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谷山浩子 全アルバムレビュー



 谷山浩子という歌手ほど不思議な立ち位置の歌手というのもそうはいないだろうな、とわたしは思う。
 ヒット曲やベストセラーといったテレビで取り上げられるような取り立てたエポックもなく、谷山浩子という歌手を知らない人は世の中たくさんいるだろうし、とはいえ音楽誌などで取り上げられるような、そういった筋だけ通じる、マニアックなサブカル的メジャーというわけでもない。 いわゆる音楽マニアにでもなく、メディアの向こうのマスにでもなく、という変わったところで熱狂的に支持され、72年のデビュー以来今年で35周年、30枚以上のオリジナルアルバムを出している。
 キャリアとリリース作品数だけでいうなら、自作自演系女性歌手でならばユーミンや中島みゆき、加藤登紀子、大貫妙子、矢野顕子らと十分比肩し、むしろそれ以上なのであり、 ベテランも大ベテランでしかも今なお創作意欲も衰え知らず、という凄い位置なのだが (芸歴でいうと五輪真弓と同期で、加藤登紀子は先輩、以下ユーミン、みゆきらは全員後輩ということになる) 、いやあ、目立たない。やっぱり目立たない。もちろん大御所然とした風格もまったく感じられない。 たぶん彼女が街をふらっと歩いてもほとんどの人は気づかないだろうなぁ。

 まぁ、それは彼女にヒットのひとつもないということもあるのだろうけれども、 それ以上に、彼女のあまりにも少女然とした作品世界に秘密があるのだろうなぁ。 万年少女というか、いつまでたっても成熟しきれない少女の世界というのが彼女の創作する世界の基調で、 この世界を失わない限り、彼女はいつまでたっても若いというか、青いというか、フレッシュというか、そういうことなんじゃないかなぁ、とわたしは思う。
 もちろん、ポップスでこういう少女趣味なセンチメンタリズムを表現して鋭い人っていうのは、彼女のほかにも何人かいたけれども、 とはいえ、加齢とともに鮮度が落ち、少女っぽさを出そうとすると痛々しくなってしまう方がほとんどで、 ところが彼女の場合不思議とその痛々しさがいつまでたってもでてこないんだよねぇ。
 ここまでくるともはやただの「少女」の範疇を超えた、何者にもゆるがない黄金輝く少女というか、ハイパー少女、というか。
 少女趣味の美しさというのは、儚さとうらはらなところがあるから、ややもするとすぐに霧散してしまうものだけれども、 彼女の場合非常に強固なわけですよ。もう、ありえないくらいに。彼女はきっとずっとこのままなんだろうなぁ。
 少女趣味を音楽にしたときの最終形態が谷山浩子の音楽なのかなあ、とわたしは思っている。


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 静かでいいな 〜谷山浩子15の世界〜(71.04.25/ランクインせず)

1.銀河系はやっぱりまわってる 2.天使のつぶやき 3.風船 4.ひとりになりたい 5.時の流れの中に 6.こんな素敵な夜なのに 7.今、始まる 8.静かでいいな 9.天使の子守歌 10.教えて下さい〜加瀬クンのために〜 11.どこかで小さな 12.夜明けまで 13.今、どうしたら
 15歳のプレデビュー盤。 ジャズメンだった父のツテか、学校の帰りに近くのキングレコードに寄っては知り合いに曲を聞かせていたところ「自分で歌ってみない?」と誘われて作ってしまったアルバム。
 タイガースのアルバム『ヒューマンルネッサンス』が一押しだった彼女。モロにすぎやまこういちリスペクトなGS調おとめちっくの世界。ニューロック、フラワーチルドレン風味もほんのりとあり。タイトル曲「静かでいいな」、シングル「それでも銀河系はまわっている」あたりは後々の谷山っぽさの感じるふわふわとしてシュールな作品だが、 とはいえ、全体の印象は非常に牧歌的で子供の作品という感は否めません。あまりにも無意識過剰な作り。5点。


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 ねこの森には帰れない  (77.05.25/第17位/5.9万枚) 

1.朝の扉をひらく時 2.河のほとりに 3.ねこの森には帰れない 4.私の愛した人 5.風を忘れて 6.お早うございますの帽子屋さん 7.すずかけ通り三丁目 8.おさかなはあみの中 9.山猫おことわり 10.くま紳士の身の上話 11.本日は雪天なり
 「ステージ101」レギュラー、ポプコン入賞を経てついに本格デビューとなった実質ファーストアルバム。A面はポプコン入賞系の楽曲、B面はあまんきみこの童話「くるまの色は空の色」をモチーフにした組曲となっている。 アレンジャーはA面は船山基紀やら萩田光雄やら色々で、B面はクニ河内で統一(――彼は初期の谷山作品のメインアレンジャ―)。
 B面の組曲はボツになるところをディレクターの直談判によってなんとか収録されたもの。それを「1枚目から好き勝手やっていて先輩は羨ましいなぁ――」と中島みゆきはおもったのだとか。 谷山浩子っぽさはこの時点で満点。初期の世界を知るにちょうどいい名刺的アルバムですね。7点。


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 もうひとりのアリス  (78.03.10/第30位/2.3万枚) 

1.アリス(プロローグ) 2.鏡よ鏡 3.魔法使いの恋人が逃げた 4.青い鳥 5.不思議なアリス 6.赤い靴 7.アリス(エピローグ) 8.北風南風 9.二月の部屋 10.雲雀 11.水蜘蛛 12.夜明け前声がやって来た 13.やまわろ
 2枚目もコンセプトアルバム。A面が西洋の童話、B面が日本の説話をモチーフにして作られたアルバム。売れ線をまったく狙わず好き勝手やっております。
 A面はいかにも谷山らしい暗黒童話の世界で危なげがない。「鏡よ鏡」「不思議なアリス」なんてもう、"まぁ、谷山さん"ってなもんですよ。「わたしのナイト 闘って死んだ わたしのために死んだ とっても悲しいひと晩泣いたの 涙は出なかった」ってねぇー、もうごちそうさまです。 一方B面がなんとも、今聞くとへんてこ。民謡をモチーフにしたようなメロディーラインもなんだかだし、歌い方も「夜明け前声がやって来た」とかこぶし回しちゃってますよ、谷山先生。や、まぁこれはこれで面白いんだけれどもね。アレンジはクニ河内と瀬尾一三で半分ずつ。7点。


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 鏡の中のあなたへ  (78.12.05/第58位/1.8万枚) 

