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河合奈保子アルバムレビュー  82〜87年




cover ◆ Summer Heroine
(82.07.21/AF-7133/最高位6位/売上 LP 7.5万枚 CT 3.8万枚) 

1. I My Me Mine 2. Non Stop Summer 3. ラブレター 4. アプローチ 4. 帰れない 6. 夏のヒロイン 7. 夏はSEXY 8. ペパーミント・サマー 9. プリーズ・プリーズ・プリーズ 10. もうすぐセプテンバー
 私が所有しているアルバムはここからなので、レビューもここから。個人的にはアイドルアイドルした河合奈保子には興味がないのであまり聞かないが、しっかりした造りであることには変わりがない。
 河合奈保子のスタッフは偉いなぁ、とつくづく思う。松田聖子の登場で一気に歴史が塗り替えられた80年代アイドル歌謡の流れのなか、この時期の「夏のヒロイン」まで河合奈保子は竜真知子−馬飼野康ニをメインに据えた一貫した70年代泥くさ歌謡で攻めたんだから。
 実際同期の岩崎良美の早期の路線変更(「赤と黒」から80年代ニューミュージック調の「LA WOMAN」「ごめんねDARLING」へ)や石野真子の急速な失速(プライベートの問題ゆえでもあるが)、三原順子の停滞、プチ聖子大量輩出の82年組デビューと聖子と聖子の音楽がアイドル歌謡に与えた影響はアイドル歌謡を戦前と戦後に分けることができるほどを大きいと思う。(――ちなみに柏原芳恵も泥くさ歌謡を歌っていたが、路線変更しようにも事務所もレコ社もノウハウを知らないという感じがした)
 その状況下の中、聖子を向こうに回して「スマイル・フォー・ミー」「ラブレター」とヒットを重ねる。んでもって、奈保子のアイドル歌謡の頂点とも言うべき楽曲「夏のヒロイン」が生まれるんだから。聖子に耐えてよく頑張った。感動した。って感じ。 「夏のヒロイン」収録のこのアルバムも河合奈保子のアイドルとしての陽の魅力に溢れていて好盤。

 この成果を残して河合奈保子(と彼女のスタッフ)は次の地平を目指す。ちなみにその「新たな地平」の予告編がこのアルバムでは竹内まりや作品「アプローチ」だろう。
こういうのも心憎い。


cover ◆ あるばむ
(83.01.21/AF-7172/最高位1位/売上 LP 11.3万枚 CT 5.1万枚)

1. Invitation 2. ダブル・デイト 3. 追跡 4. 砂の傷あと 5. けんかをやめて 6. 浅い夢 7. ささやかなイマジネーション 8. 惑いの風景 9. オレンジ通り5番街(振り向いてアベニュー) 10. 恋ならば少し…
アイドルからアーティストへ大人の歌手への飛躍。 その滑走路としてニューミュージック系アーティストを起用するという、 80年代のアイドルとしては王道の展開を彼女と彼女のスタッフは選ぶ。 A面が竹内まりや、林哲司作品、B面が来生兄妹作品のこのアルバムは初のチャート1位作品となり、この選択はどうやら間違ってはいなかったよう。

ただここで、何故竹内まりやの起用となったのか、ちょっと不思議。 今となってはユーミン・みゆきと並ぶニューミュージック界の女王だけどもこの時期の彼女のパブリック・イメージって「『不思議なピーチ・パイ』歌ってつい最近山下達郎と結婚した人」程度だし、 この時期の竹内の他アイドルへの楽曲提供も堀ちえみの「待ちぼうけ」くらいしか思いつかない。 来生たかおはこの時期、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、中森明菜「セカンド・ラブ」と提供曲がヒット連発でおもいっきり旬なアーティストだったわけだからわかるけどね。 とはいえこの竹内起用は思いっきり表目に出て、作品も危なげないです。
作品は今の耳で聴くと前作と比べて大きく変わったという感じはさほど感じられない。 今までの路線を壊さず、かといって変えないわけではなく、少しずつ騙しこむようにソフトランディングで、ということなのだろうかな。 特に竹内の詞作が素でカマトトぶっていて、今までの作品とほとんど違和感がない。


cover ◆ Sky Park
(83.06.01/AF-7203/最高位2位/売上 LP 11.3万枚 CT 4.3万枚)

