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斉藤由貴 全シングルレビュー

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 斉藤由貴の音楽的な僥倖は、まずキャニオンの長岡和弘ディレクターの下に置かれたのが大きいと、私は思う。 長岡氏は、元々甲斐バンドに所属していただけあって、合宿レコーディングがなによりも大好きなのだ、という。(――実際、河口湖でのレコーデイングの話はよく斉藤自身からもでていた)。 それは歌手はもとより、プレイヤー・作詞・作曲者などを一堂に会してくり広げられる(――ちなみにアルバム「AXIA」制作の合宿中に手持ち無沙汰になって書いたのが松本隆の初の小説「微熱少年」なのだとか)。
 ヒット曲のつくり方というのは、この時代から既に分業的・工場的になっていて、なかには、作詞・作曲など、大きくかかわったにもかかわらず、提出したらそれっきりでショップで見かけて採用になったことをはじめて知った、というパターンも少なくなかったという。
 それに比して、こういったみんなでわいわいやりながらの作品作りは、手間がかかるのはもちろんだけれども、その分、作り手同士の意志の疎通がすみやかにできるし、ああすればこうすれば、と、それぞれがアイディアを出し合ってさらに質のよいものへと高めあうことができるなど、さまざまなメリットがある。 そしてなにより、関わりあったそれぞれが「自分の作品」と自負できる。
 斉藤由貴の作品は、だから、バンド的であり、ファミリー的で、あるのだ。 ――長岡氏をはじめ、松本隆、武部聡志、上杉洋史、谷山浩子、崎谷健次郎などなど、かつて彼女の作品に関わった者と彼女との関係が今でも密である理由が、そこだ。

 と、こういうスタイルになると、勢い、その場その場の一発勝負のシングル作りよりも、みっしり練りこんで世界を作りあげられるアルバム作りのほうが、作り手の熱は自然と高くなってくる。 実際、斉藤由貴はアイドルとしては稀有な、アルバムアーティストだった。
 クオリティーが高いのはもちろん、アルバムのほうが、実際によく売れた。 もちろん、「卒業」「悲しみよこんにちは」「夢の中へ」という三大シングルヒットがあるのだけれども、 大体において、同時期のシングルとアルバムの売上のアベレージを出すと、アルバムのほうがセールスが堅調なのである。
 「AXIA」「予感」「ONE」「うしろの正面だあれ」「Lucky Dragon」などなど、完成度の高い、かつCFソングやドラマ主題歌としてメディアに大量投下されていた楽曲のことごとくを斉藤由貴のスタッフはシングル化することなく、見送っている。 いい作品をつくっているという自負がそれぞれあるのだろう。決して売りに急がず、作品とアーティストを尊重してマイペースに制作、発表しつづけていった。

 そんな斉藤由貴の歌手としての履歴の中で、シングルは、どちらかというと傍流になるのだろうけれども、記録としてここに残しておく。 シングル作品に触れて興味をもったなら、次は是非、アルバムを聞いてほしいアーティストだ。


※ レビューで取りあげた作品のほかにシングルとして一般発売されたアイテムがあるが、正規シングルとはいいがたいので以下に記載のみとする。

 「うしろの正面だあれ」 「終りの気配」  (ともに88.04.29発売、チャートインはせず)
 それぞれアルバム「ripple」「PANT」発売時にプロモーション・オンリーでシングルレコードはプレスされていたが一般発売はなかった。それが斉藤由貴のシングル作品が一斉に8cmシングル化された88年4月に、なぜか紛れこんで一般発売されている。