1.あたしの恋人 2.桜貝 3.紙ひこうき 4.積木の家 5.砂時計 6. 7.遠い夏〜津軽に寄せて〜 8.眠レナイ夜 9.星のマリオネット 10.忘れられた部屋で
 「組曲とかコンセプトアルバムは一般大衆には受けないから、今度はもっとわかりやすいラブソングを集めたアルバムを作りなさい」 というディレクターからの指示で生まれたアルバムだが、これがもう、なんというか、こわい。 内向的な少女の思いつめた世界。真夜中、真っ暗な部屋で蝋燭を灯してじっと炎を見つめています、というか、中島みゆきとタメをはったギターやピアノ弾き語りメインのドロドロした女の情念の世界。 もう、ジャケットからして恨みがましい顔してらっしゃいます。
 帯コピーは"谷山浩子が今、愛を見つめる"かなんかだったと思いますが、いやぁ、トゥーマッチ。アレンジは萩田光雄、大村雅朗、瀬尾一三、クニ河内、山川恵津子などばらばら。 とはいえ津軽三味線が印象的な「遠い夏」、イントロのスチールパンの音色がいまいち必然はわからないけれども耳に残る「積木の家」あたりとか好きだし、「窓」なんて初期の傑作といいきっちゃうほどなんだけれどもね。 それにしてもやたら不倫の歌が多いのは、これはどういうことなのだろう。帯の云う"愛"ってそういうこと?6点。


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 夢半球  (79.11.05/第36位/0.8万枚) 

1.扉 2.破れ傘 3.たずねる 4.愛の妖精 5.紙吹雪 6.陽だまりの少女 7.もみの木 8.風の子供 9.テングサの歌 10.イーハトーヴの魔法の歌 11.風を追いかけて
 前作「鏡の中のあなたへ」の暗い恋歌の世界を今度はぐぐっとコンセプチュアルにやってみようと作られたアルバムといっていいかな。
 真夜中に恋人に向かって手紙を綴っている少女――言葉を重ねていくうちにだんだんと心の奥底に眠っている黒い感情に気づきだして、というA面、 一転B面は外に飛び出し、徐々に自然に癒されていく、という作りになっている。
 逆にここまで行きついちゃっているといっそ気持ちいいです。もう勝手にどこまでも黒光りしちゃってくれろ、という。 「もみの木」は早朝すっくと立つもみの木の力強さに励まされるという歌でこれはホントいい歌です。「テングサの歌」は可愛らしい声して地球滅亡ソングで、以後の谷山浩子な感じで素敵。8点。


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 ここは春の国  (80.11.21/第63位/0.5万枚) 

1.猫が行く 2.草の上 3.エッグムーン 4.カーニバル 5.FU・SHI・GI 6.スケッチブック 7.そのとき 8.ピエレット 9.あやつり人形 (Album Ver.) 10.ここは春の国
 精神的ないきづまりを感じだし、最高にダウナーな状態で作られたアルバムだというのだが、や、結構いいです。橋本一子と出会う前の谷山の音楽的な理解者は山川恵津子さんだったのかな。とにかく音作りでの意見の食い違いが大きく、ディレクターやアレンジャー、プレイヤーに何度掛け合っても思うようなサウンドが作れなくって苦労した、 と、橋本一子に出会う以前の当時の作品作りに関して述懐している彼女だが、そんななか山川さんの編曲はわりとフィットしている。初期作では1番のちの谷山の世界に近いかな。橋本との出会い後も山川アレンジ作品が散見されるところから見ても悪いコンビではなかったんじゃないかな。
 今作も大島弓子「綿の国星」(――鬱な自分にチビ猫は希望の光だったのだとか)をイメージしてつくられたA面全てが彼女アレンジだが、危なげがないです。またB面のクニ河内アレンジ作も決して悪くない。タイトル作は春愁を感じて物憂く切なく隠れた名曲なのでは ? ちなみにここで元甲斐バンドの長岡和弘がディレクターに。長岡氏はポニキャンを離れる96年まで谷山の担当をつとめることになります。7点。


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 時の少女  (81.11.21/ランクインせず) 

1.時の少女 2.街 3.静かに 4.ローリング・ダウン 5.ジャンク 6.ポンピイ・クラウンの片想い 7.真夜中の太陽 8.てんぷら★さんらいず (Album Ver.) 9.ガラスの小馬 10.果物屋のテーマ 11.マイケルという名のパン屋さん
 橋本一子との出会いとなる記念碑的アルバム。ここからが谷山浩子のセカンドステージといってもいいかな。彼女との出会いが契機となって、大きく自身の世界を広げていきます。
 とはいえこのアルバム自体は全体の印象はうす暗くって内省的。一人きりの少女がとことこと秋の街を散策しているような感じ。孤独なんだけれども、不思議と充実していて、淋しくないという。そのあたりは透明で乾いていて、「夢半球」の頃のようなどろどろとした感じはない。 フックに足る派手派手しさはないけれども、安定したいい作りのアルバム。「時の少女」や「Rolling down」といった醒めない悪夢のような歌も相変わらずいいけれども、「街」や「ジャンク」「ポンピィクラウンの片想い」あたりがこのアルバムの基調になっているかな。ちょっと不可思議でちょっと切ないアルバム。8点。


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 たんぽぽサラダ  (83.04,21/第27位/3.5万枚) 

1.ジャンニ(朝をつれて来る人) 2.パセリ パセリ 3.LADY DAISY 4.船 5.たんぽぽ食べて 6.SEAGULL 7.リカちゃんのポケット 8.眠りの森 9.悪魔の絵本の歌 10.地上の星座 (Album Ver.)
 橋本一子の人脈から、サンセットキッズなるバンドとも知り合い、ここで石井AQや斉藤ネコなど、以降の彼女に欠かせない音楽的パートナーにも出会う。 新しい出会いとなったこのアルバムは、まさしく80年代の谷山浩子の決定版といってもいい傑作。当時の彼女の100%フルの実力が出ている。 「オールナイトニッポン」のDJも始まり、「ねこの森には帰れない」以来右肩下がりだったセールスもここで一気に戻しております。
 全10曲中8曲が橋本一子・藤本敦夫夫妻のアレンジで、前作に引き続いた路線だが、なんてったって、このアルバムは派手。幕の内式で「たんぽぽ食べて」「りかちゃんのポケット」「悪魔の絵本の歌」など、色んなタイプの切り札が次から次へと繰り出されます。全曲聞き逃しがない作りといって過言でない。 特にラストを飾る「地上の星座」の星空の瞬きのようなアレンジは秀逸。アナログシンセ時代にあって白眉。綺麗です。9点。


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 水の中のライオン  (84.05.21/第23位/2.3万枚) 

