80年代のたたき上げアイドルの最右翼、工藤静香。70〜80年代のアイドルは、そのほとんどがデビューして一年目、ないし二年目にはすみやかにヒットを獲得して、それぞれのポジションに収まっていくというのが通例――つまり、プロダクションとレコード会社の力関係と戦略で、勝負の大体は決まったのだが、はたして工藤静香のブレイクには長い時が必要だった。
アイドル界では伝説となった84年のミス・セブンティーンコンテスト(国生さゆり、渡辺満里奈、渡辺美里、藤原理恵らが参加し、グランプリは網浜直子と松本典子)に参加し、特別賞を受賞し、三人組「セブンティーンクラブ」として85年にデビューするが、一年未満の活動でフェードアウト。モモコクラブに所属しながら、1986年5月には「夕やけニャンニャン」のオーディションを受け、合格するが、この時点では集団の中の目立たないひとりに過ぎなかった。
おニャン子内での生稲晃子ソロデビュープロジェクトが頓挫し企画変更、三人組「うしろ髪ひかれ隊」に工藤が参加するが、まだこの時点においても工藤はあくまでメインの生稲をサポートするという立ち位置に過ぎなかった――のだが、いざデビューしてみると、圧倒的なボーカルの存在感で頭角をあらわし、ここでがらりと風向きが変わる。
解散決定告知後のおニャン子クラブ、シングル「かたつむりサンバ」ではフロントボーカルに抜擢、うしろ髪のシングルもおニャン子ブーム終息の中、善戦を見せ、そしてついにソロシンガーの切符を獲得、87年8月31日『夕やけニャンニャン』最終回の日に「禁断のテレパシー」でソロデビュー、初登場一位に輝く。
その後も、かつてのおニャン子の仲間達のほぼすべてがアイドルとして苦境に立たされる中、ひとりだけその後もセールスをぐいぐいのばし、88年には「MUGOん・色っぽい 」の大ヒットで紅白歌合戦に初出場。ここから「くちびるから媚薬」まで五枚連続で年間チャート上位に食い込むメガヒットを連発。
自らのスキャンダルで転落していった中森明菜の衣鉢を継ぎ、若き歌謡界の女王としてここに君臨するに至った。
――と、ここまでは見事なまでの成功譚なのだが、ここから先の展開が、彼女の場合、なかなか難しかった。
彼女が時代の顔であった頃から、もう20年近く経とうとしている。いま、彼女の作品を取り上げる大きな動きというのは、ないようにみえる。明菜や聖子や百恵がここ最近、受けているような再評価の風に、あまりにも彼女はあたっていない。何故なのだろうと考えてみた。
再評価の核となるような部分が、彼女の場合、どうにも見つけにくいのだ。
例えば、先鋭的で実験性に富んだアルバム、はたまた時代の空気をまるごと閉じ込めたようなアルバム、そういうものが彼女には実に少ない。
「こんなアルバム、他のどんな歌手も作れないだろ」
「工藤静香って、こんなこともしていたんだぜ」
あらためて誇らしく薦められるような、独創性のある、カラーの統一した名盤というのが、残念ながらあまりないのだ。
アルバムのほとんどが、シングルヒットとあまり齟齬のない作品ばかりだし、そのシングルにしても、「工藤静香」というイメージの範疇に綺麗におさまったそつのない作品が多い。
もちろんそれらも悪くはないのだけれども、そういうのばかりだと、必然作品の層が薄く、小さくまとまってしまう。知れば知るほど驚きと深い味わいというものはなかなか望めず、勢いシングルコレクションだけ聞けば、いいか――という気持ちがどうしてももたげてしまう。
それら全ての原因は、後藤次利の楽曲プロデュースがあまりにも、全面的過ぎ(アルバム・カップリングに至る全ての作・編曲を請け負っている)、かつ期間も長すぎた(87〜93年)ことなのではないかな、とわたしは思っている。――そして、これらの全て90年代のビーイング・小室系をはじめとするJ-POPシンガー多くが背負った宿痾のようなものではないだろうか。
プロデューサー偏重でいつも同じ路線。手堅いシングルとその間を埋めるような、さらに手堅いアルバム楽曲。質はよくって悪くはないけれども、いつもと同じで驚きはない。飽きたら、それまで。
この形式は、人気がある時は手堅く売れるのだろうけれども、はたしてそれが失われた時の建て直しというのが相当厳しいように見える。彼女のオリジナルアルバムの売上枚数推移が絶頂期の89年「JOY」を頂点に綺麗な山なりの形をしているのがそれを象徴している。
もちろん、工藤静香もただ黙って歌っていたわけでなく、94年『Exopose』からは後藤次利の手を離れセルフプロデュースを開始し、そこで作品のクオリティーに関しては一定の持ち直しているし、現在も定期的な音楽活動を行っているところを鑑みるに、歌手としての気概も失ってはいないとわたしは信じている。