1. ちょっぴりパッショネイト 2. 恋のハレーション 3. アリバイ 4. 八月のバレンタイン 5. まどろみスケッチ 6. 恋人形 7. Dreamy Sailing 8. 初めての疑惑 9. レモネード・サンバ 10. Sky Park
A面/B面で作家分けするという前作のスタイルを奈保子スタッフはいたく気に入ったのか、今作でもそのスタイルを踏襲。今回はA面は筒美京平、B面は石川優子というわけ方。このスタイルは84年「サマー・デリカシー」まで踏襲されることになる。
馬飼野康ニ以後の河合のサウンドメーカーとして筒美京平を立てるあたりはまたまたわかりやすすぎるといえばそれまでだが、これが岩崎宏美による筒美京平楽曲のように見事に効果的で大成功。このアルバムはシングル収録なしにもかかわらず歴代二番目の好セールスを記録する。 彼女は西城秀樹の妹という触れこみでデビューしたが、素質からいって同じ事務所で言えば秀樹というよりも明らかに「岩崎宏美の妹」という感じだったし (ま、同期に本当の宏美の妹、岩崎良美がいたんだから「宏美の妹」なんて売り出しは不可能なんだけどね)、まぁこれも上手くいくよなぁ。 筒美京平のアルバムでの起用は以後「さよなら物語」までないがシングルでは、この時期から、ニューミュージック系アーテイストと筒美京平の両輪で攻めていくという姿勢が固まった。


cover ◆ It's a Beautiful Day
(83.07.24/AF-7123/最高位6位/売上 LP 6.1万枚 CT 2.1万枚) 

1. Birthday Night 2. こわれたオルゴール 3. あの夏が続く空 4. Twenty Candles 5. BOSSA-NOVA 6. 薔薇窓
「スカイ・パーク」から2ヶ月も経ずに出た20歳記念のミニ・アルバム。 尾崎亜美、谷山浩子、来生兄妹、松尾一彦、天野滋、大村雅朗、売野雅勇、秋元康が参加。
谷山浩子作品「こわれたオルゴール」は70年代のマイナーな谷山浩子風で、少女期の決別を歌った佳曲。 売野雅勇−大村雅朗作品の「Twenty candles」はシングル「エスカレーション」で身につけたパワー唱法を早速使っている。 このあたりはよいですね。 秋元作詞「BOSSA-NOVA」は……「愛が痛い」って言葉、秋元作品で何回見たかしらん。 秋元の初ヒット「ドラマチック・レイン」直後の初期作品でありまする。
ところでアルバムの歌詞カードの写真。奈保子がワイングラスを片手に「今日からおとなっ(はぁと」ってポーズなんだが、なんかやったらめったらだちゃくって、萎え萎え。 ヴィジュアライズされた部分の彼女って元々ゆるーーいけど、これってどうよ、とさすがにおもた。


cover ◆ HALF SHADOW
(83.10.21/AF-7240/最高位2位/売上 LP 8.4万枚 CT 4.4万枚)

1. イノセンス 2. エスカレーション 3. UNバランス 4. マーマレード・イヴニング 5. 12月のオペラグラス 6. WEATHER SONG 7. 渚のライムソーダ 8. 風の船 9. 45日 10. MY LOVE
今度はA面が後藤次利、小田裕一郎に筒美作品のシングル「エスカレーション」「UNバランス」、B面が谷山浩子という布陣。
B面の谷山作品がぬるい。びっくりするくらいぬるい。「こわれたオルゴール」は悪くなかったのに、どういう発注したんじゃ、スタッフは。
「エスカレーション」の大ヒット以降「UNバランス」「疑問符」とハード・シリアス路線を推し進めていた中で旧来の明るい奈保子を求めるファンの声というのがあっただろうことは想像に難くない。 しかし、こりゃ戻りすぎだ。「大きな森の小さなお家」まで戻ってしまっている。 「たんぽぽ食べて」みたいの歌えとはいわんが少女趣味狙いでこの時期の谷山浩子に発注するならせめてでも「ジャンニ」「街」あたりの路線でやってくれよーーー。 斉藤由貴をはじめ高田みづえ、石野真子、石川ひとみ、八木さおりとそこそこある谷山のアイドル提供楽曲の中では限りなく底辺の作品群だぞ、こりゃ。 ちなみに「渚のライムソーダ」は詞の一部を変えて谷山本人がセルフカバーしとります。
A面はシングルのハードな世界で危なげがなく、とはいえ特筆すべきところは……あ、そうそう、「マーマレード・イブニング」のコーダの部分のファルセットが美しいですね。 アイドル時代の跳ねた歌唱法が少しずつ矯正され、じりっじりっと歌が上手くなってきています。