1.人形の家 2.ラ・ラ・ルウ 3.パステル・ウェザー 4.夜のブランコ 5.花を飾って(kamakura) 6.キャロットスープの唄 7.ハサミトギを追いかけて 8.鳥は鳥に 9.バザール 10.風になれ〜みどりのために (Album Ver.)
 「ねむこさん」とか「ふわふわりん」というタイトル案もあったがボツになり、このタイトルに。アレンジはまたまた橋本一子・藤本敦夫夫妻メインで前作の続編的内容といってかまわないんじゃないかなぁ。コンセプトなしの幕の内式で、ぐわーーっと勢いで攻めていきます。
 オープニング「人形の家」からして醒めない悪夢という、もう谷山的な世界。 ネパール旅行で得たイメージで作られた歌がちらほらと散見されるのが印象的かな。ジャジーな「バザール」、フォルクローレテイストの漂う「ラ・ラ・ルゥ」あたりはネパールな感じかも。 毒電波な鎌倉ご当地?ソング「花を飾って〜kamakura〜」あたりも欠かせないし、映画「綿の国星」主題歌となった「鳥は鳥に」も切ないし、「風になれ」の機械音のような吃驚アレンジも面白い。
 「時の少女」から「水の中のライオン」は"橋本一子3部作"といってもいいかな。 この三枚は、やっと自分のカラーを出せるようになって生き生きしはじめた谷山さんが勢いづいて色んなタイプの札を不作為にバンバン切るのを、橋本一子が仲間内を総動員して一つ一つ丁寧にまとめている、という感じ。音のトーンも統一している。 また全体に漂うそこはかとないプログレ臭もこの時期からしばらくの彼女の世界。ちなみに「キャロットスープの唄」はかしわ哲への提供曲です。7点。


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 眠れない夜のために  (85.06.05/第35位/1.3万枚) 

1.もみの木 2.すずかけ通り三丁目 3.風を追いかけて 4.パステルウェザー 5.カントリーガール 6.おやすみ 7.真夜中の太陽 8.地上の星座 9.風になれ 10.不思議なアリス 11.鏡よ鏡 12.銀河通信
 寄せ集めのベストアルバムではなく、コンセプトのあるセルフカバーのベストを、というレコード会社からのオファーに答えて、ピアノの弾き語りメインのこのアルバムとなった。 タイトルの通り、眠れぬ夜にそっとかけると心地いい気分になる作品。コンセプトからいって、いわゆるベストという選曲にはなっていないが、それがいいですね。 ちなみにアレンジャーはオリジナルアルバム製作などで忙しくなった橋本一子から、石井AQにバトンタッチ――以後は谷山浩子の右腕として辣腕を振るうようになります。なんでも橋本の推薦でAQに決めたんだそうで。7点。


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 空飛ぶ日曜日  (85.10.05/第27位/2.1万枚) 

1.闇に走れば 2.風のあたる場所 3.BLUE BLUE BLUE (Album Ver.) 4.再会 5.FLYING 6.メリー・メリー・ゴーラウンド (Album Ver.) 7.うさぎ 8.空飛ぶ橇T 9.ほおずきランプをともして 10.恋するニワトリ 11.少女は…T 12.少女は…U 13.少女は…V 14.空飛ぶ橇U
 オープニング「闇に走れば」はマイナーなフラレ歌で、あれ、久しぶりに中島みゆきな世界なのかなと思いきやさにあらず、いつもの非現実の世界にぐわーっと入っていきます。「再会」は青木望のペンによる重厚なオーケストラの弦楽が美しい時を越えた壮大な輪廻の愛の歌、名曲。「FLYING」はいつもの地球滅亡ソングでやっぱり好きだなぁ。
 他、普通の恋歌に見えるものも 「あのひと今は 柿の木のかげで 緑の娘の髭を食べてる」(「ほおづきランプともして」)とか「好きよ そういうかわりに 鬼の顔で地面を掘る」(「風のあたる場所」)といった不可思議な描写に??といういつもの谷山さん。
 後半は鈴木志郎康、吉原幸子と二人の詩人とのコラボがメインとなるが、これがまた素晴らしい出来。「少女は……」は、怖いです。アレンジャーは石井AQに藤本敦夫がメイン。ちなみに「うさぎ」は野咲たみこへの提供曲。8点。


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 水玉時間  (86.10.21/第34位/1.8万枚) 

1.SORAMIMI 2.水玉時間 3.渚のライムソーダ 4.夕焼けリンゴ 5.絵はがきの町 6.穀物の雨が降る 7.ガラスの巨人 (Album Ver.) 8.粉雪の日 9.月のかたち 10.土曜日のタマネギ 11.まっくら森の歌
 「Soramimi」「土曜日のタマネギ」は斉藤由貴への、「渚のライムソーダ」は河合奈保子への、「水玉時間」は高田みづえへの提供曲。さらにNHK「みんなの歌」でおなじみ「まっくら森のうた」を収録。
 アレンジャーは「眠れぬ夜のために」でメインをとるようになった石井AQをはじめ、崎谷健次郎、板倉文、倉田信雄、吉川忠英、とバラエティーに富み、彼女のオリジナルアルバムでもっともヒット感度の高い作品といえるかもしれない。 吉川忠英のアコギの音色が美しい「絵はがきの町」、イントロのトイピアノが妖しい「月のかたち」、地球滅亡三部作と本人の名づけた「穀物の雨が降る」「ガラスの巨人」「粉雪の日」もやっぱり良いなあ。 本当に各曲がばらばらで「たんぽぽサラダ」と比べるとそのあたりちょっと落ちるけれども、ヒット狙いで手堅いです。7点。


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 透明なサーカス  (87.09.05/第41位/1.7万枚) 

1.草の仮面 2.さかなの言葉 3.お人形畑 4.逃げる 5.時の回廊 6.ひまわり 7.影ふみ 8.ヒスイ 9.遺跡散歩 10.MOON SONG 11.MAY(LP version)
 「たんぽぽサラダ」以来メジャー志向でテンションの高い作品が続いたが、このアルバムはその流れからいくとちょっと印象薄いかなぁ。 「ウィ―ザードリー」をイメージしたという「時の回廊」、斉藤由貴への提供曲「MAY」「ひまわり」などを収録しているが、うーん。ちょっとフォーキーでせつな系がメインかな。淡々としたアルバム。
 小説「猫森集会」をNHK-FMでラジオ化した時に作った曲が多数含まれているというが、「逃げる」「お人形畑」「遺跡散歩」あたりがそうかな。 「Moon Song」は昔は退屈なバラードと思っていたけれども、今聞くと結構ぐっと来るものがありますね。アレンジは11曲中9曲が谷山浩子+石井AQ。アレンジはここからはこれが定番って感じかな。6点。


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 しっぽのきもち  (88.05.21/第42位/2.0万枚) 

