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メイン・インデックス歌謡曲の砦>「年間チャート回顧」 ―1989―


「年間チャート回顧」 ―1989― その1 

シングル編

アルバム編 part1
アルバム編 part2


 ―前文―

初回「『歌謡曲』が『J-POP』になった時」の対談の直後にもうひとつの企画ということでもうちょっと軽いテーマをと、TSUKASA氏のサイトのコーナー「年間チャート回顧」のスペシャルバージョンというのはどうかと、これは前回の対談のわずか30分後にはじめられた。
前回の話の流れから平成のはじまりで80年代の終わり、日本ポップスの転換期となった89年が1番いいかな、との目算でわたしはこの年をピックアップしたのだが―――これまたTSUKASA氏にすっかり読まれていたようで。
美空ひばりがなくなり、松田聖子と中森明菜が転落し、Winkがレコード大賞を獲得した89年。ではでは、こちらもどんなものになったのか。ちょっとばかり一緒にプレイバック。





TSUKASA (以下T):というわけで対談第二回!になるのか?
まこりん (以下M):はい。早くも……
T:今回のテーマは「89年オリコン年間チャート懐古」。お願いします。
M:まぁ90年から96年もおいおいやるつもりなんですが、私がからむということでどの年からがいいかなぁと私がつかささんに相談なく決めてこの年かな、と。お互いこの年にはじめてアルバムを買ったという事実が発覚したので
T:そうなんですよね(笑)WINK!「TWIN MEMORIES」
M:二人を結ぶ絆がこんなところにあったのかと言う。まぁあれもいいお皿なんですが
T:なかなかない一致ですよね、これは
M:うん。怖いくらいの一致だ。そんなに売れたアルバムじゃないし
T:よりによってWINKという
M:私の時代って、初めて買うCDって工藤静香かTMかプリプリって感じだったんだけれどもTSUKASAさんの世代はもちっと後なのかな?
T:や、どうだろ チャゲアスとかだと思う
M:そうだよね。2、3年の違いがそこにある。て、まぁそんな二人にとって思い出深いWINKがレコード大賞を取ってしまった89年の話を今回はぐぐっと追及。ということで始まり始まり―――



  <シングルチャート編>
     
 売上  タイトル  アーティスト
1 81.5 ダイアモンド プリンセス・プリンセス
2 75.9 世界でいちばん熱い夏 プリンセス・プリンセス
3 74.6 とんぼ 長淵剛
4 68.2 太陽がいっぱい 光GENJI
5 63.0 愛が止まらない WINK
6 60.7 恋一夜 工藤静香
7 54.9 淋しい熱帯魚 WINK
8 52.4 嵐の素顔 工藤静香
9 52.4 黄砂に吹かれて 工藤静香
10 52.3 涙を見せないで WINK
11 47.2 地球を探して 光GENJI
12 44.2 激愛 長淵剛
13 42.5 秋 男闘呼組
14 40.8 夢の中へ 斉藤由貴
15 40.7 Return to myself 浜田麻里
16 35.4 Time Zone 男闘呼組
17 35.3 ANNIVERSARY 松任谷由実
18 32.5 Runner BAKUFU-SLUMP
19 31.3 GLORIA ZIGGY
20 31.2 リゾラバ BAKUFU-SLUMP