 「Christmas Night」 (88.11.21/49位/0.9万枚)  「Ave Maria 〜 Who」 (89.11.21/62位/0.5万枚)
 それぞれクリスマス限定で販売されたアイテム。クリスマス用のグリーティングカードなどと一緒になっていて、どちらかというとCDがおまけという趣向。楽曲も既発売のものである。





cover  卒業  (85.02.21/6位/26.4万枚)  作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志
 「青春という名のラーメン」で話題沸騰。ミス・マガジンとしてデラックスマガジンでは巻頭グラビアの嵐。4月からは連続ドラマの主演に抜擢。 この時点で既にアイドルとして成功は確約されていた斉藤由貴の、デビュー曲にして最高傑作っ。松本隆・筒美京平・武部聡志の三氏の才能が激しくスパーク。詞・曲・アレンジ・歌唱、全てがパーフェクト。由貴ちゃんの、まったく練れていない不安定なボーカルだからこそ、この曲は生きるのだ。 もう、どこを切っても傑作としかいいようがない。アイドルソング――というより、ワン・オブ・ゼムの少女の今は失われた叙情の世界。あなただったかもしれないし、私だったかもしれない。ともあれ、それは、遠い追想の世界なのだ。斉藤由貴における松本隆プロダクツのベースはそのあたりか、と。 斉藤由貴とともに、アレンジャー・武部聡志の出世作にもなった。 ただ、改めて聞くといかにもプロの職業作家の作った隙のない楽曲という感じで、素晴らしいのは確かなんだけれども、以後の、斉藤由貴とその仲間たち、という感じ作られた楽曲とは少々毛色が違うかなという感じもする。もちろん10点。


cover  白い炎  (85.05.21/5位/19.9万枚)  作詞:森雪之丞 作曲:玉置浩二 編曲:武部聡志
 「スケバン刑事」主題歌。セカンドは人気絶頂期の安全地帯の玉置浩二にオファー。力はいってます。ドラマをイメージしたのだろうけども、前作とはうって変わって、ビートの効いた激しいナンバーになっている。早くも漂うシリアスな声の表情には、生まれもっての女優魂を感じずにはいられない。ずぶの新人のはずなのに安定感、あるよなぁ。 さりげなく詞で「頬で涙が雪になります」――由貴と雪。言葉遊び大好き森先生なら、絶対やると思ったっ。つまり白い炎とは「雪」であり「斉藤由貴」自身のことでもあるのだ。7点。


cover  初戀  (85.08.21/4位/16.2万枚)  作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志
 あえて旧字体で「戀」。これが今回の松本隆のこだわり。前作のイメージからまたまたがらりと変わって「卒業」よりもさらに若い雰囲気。ボーカルも高音が今までになく幼い印象。松本隆が斉藤由貴で描く世界は、本当に擬古典的。大正浪漫な乙女ですっぱい世界。斉藤さん、詞をもらった時、あんまりにも嬉しくて、詞のかかれた紙を思わずおし抱いたそうで。「カフェテラス 風の絵の具が薔薇色に頬を染めるのよ」のところなんざ、正調松本節。エバーグリーンなアイドルポップといっていい良作。7点。


cover  情熱  (85.11.15/3位/17.8万枚)  作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志
 主演映画「情熱・雪の断章」主題歌。映画の大時代的な恋愛悲劇(――いわゆる近親相姦モノだよね、あれは)にあわせるかのように、少女漫画的でドラマチックな松本隆のペンが素晴らしい逸品。映画のシーンをひとつひとつ切り取ったような秀逸さ。真っ白な雪にぽたりとしたたる赤い血といった雰囲気。 可愛らしい世界を歌っても、激情の世界を歌っても「らしい」ところが、さすが女優の斉藤由貴。女性的な世界であれば、大抵いけるのだ。その後のスキャンダル女優時代の予感すら感じさせる業のある恋愛世界な一曲。これで松本・筒美三部作が完結する。9点。