1.しっぽのきもち 2.おはようクレヨン 3.秋ぎつね 4.キャロットスープの歌 5.まっくら森の歌 6.エッグムーン 7.恋するニワトリ 8.ニャコとニャンピ 9.はじめてのピュンタ 10.愛をもういちど 11.恋のタマゴ 12.ほうき星の歌 13.花時計
 お子様向け作品をぎゅっと集めた童謡アルバム。NHK「みんなのうた」からの曲が4曲、その他にも動物愛護協会主催の音楽コンテストの曲やら、母と子の教育フィルムのテーマ曲やら、「未来少年コナン」のテーマやら、「ななこSOS」やら、まぁ色々揃っております。 非ファンにもっとも評判だったアルバムらしいけれども、まぁ、そうなんだろうな。やっぱり一般的に知っている谷山浩子って言ったら「まっくら森」とか「恋するニワトリ」なんだろうなあ。
ともあれ既発表曲もほとんどアレンジを変えているので、これもまた押さえとくべき。あ、珍しくアレンジは非AQが多め。この時期にしては珍しい――とはいえいつもの音なんですが。 それにしてもまあ、こんなロリロリで可愛い声でも歌えたんですね。谷山さん。「ニャコとニャンピ」の科白の部分などアイドル声優バリの仕事をしております。個人的には「はじめてのピュンタ」が1番好きかなぁ。7点。


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 お昼寝宮・お散歩宮  (89.01.21/第48位/1.1万枚) 

1.お昼寝宮 2.第2の夢・骨の駅 3.第5の夢・そっくり人形展覧会 4.猫のみた夢 5.夢の逆流 6.お昼寝宮・お散歩宮 7.手品師の夜 8.ただ風のために 9.天の貝殻 10.かくしんぼ 11.鬼こごめ
 タイトルは自身の同名小説による。前半はその小説のストーリーとリンクした芝居仕立ての組曲になっている。これはぜひとも小説を読んでから聞いて欲しい作品。
 「夢の逆流」は情熱的な佳曲だし、「そっくり人形展覧会」なんて、もうなんというか、あっけらかんとしていて不気味で、これこそ谷山世界という感じ。
 後半部分は更によくって、一曲も聞き逃せない。「天の貝殻」(菅原やすのり提供曲)は東洋的なメロディーに説話のような切ない世界観の詩が素敵だし、続く「かくしんぼ」「鬼こごめ」(――これらの曲は楠桂のイメージアルバム「楠劇場」で使われている)はもう、最凶コンボ。おどろおどろしく悲しい説話を読んでいるよう。「鬼こごめ」はベースの音がこれまた妖しいんだよなぁー。 ラスト3曲はちょっと「和」な感じで、これが意外といいんです。他のアルバムとちょっと毛色の違った独特の磁場を持ったアルバムだけれども好きだなぁ。アレンジは石井AQと山川恵津子で半々です。9点。
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 冷たい水の中をきみと歩いていく  (90.02.21/第35位/1.0万枚) 

1.青色帽子ツアー 2.流星少年 3.冷たい水の中をきみと歩いていく 4.瞬間 5.PUPPY 6.LUNA 7.森へおいで 8.トライアングル 9.恋人の種 10.銀河通信 11.月日の鏡
 2作コンセプトアルバムが続いて久しぶりの幕の内式の何でも入ったアルバム。当時の谷山浩子にしては破綻の少ない清澄でわかりやすいメジャーな作りのアルバムですね、これは。 アイドルが歌ってもおかしくない可愛らしい恋の歌が多く、あんまりドロドロしていたり、妖しいエナジーを発していたりというのがない。そのせいか、こう、わりと全体では印象薄な感じは否めません。や、いいアルバムなんだけれどもね。
 タイトル曲の「冷たい水の中をきみと歩いていく」とか、非常に美しい曲ですよ。はい。フラットな谷山浩子の魅力というか、シンプルな良さがあります。あぁ、綺麗なメロディーラインだなぁ、とかそういう風に純粋に楽しめます。ちなみにこのあたりから詞先から曲先に歌作りを変えたとのこと。アレンジは斉藤ネコと石井AQで半々ずつ。 また「流星少年」と「トライアングル」は八木さおりへの、「LUNA」は斉藤由貴への提供曲。6点。


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 カントリー・ガール  (90.11.14/第58位/0.4万枚)

1.カントリーガール 2.お早うございますの帽子屋さん 3.風になれ〜みどりのために〜 4.うさぎ 5.てんぷら☆さんらいず 6.SORAMIMI〜空が耳をすましている〜 7.銀河通信 8.地上の星座 9.猫の森には帰れない 10.河のほとりに 11.リカちゃんのポケット 12.夜のブランコ 13. 14.MOON SONG 15.おやすみ
 わかりやすいベストアルバムたるベストアルバム。収録曲はシングルメインで、代表曲がずらりと並んでいる。 またほとんどの楽曲を歌い直したり、バックトラックの差替えをしているが、オリジナルのイメージを損なわない変更にとどめている。ちょっとリバーブが深い?ディレイがかかりすぎ?というのはあるけれどもね。 ただこのアルバムを聞いて谷山浩子のおおよそがわかるか、というと違うでしょう、というのが、率直な感想。彼女のコアな部分――荘厳だったり、幻想的だったり、悪魔的だったりというのはこのアルバムではかなり薄められております。 ディープなファンにはもの足りません。ちなみに谷山さんにしては珍しくレコーディングはイギリス、ジャケット撮りはベルギー。6点。


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 ボクハ・キミガ・スキ  (91.05.21/第34位/2.2万枚) 

1.ボクハ・キミガ・スキ 2.約束 3.催眠レインコート 4.心だけそばにいる 〜Here in my heart〜 5.手品師の心臓 6.不眠の力 7.パジャマの樹 8.わたしを殺さないで 9.Cotton Colour 10.海の時間
 一言でいうなら、傑作。徹底してラブソング尽くしのアルバムなのだが、いつもに増して濃ゆい。 手品師の手のひらのように、一瞬触れたくなるほどの魅力的でカラフルで妖しげな夢が次々と表れては消えてゆくというか、 ライトユーザー向けなポップな作りのようでいながら、深く隠微な世界がその先に待ち受けているというか、まるで食虫植物のようなアルバム。一度聞いたらあとの祭り。もう谷山浩子の黒魔術に嵌められてしまう。もうね、呪われた一枚ですよ、これは。
 本当に全曲聞き逃しなしでどれもいいんだけれども、「わたしを殺さないで」の最後の「愛して……」の呟きにぞくぞくしたり、「手品師の心臓」の不気味な心臓音や、「不眠の力」の狂ったようなバイオリンの音色にトリップしてしまいますね、わたしは。アレンジは前作と同じく斉藤ネコと石井AQ+谷山浩子で半々ずつ。10点。


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 歪んだ王国  (92.06.03/第29位/1.9万枚) 