  ■プリンセス・プリンセスはソニーブランドです


M:まずシングルチャートから……
第1位がプリンセスプリンセス「ダイアモンド」、「世界でいちばん熱い夏」とともに1、2フィニッシュだね。
T:ワンツーってのはすごい
M:でも88年の光GENJIは1、2、3取ってたし
T:でもオリコン史上でもそんなにいないでしょ?あとピンクレディーくらい?
M:たしかにそれくらいだよね。なんか彼女たちはこの時点で既に頂点極めちゃったと言う感じがして悲しい。これ以上のヒットってあったっけ?
T:や、シングルの売上はこの年が最高でしょう
M:結構地味に90年代前半まで売れていたのだけれどもこのニ曲に集約されている感はあるよね
T:ですね。っていうか自分かなりプリプリ好きだったのですけども。アルバム途中まで全部買っていた
M:あ、そうなんだ意外。では熱い思いの丈をぶっちゃけてくださいな
T:えっ。や、もう最高じゃないですか。だ・い・や・も・ん・ど・だねー って。メロディがポップだ
M:アムウェイ讃歌という噂はアレは本当なの?
T:ええっ(笑)。や、そんな幼少の思い出を汚すような
M:噂は知っているんじゃん
T:耳ふさいじゃいますけども。や、でも好きだったなあ。ガールズバンドの走りだ
M:女性ばかりのガールズバンドって他なにがあったっけ?レベッカタイプの女性ボーカル、あと男という形態はいっぱいあるけれども。
T:プリプリをきっかけになんかこう、ピンクサファイヤだのSHOW-YAだのゴーバンズだの
M:あぁぁ、いたね
T:その流れがホワイトベリーやZONEに繋がるわけですよ
M:ホワイトベリーやZONEはプリプリ系譜のソニーブランドなわけだ。なるほど
T:そうです。プリプリに足向けて寝られないです。もうどっちもいないけども
M:ていうかあの路線は元気な女子高生っぽさがウリだからプリプリもかなり衣装的には無理していたし
T:わはは。出が赤坂小町ですからね
M:ベストテンとかの衣装とか結構アレじゃなかった?
T:や、アレだった
M:でもこのアイドル的なテイストもありというスタイルは本当にソニーに引き継がれているよね
T:アイドルでありロックバンドでありガールポップでありというおいしいとこどりのような
M:それゆえに浮き草っぽくもなっちゃうんだけれどね
T:ショボーン。



  ■5年ぶりミリオンセラー


T:長渕!!!これは2年越しで売れたんですよね
M:そう。83年の大川栄作「さざんかの宿」以来のミリオンヒット
T:偉大だ
M:これはドラマ「とんぼ」のインパクトが強かった
T:長渕キック!
M:みてた?TBSドラマ
T:や、ハードすぎてみてなかった
M:最後のながぶっちの絶命のシーンとかほとんどブラクラ。小学生にはきつかった
T:わはは
M:「北斗の拳」並の流血。ほとんど冗談だった
T:この頃の長渕って「乾杯」あたりから火がついてセールス的にはノリノリでしたよね
M:うん。正確にはTBSドラマで火がついた「親子ゲーム」「親子ジクザク」ときて「ジグザグ」の主題歌「ろくなもんじゃねぇ」でセールス的に復活して「乾杯」「とんぼ」で、大飛躍。
T:そんであれよあれよと100万枚
M:この頃の長渕はなぜか「ザ・ベストテン」で1位にならないとでない歌手と言うイメージがある。「ろくなもんじやねぇ」も「乾杯」も「とんぼ」も1位になったら出た
T:長渕イズムですよ。よくわからんけど
M:「Never change」とか「激愛」は1位取れなかったから出なかった
T:「激愛」!熱い曲なのに!歌えよ!
M:舌を噛み切った、だもんね。怖いよ
T:わはは
M:でも86年には「ザ・ベストテン」にスポットライトでている長渕。案外日和見?というか売れたら調子に乗った?
T:ってか、「順子」とか歌ってた頃のイメージはもうどっか行ってましたね、この頃。怖キャラになっていて
M:うん。なんかブルーワーカーの広告みたい。「あの時のひ弱なボクちゃんじゃないのさ」的な無駄に鍛えたいじめられっこ的なイタさみたいなものが漂っていて素敵でしたねぇ
T:わはは
M:と褒め殺す


