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まこりんのつれづれなる日々



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2009.09.24

発送っ! 発送っ! さっさと発送っ! しばくぞ!

――なつかしい? 結局奈良の騒音おばさんは加害者だったんでしょうか、被害者だったんでしょうか?

ってわけで、連休も終わって発送再開して、てんやわんやなんですが、ひとつ、ふたつ、アナウンス。

■ 今回、申し込み時に住所の未記入がとても目立ちます。
さすがに住所がわからないことには発送することが出来ませんので、必ず申し込み時の確認画面と、送信後に送られてくる確認メールで間違いがないかどうか確認をお願いします。

■ 振込後にお願いしているメールフォームによる振込完了連絡も忘れずにお願いします。
もちろんメールフォームが送られてこなくても、口座確認できたものは発送していますが、こちらが確認を見落として、振り込んだものの届かないというケースが出てくる怖れがあります。確実な発送を心がけていますので、協力お願いします。

■ 銀行振込・メール便発送 以外での方法をご希望の方
現在対応できる範囲内で承っておりますが、必ず事前連絡・ご相談をお願いします。いきなりの申込みや振込はおやめください。

――ってまあ、こう、しかつめらしく色々というのも嫌なんですけれどもね。私も常に完璧な対応をしているというわけでもないと思いますし。何事もお互いさま、というか。 ま、とはいえ、スマートな手続きできたら、いいよね、と。ほか、なにか発送に関して不具合があったなら、連絡してください。



2009.09.21

Q.ねぇねぇ、今、まこはなにやっているの?
A.ぼーっとしてるの。

 明菜本作り終えて、腑抜けになってます。なぁーんもやる気が出ない。リビドーがなにもない状態でっす。
 この半年間ずっと頭の中にこびりついていた、最早脳内に巣食くう化け物と化していたものどもをやっと追い払った後という感じで、何も出来てないです。
 まあ、何も考えずにもくもくと通販作業していればいいんだけれども、シルバーウィークだなんだってんで、銀行屋さんが閉まっちまっているので、そっちも止まってしまって、ほんとね、あーって口開けて馬鹿な子になってる。
 そうそう、前回の明菜本の感想で(――あっあっ、他の方の感想も全部目を通していますよ。ブログなどで紹介されたのも気づいたものは拝見してます。読むたびにモニターの前でひええと仰け反ったり、申し訳ないとへこへこしたりします。返事を書く気力が最近めっきりないのが申し訳ないです)、江原さん的なスピリチュアルな人から「あなたの念がこもっていて凄かった」と誉められた(――んだよね)のですが、たっしかに、こうまですっかすかになると、もしかして、自分、念、こめているのかもなぁと、思ったり思わなかったり。
 やーでもね、世の中数多同人屋がいると思いますけど、100頁越えの新刊で個人誌を四ヶ月の間に二冊も作るなんてーのは、まー、そうそうないですよ。20年前の高河ゆんだって、どうなんだっていう、たった一人でアシさんなしで出来たかっていうね。しかもこんな、売れ線まったく関係ナシのものを(笑)。
 もうね、こんな割に合わない心身ともに疲弊することはしたくないっっ――とはならないのが同人屋の不思議なんですが(笑)。オタクだから、根本的に本が好きなんだよね。いざ本になったものを見てしまうと、いいな、やってよかったなって思っちゃう。
 はじめは、ちゃんと本を作りあげるスキルが自分にあるかどうかわからなくって不安だったけれども、ま、ひとまず形になるものを作ることはできるって事はわかったし、ま、中森さんをテーマにしてというのはしばらくないだろうけれども、次は今回みたいな情念渦巻いた感じでなく、もっと軽妙洒脱な本にしたいなーと思ったり。モー様の残神の「イアン様をお慕いする本」とかさ、50頁ぐらいでさくっと読める感じの本で、そういうのがいいなぁ。
 とかなんとかそんなこんなで、冬コミはサークル参加すべく申し込んだのですね。これは計画どおりのことで、つまり「本が完成してからイベントに申しこもう」という超優等生的態度で臨んだわけですよ。――ったら、はっと気がついたら明菜本の第一巻がもう10数部しかないっ。12月まで持つか?初参加で「一巻ありません、二巻からどうぞ」って、ありえないっっ。くそう、これが孔明の罠か。
 赤字前提の小部数再版にするか、黒字目標でどどんと博打的な部数の再版をかけるか、あるいは「一巻ないけどごめんね」にするか。悩ますぃぃぃなあ。これが俗に言う再版貧乏の入り口なんだね、ママン。
 せめて歌謡曲評論が同人即売会でどれほど需要があるのかある程度わかればいいんだけれども、ぜんっっぜん見えないもんなぁ。少なくとも今年の夏コミのカタログ見た限りでは、そんなサークルひとっっつもなかったし。うーん、同人活動ってリスキー。ひとまず当落結果が出るまでに考えとこうっと。
 てわけで、わたしは今日もそんな感じで日々愉しげに一人上手で生きてます。最近、日記らしい日記がなかったのでそんな感じにしてみたぞ、と。