1.王国 2.会いたくて 3.さよならのペガサス 4.Elfin 5.アーク〜きみの夢をみた 6.悲しみの時計少女 7.落ちてきた少年 8.気づかれてはいけない 9.時計館の殺人 10.HATO TO MAGI
 来ましたっっっっ。これよこれよ。これなんですよっっ。あぁ、もう、どうにでも好きにして、あなたの好きなようにしてってなもんですよ。 もうイントロの時計のギギギギーーーって音からしてもうね、異世界ですよ。 明けない夜の国に迷い込んでしまったというか、いつまでたっても濃密な夜の世界。地の国という感じもするなあ。地獄というか。 透明で悲しくも悲惨な童話を聞いてしまったかのような、心の襞に秘匿したトラウマを撫で上げられてしまったかのような、見てはいけないものを見てしまった、聞いてはいけないものを聞いてしまった――という、そんな心の禁忌に触れる、もうね、これは禁断のアルバムですよ。
 大傑作「王国」から始まって、童話の裏側を見せつけられるような「Eifin」といい、「悲しみの時計少女」の透き通った刃のような切なさといい、「会いたくて」や「時計館の殺人」もいいんだよなぁ。 アレンジは石井AQ+谷山浩子、斉藤ネコ、渡辺等で分担。 このアルバムはラスト「HATO TO MAGI」が終わってまた振り出しの「王国」に戻るっていう円環的な作りになっているんだけれども、それもまた閉鎖的な感じがして、凄くいい。
 始まりあって終わりなし、美少年でゴシック浪漫な谷山浩子を楽しみたい方、やおら―の方は是非。これ、歌詞カードも綺麗なんだよなぁ。ほんとブラボーな作品です。 このアルバムをよりよく楽しむには小説「悲しみの時計少女」(谷山浩子著)と「時計館の殺人」(綾辻行人著)も読んでおきましょう。 ちなみに「落ちてきた少年」と「さよならのペガサス」は杉本理恵への提供曲。10点。


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 天空歌集  (93.05.21/第37位/2.1万枚)  

1.休暇旅行 2.約束の海 3.トマトの森 4.小さな魚 5.三日月の女神 6.クルル・カリル(扉を開けて) 7.光る馬車 8.マギー 9.やすらぎの指環 10.ひとみの永遠
 今回も大型の傑作「休暇旅行」〜「約束の海」で始まる。これもいいアルバムだなぁ。 前作が「地獄」だとしたらこのアルバムは「天国」。オープニングをはじめ、「やすらぎの指環」「クルル・カリル」「ひとみの永遠」など 前作とはうって変わって明るくて澄んでいて広々とした作品が目立つ。とはいえここも時間軸から外れた濃密な閉鎖空間であることはかわりがない。 「天空」すらも彼女にとってはひとつの箱庭にすぎない、ということに気づかされる。
 前作収録の「HATO TO MAGI」が今作ではフルアレンジで「マギー」として収録されているが、これがちょうど前作と今作を結ぶ臍帯のような役割になっている。「マギー」の扉の向こうは「HATO TO MAGI」になっていて、その先には『歪んだ王国』の世界が広がっている、という感じ。 『天空歌集』と『歪んだ王国』はちょうどカードの表と裏のような関係になっているとわたしは思う。 「マギー」は「楠劇場」から、「やすらぎの指環」は杉本理恵への提供曲。9点。


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 銀の記憶  (94.07.21/第55位/1.0万枚) 

1.ひとりでお帰り 2.銀の記憶 3.ガラスのラビリンス 4.かくれんぼするエコー 5.月見て跳ねる 6.鏡 7.月と恋人 8.夜のブランコ -New Arrenge Ver.- 9.Miracle 10.二人目の人類
 切ない。切ないなぁ。秋から冬にかけて、肌寒くなって、陽が早く落ちるようになって、自分の歩く影がずいぶん長くなったのにふと気づいたりする、 そんな時にこのアルバムがあったらもう、ベタはまりですよ。今回のキーワードは「時」なんじゃないかなぁ。哀切をもって過ぎ行く時の流れを谷山さんはじっと見つめております。 このこぼれゆく砂時計の砂が惜しいっっ、そんな感じのアルバム。
 特に「ひとりでお帰り」から「ガラスのラビリンス」までの前半の流れはもう完璧。これが泣けないという人とはわたしは話したくないです。ホントに。 『時の少女』の世界がほんのすこし大人になった、という感じもするかなぁ。内省的で孤独で街をひとりでとことこ歩いているような、とはいえ、あの頃のようにただそれだけで満たされるという少女ではもうない、という感じ。そこがちょっと大人になったのかな、と。 「Miracle」は西田ひかるへの、「ガラスのラビリンス」は杉本理恵への提供曲。「銀の記憶」は「シロツメクサの思い出」(水沢めぐみイメージアルバム「空色のメロディ」収録)の歌詞差し替えバージョン 9点。


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 漂流楽団  (95.09.21/第59位/1.1万枚) 

1.風のたてがみ 2.真昼の光は嘘をつく 3.漂流楽団 4.SAKANA GIRL 5.子守歌 6.楽園のリンゴ売り 7.DOLL HOUSE 8.見えない小鳥 9.ふたり 10.七角錐の少女
 『天空歌集』と『歪んだ王国』で天と地を作り、『銀の記憶』で時が流れ出した。時の海に漂う小船、それが『漂流楽団』である――という解釈をリリース直後に友人にひけらかしたわたしですが、どうですか?そんな感じ? まぁ、なんというか、『歪んだ王国』のようなゴスで奇妙奇天烈な作品(「七角錐の少女」「SAKANA GIRL」「楽園のリンゴ売り」)もあれば、『天空歌集』のような澄みきって壮大な作品(「風のたてがみ」「漂流楽団」)もあり、『銀の記憶』のようなひたひたと押し寄せる波のごとく切ない作品(「ふたり」「子守唄」「真昼の光は嘘をつく」)もあり、 ということで前3作の総集編みたいな作りなのだが、ただこうなると、なんとなく全体の印象としては散漫になっちゃうんだよなぁ。
 ラストを飾る『七角錐の少女』は絶対的な大名曲だし、かつての禁断の果実が今では直営の工場で大量生産という「楽園のリンゴ売り」のとんでもっぷりもいいし、 小説「悲しみの時計少女」を彷彿とさせる「SAKANA GIRL」はサディストの内面世界に入ったようで気持ち悪くも悲しいし、その他の曲も粒ぞろいなんだけれども、アルバム全体してみるとちょっと落ちるかなぁ。窪田晴男アレンジのジャジーな「Doll house」は斉藤由貴への提供曲。「ふたり」と「子守唄」は楠桂の漫画「人狼草紙」イメージアルバムからです。8点。


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 しまうま  (96.11.07/第70位/0.7万枚) 

1.裸足のきみを僕が知ってる 2.夜の一品 3.きみが壊れた 4.月が誘う 5.しまうま 6.ねこ曜日 7.空のオカリナ 8.ハーブガーデン 9.烏篭姫 10.はじまりの丘
 後半は「田園ホール・エローラ」というホールを借り切っての歌とピアノ一本による一発録音。 前半はスタジオ録音であるが、こちらも斉藤ネコの弦カルテットと対峙するようなすっきりしたアレンジだったりと、とにかくシンプル。 このアルバムが契機になって谷山浩子の音の作りが変化したといっていいかな。 とにかく余計な音を殺ぎ落とすだけ殺ぎ落とした作風に変化していく。
 マイナー打ち込みでいつもの"僕モノ"の「裸足のきみを僕が知っている」や、妙にエロティックに艶めいたボーカルに(――この声を使ったのは『夢半球』以来では)セックスの暗喩としか思えない詞にドキッとする「夜の一品」、ただひたすら切ない名曲「鳥籠姫」あたりが個人的には好きかな。 夕暮れの光景のような、これまたなんとも云えず切ないアルバムです。 「空のオカリナ」「鳥籠姫」「ハーブガーデン」「ねこ曜日」は岩男潤子への提供曲。7点。