cover ◆ Summer Delicacy
(84.06.01/AF-7250/最高位6位/売上 LP 5.3万枚 CT 2.9万枚)

1. 太陽の下のストレンジャー 2. 街角 3. 夏の日の恋 4. My Boy 5. 幻の夏 6. メビウスのためいき 7. 気をつけて夏 8. 潮風の約束 9. 疑問符 10. 涼しい影
A面が八神純子作品。B面が来生姉弟作品。石川優子→谷山浩子ときたヤマハアーティストのコラボで、ラストは八神純子ってことなのだが、河合と八神純子との相性がばっちりなのよ。 「太陽の下のストレンジャー」なんてシングルでもよかったんじゃないかなあ。
実質、八神−河合のコラボはこのアルバムと同発のシングル「コントロール」だけだったけど、もっと掘り下げていってもよかったと思う。 例えば八神純子の「黄昏のBAY CITY」とか「FULL MOON」、「FUN CITY」なんて河合奈保子にもぴったりだと思うのですが。 実際、「スカーレット」以降の彼女の佇まいってどこか八神純子っぽかったし。 ちなみに「太陽の下のストレンジャー」のラップは八神の旦那のジョン・スタンレー氏。
このアルバム前後からほとんど無敵の歌唱力を河合は示していくといっていいかな。 このアルバム以降「Japan」までが河合奈保子歌唱力絶頂期。
でもって、このアルバムから「河合奈保子5th Aniversary」と銘打ち「スターダスト・ガーデン -千年庭園-」まで1年で4作という超ハイスピードでアルバムをリリースします。 鬼。ちなみにシングルはその間4枚、映像作品は3本リリース。ファンのフトコロ事情完全無視のリリースペースですな。


cover ◆ Daydream Coast
(84.08.28/AF-7310/最高位3位/売上 LP 6.3万枚 CT 3.5万枚 CD 0.2万枚) 

1 . はっきりさせて -If you want me- 2. もうひとりの私に -Second nature- 3. あの夏をもう一度 -Love inside your love- 4. 素敵なハプニング -I love it- 5. 手をひいてアンジェラ -Angela- 6. 振られてあげる -What comes around goes around- 7. ひとりで泣かないで -Love assistant- 8. 銀色の髪の少年 -Wisdom ride- 9. ガラスの中の海 -Home again, Alone again- 10. 夢が過ぎても -As long as we're dreaming-