2009.09.18

 初回の発送が終わって、改めて「第二巻 彷徨の二十年」をじっくり読み直しているんですけど、ひとまずなんとかここまでたどり着けてよかったっ。五月、製本された第一巻の「歌謡曲 最後の時代」を読み直した時に「できるだけ続きを早く出そう、八月のオリジナルアルバム発売直後に完成させる予定で」とひそかに心に期したのですが、それも守れたし。
 なんでそんなに急いでと思う人もいるかもしれないですけど、読み手として第一巻を読んだ時に、誤解されるかも、という危惧を感じたのですね。どういう誤解ってーと、それは「中森明菜は89年で終わった」ってのと「《昔は良かった》の懐古主義」。
 八〇年代の音楽は素晴らしいし、あの時の中森明菜も素晴らしかったけれども、自分の青春時代を絶対の価値とするおっさんくさい定型に物事をはめるためにあの本を作ったつもりはさらさらなくって、そういう生温い「リメンバー・エイティーズ」の風潮っていうのはむしろ私は否定的に感じていて、つまり「その後」を早く書かなくっちゃと、思ったのですね、その時。中森明菜の、そしてわたしたちの生きている「今」まで早くキャッチアップしなくちゃ、と。
 もちろん「その後の中森明菜」は世間的にさしたる需要がないことは十二分に承知で、前作ほど部数は捌けないだろうこともわかったのだけれども(――本当に予約段階でその通りになっているのがちょっと口惜しい(苦笑)。もちろん自分の力不足というのも大きいんだろうけれどもね)、そんなこんなのヘンテコな義理というか使命感というか思いこみというか、そういうので駆け抜けて――、うん、でも、ひとつの成果として、良かったかな、と、読み返しながら思う次第。やっぱりきちんと形に残る書籍にしたほうがいいよね。ハイリスク・ローリターンで全然割に合わないことだけれども、やってよかった。うんうん。
 版下を作る作業をはじめ製本に関する知識やらも多少知るようになったし、ウェブサイトで文章を書くのとはまた違う楽しみやら苦労やら責任やらも味わったし、色々といい経験したかな――って、まだダンボール四箱分も在庫があるのに、終わったことにするなっつーの!
 ……行商せんとな。




2009.09.17

 「中森明菜 歌姫の軌跡2 彷徨の20年」発送を開始します。
 本日12:00まで振込み手続き完了した方には全て発送しました。9/24までに未着の場合はご一報ください。
 あと郵送代の関係で後で50〜100円くらい後で高くするかもと先日アナウンスしましたけど、なんとかぎりぎり範囲内に収まったので、1500円でいきますね。



2009.09.09

 通販サイト、更新しました。私家版ファンブックの第二弾「中森明菜 歌姫の軌跡2 彷徨の20年 1990〜2009」の諸々のスペック記載してありますのでご覧ください。予約も開始しますのでよろしかったら。




2009.09.07

 ふぐぁぁっーーー。
 「中森明菜 歌姫の軌跡2 彷徨の20年」印刷所に入稿したぞぉぉぉ。
 ってわけで、問題なければ9/20には製本されたものが到着する予定。
 今回は90年シングル「DEAR FRIEND」から09年アルバム「DIVA」までの全作品が対象でっす。全体の作りは前作とほとんど同じなんで、前作気に入っていただけた方なら、楽しんでいただけるかと。152頁で送料込1500円で頒布予定。
 今は精根尽き果ててすっかすっかなんで(――今さっきまで校正していたのですよ)、通販サイトの更新とか予約開始は今週のどっかで、後日ですけど。そんな感じで。
 ひとまずこれから寝ます。疲れたぁー―。