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 Memories  (97.09.19/第62位/0.8万枚) 

ディスク: 1 1.船 2.ピエレット 3.ひとりでお帰り 4.鳥は鳥に 5.静かに 6.再会 7.草の仮面 8.銀の記憶 9.ガラスの巨人 10.アリス 11.あたしの恋人 12.Lady Daisy 13.見えない小鳥 14.まっくら森の歌 15.ブルー・サブマリン

ディスク: 2 1.森へおいで 2.約束 3.夢の逆流 4.海の時間 5.王国 6.あやつり人形 7.ミスティナイト 8.六月の花嫁 9.風のたてがみ 10.小さな魚 11.おはようクレヨン 12.冷たい水の中をきみと歩いていく 13.会いたくて 14.パジャマの樹 15.約束の海 16.ひとみの永遠

 2枚組のオリジナルベスト。今度はライブ音源を中心にしている。「ブルー・サブマリン」(斉藤由貴提供曲)「六月の花嫁」(ロウィナ・コルテス提供曲、柏原芳恵も歌唱)などアルバム未収録楽曲も多数収録。
 とくに「森へおいで」の歌詞差替えバージョン(最後、森で少女殺してしまうというのはどうかなと思ってスタジオ録音時にその部分を省いたのだとか)と、斉藤ネコの扇情的なバイオリンの音色が美しい「夢の逆流」、完全版の「アリス」は必聴。 客席からの音は拾っていないが、非常にシズル感のあふれた勢いのある音で、ライブにいった気分になります。 ピアノメインのシンプルなアレンジも好印象。 初心者向けにもいいし、長年のファンにも納得のアルバム。8点。
 (※ この画像、ジャケットじゃないですよ、インナーの歌詞カードの写真。何やっいるんだamazonはっっ)


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 カイの迷宮  (98.09.18/ランクインせず) 

1.カイの迷宮 2.花の季節 屋根の上 3.世界一不幸なトナカイ 4.壁に映る影 5.満月ポトフー 6.カイの迷宮(文字のない図書館) 7.薔薇の歌 8.花園の子守歌 9.花園の子守歌 つづき 10.カイの迷宮(誰かが笑っている) 11.岸を離れる日 12.椅子
 舞台劇「幻想図書館」第一弾からのアルバム。アンデルセン「雪の女王」をモチーフにしたコンセプトアルバムなのだが、これは久々の傑作ですよ。こういう箱庭世界を歌わせると彼女に勝る人ってのはいないよね。 テーマ曲「カイの迷宮」の重厚っぷりから、もう、やったね、という。途中に入る「カイの迷宮」のバリエーションもいいし、「花園の子守歌」から「花園の子守歌 つづき」の流れもエグイ。 「世界一不幸なトナカイ」も超絶曲。ラスト「岸を離れる日」から「椅子」 への流れはただひたすら泣ける。
 「銀の記憶」以来、ひそかに「切なさ」を追求してきた感のある谷山浩子だが、このアルバムで何かをつかんだな。 「わたしを乗せた舟は わたしだけを乗せて滑りだした これから始まる長い旅の孤独を まだ孤独とさえわからずに」(「岸を離れる日」)という部分はあまりにも切な過ぎる。 このあたりから孤独や切なさをただそのまま描くのでなく、今と過去が交錯するような立体的で客観的な広がりのある視線でもって描いているように見える。寂寥感がひしひしと伝わる作品。9点。


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 僕は鳥じゃない  (99.10.20/第69位/0.3万枚) 

1.笛吹き 2.僕は帰る きっと帰る 3.僕は鳥じゃない 4.おひさま 5.キャンディーヌ 6.あかり 7.夢の歯車 8.ドッペル玄関 9.DOOR 10.窓の外を誰かが歩いている
 世界の崩壊のその後というか、不思議な空虚と寂寥感がアルバムを満たしている。その崩壊後の世界の秩序の再構築を谷山浩子はひとりで淡々とおこなっいてる、というそんな印象。 平凡に生きることの大切さとそこにあるかけがえのない幸福というか、そういうことに改めて気づかされる。 世紀末で世界中がざわついているからこそ、あえて谷山浩子が真っ当になってみせる、ということなのだろうか。今を確かに生きよう、という意思を強く感じる作品。
 「あかり」「DOOR」「窓の外を誰かが歩いている」というあたりはこの時期の谷山浩子だからこそ、生まれた作品なのではなかろうか。 「キャンディーヌ」や「ドッペル玄関」といった不気味な谷山浩子も相変わらずいいんだけれども、このラインが本当に心に沁みる。
 ――僕は鳥じゃないのだから、人なのだから。いろんな荷物を背負って、いろんな傷を抱えて、この地上を這いつくばらなくてはならない。時々つらくなるけれども、僕は鳥じゃないのだから。……。 どんなに世界がおかしくなっても、僕は君の待つ家に帰らなくてはならない。例え魂だけになっても、僕は帰る。……。
 ネオ麦茶や酒鬼薔薇聖斗など、狂える少年たちにもぜひとも聞いて欲しい、どんな深い心の闇の奥底に陥っても必ず届く一条の光となるような、そんな一枚。 「Door」は石井聖子への、「おひさま」は岩男潤子への提供曲。9点。


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 心のすみか  (01.01.24/第89位/0.4万枚) 

1.犬を捨てに行く 2.雨になりたい 3.おもちゃ 4.ダイエット 5.さよならのかわりに 6.仇 7.空からマリカが 8.雨上がりの天使 9.夢 10.わたしじゃない月のわたし
 ヤマハのレコード会社設立によって中島みゆきと一緒に移籍。 「心のすみか」というタイトルの通り、前作に続いて、内省的なアルバムになっている。心の襞をそっとかき分けるような作品。
 「犬を捨てに行く」は何度も犬を捨てにいくという無限ループの歌だが、視点はあくまで「捨てられる犬」の側にあり、ほとんど永劫回帰という佇まいである。ある意味究極の恋の歌なのかもしれない。マゾヒスティックな愛の形を純化させるとこういう歌になるのかも。
 「空からマリカが」はまるで人の心に眠る原罪意識をかきむしるような歌。雪の結晶のように、少女の形をした罪がわたしの元に降りしきる。あの時、彼女はなんといったのか。思い出そうとしても、思い出せない――。恐ろしいのに、美しい歌。
 「雨上がりの天使」はフォーク回帰的な作風だが、「君のアパートの 狭い六畳の夢が 街中溢れ出すように」という部分に今までにない実感が感じられられる。
 「夢」はひら歌では凡庸で満ち足りた生活を淡々と描写しながらサビで"みんな夢だったなんて"と一転する。なにかの予言のように響き、不吉でありながらどうしようもなく悲しい。
 「仇」は無国籍ファンタジー風で手堅く、「わたしじゃない月のわたし」もいつものヘンテコで面白いが、やっぱり、しみじみとしたものがこのアルバムでは光っている。 「さよならのかわりに」は由紀さおりへの、「おもちゃ」は岩男潤子への提供曲。8点。