    ■毎度お馴染みジャニーズ商法


M:光GENJI「太陽がいっぱい」
T:出た!
M:来たねぇ―――
T:これはもう、WINKとともに音楽聞き始めたころの強力な記憶として残っているので思い出深い
M:これはこの年の日本歌謡大賞を受賞している。彼らの最後の大ヒット曲
T:作曲が大江千里
M:意外だよね。でも曲調は確実にASKA路線狙っているよね
T:パラダイス銀河路線というか
M:初期3部作を彷彿とさせる
T:この無駄なキラキラ感がいいですよね
M:無駄っつうなっっ
T:若さ!夏!きらめいている!みたいな
M:ジャニーズ歌謡のイタイケ感満載だよね。青い……
T:うん。もうジャニーズそのものという感じ。でもセールス的にはこのへんが頂点なんですよね
M:このシングルって七パターンジャケットが用意されていて7週連続で新しいジャケに変わっていたんだよね
T:そうでしたっけ?
M:確かそうだったと。今週はカーくん、今週は大沢ミッキー……って。
T:すごいな、安室とか浜崎なんか目じゃないじゃん。全部買った人も当然いるだろうなあ
M:ジャニーズ商法の粋
T:カップリング変えて、とかもやりますよね
M:少年隊の「仮面舞踏会」とか、男闘呼組「DAYBREAK」とか。――ただねその7週のうち2週だけ1位のがしているだよね
T:だれのときですか(笑)
M:それがわからない(笑)
T:分かりたいなあ(笑)
M:これはいたたまれないよね
T:本人ショックだろうなあ。1週だけじゃなくてよかったねと
M:データを見ると一週が氷室京介の「Summer game」もう一週が男闘呼組「Rockin' my soul」――って後輩が阻んでいます、先生
T:あー男闘呼組に負けたか。や、でもこの曲はいいです。このキラキラ感を失くしたくない!
M:確か「ザ・ベストテン」では寺尾の「ルビーの指輪」の1位12週を抜こうと思っていたのに、番組が終わって記録更新できないとか諸星がほざいていたと言うのをわたしは覚えている
T:ほざいていたって(笑)
M:いやぁ、あの頃の諸星ひどかったし
T:人生の絶頂だものね
M:結局工藤静香「黄砂に吹かれて」に最終回で抜かれるんだけれどもね
T:なんだ抜かれたんかい
M:うん。その辺のみっともなさも諸星だなと
T:かーくん・・・
M:と、哀愁モードになったので次