2009.08.26

■ 中森明菜「DIVA」

 この三年間にリリースした四枚のカバーアルバムと四枚のベストは一体なんだったんだ!?
 世間様の懐メロ要請に応える形の作品が多かったここ最近の中森明菜だけれども、それらの作品がきゃんと鳴いて遠のく圧倒的なパワーの三年ぶりのオリジナルアルバムにして超傑作。 「私が伝説の歌姫」と堂々宣言する、その貫禄よ。明菜ってよく見たら、腹筋割れてね!? ――という感じのど派手で、ケバくって、図太くって、バキバキのマチズモな明菜様。
 また「Bitter&Sweet」〜「Cross My Palm」〜「Femme Fatale」〜「VAMP」〜「SHAKER」〜「Resonancia」〜「Destination」と続いた世界の延長にある究極とも言えるかも。このアルバムがダメってファンは、多分中森明菜とは根本的部分で音楽の趣味が違うんじゃないかとすら思えるねっ。
 全体的にオンタイムのサウンドメイクだけれども、ベースにあるのは中森明菜が少女時代によく聞いていた70年代の洋楽テイストなんじゃないかな。
 今の安室ちゃんとか、マドンナとかあちらの王道ポップス好きとか、あと案外明菜様ってV系アーティストにリスペクトされているんだけれども、そういう系譜からも受け入れられる余地はあるかも。10代からマイコーやドナサマーが好きだった明菜様の28年目の時代への問い。
 「Diva」の サビの転調がアホみたいにカッコいいよぅ。
 とにかく今回は中森明菜ってことをひとまず置いて、試聴してほしい。んで、心に刺さるものがあったなら是非買ってほしいな。ってわけで以下、YoutubeのPreview。

 http://www.youtube.com/watch?v=XbHNEy84m7w&fmt=35

 私的には、のすたる爺の癒しにつきあうカバーアルバムの明菜よりも、こちらを支持したいぞ、と。




2009.08.17

 あなぐらに引きこもっていたまこです。皆さん元気でしたか。明菜様の「SONGS」一回目、良かったですね。
 んでもって、暑い中足をはこんで夏コミで中森明菜本をご購入してくださった皆様、ありがとうございました。
 売れ残りの在庫戻ってきたのですが、当日におまけ配布した小冊子「中森明菜 オリコン/ザ・ベストテン シングルチャート分析」(全12頁)も十数部戻ってきましたので、本日発送分以降、ある分だけ明菜本・通販購入の方におつけします。未購読の方いましたら、判断のひとつにつけくわえてやってください。
 ちなみに前の日記でも言いましたが、この小冊子は秋発売予定の明菜本・パート2に掲載予定です。これ目的でわざわざ二冊目購入しなくても大丈夫ですよ。

 ――というわけで、ここ二ヶ月くらいの最近のわたしはその第二弾の作業に没頭しています。九〇年代のパートは只今校正と推敲の段階、それと平行して〇〇年代のパートをちくちくと書いてます。九月頭には予約開始やら本の価格や頒布開始日などスペック部分についてもアナウンスできるかなと思います。
 ってわけで報告だけして、また再び地下に潜りますね。ずごごごごご。



2009.07.20

■ 栗本薫 お別れの会

 栗本薫のお別れ会が九段会館で行われたのに参加した。
 始まる前の客席、今でもネットやらなにやらで繋がりがあるのだろう熱心な現役の女性ファン同士が、色々楽しげに語り合っている。
 はじまる。司会のアナウンサー・小倉淳がでてきた。早川書房の社長が弔辞を読み上げた。講談社の担当編集が弔辞を読み上げた。田中芳樹が三十年程前の思い出を語った。アニメ「グインサーガ」のプロデューサーが弔辞を読みながら、号泣した。彼女のピアノの先生が弔辞をあげて、追悼の一曲を演奏した。
 彼女の残した音楽の生演奏をバックに献花がはじまった。次々と白いカーネーションが遺影の前につまれていく。途中「グインサーガ」のテーマ「Guin With Panther Head」の生演奏が流れ出した。それに号泣する人、一緒に小さく歌う人、たくさんいた。
 残された夫、今岡氏に、献花をした半分近くの人が挨拶をしている。
 なんだかひどくわたしは宙ぶらりんな気分だった。多分自分はここにいるべきじゃない人なんだろうなと思った。ここに繰り広げられた「人々に愛されたまま逝った天才作家・栗本薫」というのに、なんらかの違和があったからだろう。涙をどこか覚めて見ている自分がいやらしい。
 わたしは彼女の遺影の前に立ち、なにかどうでもいいようなことを一瞬だけ頭の中で言葉にして、そして家路についた。
 これ以上なにか言っても下司なことばかり言いそうなので、言わない。