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   (02.04.17/第75位/0.3万枚) 

1.学びの雨 2.星より遠い 3.人がたくさんいる 4.パタパタ 5.向こう側の王国 6.ウミガメスープ 7.電波塔の少年 8.洗濯かご 9.ゆりかごの歌 10.カタツムリを追いかけて
 フォーク回帰といっていいアルバム。『夢半球』や『鏡の中のあなたへ』の頃のフォークではなく、もっと昔、 小室等の大ファンであった、みなみらんぼうのコーラスを担当していた、そんな本格デビュー前、10代の彼女に戻ったような部分が散見される。 「星より遠い」「カタツムリを追いかけて」あたりなどは聞くこちらが恥ずかしくなるほどの70年代フォーク。
 とはいえ、「星より遠い」は沁みるなぁ。「たった2駅の距離が 今はあの星より遠い」って。 「『もう会えない』という言葉が本当にリアリティを持つのは人生を折り返してからだ。」と谷山浩子。 確かにこの年齢になったからこそ恥ずかしげもなく歌える歌なのかもしれない。 このアルバムは歌手として30年以上活動して、ようやく自らの世界をぐるっと一周したのかな、という印象を受ける。
 ノイローゼ気味の人の心をまさしく読んだような「人がたくさんいる」や、「会いたくて」に近いがより断絶が深い「電波塔の少年」、 はじめて実際の意味で「殺す」という言葉を使ったという「ゆりかごの歌」も本当に重くて、掴みが深い。
 希望を胸に掲げることは決して容易なことでない。 誰もが思わず俯いてしまうような心の闇をひっそりと抱えている。しかし、だからこそ人はどんな時でも希望をもたなくてはならない。 これが近作の彼女のメッセージなのではなかろうか。 「星より遠い」は沢田聖子への、「パタパタ」は岩男潤子への提供曲。7点。


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 そっくりハウス  (02.10.23/第100位/0.3万枚) 

1.そっくりハウス 2.恋するニワトリ 3.まっくら森のうた 4.おいしくたべよう 5.おはようクレヨン 6.おひるねしましょう 7.空のオカリナ 8.はみがき・しゅしゅしゅ 9.しっぽのきもち 10.誕生
 ふたたび子供向けアルバム。「みんなのうた」「いないいないばぁっ!」「おかあさんといっしょ」とこれまでのNHK教育系の全ての楽曲をコンピしたアルバム。全曲のカラオケもついてなんと定価2000円とリーズナブル。 という、まぁ、つまりは、幼稚園とか、図書館の児童コーナーとか、完全そういう向けのアルバム。既発表曲は以前の音源。まぁ、小さなお子さんのいる方は購入を検討されるといいのではないのでしょうか。 えーー、正直、子供のいない谷山ファンにはつらいッス。そういう方はいっそ聞かなくてもぜんぜん大丈夫かも。5点。


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 宇宙の子供  (03.09.17/第89位/0.3万枚) 

1.よその子 2.きみはたんぽぽ 3.意味なしアリス 4.わたしは淋しい水でできてる 5.卵 6.沙羅双樹 7.空に吊されたあやつり人形 8.ここにいるよ 9.あそびにいこうよ! 10.花野 (Instrumental) 11.神様
 「宇宙の子供」というタイトルからして抹香くさいが、収録曲も「沙羅双樹」「神様」など直球で、確かに宗教的、哲学的な面が目立つ作品が多い。
 この作品はいきなり8分越えの大傑作「よその子」で幕開けする。 この曲は多分中島みゆきの「エレーン」を下敷きにしているように見えるが (――谷山は以前エッセイで「エレーン」ほど泣ける歌はないと書いていた) 、開かない窓の向こうで「生きていてもいいですか」と呟く、その向こうをこの歌は歌っている。 「それでも僕は 全ての家の 全ての人の幸せを 祈れるくらい 強い力を持ちたい」の部分から先のパートは一種の宗教的秘蹟といってもいいかもしれない。「どんなよその子も宇宙の子供」という結論は確かにわかりやすい救済だけれども、とはいえ、これが泣けないという人はわたしは信じられないなあ。
 他「沙羅双樹」「私は淋しい水でできている」「卵」「空につるされたあやつり人形」「神様」「ここにいるよ」など、 救われない閉塞したアダルトチルドレンの小状況からその向こうを出ようとしている哲学的な楽曲が目立つ。 救済を求めているというか、なんとかその先へたどり着こうとしている。本当に自由になって歩きたい、いや、絶対歩くんだ。そんな意思が感じられる。
 「他の人へとつながるわたしの細い通路は 瓦礫や石で塞がれていると 思い込んでいた 私はひとりだと でもこんなに広い 果てない宇宙の中で ただの一度も ただの一瞬も 途切れてひとりだったことはなかった……ただの一度も ただの一瞬も 途切れて一人の人はいない(「沙羅双樹」)」 この言葉にぐっと来る人にとっては、名盤。
 「銀の記憶」から始まり「僕は鳥じゃない」からはっきりと顕在化した<自分の小状況をしっかり見つめ、その中で精一杯生きよう路線>というか、 <崩壊後の世界の秩序の再構築路線>はこのアルバムで今の彼女のスタイルとしてしっかり確立されたように見える。 「ここにいるよ」と「あそびにいこうよ」は岩男潤子への提供曲。9点。


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 月光シアター  (05.02.23/第123位/0.3万枚) 

1.空の駅 2.ありふれた恋の歌 3.ねむの花咲けばジャックはせつない 4.片恋の唄 5.道草をくったジャック 6.第七官界彷徨〜intermission〜 7.パラソル天動説 8.雨の国・雨の舟 9.ハートのジャックがパイとった 10.ウサギ穴 11.公爵夫人の子守唄 12.ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌 13.アトカタモナイノ国 14.きみの時計がここにあるよ
 音楽劇「幻想図書館」第2弾「不思議の国のアリス」と、空間読書の会による舞台「第七官界彷徨」(尾崎翠/原作)のために作られた楽曲を多数収録したアルバム。
 このアルバムはいっそのこと「お昼寝宮・お散歩宮」のように芝居仕立ての完全な組曲にしちゃったほうがよかったような気がするなぁ。全体がダイジェストめいてしまっていて、中島みゆきの夜会の楽曲をコンピした「WINGS」シリーズと同じようなもどかしさを感じてしまう。 とはいえ「空の駅」「アトカタモナイノ国」といったあたりはもう谷山節全開といった感じでやっぱりひきこまれてしまう。小ネタみたいな楽曲が多いあたりも特徴かな。ジャケットの金子国義センセの絵が素敵ですね。6点。