結婚後はバラエティー番組進出をはじめ、歌手というよりも、ライフスタイルを語っている場面のほうが多いように見えるのが気になるが、歌手たらんとするなら、今がまさしく彼女の正念場。頑張って欲しい。
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◆ ミステリアス (88.01.21/第3位/23.3万枚)
1.哀しみのエトランゼ
2.ミステリアス
3.禁断のテレパシー
4.嵐の夜のセレナーデ
5.パッセージ
6.ワインひとくちの嘘
7.Again
8.すべてはそれから
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業界のすみっこにいる少女にいよいよスポットライトがあたる。踏み切り線でスターティングポーズを取り、これから勝負、その瞬間のような、いかにもファーストアルバムらしいアルバム。
各曲の完成度もさることながら、全体を包む緊張感と躍動感がいい。
「この娘をスターにさせるんだ」という後藤次利のハンパない気合に、静香もまた全身で応えている。背伸びも思いこみもここでは大きな魅力になっている。「すべてはそれから」で見られるあけっぴろげな明るさは彼女の独特の持ち味。失恋の歌で哀しく聞こえない、この若さが憎い。8点。
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◆ 静香 (88.07.21/第1位/26.6万枚)
1. 証拠をみせて
2. さよならの逆説
3. FU・JI・TSU
4. ブリリアント・ホワイト
5. 裸爪のライオン
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全作品中島みゆき・作詞、後藤次利作編曲、という大英断に踏み切った二枚目のミニアルバム。渡辺有三プロデュースでなければ、これはありえない展開だな。
中島みゆきもまた、彼女に例えようのない可能性を見出したのだろう、
正面向いてきりりと表情を引き締めた時の気迫とふにゃっと笑った時の無防備さ、静香のこの二面性を中島の詞は上手く引き出している。
青春のに苦々しさと躍動感が一体となった「裸爪のライオン」がベスト。初期の静香には独特の青臭さがあって、それが、実にいいのだ。盤全体から可能性を感じる。8点。
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◆ JOY (89.03.15/第1位/42.0万枚)
1. 天使みたいに踊らせて
2. とても小さな傷心
3. 奇跡の肖像
4. 宇宙の正面
5. 寂しい夜には私を呼んで
6. No No No No 〜琥珀のカクテル〜
7. 夢うつつジェラシー
8. 硝子のサンクチュアリ
9. 真夜中のコレクトコール
10. 恋一夜
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工藤自身の最高セールスのオリジナルアルバム。曰く、一番お気に入りのアルバム、だそうで。彼女のアルバムはほとんどが幕の内式のなんでもごちゃ混ぜのアルバムだけれども、それは彼女の意志でもあったんだな。
彼女の作品の中で一番幕の内式のアルバムです、これ。よく言えばバラエティー豊か、悪く言えば散漫。
「夢うつつジェラシー」や「奇跡の肖像」の気合はいりまくり路線と「宇宙の正面」「真夜中のコレクトコール」の能天気・あけっぴろげ路線の振幅が彼女の魅力なんだろうな。6点。
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◆ カレリア (89.10.04/第2位/30.1万枚)
1. 丘の上の小さな太陽 part1.少女〜part2.恋〜part3.出さなかった手紙・母へ
2. みずうみ
3. 美粧の森
4. カレリア
5. la se n
6. 真昼の夢(インストゥルメンタル)
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スウェーデンはヘルシンキ・フィル・オーケストラとのコラボ。南野陽子や斉藤由貴ならするっとべたハマる世界にあえて挑戦した工藤さんの唯一の乙女チックアルバム。
こんなアルバムでも、全曲の作曲は後藤次利、素材としての彼女を心底面白がっているのがわかる。作詞は大貫妙子、川村真澄など、イメージに合わせていつもの面子と入れ替え。