2009.07.14

■ 追悼・平岡正明

 最近訃報ばかりだ。平岡正明が亡くなったらしい。九日に亡くなり、十三日に葬儀があったことを今さっき知った。
 最初に彼の文章を読んだのは「ミュージックマガジン」に掲載された「たぶん、これが明菜の深層心理」だ。古本屋にあった中森明菜のイラストだった「ミュージックマガジン」のバックナンバーをなんとなく手にして、目を通しておよそ生理的に反発、「なんじゃこりゃぁっ!」となったのがファーストコンタクトだったと思う。
 それがわたしが高校生の頃で、その時は露骨に悪感情を持ったのだけれども、なんとなく忘れがたかった。他の「評論」とよばれるものには決してない――論理ではなく、文体としての抗いがたい魅力をそこに感じたからかもしれない。
 彼の、すべてを押し流す土石流のごとき妄言と暴論の奔流、そして時々やらかすお茶目な勘違い、これは評論ではなくファンタジーなんだ。そう気づいた時には、彼の著作を何冊か読了したあとだった。
 とはいえ左翼運動家としての彼をわたしはよく理解できなかったので、彼の歌謡評論しか親しむことはなかったけれども、それでもおそらく私が文体において最も影響を受けたのは、平岡正明の歌謡評論と中島梓のエッセイなんじゃないかなと思う(――だから私の文章が妄想まみれで、牽強付会で、思いこみが激しいのは、致し方ないことなのである、嗚呼)。
 彼は九六年に中森明菜の三波春夫の本を上梓して以来、積極的に歌謡評論に携ることはなくなっていったけれども、それでも私にとってはリスペクトするひとりだったことにかわりはなく、五月には「中森明菜 歌姫の軌跡」を平凡社気付で進呈したけれども、間に合わなかったのかなぁ、それがほんのちょっとだけ残念だ。
 私が読んだ彼の本の中で一番好きなのは「山口百恵は菩薩である」。対象への愛が一番溢れているのがやっぱりこの本だったんじゃないかなあと思う。彼が歌謡評論でひとりのアーティストの全作品をつぶさに調べあげるという作業をしたのは、私が知る限り山口百恵だけだ。



2009.07.08

 ずいぶん前にアップした文章を見ると本当、卒倒しそうになる。
 なんだ、これは。もうひどい、ひどすぎる。
 言葉がやたら棘々しかったり、偉そうだったり知ったかぶりだったりっていうのは、今でもそんなに変わりはしないかもしれないけれども、いや、今ならもっと、もっとなにか違う言い方をするはずっ。はずですよっ。こんななにも触るものすべてを傷つけるかのように殺伐と嫌な奴でなくても。頭でっかちで欲求不満の二十代の青年の生臭さみたいなものが文章から滲み出ている。
 ああ、いやだ。きもい、きもいよ俺。
 サイトをはじめたのが六年半前、その頃の私は自分の心の内側に色んな思念や言葉が渦巻いていて、けれどもそれを上手く文章で説明することができなくって、いつも白紙の原稿用紙やワードの前で呆然としているばかりだった。なにかひとつ書こうとしては上手くいかないと諦めるばかりで、しかもそれは十六歳くらいの頃からずっと続いていたことで、いい加減その繰り返しに飽き飽きしていた。
 こんなことやっていてもなんにもならない。下手でも理解されなくてもヘンテコでもなんでもいい。とにかく無理矢理にでも書いて、それを人目に晒すのだ。胸の奥にわだかまるなんだかわからない色々な感情や理屈をとにかく外へ排出する。そのためにわたしはこのサイトは立ち上げたのだ。
 それから様々な変節を経て、かつてにあったようなやむにもやまれぬリビドーと言うのは、今はさほど強くない。表面張力ぎりぎりだったそのわがたまりも今はほぼ一定の水位を保っている、と思う。
 上手く書きあらわせないだろう、誤解される怖れのあるだろう、そういったテーマのものはみだりにアップしないようにもなった。ま、時々、勢いづいて書いちゃうんだけどね。
 まあだから、最初期のテキストがきもいのは、仕方ないのだ。しょうもなさや気持ち悪さもある程度の覚悟を持って晒したものなのだから。
 と、かつての文章のに対してそのように受け止めようとしているのだけれども、なにかのニュースなどから、そのようなテキストにアクセスが集中したりすることが最近は富に多くなり(――先日も先日で倉田真由美のできちゃった再婚ではるか彼方に書いた彼女に関する下手なテキストにアクセス集中していたし)、そのたびに今の自分とかつて書いたテキストとの間の微妙なズレみたいなものがあってどうにもむずむずしてしまう。
 面倒なら削除しちゃえばって考えもあるのだろうけれども、それは確かに簡単だけれどもちょっと違うかなぁ、それを書いた時にわたしがそう思ったのは事実で、それ自体はなにも恥じ入ることはないのだから、などとぐるぐるしているわけだ。
 「せめて自分が愛着を持っている物事に関するテキストは、書き直したいなあ」
 そんなふうに思うようになっていた。
 と、去年の秋口から冬にかけて、サイト内の多くのテキストの再編集とリライトをして、今年の五月に中森明菜の本を同人誌で出したのは、そういう理由なのだ。
 六年前と比べたら少しは上手に表現できてるかなぁ、と。まあ人間なんて本質的なところはさして変わらないもので、もしかしたら多くの人には前とまったく同じに映るかもしれないけれどもね。まあまあ、かたつむりだよ人生は。




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