cover  悲しみよこんにちは (86.03.21/3位/28.9万枚) 作詞:森雪之丞 作曲:玉置浩二 編曲:武部聡志
 アニメ「めぞん一刻」主題歌。アルバム「ガラスの鼓動」と同時発売。この年、司会を引き受けた紅白歌合戦でも歌唱した。「卒業」は匿名性・普遍性の高い、「少女」であれば誰が歌おうとリアリティーの生まれるだろうヒット曲だったけども、一方こちらは、アイドル・斉藤由貴のキャラクターと合致した、アイドルとしての彼女の代表曲といっていい。現代的な少女像でふわふわきらきらしてます。 作曲者・玉置浩二の前年の大ヒット曲「悲しみにさよなら」にアンサーするようにタイトルを対にしたあたりも、いつもの森雪之丞の遊び心(――サガンって感じじゃないもんな、この詞は)。デビューから自作詞に走るまでの短い助走のこの期間は、松本隆と森雪之丞のイニシアチブの取り合いが、面白い。 「向こうがこう来るなら僕はこうする」とばかりにミュージシャン上がりの叙情派で技巧派の男性作詞家ふたりが色んな仕掛けをもった作品を仕上げて、綱の引っぱり合いをしている、その翼下で、斉藤由貴は谷山浩子や銀色夏生と戯れつつ、自己を物凄い勢いで確立していく。8点。


cover  土曜日のタマネギ (86.05.21/6位/8.8万枚) 作詞:谷山浩子 作曲:亀井登志夫 編曲:武部聡志
 当時流行った12inchシングル。アルバム曲をロングバージョンとして発売した。当時のアイドルの12inchモノのお約束的に、ただオケが冗長になっただけで、特に趣向が凝らされているわけではありません。 ダンスポップスならまだわかるけれども、谷山浩子の歌でこれやられても……。楽曲自体は、少女らしいいじらしさや可愛らしさの中に女の情念がこめられた素晴らしい曲なんだけれどもね。 ちなみに88年4月、他のシングルと同じく今作もCD化されたが、そこに収録されているのはアルバムに収められているショートバージョン。7点。


cover  青空のかけら  (86.08.21/1位/16.6万枚)  作詞:松本隆 作曲:亀井登志夫 編曲:武部聡志
「卒業」でも「悲しみよこんにちは」でも「夢の中へ」でも1位が取れなかったのに、なぜかこの歌で唯一のオリコン1位獲得。タイミングがよかったのか。それまで歌番組の歌唱はいつもマイクを両手で持って棒立ちというスタイルだったけれども、この曲の軽やかなイメージに合わせるように、少しだけだが、振りつけがついた。詞は、当時の松田聖子が歌ってもおかしくない勝気で行動力のある女性像を描いている。作家陣といい作品のベクトルといい「SURPREME」に入っていても全然おかしくないよな。当時、アルバムでは順調に自作を増やしていた斉藤由貴は、ここで松本隆を卒業する。 ちなみに斉藤由貴の大ファンの有頂天のケラが後にカバーしているが、詞の一部を書き換えて男性視点に変換。「スタンダード・ナンバー」(南佳孝)と「メイン・テーマ」(薬師丸ひろ子)のような関係になっている。8点。


cover  MAY  (86.11.19/2位/17.4万枚)  作詞:谷山浩子 作曲:MAYUMI 編曲:武部聡志
 主演映画「恋する女たち」主題歌。谷山浩子と競作という形で同日にリリースされた。この歌は谷山の詞に相当気持ちが入ったようで、「だけど好きよ、好きよ好きよ好きよだれよりも好きよ」の連呼の部分、リリース当時、やたら涙まじりの歌唱が多かった。内向的な少女の、内なるパトスが溢れ出す、といった感じの作品。自分と世界の間にガラスが一枚隔たったような離人的な世界観を歌に昇華する手腕の鋭さは谷山浩子独特だよな。 「手をのばしても届かない、だけど届けたい」と谷山と斉藤は歌うのである。谷山と斉藤は魂の姉妹だな、うん。どちらのバージョンも甲乙つけがたし。8点。