いわゆる格上演出狙いのアルバムでミスマッチの感は否めないけれども、こんなアルバムを一枚くらい作るのもいいかもしれないかな。なにを出しても売れる時期だからこそできる意欲的な実験作。個人的には好きです。7点。
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◆ rosette (90.04.04/第1位/27.1万枚)
1. 断崖
2. Mirageの虜
3. Unbeliever
4. 瞬間の海
5. 月曜日の失踪
6. くちびるから媚薬
7. 愛の漂流者
8. 素直に言って
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アイドル業界を全力疾走していたら、いつのまにかトップに立ってしまった静香。
いまだ精気に満ちている。全八曲というコンパクトであるが、それぞれの曲が意味をもっていて、余分なものがなにもない。
オープニングの「断崖」からラスト「素直に言って」までトップアイドルのギラギラ感が満載で疾走。音も作りこんでいて分厚いぞっ。
焦燥感あふれるギリギリの緊張感がいい「Mirageの虜」、ゴス的な頽廃の漂う「Unbeliever」、詞と曲がリンクしてドラマチックな展開が壮大な「愛の漂流者」当たりが個人的には好み。
さてこれからどうする? まぁ、今はひとまずの結果を受け取ろう、ということで8点。
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◆ Mind Universe (91.03.06/第1位/25.0万枚)
1. 腕の中のUniverse
2. 橋
3. 無名の休日
4. Superstition
5. 震える1秒
6. ぼやぼやできない
7. つぎはぎのポートレイト
8. Embrace
9. 「愁・」
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前作の打ち込み重視のサウンドから一転、生音重視のロケンロール。とはいえ、「ひとまずいつもの」という現状維持の感が強い。
静香の自作詞「愁・」(「しゅうてん」と読む。結構面白い作品だ)、中島みゆきの詞作「つぎはぎのポートレイト」「Embrace」など、手堅い作品が並んでいるのだけれども、全体的にどこかで聞いた風。
こっから3作は、こんな感じでこれまでの活動で揃えた手札だけでやりくりしている感じで新鮮味がない。
商材として一定の品質は保ち、今ある人気をキープはしているんだろうけとれども、「これを表現するんだ」という意識が希薄で、創作性は低い。
守りの姿勢は静香らしくない。もっと勝負しなくっちゃ、面白くないよ。7点。
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◆ Trinity (92.03.18/第3位/20.4万枚)
1. めちゃくちゃに泣いてしまいたい
2. ムーンライトのせいじゃない
3. my eyes
4. あなたのいない風景
5. マジック
6. ニュースの中の青春
7. 霧の彼方へ
8. ふたりにさせて
9. 黄昏が夜になる
10. 捨てられた猫じゃないから
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大正浪漫風のノスタルジックなジャケットにあわせるように、ビックバンド風アレンジがいままでにない「ムーンライトのせいじゃない」、
メロウなメロディーに旅情を誘うような翳りのある詞がロマンチックな「黄昏が夜になる」(――これ、傑作 !!)「あなたのいない風景」など、今までにない雰囲気の作品もあるけれども、
「ふたりにさせて」「my eyes」「マジック」といった保守的歌謡ロックが結局印象勝ちしちゃうんだよなぁ。
努力の後は各所に見えるけれども、全体を聞くと「今回も無難に現状維持でした」におさまってしまうのが物凄く惜しい。――というわけで、後藤次利のサウンドプロデュースは既に限界を迎えているわけだけど、しかし、まだ続くのである。嗚呼。
安易な60〜70年代讃歌の「ニュースの中の青春」は狙いすぎて恥ずかしいけど、ロッカバラード「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」「捨てられた猫じゃないから」(――これも名曲)は相変わらず抜群の相性。7点。
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◆ Best of Ballade "Empathy" (92.11.20/第6位/18.1万枚)