ついに来た。本拠地乗り込みアルバム。
80年代のポップスに数多くの影響を与えたTOTO/Airplay系つーか、デビッド・フォスターを中心にしたL.Aサウンドっちゅーか、A.O.Rモノの本拠地に奈保子がジャパンマネーを相手の懐にねじ込むかのごとく、乗りこんだ。 参加アーティストはデビッド・フォスター、ピーター・セトラ、ビル・チャップリン、ラルフ・ジョンソン、マイク・ポーカロ、などなど。 はっきし言って洋楽興味ナッシングな私ですが、そんな私ですら知っているこの面子。 うーん、どこにこんな金があったんだ、芸映とコロムビア。
とはいえ、このL.A乗りこみ、実はさりげなく岩崎宏美先輩が先遣隊として4ヶ月前にほぼ同じスタッフで『I won't break your heart』ってアルバム制作してんのよねーー。 ちなみに岩崎先輩の方はなんっの話題にもなりませんでした。でもって、その数ヶ月後彼女は芸映から独立するわけですが。 で、河合の『デイドリーム・コースト』は最高位売上げが前作より伸びたのをみればわかるように、世間一般では話題にはなったよう。
ただ、個人的な感想としては海外で録音してきましたけど、何か?という感じ。 確かに音の粒からして国内制作のアルバムとは違うけどさぁ。 だから、なんなの、という。なんか安易に感じちゃうんだよね。
歌唱力のアップした奈保子とこれだけのビッグネームで制作すればそりゃ一定の成果は出るでしょうよ。 しかし、そこから先が見えてこないなーー、と思ってしまうわけで。 ただ、松田聖子より先に乗りこんだことだけは評価したいかな。聖子は「青い珊瑚礁」にしろ「チェリー・ブロッサム」にしろ音楽的出自がL.Aサウンドにあるわけだから (――ちなみに聖子のL.A乗りこみアルバムは88年作の『Citron』)。 ともあれ楽曲は悪くない。「はっきりさせて 〜If you want me〜」とか、声の伸びが最高だしね。

この時期の河合奈保子の声の特徴をいっておくと、ウ音が強い。で、フルパワーで歌いきったときのその勢いというものがとてつもない。 中森明菜はエ・ア音が強く、同じく聴衆を無理やり巻きこむようなフルパワーで歌うが、歌に力みがあって、小さい体に無理やり負荷を掛けている感じがある。 が、奈保子はフルパワーで歌いきってもまだ力有り余るといった感じで、どこまでも、果てしない。
また、岩崎宏美などはどこか歌がご丁寧すぎて、どんな時でも最後の最後まで折り目正しく歌ってしまうところがあるが、比べて奈保子は情感の振り幅が広く、いざとなれば、涙にくれて身もよもなく歌うこともできれば、陽気に一気に弾け切って歌うこともできる。 譜面通りの歌を壊して歌うことが歌の完成度を高める場合があるということを知っている歌手が河合奈保子という歌手だと思う。(ちなみに中森明菜はそればっかりやっていて反則っぽいところがある歌手だ)


cover ◆ さよなら物語
(84.12.05/AF-7370/最高位11位/売上 LP 4.9万枚 CT 1.8万枚)

1. 霧雨の埠頭 -LA JETTE- 2. パリは悲しみに燃え -PARIS OCTOBRE- 3. 水の中の蜃気楼 -VENEZIA- 4. 人生という名のレヴュー -HOTEL RITZ- 7. 白夜の季節 -FIN- 6. 衰しみのコンチェルト -WIEN- 7. 海岸道路N2 -BARCELONA SENTIMENTAL- 8. モスクワ・トワイライト -LAST DANCE IN MOSCOW- 9. ラスト・シーンズ -SA・YO・NA・RA-
「L.A.サウンドから帰ってきて、さて今度は何をやる」
「アメリカときたら次はヨーロッパでしょう」
「U.K録音でペットショップボーイズにでも曲かいてもらう」
「いや、それは秀美で企画しているから」
「じゃあ、いっそフランシス・レイに書いてもらうとか」
「スケジュールがつかないよ」
「国内制作しかないなぁ」
「じゃあ、ここはL.Aサウンドの雄、デビット・フォスターの後は日本のキング・オブ・ポップス筒美京平さん、でもってテーマはヨーロッパ、これでどう?」

……なぁんって企画会議は、なかったろう。多分。 3ヶ月というタイムラグでは前回の成果もくそもあるわけないわけで、前作発売前にはもう楽曲揃っているって段階でなくては間に合わないわけで。 多分、この連続リリースの企画を立てた段階で筒美京平の楽曲によるアルバムってのは企画されていたといった間違いないだろうな。 ただ、L.A.録音が反射光の役割となって、日本での楽曲制作システムを再構築させたのではと思い過ごしてしまうほど、このアルバムから国内制作盤もぐっとよくなる。