cover  砂の城  (87.04.10/2位/13.6万枚)  作詞:森雪之丞 作曲:岡本朗 編曲:武部聡志
 アルバム「風夢」先行シングル。さてさて、森先生からもついに卒業の時がやってきたわけだけども、最後にして最高の曲がこれだっ。普遍性のある名曲。愛の終わりを描きながら、若々しくすがすがしいところが、好感のもてる一品。 リリース当時、初舞台の「レ・ミゼラブル」もあったせいか、この頃から歌うときの些細な所作のひとつひとつにも、それまでの初々しさは影をひそめ、いかにも女優らしい貫禄と艶が滲み出してきた。 髪型もデビュー以来のトレードマークのポニーテールから、色々と変化を見せはじめる。清純派アイドル女優というイメージから抜けようとしている斉藤さん。トーク番組の司会、なんていう柄にもないこともこの頃はトライしてはりました。 ちなみにこの曲、意外にも「トップテン」での唯一の1位獲得作品。さらにちなみに、「ザ・ベストテン」での1位はなく、「夢の中へ」「悲しみよ〜」「砂の城」の2位が最高位。先行シングルでなく、アルバム収録を次に見送っていたら、もちょっとセールス延びたと思うけどな。9点。


cover  「さよなら」  (87.11.18/4位/12.9万枚)  作詞:斉藤由貴 作曲:原由子 編曲:武部聡志
 主演映画「『さよなら』の女たち」主題歌。劇中では伊武雅刀が歌っていた。 セカンドアルバムから積極的に詞作を行っていた斉藤由貴。ついにシングルでも自作詞で挑む。 さよならを歌った歌ではなく、恋の至福の最中で、いま「さよなら」といわれてもずっと好きでいられるわ、という、だから鍵括弧つきの「さよなら」。ものすんごい甘い歌なんだけれども、不思議と聞いていて嫌味にならないのは彼女の人徳か。 きれい、なんだよな。愛の神秘とでもいえばいいのか神聖な雰囲気。人気アイドルのシングルという下世話さは欠片もない。 同じテーマでより表現を鋭くしたのに「朝の風景」という歌を、斉藤は後に作っている。 この時期から、アルバムプロデュースを自身で行うようになり、シングル制作からゆるやかに撤退してゆく。アイドルというより、女優であり、詩人であり、という立ち位置。 オリジナルアルバム未収録のカップリング「あなたに会いたい」(作詞・曲 原由子)は隠れ名作。私はこっちの方がもっと好き。7点。


cover  ORACION (祈り) (88.06.21/4位/9.1万枚) 作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:武部聡志
 主演映画「優駿」主題歌。作者・来生たかおとのデュエットとして発売された。フジのいわゆる「北の国から」班の作った映画の主題歌だけあって、神聖な愛の世界を歌ってストイック。 斉藤由貴の、いままでにない、鈴のようなフラジャイルで凛とした声と、ジェルトルな来生の声が不思議なマッチングで心地いい。バッキングもふたりのボーカルが引き立つように、最小限の音に殺ぎ落とされていて、実に繊細。とてもとても売れ線とはいいがたい。修道院のような、抑制の美世界。7点。


cover  夢の中へ  (89.04.21/2位/40.8万枚)  作詞:井上陽水 作曲:井上陽水 編曲:崎谷健次郎
 アルバム「age」と同日発売。サウンドプロデュースもアルバムと同じく崎谷健次郎が担当。多幸感いっぱいの夢見心地な一品。 この時期既に斉藤由貴のスタッフは、シングルで勝負するつもりはさらさらなかったのだろう。その余裕の遊び心が、このカバーの傑作を生み出した。 もともとの楽曲のクオリティー、アレンジの優秀さはもちろん、当時のユーロビートブームやカバーブーム、また斉藤由貴の意外な振り付けや、ショートボブのイメージチェンジなどなど、 様々な要素が複雑にヒットへと導き、あれよあれよと、チャートを駆け上り、発売9週目で2位まで上昇(――ちなみに初登場は8位、当時では「卒業」の14位に次ぐ低い初登場順位だった)。結果斉藤由貴最大のシングルヒットとなった。 崎谷健次郎の浮遊感のあるサウンドは、武部聡志のそれとは大きく趣を変えながらも、彼もまた斉藤由貴の歌手としての良さを完全に知りつくしている感じがする。大地からほんの数センチ浮いて生きているような斉藤由貴だからこそアレンジであり、カバーヒットといっていい。 彼もまた確実に斉藤由貴にとっての重要作家のひとりなのである。 ちなみにイントロの威勢のいいコーラスはBaBeのおふたり。彼女たち、斉藤由貴と同じキャニオンの長岡班のアーティストであった。9点。