  ■89年、台風の目。 Wink 工藤静香


M:こっからはWINKと工藤静香入り乱れで各3曲
T:こうしてみるとアイドル多いっすね、この年
M:多い
T:プリプリも半分アイドルみたいなもんだし。その中でなぜか長渕ひとり異彩を放ちまくっているという
M:上位チャートを見る限りだとアイドル冬の時代到来が来るとは思えない
T:ですよねえ。これだけみたら黄金期じゃないですか
M:これが一気に翌年から変わっちゃうんだよねェ。この年に「ザ・ベストテン」が終了、「夜ヒット」がニ時間から1時間に縮小。でもって90年に「トップテン」と「夜ヒット」終了。
T:結構、90年でガラッと変わっちゃいますよね。年代の節目とともに
M:これは、シングルに関してはこと歌番組の影響というのが大きいということの証左かなと思ったりする
T:それは大きいですねぇ
M:視聴率悪いと言っても10%で単純計算で1200万人見ているわけだから。そこで毎週流れているとなっちゃうと買うでしょ、やっぱ。つい手が伸びる
T:なんで一気に音楽番組潰れたんですか?
M:視聴率の低下。「ザ・ベストテン」が10%台をうろうろしだして、
T:そんなに下がっていたんだ
M:でも今の「Mステ」はもっとひどいし、でまぁ、それでも歌番組で1番数字持っていたのね。 しかし「とんねるずのみなさんのおかげです」に負けたのがそうとう悔しかったのか、あっけなくベストテン終了。でまぁ、1番数字持っていた歌番組がやめるっつうなら他局も一緒になってやめたと言う、そんなところなんじゃないかな
T:とんねるずに潰されたのか
M:「みなおか」以前の「ザ・ベストテン」は普通に20%越をキープしていた。88年春あたりまでは無敵。
T:だってあの頃、学校いったらまず「みなおか」の話題だったものなあ。ノリだ―、どぅうえーい とかいって。そんな歌番組とともにあった歌謡界の最後の年だ
M:そうだね
T:そう思うとなんかアイドル歌謡だらけというのは感慨深くはあるなあ
M:工藤静香もWINKの大ヒットというも結局この年だけだったし。静香は以後「くちびるから媚薬」とか「慟哭」も売れたけれどもね
T:WINKはレコ大まで獲ってしまいましたからね。この年の勢いはすごかった。「やまかつWINK」なんて派生物も生み出したし(笑)
M:邦ちゃん……この人もこの時の人だよなぁ
T:ああ、なんかしんみりしてしまうのが多いですね、さっきから
M:うーーんやっぱり時代がバブル絶頂で華やかだっただけにギャップがね
T:ですねぇ・・・栄華を極めてしまっただけに、という。で、WINKなんですけどアイドルがどんどん主体化していくなかにあって
M:徹底して人形であり続けたよね
T:お人形さんのようなアイドルをデフォルメしたというのは新しいというか、異質ではありましたよね
M:これはアップフロントのつくったポストアイドル像なんだと思う。同時期にアップフロントの森高千里も「17歳」でブレイクしたじゃない。
T:はいはい。森高もかなりデフォルメしてましたね。「アイドル」というものを対象化して
M:アイドルと言う存在が「ナシ」という状況かでいかにアイドルたるべきか。その方策としてウインクと森高が出てきたと
T:アイドル冬の時代にあって、森高は見事サバイブしてましたもんね
M:このノウハウがあってモー娘。に繋がるんじゃないかな、と私は思う
T:新しいアイドル像という。でも森高はわかるけどWINKはまたなんか独特な気が
M:ウインクはバーチャルアイドルとかの方向だと思う。ゲームのキャラクターとかそういう方向。電脳空間にしかいないアイドル
T:ああ!なるほど!すごい繋がりを見出しますね、まこりんさんは
M:褒められた
T:いやあ、そことそこが繋がっていたか、という。ってか話が膨らみまくるんですけど。
M:あのウインクの虚構性っていうのは、シュミラークルの極致。もう1度再現する価値と言うのはあるかなと私は思ったりする。またそこにユーロビートという楽曲の匿名性がまたフィットしたんだよね。 あと、レコ大は下馬評では美空ひばりと言われていて、結構「淋しい熱帯魚」には賛否両論だったみたいなんだけれども。
T:ああ、それはおぼえてるな
M:あそこで「淋しい熱帯魚」っていうのは「これからはJ-POPの時代ですよ」というメルクマールだと私は思う
T:深い・・・
M:って前の歌謡曲とJ-POPの話の続きみたいなことをいっている
T:でも89年と90年っていう節目と、歌謡曲とJ-POPの節目ってリンクしてますよね
M:平成ー昭和の境目でもあるしね。しかもこのレコ大は歌謡曲の女王のひばりとの対決であったわけだし。 でも「淋しい熱帯魚」って大賞に相応しい高度な楽曲だよね
T:「淋しい熱帯魚」は大好きですね。和製ユーロビートの傑作だ
M:馬飼野康二チックだよね。かなり展開に無理がある。
T:♪ゆらゆらすいみーん のところが突飛で好きです
M:ああいうサビが何個もあるようなのってなんか捨てがたい魅力がある。波状攻撃のような展開
T:最初から最後まで勢いありますもんね、この曲。聴かせどころは全部だ、という
M:ずっとサビみたいな。無理やり持っていきます。有無はいわせません、という
T:またオケがいいんですよ、これ。やたらシンセシンセしている
M:船山センセってこういう和製ユーロビートやらせたら右に出るものいないし
T:素晴らしいです