1. 声を聴かせて
2. 彼女から…
3. 未来の宝
4. 硝子のサンクチュアリ
5. 絆
6. 気のないララバイ
7. 群衆
8. みずうみ
9. forever
10. めちゃくちゃに泣いてしまいたい
11. X'mas Night
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毎年恒例の年末発売のベストアルバム。92年は、約半数が新曲によるバラード中心のハーフベストという形式になった。
新曲は全て本人の作詞、さらに作曲も2曲担当、というわけなのだが、うーーーむ。
この頃、どうも彼女は「アーティスト」を目指すことに変に躍起になっていたよう。
聞いていて、疲れたり、眠くなったりします。これはもう、ファングッズとしかいえないのでは。厳しい。
静香のオリジナルには素敵なバラード作品もあるけれども、元々バラードに抜群の説得力のある歌手ではないと思うんだよな、彼女って。
あとこの時期、Rajieや坪倉唯子らのコーラスがやたら分厚く、黒っぽいです。これはなにを狙った効果なん? 5点。
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◆ Rise me (93.04.01/第3位/18.3万枚)
1. さよならロンリー これっきりロンリー
2. Do Done
3. 渇いた花
4. きみが翼をひろげるとき
5. 他人の街
6. Gong
7. 悲しみのオーシャン
8. Hot Body
9. そのあとは雨の中
10. 慟哭
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デビュー以来一貫して作編曲・後藤次利で押し通してきた工藤静香。
ひとりの作家にここまで凭れ掛ったプロデュースを長年続けたアイドルは絶無。フツー、シングルならまだしも、もうちょっとアルバムでは色んな作家に曲を書いてもらって試行錯誤するものですぜ。なにも迷うことなく毎回、手元の掛け金「後藤次利に全部」しなくても。
そんな期待に今まではなんとか応えていたゴツグさんですが、さすがにこのアルバムになると息も絶え絶えといった感じ。「ネタを出し尽くして、もうやることがないよ」そんな彼の叫びが聞こえてくるよう。マンネリにもほどがあるぞぞぞ。
彼女に眠るヤンキー心をくすぐるヘビメタ調の「Gong」、中島みゆき作詞のメッセージソング「他人の街」など、悪くはない曲もあるけど、すべてにおいて予定調和なのだ。
真っ白な灰になったゴツグに乾杯、今までよくやったよ、ということで、6点。
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◆ Expose (94.09.07/第5位/12.4万枚)
1. Blue Rose
2. 冷めてく音
3. 夢
4. 僕よりいい人と…
5. naked love
6. Jazzyな子猫
7. Adamas 〜征服されざる者〜
8. I'm nothing to you
9. Step
10. Pain
11. Jagguer Line
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アイドルの初自己プロデュース作品ってのは、そのアイドルの本質というのが、よく見える。「いろいろ周りからいわれてその中で調整していままでやってきたけれども、本当はこういうことがやりたかったの」って感じでね。
てわけで、渡辺有三、後藤次利との長すぎた春をついに卒業してセルフプロデュース開始の今作、これがもう笑っちゃうほどにビジュアル系。メジャー系のポップなビジュアル系一直線なのだ。
「Blue Rose」「naked love」「Adams 〜 征服されざるもの 〜」「Jazzyな子猫」といったあたりは、バカスカなりまくるドラムスに変な美意識感じるノイジーなギター、少ない語彙を駆使して編み上げたエロス&バイオレンスなリリック、歌唱力がないのを誤魔化すために変に凄んだ歌唱、全てがど真ん中。そのほか、ファンシーおとめチックのバラード「夢」、妙に疾走さわやか系「STEP」、ボーカルをエフェクト処理させて実験風味な「Jagger line」など、V系に欠かせないスパイスもばっちり取り込んでおります。
本格派を気取るには、まだ色々と手に届かない人が、気合と根性と厚塗りメイクと眉間のしわで補填して築きあげた「本格」で「大人」で「耽美」な思いこみの世界――それがビジュアル系の美意識だと、わたしは思うのだけど、このアルバムにあるのはまさしくそれ。さすが、YOSHIKI様の元カノだけあるぜっっ。