cover  いつか  (92.01.15/50位/1.1万枚)  作詞:斉藤由貴 作曲:山口美央子 編曲:上杉洋史
 「夢の中へ」の大ヒットもすっかり過去のものになって約3年ぶりのシングルはアルバム「Love」からシングルカット。もはやアイドルという領域を完全に脱し、クリエイターとして女優として全力疾走していた時期に、なんの仕掛けもなくアルバムからのシングルカットをして、はたして売れるものなのか。いまいちリリース意図が読めないシングルなんだけれども、楽曲自体のクオリティーは高い。 当時のワイドショーで喧伝された、彼女の濃密で袋小路な恋愛風景を一枚のアルバムに封印したといった感のある「Love」のなかにおいて、まるで赤黒い情念を浄化せんとばかりの、爽やかな終わりと旅立ちの歌。さよならと大きく手を振って、斉藤由貴は過去と決別する。 色々と深読みはできるだろうが、表現者として嘘のつけない彼女が私は結構好きだ。ちなみにこの詞、一度書き上げて提出したのだが、仕上がったアレンジメントを聞いてすべて書き直したそうで。最初はもっと重く、暗い詞だったとか。8点。


cover  なぜ  (94.11.18/98位/0.3万枚)  作詞:斉藤由貴 作曲:筒美京平 編曲:澤近泰輔
 アルバム「moi」の先行シングルとして発売。作曲は久々、筒美京平御大。これはもう、シャンソンだな。斉藤由貴のくちびるからこぼれる想いが、ふいと歌になって立ち表れた、という感じ。 歌にある肉迫した感情、しかしそれがとてもさりげないのだ。「なぜ」という呟き――それは寄る辺ないひとつの魂のつぶやきである。なぜ……理由がわかることはないけど、それでも私たちは生きていく。 生きるって、辛いよなあ。でも、生きていくしかないんだよなあ。「卒業」を髣髴される2番の歌詞が、特になんとも切ない。 この時期、斉藤は結婚。このシングルとアルバム「moi」、さらにベストアルバム「Yuki's BEST」と久方ぶりのコンサートで、斉藤由貴・10年の歌手活動にひとまずのピリオドを打つ。10点。


cover  こむぎいろの天使  (99.04.21)  作詞:斉藤由貴 作曲:大島ミチル 編曲:大島ミチル
 ローカルシネマ「こむぎいろの天使」の主題歌としてコロンビアからリリースされた。作詞とボーカリストとしての参加という感じで、ジャケットに彼女のポートレートは使われていない。  大島ミチルのペンによる壮大なオーケストレーション(モスクワ録音)。それに対峙する斉藤のボーカルはまっつくゆらぎなく、ゆるぎない。新しい唱歌、といった佇まいだ。詞も、いつもの自分のカラーを完全に消している。 東宝ミュージカル「マイ・フェア・レディ」「十二夜」の日本語詞や、酒井法子「天下無敵の愛」など、この頃から「斉藤由貴の世界」ではない、匿名性の高いプロとしての作詞を彼女は自分の仕事にし始めている。6点。