今作と次作は、全曲売野雅勇−筒美京平作品、今作のコンセプトは「ヨーロッパの哀愁」。
何故ここで「ヨーロッパの哀愁」路線が出てくるのか。これは、当時の筒美京平がテクノ・ポップ(というかYMO系陣営)への挑戦をしていたことを考えれば想像がつくんじゃないかなぁ。 筒美京平はこの年、船山基紀を編曲担当に向かえ、柏原芳恵「Luster」というテクノ歌謡アルバムを制作、 「Luster」はシンセ界の歴史的名機Fairlight CMIの打ちこみが全面で鳴っている名盤であるが、ここで確かな結果を筒美京平は掴んだのか、実際、その後船山基紀をパートナーに打ちこみのユーロビート系歌謡をC-C-Bや中山美穂などに提供することになる。
その次の段階として彼が同じくYMO系一派である大貫妙子や加藤和彦のフレンチ系テクノにこのアルバムで挑んだのでは、と考えるのは難しいことではない。 なんとなくアルバム全体の印象が大貫妙子の「Romantique」に似ていると私は感じる。

常々不思議に思うのだが、筒美京平全曲担当のアルバムというのは数々あるがどれもコンセプト色が強い。 シングルとなるとごった煮の世界なのが、アルバムとなると否応無しに統一した色を出す。 沢田研二「女たちよ」、柏原芳恵「Luster」、松本伊代「センチメンタル・ダンス・クラブ」、中山美穂「エキゾチック」などなど。でもって、名盤ばかりなのだから始末が悪い。

またこの作品は、売野氏の歌詞がいよいよ本領発揮といった感じでどこまでもデコラティブなのも見逃せない。 ただタイトルまで英語タイトルと日本語タイトルの二つ用意してあるのはよく意味がわからなかったりするわけで、 この二つタイトルは「SCARLET」まで続くけど、どうでしょうか。ちょっとうざったいかなとわたしは思ったりもしますが。

編曲は珍しく、矢島賢・矢島マキ夫妻が担当。 矢島夫妻、当時既にFairlight CMIを所有していたという(――矢島夫妻から借りてあまりの素晴らしさに購入を決めたという件が久石譲のエッセイにあった)。 当時数千万円のこのシーケンサーを持っているだけで仕事が来るといわれたが、矢島夫妻のここでの起用もそうした流れなのかなぁ。 矢島夫妻連名での編曲仕事というのはこのアルバム以外であまり見たことがない(――と思ったらこの二人はその後しばらく"Light house Project"なる名義で活動していたとのこと。堀ちえみ、岩崎良美、斉藤由貴、チェッカーズなどポニーキャニオン系の歌手を中心に二人でアレンジを担当している)

奈保子の歌唱であるが、これだけのハイペースのレコーディングでも歌唱はまったく乱れていない。というより絶好調。 「Venezia 水の中の蜃気楼」「FIN 白夜の季節」「WIEN 哀しみのコンチェルト」「LAST DANCEIN MOSCOW モスクワ・トワイライト」など重量級の曲を奈保子の声が次々となぎ倒していく。 歌えば歌うほど彼女はよくなるタイプなんだな。 ただ、さすがにスケジュールの過密のせいか「Venezia 水の中の蜃気楼」では「水面」を「みずも」と歌い間違えたままのテイクを使っている。 これはもっかい歌いなおすべきかと。


cover ◆ スターダスト・ガーデン 千年庭園<
(85.03.05/AF-7343/最高位4位/売上 LP 4.4万枚 CT 1.7万枚 CD 0.1万枚) 

1. 暁のスカイパイロット -Where have all the stardust gone- 2. オリエンタル・アイズ -Sometime,somewhere- 3. 海流の島 -Island for dreams- 4. 八月の水鏡 -Moon in the water- 5. 夏のキャンドル -Lost year at marienbad- 6. チャイナタウン・ラプソディ -Misssin' girl- 7. スターダスト・ガーデン -Stardust in a bottle- 8. 南回帰線 -Return to Forever- 9. 永遠のシネマハウス -Thousand frames- 10. 千年庭園 -Shade of wind-
ひきつづき、全曲売野雅勇−筒美京平作品。 「これだ」というコンセプトを明示してはいないが、どこかしら統一感がある。 なんとなく近未来SFっぽい雰囲気というか、 民族とか宗教とかが脱色しきった後の「ポスト歴史時代」の風景というか、そんな感じ。
歌の舞台はどれもリゾートっぽいんだけど、妙に人工的なリゾートという感じで、 豊かな自然が広がっているのだが、それが人間の手によって緻密な計算の下管理されているような、そんな自然のように見える。 萩尾望都「マージナル」のモノドールの中のような、世界というか。
と、そのイメージを牽引しているのが、毎度おなじみ売野雅勇の詞作で、 ミスティックで夢かうつつかというか、耽美一直線でせめております。