個人的にこのアルバムのベスト・オブ・V系ソングは「冷めていく音」。歌唱・アレンジ・詞、全てがV系として完璧。この妖しく耽美で思わせぶり――だけど、その実まったくの無内容が素晴らしすぎます。歌いだしの「冷めた魔術師が両手広げ 鏡の中のrebellion やさしく包む」からしてってまったくのビジュアル系で、まったく意味がない。素敵だなぁ。これで作曲陣が、飛鳥涼、都志見隆、鈴木キサブロー、尾関昌也、羽田一郎など、わりとずぶな歌謡曲畑の人材ってのが面白い。女性歌手には存在しないビジュアル系というカテゴリーだけどこのアルバムの工藤静香だけは、そっとその範疇に入れてあげたい。傑作。9点。
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◆ Purple (95.08.02/第7位/14.0万枚)
1. Ice Rain
2. Wing
3. Deadline
4. Tomorrow's river
5. Olivia
6. Bloom
7. Moon Water
8. Virgin Flight 1996
9. さぎ草
10. Venus
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続けてセルフプロデュース、今回はスロー・ミディアム系を中心のバラードアルバム。「Empathy」再び、といったところだけれども、サウンドのバリエーションと表現力のアップで、見事にリベンジ成功。
夜霧が立ちこめるような含みのあるアレンジメントで彼女のルーズで妖しい魅力が爆発する「Wing」「Moon Water」「Virgin Flight 1996」といったあたりがこのアルバムの個性。他、歌謡曲歌手本流の実力がスパークする切々として胸に迫る「さぎ草」「Bloom」もよく、「tomorrow's river」「Olivia」「Venus」といったよくある励まし系も下手モノになっていないあたりに彼女の充実がよくわかる。
柔らかでフェミニン、女性受け抜群だけれども、きちっと完成度も保持した一枚。
彼女の場合、セルフプロデュースに転向したのは、正解だったな。うん。8点。
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◆ doing (96.05.17/第16位/5.2万枚)
1. loving
2. ルナ 〜月の女神〜
3. メロディ
4. 7
5. Girl
6. 風になりたい
7. セピアの口づけ
8. 紫陽花
9. 蝶
10. 翼を広げて
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静香がデコトラの運ちゃんに扮した主演映画「爆走!ムーンエンジェル 〜北へ〜」への提供曲が約半数――というわけで、10代の頃に見せたわかりやすい保守的ヤンキー歌謡ロックの成長版といった仕上がり。
前作、前々作の意欲的なサウンドメイクから一転、後藤次利なしでいつもの「工藤静香」の世界をやってみたという感じだけれども、作家は鈴木キサブロー、都志見隆、谷村新、澤近泰輔、松本俊明と、ほとんどが、前2作からの引き続きなのが面白い。そのなか、今回初登場の中崎英也が歌謡感の強い湿ったいい仕事をしている。
お得意のロッカバラード「loving」にバカスカ歌謡ロック「ルナ 〜月の女神〜」、しっとりバラード「紫陽花」、あられもない感情表現がエロティックな「蝶」など、以前と大きく違うのは、彼女の歌唱力。工藤静香の歌唱力・表現力に関しては、この頃がピークなんじゃないかな? 艶っぽくてしなやか、野生の猫科の大型獣のよう。7点。
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◆ Dress (97.03.19/第18位/3.1万枚)
1. 赤いドレス
2. 銀の爪
3. Poison Kiss
4. おたより
5. 微熱
6. 激情
7. 例えば
8. 摩天楼
9. Flash Back
10. eternity
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歌手としての成長の著しい工藤静香、感情の表現レンジがぐっと深くなっている。体臭すら感じさせる生臭い妙齢の女性のリアリティーが立ち込めている。
一曲目、アコギのみのシンプルなバッキングの「赤いドレス」で彼女の表現力の伸張はわかろうというものだ。
