで。はい。
「チュッチュッチュチュルチュ」
バックコーラス担当な感じで。はい。



2004.03.07

満月が綺麗だなぁー―って、さむっ、寒いよ兄さん。
うっかり薄着で出かけて死にかけた、こんばんわまこりんです。

例えそこが戦場でも 例えそこが砂漠の中でも
例えそこが瓦礫の山でも 例えそこが 花咲く街でも

(「Born on the Earth」 加藤登紀子)


いつも聞いていた歌が不意に沁みる時がある。
それは、私をはっとさせ、そして深く心の淵に落ちていく。
この歌が何故か今の私に効いている。
「この地球を無限の庭として生まれてきたのはいつのことだった」の部分もいい。
こういう歌を聞くと、心の大きな人間でありたい、と心底思う。



2004.03.06

情報の双方向化というのに、私は慣れていない。
こうして、ネット上に個人ページを立ち上げて運営しているのだが、いまだ、ピンとこない。
顔も素性も知らない人と対話らしきものをするという行為が何を意味するのか、というその答えが導き出せない。
実際、あまり他のサイトに対してリアクションすることもないし、自分がされたところでどう対処すればいいのか、いまいち、よくわからない。
また、贔屓にしている同人作家に通販のついでに手紙を書いたりもするのだが、そこに丁寧な返事が返って来たりなどするのにも妙に吃驚してしまう。
「黒の舟唄」ではないが、私は、送り手と受け手というのは、その間には暗くて深い河がある、と思っている人間である。
だから、作品というのはどんなものであれ、作り上げ発表した時点で完結しているものであって、他者が口を出しても本質的には意味のないモノであると思っている。
受け手は完結したそれを自分なりのフレームでに勝手に誤読して楽しんでいるに過ぎない、と。
(――――つまり、誤読の余地が広い作品が名作であるといえるだろう)

が、ネットで文章をアップするにつれ、そうも呑気に構えてもいられないなぁ、という気分が強くなっている。
ともあれ、創作というのは何事でも「その人にとって最も独善的な瞬間」であるということにはかわりはなかろう。
つまり、バランスなのだが、そのバランスがまだとれていない、というのが今の私である。



2004.03.05

健全に日々を送っているのでネットなんてつながねーーよ。
日記すらつけんのもまんどくせー――。

……というのは嘘なわけだが。
ま、アレですよ。アレ。
「三国志9」。

テレビゲームをプレイしている時と、物事をじっくり考える時では脳みそを使う部分が全く違うそうです。
つーことで、いま、そっちの部分が動いていないわけで、かけません。

久しぶりに坂本龍一テレビで見たら、髪の毛がさっぱりしていた。
アルバムは買うかどうか微妙―――。



2004.03.01

本当に集中しきってノリノリで文章を書いているときは掛け値なしに楽しい。
化物じみた力が体中にみちみちいるのがわかるというか、頭上で天使が舞い狂っているというか、そんな感じで、傲岸不遜に「自分って天才」などと思いながら書いていたりする。
脳内麻薬でまくり状態なんだろうな。
もちろん、実際書きあがったものが面白いかどうか、というのはこの際はあまり関係なかったりする。
自分のエゴが満たされればいいのだから。
もちろん後で冷静に文章を見なおして、書きなおしてここにアップしたり、ほっておくなり、捨てるなりしているわけであるが。
それはいいとして。だ。

近頃その快感を味わっていない、ということが問題なのである。
ともかく一応書いているのだけれども、どうも気配がない。非常に残念だ。


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