覗きこんだ水面に風
万華鏡の中壊れる 青い月
宵闇 開いた睡蓮

(「八月の水鏡」)

うーん、耽美。
でもって、やったらめったら人の命がなんたら、この世がこうたらと抹香臭い詞が目立つ。
見えない天使の羽衣から こぼれた想い出の砂時計
輝く夏が過ぎてく
……
いつか消えるキャンドルね 人は誰も

(「夏のキャンドル」)


人生(ひと)は刹那の夢の淋しさ
水中(みず)に浮かんだ月をつかめば 消えてゆく幻(かげ)よ

(「八月の水鏡」)


街の灯は 地上に積もってまたたく流星
消えるために生まれた ささやかな命のようだね

(「スターダスト・ガーデン」)

海に浮かぶHIGHWAY 天国へ続いてるよ

(「海流の島」)

北の空指差してあなたが 歌ったその歌
昔(いにしえ)のアジアのララバイ 似ている
目に見えない大河(かわ)が見える 眼差しの奥に
永遠の旅人 人の命は
 

(「オリエンタル・アイズ」)


でもって、ラストの「千年庭園」で「人は宇宙(コスモス)の花片 咲くよ千年の庭園 果てぬ千年の夢見て」と歌っているんだから。
もう、「不思議大好き」と叫ばずにはいらせませんっ。
なんでニューエイジがかっているんだぁ??別に好きだからいいけど、どういうコンセプトだったんだろうか。 ちょっと企画書見てみたいぞ。
ちなみに奈保子の歌唱は前作とおなじく、まったく問題ない。素晴らしいの一言。


cover ◆ ナイン・ハーフ
(85.12.12/AF-7389/最高位10位/売上 LP 4.0万枚 CT 1.9万枚 CD 0.3万枚)

1. ホワイト・スノー・ビーチ -Say,It's over- 2. トワイライト・クルーズ -Turn it up- 3. 星になるまで -Night after night- 4. FINDING EACH OTHER 5. 砂の記号(はもん)-Happy ever after- 6. 何も言わないで -Say it with your love- 7. 風の花びら -There's not many left- 8. 冬のカモメ -Only tonight- 9. 白い影 -Only in my dreams-
ひとまず、タイトルがいや。ちょうどこの頃流行ったミッキー・ローク主演の映画タイトルそのまんまで、しかも映画とは全く関係ないし、 別に奈保子が目隠しされて氷プレイされとるわけでもない。ってそんなことになったら事件なんですが。 なんか当時のインタビューでは「全9曲に1曲デュエットなんで半分っつうことでナイン・ハーフだ」とかなんとかわけわからんこといっとったが、先生はそういう政治家の答弁みたいの、嫌いです。
でもねーーー。このアルバム。いいよぉ。 「デイドリーム・コースト」に続くL.A.制作第2弾で、制作陣もほとんど同じ。 おなじなのだが、ぜんっぜん前のアルバムよりぐぐっと上出来ですね。

ひとまずこのアルバムでの聴きどころは奈保子の「泣き」かな。 「ホワイト・スノー・ビーチ 〜SAY, IT'S OVER〜」(――それにしてもこの歌詞、後追い自殺の詞にしか見えない)、の「雪に抱かれて 深い海で私を眠らせて ああ」の部分、 また「冬のカモメ 〜ONLY TONIGHT〜」の「真冬のカモメはただ鳴くしかないね 歌でも歌って WOWWOW 泣くしかない」の部分、 ここはもう、ぐっと来るでしょうよ。
他にも「星になるまで 〜NIGHT AFTER NIGHT〜」、「風の花びら 〜THERE'S NOT MANY LEFT〜」など佳曲が並んでいて、外しがないなぁ。
それにしても、奈保子さん、歌が上手くなったものです。 しっかり、大人のアーティスト。しかし、だからってなにもジャケ帯に「奈保子はアーティスト」と書く必要はないぞっ、コロンビアの宣伝部員さん。 この「泣き」が翌年の名曲「ハーフムーン・セレナーデ」の歌唱へとつながるといっていいかなぁ。