サウンドに関してもCHOKKAKUが参加したりと、時代の空気に合わせて少しずつ変えている。
「Purple」で見られた都会的な雰囲気を発展させた「摩天楼」「Flash Back」あたりがいい。
結ばれない運命の恋を歌った「eternity」もさりげなくまとめていて好印象。中島みゆき作品「激情」だけ異次元で浮いているのが気になる。名曲だけどね。7点。
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◆ I'm not (98.04.29/第19位/2.9万枚)
1. delusion 〜妄想〜
2. away
3. カーマスートラの伝説
4. It's OK
5. Pop corn
6. Who knows
7. Blue Velvet
8. doggie
9. ノスタルジア
10. glacier 〜氷河〜
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作詞・愛絵里、作編曲・はたけで統一。疾走感溢れる直球の歌謡ロック、一本勝負。
ジャケット写真のぽてっとした唇のごとく歌謡曲の淫靡な魅力全開。
これだよ、これ。余計なことせずに、正面突破でごりごりと押し切るのが静香の一番の持ち味なのです。この泥臭さには美学すら感じる。シャ乱のメンバーQって、ほんっっと歌謡曲のことわかっているよなぁ。
プレイヤーにはハウンドドックの鮫島秀樹や、LOUDNESSの樋口宗孝も参加。
野獣の咆哮を想起させる静香のボーカルも圧倒的で、余裕すら感じらせるほど骨太でゴージャス。プラスところどころ舌っ足らずになる愛嬌は相変わらずで親しみやすさも堅持。バッキングも一発録音!?と思わせるほどにテンションの高い活きのいい音をしている。熱いシャワーを浴びるようにスカッと聞ける一枚。「みんなの姐御」工藤静香のヤンキー歌謡の決定版ですなっ。8点。
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◆ Full of love (99.06.02/第38位/1.2万枚)
1. Blue Zone
2. ダイナマイト
3. Toward…
4. LOOSE
5. ずっと
6. SEASIDE
7. Super
8. THAT IS WHY
9. ZIGUZAGU
10. すべてを僕が…
11. color
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「Dress」の延長線上といったところだけれども、「Dress」と比べると聞き手に牙を見せてないあたりがちょっと不満。打ちこみ色がさらに強くなって、全体はSMAPあたりのブラックミュージックをベースにした中庸J-POPという印象。
CHOKKAKU編曲の「Super」なんてホントSMAPが歌ってても全然おかしくない――とおもっていたら、翌年驚きのキムタクとの結婚。
的場浩二の時といい、YOSHIKIの時といい、つきあっている男性にあわせてあっけらかんと音楽の趣味を変える、無防備なぶっちゃけキャラの静ぃさま、好きです。あなたのそういうところ。
とはいえ、ちょっとセルフプロデュースも手詰まりかなぁ、という一枚。アルバムのフォーカスが定まっていない感じ。「Blue zone」「ダイナマイト」といったわかりやすい攻めの曲以外どうしても落ちてしまう。6点。
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◆ Jewelry Box (02.07.03/第60位/0.4万枚)
1. maple
2. my dear
3. us
4. 足下を飾る太陽
5. Endless World
6. Wonderful Moment
7. 宝石箱
8. 深紅の花
9. Believe Again
10. PRAY
11. maple -remix-
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結婚・出産を経て3年ぶりとなるアルバムは、なんと元彼、X-JAPANのYOSHIKIの個人レーベル、エクスタシージャパンからのリリース。
こういうことをさらりとやってのけるネェさんの肝っ玉が素敵です。
ミディアム・スロー系を中心だけど、今までのバラードアルバムと違うのは、そのスケール感。ストリングスが壮麗に広がるサウンドに堂々と対峙して時に力強く、時にやわらかく、女性的な感情を歌い上げている。静香らしからぬ母性の感じる世界。