M:それに比べると工藤静香は平板な保守的歌謡曲という感じかな。彼女の気合は感じるけれども
T:でも「恋一夜」とか大好きで
M:アレは詞がいいよね。エロなのにイヤらしくない
T:まあ、当時は歌詞の意味とかわからないで聞いていたんだけども(笑)
M:いやぁそんなもんでしょ
T:妙に静香が情感たっぷりに歌うのでなんかもっていかれてしまうものがあった
M:眉間にしわ寄せまくって必死に歌うんだよね当時の彼女って
T:そうそう(笑)物真似されるときは必ずしわを描かれていた、ペンで。あと、「嵐の素顔」も大好きなんですけど
M:バスドラがバカバカいう
T:「恋一夜」と「嵐の素顔」もサビが何個もある!っていう感じですよね非常にこうプロフェッショナルというか
M:ゴツグ全開。「黄砂に吹かれて」がわしは1番好きだったなぁ
T:「黄砂に」は当時あんまわからんかった。シブくて
M:はじめて聞いた時、一種の高揚感を感じたなぁ。これ以上はもうでない、という感じ。この曲でレコ大でウインクと勝負して欲しかったと当時の私は思った
T:あれ、なんで出なかったんですか?
M:工藤静香って賞レースには消極的だったっぽい。88年も「MUGO・ん…色っぽい」で金賞もらったのにレコ大は辞退したし。むしろ喜んで出そうな立ち位置なのにね
T:まあ歴史に頂点を作らない、というのは生き残る秘訣でもあり。そんなこと考えたわけじゃないかもしれないけど(笑)
M:純粋に駆け引きだったんじゃないかな。88年は光GENJIで、89年は美空ひばりで決まりというムードがあったし
T:まあしかし、WINKと静香はすごかった、この年はということで
M:一瞬の光芒に終わっちゃったけれどもね
T:しょぼーん
M:とはいえこのラインまでこれたのは明菜、聖子以来だったし、それは認めないとかわいそう
T:そうですね、ここまで上り詰めた、っていうのはすごい。女王的な存在というか。


  ■青春路線の賞味期限は短めです


M:では下位10タイトルはセレクションでお互い思い出ぶかいのをピックアップ。なにかいいたいものがあればどうぞ
T:爆風スランプ。これはインパクトあった。サンプラザ中野の風体が
M:そっちかよ。彼らは「無理だ」のラインでヒット飛ばして欲しかったよなぁ
T:あははそしたら米米になってたかもね
M:かもしらん
T:この「Runnner」のヒットによって青春路線が決定してしまって
M:「涙涙」とか
T:挙句「進研ゼミ」のCMに繋がるという
M:こういう青春モノって賞味期限が確実にあるからそれをどうサバイブしていくかが難しいよね。プリプリとかにもいえるけれども
T:年相応のテーマにうまく以降できればいいんだけども
M:そのさじ加減を大抵失敗するんだよね
T:まあ、爆風は「Runner」のインパクトが強すぎたな。「はっしるー はっしるー」だもん、これ以上のキャッチーなのないですよ
M:一応ベストテンヒット何曲かあるけれども、一発屋的テイストが強いよね
T:出来すぎた曲っていうのもだから、難しいですよね。それでイメージ固定されてしまうから
M:こういうのはポップス界にある1番のトラップだよね。誰もが1度は引っかかりかける
T:どうすり抜けるかなんですよね、そのへんはリスナーとのかけひき
M:むずかちい
T:ま、爆風は売れたときから既に徒花的匂いはぷんぷんしていたが
M:まぁそれを言ったらそうなんだけれどもね。むしろよく持ったというか、結構粘ったよね。最後のヒット曲が猿岩石応援歌「旅人よ」
T:電波少年がらみ