後もうひとつ思ったこと。 売野先生、もしかして、英語詞の嵌め込み、ヘタ? これは「デイドリーム・コースト」の時も思ったが、サビはほとんど英語詞そのまんまってのは芸がないような。 こういうのが得意なのは及川眠子だけど、まだ彼女は出てきていない時代ですね。


cover ◆ SCARLET
(86.10.21/AF-7429/最高位4位/売上 LP 4.7万枚 CT 1.5万枚 CD 2.7万枚)

1. スウィート・ロンリネス 2. 雨のプールサイド -Rain of tears- 3. ロードサイド・ダイナー -First day on highway map- 4. ヘミングウェイのダンスホール -Christmas memories- 5. 想い出のコニーズ・アイランド -Do you remember me ?- 6. 夢みるコーラス・ガール -The days for dream- 7. 緋の少女 -Scarlet- 8. ムーンライト急行 -Moonlight Express- 9. クラブ・ティーンネイジ -Song of summer- 10. ハーフムーン・セレナーデ -Grass Harp Pianissimo-
満を持して発表された全作曲・河合奈保子によるアルバム。作詞吉元由美、作曲河合奈保子、編曲瀬尾一三、プロデュース売野雅勇。

筒美京平、林哲司といったトップの職業作家、はたまたL.Aの一流スタジオミュージシャン、また谷山浩子、竹内まりや、尾崎亜美、八神純子といった女流シンガーソングライター、今までのコラボの流れは全て河合奈保子自作曲のための道のりだったのだな、と、このアルバムを聞くと改めて思う。 ヒット性の強い楽曲の制作と自己表現を両立するためにテクニックを職業作家に、アイデンティティーのあり様を女流シンガーソングライターに学んだんじゃないかなぁ。 その実はこのアルバムで見事に結ばれている。既にこの時点で作曲家としての個性が生まれているのが素晴らしいですね。
思えばオーディションの応募に「オリビアを聴きながら」のピアノ弾き語りのテープを送り、 デビュー曲「大きな森の小さなお家」を譜面で覚えた、その時点からアイドルとしは破格の音楽的素養だったわけだし、その後もコンサートなどで難なくキーボードやドラムのプレイなどをしていたわけであるから、こうした展開へ進めることはスタッフは早い段階で決めていたと考えても不思議ではないのかな。

「雨のプールサイド」「緋の少女」といった強く歌う歌は相変わらずいいんだけれども、 だがそれにもまして良いのは「クラブ・ティーンネイジ」「ハーフムーンセレナーデ」の泣きのバラード。 特に「ハーフムーンセレナーデ」が絶品。
Aメロが岩崎宏美の「思秋期」みたいだなとちょっと気になるが歌の展開と共にどんどんと歌にひきこまれる。 また彼女のこの歌を歌っている時の姿が良く、私は「紅白歌合戦」と86年のバースディコンサートの映像しか見たことがないが、もう情念の塊といった佇まいで、まるで「難破船」を歌う中森明菜のごとく、「天城越え」を歌う石川さゆりのごとく「今この瞬間、この1曲にこの命を削る」といった姿勢で歌っていて、思わず画面に引き込まれてしまう。

ただ、ひとつこのアルバムに苦言を呈するとすれば、このアルバムには1曲ごとにそれぞれの詞のコンセプトの基となるデータが記載されているのだが、それがうるさい。 各曲の詞の主人公とその人がどんなキャラであるかという作詞担当の吉元由美作成であろうデータなのだが、 例えば「緋の少女」だとこんな感じになっている。
イメージ・プロフィール
名前  芹沢ユリア
年齢 17歳
身長 155cm 
血液型  B型
職業  学生
性格  優しさの中に激しさがある
両親 父 (政治家) 母(後妻)
恋人 プロゴルファー
でもってこのプロフィールの他にその主人公視点の一人称の短文がつく。 格闘ゲームのプロフイール級に無駄であり、このアルバムのジャケット写真並に厚塗りで全く必要ない。 これはちょっと吉元由美、力みすぎ。


cover ◆ JAPAN
(87.06.24/AF-7456/最高位7位/売上LP 2.3万枚 CT 1.6万枚 CD3.1万枚)