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 テルーと猫とベートーヴェン  (06.09.13/第47位/―万枚) 

1. 竜 2. テルーの唄 3. 数え唄 4. 旅人 5. 空の終点 6. 素晴らしき紅マグロの世界 7. 雨のアタゴオル 8. 人生は一本の長い煙草のようなもの 9. 夢のスープ 10. ポプラ・ポプラ 11. かおのえき 12. 偉大なる作曲家
 映画「ゲド戦記」関連で、ほんのすこしだけ注目を浴びている谷山さんのニューアルバム。「テルーの唄」など、手嶌葵の歌ったゲド戦記関連の歌(M.1〜5)をセルフカバー、って、そんなファンを増やす千載一遇のチャンスに、なんで谷山さん、「できることなら紅マグロのおうちに住みたい 暮らしたい」とか歌っちゃうかなぁ。
 前半は「ゲド戦記」固めで、原作への敬意を感じる ( ――ここ、ポイントね ) 良質の無国籍ファンタジーテーマ風の曲がならんでいて、これが、いいんだわ。率直なところ、手島葵の「ゲド戦記歌集」の出来に、あまり前半部分は期待していなかったんだけれども、さすが谷山浩子。ソングライターとして魅力がとかく語られる彼女だけれども、歌手としての力も、相当なものなんだな。再認識。伊達に30年歌手やってない。アレンジも、「ゲド戦記歌集」の優等生的でフックの足りないものと比べると、やっぱり石井AQ+谷山浩子のアレンジは的確。手嶌版と同じ、あまり音数の多くないアコーステックな音なんだけれども、ひとつひとつの音のニュアンスにふくらみがあって、イメージを喚起させる力が段違い。「テルーの唄」も、完全に谷山浩子の歌にしてしまっている。
 が、後半一転、「素晴らしき紅マグロの世界」だもんなぁ。「夢のスープ」のピアノのリフも、現実感が剥落していくようで不気味だし。「かおのえき」なんて、これアラビア歌謡じゃないかぁっっ。詞曲アレンジともにサイケデリックそのもの。「毛穴に種まき二毛作」とか、「かおのえき あなたの後ろに迫り来る」とか、全然意味わからん。傑作すぎる。で、ラストはなぜかモンティパイソンの「偉大なる作曲家」。 「ベートーヴェンもモーツァルトもシューベルトもショパンも、偉大な作曲家はみんな死んで墓の中。腐敗して分解して骨」 と、子供みたいな無邪気な声で歌って、最後は、小劇場風の大森博史のナレーション。 なんだこのアルバム。まともにクロージングする気ねぇーーっっ。
 「ゲド戦記」モノの歌の延長線上に、「約束の海」とか「海の時間」とか「休暇旅行」とか、ああいう壮大ファンタジー系の曲をつめこんで、もっとわかりやすいアルバムにすれば、メジャーへの可能性があるものを、あえて意味不明な歌をつめ込む谷山さん。素敵です。一生マイナー街道だけれども。
 昨年リリースしたベスト盤「白と黒」なぞらえていえば、前半が「白」で、後半が「黒」という感じかな。 「人生は一本の長い煙草のようなもの」や「ポプラ・ポプラ」 (森山良子への提供曲) も地味に佳曲で、聞きどころ満載。ジャケットのオブジェ(――「お昼寝宮お散歩宮」のジャケットイラストなど担当した北見隆さん制作のもの) もカッコいいぞ。まだまだ奇天烈で才気煥発な谷山浩子を堪能できる確信に満ちた一枚。9点。



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 うたのえほん  (09.09.09/DVD) 

1. 素晴らしき紅マグロの世界 2. 意味なしアリス 3. キャンディーヌ 4. ドッペル玄関 5. そっくり人形展覧会 6. NANUK 7. 恋するニワトリ 8. まっくら森の歌 9. しっぽのきもち 10. ありふれた恋の歌 11. 空の駅 12. なっとく森の歌
   今年の秋の新譜は変化球でDVD。タイトルにある通り、コンセプトは動く歌の絵本。コンサートの映像作品化は何度かあったけれども、こういった類の映像作品は谷山さんでははじめて。多分これは、彼女が最近お気に入りの動画サイト「ニコニコ動画」をまわっていて、思いついた企画なんじゃないかな?
 NHK「みんなのうた」提供曲を中心に自身の作品がよく取り上げられること、またそこにあげられるいい意味でのアマチュアリズムに満ちたユニークな作品たちに、こういうのを自分の作品でやってみたいと思ってもおかしくない。今回「ニコニコ動画」からボーナストラックとして収められた「まっくら森の歌」のアンサーソング?パロディーソング?の「なっとく森のうた」も、その流れでの収録なんじゃないかな(――それにしても、こういう、自分が面白いと思ったものなら色眼鏡なくなんでも楽しんで、吸収しようとする貪欲さ、というのは案外凄い。彼女の作品の鮮度の高さっていうのはここに秘訣があるんじゃないかな、というのは閑話休題)。
 実際の映像も、資金を大量にかけて先端技術の粋を凝らした豪華絢爛なCGというものでなく、お手軽でいい意味でチープさが漂いつつハイセンスなのだ。趣味のいい才人が、一人でパソコンの前に向かって一日で作りあげた雰囲気というか、デジタル技術を前提にしながら工房的なアナログ感覚がある。かくかく感と可愛らしく動く映像はまさに動くえほんだ。
 ますむらひろしとのコラボも愉しげな「素晴らしき紅マグロの世界」をはじめ、薔薇人となった「キャンディーヌ」(――中井英夫を思い出した)の不気味さ、何気ない東京の夜景がサイケに変貌する「ドッペル玄関」と、絵本といいながらそこにあるのは大人の喜ぶ健全で御しやすい「よい子」の絵本の世界でなく、本当の子供が夢見る極彩色の悪夢が並んでいる。
 ほか、NHK「みんなのうた」の映像の収録となった「しっぽのきもち」「まっくら森の歌」「恋するニワトリ」もなつかしい(――「おはようクレヨン」と「そっくりハウス」が未収録なのは権利関係でダメだったのかな?)。また、昔の8ミリフィルムの映像のようにカタカタと動く「ありふれた恋の歌」は、遠い過去に置き忘れた何を思い出させるような切なさが漂っていい。逞しく生きるホッキョクグマを歌いながら、生きとし生けるもの全ての切なる賛歌と響く新曲「NANUK」は傑作だ。




2005.07.15
加筆 2006.10.15
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