  ■ユーロの果てに邦楽へ


T:まこりんさんはこの中だとどれですか
M:えーっとまず斉藤由貴「夢の中へ」。カバー+ハウスという手段、これは森高とかもそうかな
T:ありましたねー。おれ、この曲最初に聴いたのは斉藤由貴バージョンなんですよ
M:あ、私もそうよ。陽水のシングルはそんな売れてないし
T:代表曲ってかんじではないんだ
M:そりゃそうっしょ。2番手くらい?
T:でも斉藤由貴バージョン結構好き。なんかふわふわした感じが、ボーカルもあいまって
M:かなりよくできたプロダクションワークだと思う
T:編曲誰ですか?
M:崎谷健次郎。彼女のブレーンのひとり
T:これはでも選曲もアレンジもうまい
M:理想的なカバーソングだよね。掛け算が上手くいっている。80年代末期の邦楽カバーで1番売れたんじゃないかな
T:つい最近邦楽カバーブームとかありましたけど
M:亜麻色とかあのあたり?
T:そのへんに端を発している。まあ粗雑なカバーも多かったですけどね(笑)
M:原曲に対するアプローチの仕方が雑なものが多かったよね。誰とはいわないけれど
T:誰とはいわないけれども(笑)80年代は邦楽カバーってそんなに盛んではなかったですか?
M:この時期にちょっただけ流行った。森高千里「17歳」、薬師丸ひろ子「時代」、田中美奈子「涙の太陽」、坂上香織「グッバイマイラブ」……。
T:あああ(笑)あったなあ。プチブームだ
M:当時の邦楽カバーはユーロカバーの延長で邦楽までいきついた、というモノが多かったかな
T:なるほどユーロブームでもあったんでしょうか
M:第二次ディスコブームの末期かなこの時期は。マハラジャとかあのヘンの
T:マハラジャ(笑)
M:トゥーリアのバリライトが落下したが88年だから、ホントにブームの尻尾だね
T:その行き着いたところがWINKであり、ユーロ+カバーであり
M:「夢の中へ」でもあったと
T:斉藤由貴はセールス的にはこのへんがピークですか?
M:この時期の斉藤由貴はアイドルと言うよりももう女優の時代。歌は自作によるセルフプロデュースに走っていて、まさか売れるとはスタッフの誰もが思わなかったという。アイドルとしては彼女は86年がピークかな。
T:最後ッ屁みたいなって汚いな
M:このあとのシングルが3年後だから本当に偶然だったんだろうね
T:あっ、そうだったんだ


  ■ユーミン時代


M:あとユーミンがシングルでは久々に年間チャートにはいっているよね。「守ってあげたい」以来。
T:この人はアルバム主体ですしね。ちょうど結婚式が派手になっていく頃ですね
M:ははは、その需要もあるか。シングルにしても「Sweet dreams」以来だし。ユーミン時代がシングルにも波及したなという。 ただ曲自体はユーミンのクオリティーでいったら並くらいだよね。この歌は。
T:うん、並ですね
M:良くもなく悪くもなく
T:私もそんなに好きでもない。まあ「あなたを愛〜してる」はキャッチーだよなぁとそりゃ新婦も泣くわという
M:これがここまで来たというのが、当時の彼女のパワーかな、と
T:ユーミンはこの頃無敵でしたからねぇ、というのはアルバムで触れるとして


  ■マイナーがメジャーをあっけなく凌ぐ時


T:ああっあと1曲!ZIGGYの「GLORIA」も思い出ぶかい。これが年間チャートの上位に入ったっていうのは結構でかいのではと
M:いわゆるバンドブームのひとつだよね
T:そうそう。なんだけど、バンドブームというと89年〜91年あたりのいわゆる「イカ天」ブームというのが主に語られるんですけども
M:そうだね。翌年の「たま」とか。
T:バンドブームの灯自体はもっと前からくすぶっていて、それはインディーズシーンが盛り上がったりとか、インディーズVSメジャーの構図というのが当時のバンドブーム前夜みたいな状況のなかであって、そこでこの見た目は思いっきりアウトローで、 けども曲は思いっきりポップで、バッドボーイズロック的なものがお茶の間に広まったという意味では結構記念すべき一曲かなあと
M:ボウイとかTMとかレベッカとかがひいた道筋よりも?それとは別の文脈でと言うこと?
T:別の文脈ですね、それは。あくまでライヴハウスの中でやっていたもの――閉塞していたそういうものがいきなり表に出てきたという印象がある
M:まぁこういうものがぽんっとチャートの上位にいきなり出てくるようになったのはこの頃からだよね
T:カオス状態の開始というか
M:一般的な認知がされるという前提を飛び越えて「何者こいつら?」というそういう出方。でも売れているんだってよ的な
T:全然違うところからパッと現れるという
M:ボウイとかはじっくりと知名度をあげてセールスをあげていったけれども、こいつらはいきなり、という
T:いきなりですもん
M:べつのところから訪問者のように突然現れる、という
T:遊星からの訪問者
M:ビジュアル系の売りだしパターンの原型っていったらこの辺りかもしらん、っていうそういうことでしょ
T:うん
M:ではシングル編の気がすんだというところで続いて、アルバム編へ―――




その2 アルバム編 part1へ

2005.05.04
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