1. 水の四季 2. 桜の闇に振り向けば 3. 夏の左岸,冬の右岸 4. 海の中の星座 5. 終夜の螢 6. 水無月の少女たちに(インストゥルメンタル) 7. 砂の舟,草の舟 8. 黒髪にアマリリス 9. 十六夜物語 10. 霧の降る夕闇 11. 晩夏に人を愛すると 12. 水辺の風景(インストゥルメンタル)
明確なコンセプト・アルバム。 トータルテーマは「水」として 日本各地 の美しい風景の中に生きる女性・佇む女性をイメージなんだとか。
作詞吉元由美、作曲河合奈保子、編曲瀬尾一三、プロデュース売野雅勇と作家ラインは前作と変わらず。しかし、ビジュアル面で総合プロデュースに市川右近、写真に伊島薫、アートディレクションに原神一を迎えている。 それにしても伊島薫氏のジャケットが美しい。この人のジャケット写真はわたしゃすぐわかる。原田知世「NEXT DOOR」とか篠原涼子「LADY GENERATION」とか。来留幸子と共に好きな写真家だわ。

歌は日本各地が一応テーマになっているらしい。

 『水の四季』       --日本全体の風景
 『桜の園に振り向けば』 --京都
 『夏の左岸、冬の右岸』 --松江
 『海の中の星座』     --宗谷岬
 『終夜の蛍』       --金沢
 『砂の舟、草の舟』    --和歌山
 『黒髪にアマリリス』   --神戸
 『十六夜物語』      --萩
 『霧の降る夕闇』     --長崎
 『晩夏に人を愛すると』   --鎌倉

混血児のアイデンティティーがテーマの「黒髪にアマリリス」の舞台が神戸とか、歌詞に「オランダ坂」が出てくる「霧の降る夕闇」が長崎とかっつうのはわかる。 だけど、「十六夜物語」のどこが萩なの?――ちょーーっと、こじつけっぽいところもあるけど、(久米宏風に)まぁ、いいでしょう。

歌の内容を言えば、「十六夜物語」は「ハーフムーン・セレナーデ」と同工異曲といった佇まいだがやはりよく、「水の四季」はフルパワーで歌っていてやはりよい。 「霧の降る夕闇」、「晩夏に人を愛すると」などはラストシングルとなった「夢の跡から/心の風景」のテイストであり、もし彼女が歌手活動を続けていたならこの延長線上の楽曲をリリースしていたことであろうことは間違いないだろう。 ……てことは立ち位置的には女版、堀内孝雄?本当か?それ。

ひとつ、思ったこと。 『日本の美』だとかこうしたテーマで歌を作っても不思議といわゆる演歌的になっていない。
これはこのアルバムだけでなく他の歌手にも言えることで谷村新司だとか堀内孝雄だとかも同じ傾向をもっていて、 一気に古賀政夫、船村徹の演歌王道ラインをぶっ飛ばして山田耕作、中山晋平、野口雨情、西條八十、北原白秋らの大正浪漫、抒情歌の世界にいってしまう。
「演歌」というジャンルは「日本の心」だとかいわれていても、結局「演歌は浪曲など日本古来の音楽にクラッシック、更に朝鮮音楽が掛け合わさて生まれた戦後の音楽である」ということをここで改めて私は実感したりする。



以後彼女はバックバンドNATURALと制作した「MEMBERS ONLY」、ミッキー吉野をプロデューサーに迎えた「CALLING YOU」、「ブックエンド」と自作曲による制作をすすめるが、96年の結婚を契機に実質的に引退状態となる。
年にシングル1枚の活動でもいい。また歌って欲しい。私はそう思う。




2003.05.10
加筆・修正 2004.11.26

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