cover  家庭内デート (やな家) (06.06.07/30位) 作詞:宮藤官九郎 作曲:富澤タク 編曲:上杉洋史
 斉藤由貴主演の宮藤官九郎ドラマ「我輩は主婦である」の主題歌。及川光博とのユニット・やな家名義でミッチーのレーベル・喝采からリリースされた――のだけれども、これ、超名曲っっ。 なにもかもがすばらしいとしかっっ。一見しょーもないコミックソングに見えて、ベースにある部分は例えば「ORACION」で見せた崇高な愛の世界や、あるいは「悲しみよこんにちは」の積極的に今を生きつづける姿勢と繋がっていると私は思うっ。思うったら思うのだ。 こんな馬鹿馬鹿しくも愛にみちみちた歌、傑作というしかないでしょうよ。愛ってすばらしいけど馬鹿っぽいものだもんね、実際。聞いて、「あー、おれもらぶらぶな家庭築きてぇーっっ」と思うこと必至。「子供がいたって構いやしない」ぜっ。 久々のテレビ歌唱の由貴ちゃんも、なんだかとってもうろんな感じで、ずぶと可愛かったです。面白い女優になってるなあ、由貴ちゃん。フツーにしててもなんか恐いんだよね。この世ならざる変なものがぼろっと口からこぼれてきそうな感じ。ミッチーの王子様演技もあい変わらず完璧。聞いた者をすべて馬鹿にさせる不思議なパワーを秘めている、らぶいちゃちゅっちゅなしあわせソング。10点。


cover  風の向こう  (07.01.24/195位)  作詞:斉藤由貴 作曲:いしいめぐみ 編曲:澤近泰輔
 ついに斉藤由貴名義で久々の新曲発売。復活した世界名作劇場の「レ・ミゼラブル 少女コゼット」の主題歌でもある。長年の音楽的パートナー・長岡和弘ディレクションによる作品。 A面のオープニング曲「風の向こう」は母・フォンティーヌから娘・コゼットへの想いを、B面のエンディング曲「ma maman(わたしのお母さん)」は、娘・コゼットから母・フォンティーヌへの想いを描いている。 斉藤に縁の深い「レ・ミゼラブル」を舞台に母子愛を描いた、清く正しく、ポジティビティーと詩情に溢れた、正統派のアニメソング。なかなかここまで古式ゆかしいアニメソングらしいアニメソングも今時珍しい。 テーマも、3児の母だけあって絵空事ではないリアルがそこから立ち上っている。アニメ好きの漫研部長の斉藤由貴の、成長し、母になった姿がここにある。 サウンドも生音重視のやさしい音作りで、これまでの延長といっていい。7点。


cover  悲しみよこんにちは(21C ver.) (07.11.18/121位) 詞:森雪之丞 曲:玉置浩二 編:澤近泰輔
 「猫森集会」に、「カラフルハート」に、2枚のシングル。07年、にわかに歌手活動が動き出した斉藤由貴ちゃんのセルフカバー。「風の向こう」と同じく長岡和弘がディレクションした四曲入りシングル。一応「悲しみよ〜」がシングル扱いだけれども、ミニアルバム的なものと見たほうがいい感じ。 歌謡ロック風だった「白い炎」はアコギメインでしっとり、ユーロビートアレンジだった「夢の中へ」もこれまたしっとり、きらきらアイドルポップスだった「悲しみよこんにちは」もこれまた落ち着いてしっとり、ってどれだけしっとりづくしやねん、というしっとり方向のお色直し。由貴ちゃんのボーカルは錆びついておりませんっ。一番面白かったのが「夢の中へ」のFanta mixかな。「夢の中へ」てドリーミーなアレンジメントがことよく似あうのだな、と。 元々斉藤由貴の楽曲って、アレンジ・歌唱含め当時からして完成度の高い、時代性を超えたエバーグリーンなポップスだったので、これ以上なにをいじる意味が、という感が強いけれども、なんとか乗り切ったという感じかな。7点。



2008.12.23
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