淡雪が降り積もるようにしんしんと愛がつのっていく感じ、とでもいえばいいのか。なにか大きなものが満ちているのだ。
子供が生まれると女性は変わるものなんだなぁ。なんか色々と変わったんだね、としみじみとなる。
YOSHIKIの、ある意味ベタな感動・壮大バラード路線(「Endless Rain」とか「Forever Love」とかね)を静香的な解釈した一枚、といったところか。
V系のバラードが好きと言う方にはベタはまり。作家はYOSHIKI、菅原サトル、成田忍、宮内和之、古内東子などです。7点。
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◆ 昭和の階段 vol.1 (02.10.30/第66位/0.5万枚)
1. 元気を出して
2. 恋人よ
3. カサブランカ・ダンディ
4. かもめはかもめ
5. 氷の世界
6. 黒の舟唄
7. なんとなくなんとなく
8. コーヒー・ルンバ
9. アカシアの雨がやむとき
10. カスバの女
11. 黒百合の歌
12. テネシーワルツ
13. 星の流れに
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邦楽カバーアルバムの隆盛に、静香も大胆に斬りこんでみた――が、ほとんどのアーティストが売上を伸ばすなか、静香にはその方程式が当てはまらなかったよう。「vol.1」と名乗ったが続編は出ず……。作品自体は筆者未聴。
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◆ 月影 (05.06.01/第86位/0.3万枚)
1. intro
2. replay
3. 心のチカラ
4. 月夜の砂漠
5. Lotus 〜生まれし花〜
6. BREAK OF STILL
7. Rain
8. くちびるを眠らせて
9. Memories
10. 深海魚
11. 大切なあなたへ
12. outro
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再び3年のブランクを経てのニューアルバム。古巣ポニーキャニオンに復帰。
これだけ長いキャリアの歌手なのに、コンセプトアルバムが片手分くらいしかない工藤さん、今回もなんでもかんでもつめこんだ幕の内式のアルバム。工藤静香にしては珍しく打ち込みメインのダンスチューンが目立ったけれども、当初からそういうサウンドコンセプトというよりも、なんとなく時流にあわせた行きがかり上、という感じ。「Full of Love」や「Dress」のCHOKKAKUアレンジ作品や「足下に飾る太陽」あたりに萌芽はあったしね。
彼女はとことん「なんでも欲しい」人なんだな。はじけたアッパーナンバーも欲しければ、メロウなミディアムテンポも、ほっこりとした励まし系バラードも、欲しい。こうしたアルバムのつくりは、彼女のありようそのものに繋がる。
暖かい母でもありたいし、貞淑な妻でもありたいし、悪い女豹でもありたい。歌手でもありたいし、バラエティー番組でのぬるい立ち位置も確保したい。
プラス、芸能界以外でも存在をアピールしたい。絵も描くし、アクセサリーも作るし、パンだって焼いちゃう、もちろん私生活だって充実させたい。
よく言えば、ひとつのカラーで自分を染めるのがとことん嫌いということなんだろうけれども、穿った見方をすれば強欲ということ。もちろん、芸能人、強欲結構なのだが、TPOにあわせてアルバム一枚、60分弱くらいはカラーを統一して欲しいぞ。
牙を剥いて相手を威嚇する猫科の肉食獣のような工藤静香が大好きな私としては、「Break of Still」や「くちびるを眠らせて」などがまさしく今の時代にリファインさせた「工藤静香」の世界で、最高。このラインでアルバム一枚作ったら名盤確定だったのに、合間のどうでもよさげなバラードで、気分がそがれる。ホント勿体ないなあ。暖かくってやさしい工藤静香を全面に売り出したいのなら、「Jewelry Box」のように、昔みたいなやんちゃはしないほうが懸命だ。
あと、久しぶりの登板、松井五郎選手の「深海魚」。なんだかやたらめったらエロくていい。やっぱ相性がいいんだろうな。いい曲はいっぱいあるのに、ぎりぎり惜しい。そんなアルバム。9点つけたいけど、8点。
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◆ MY PRECIOUS (08.08.20/第20位/1.2万枚)
1.空と君のあいだに
2.銀の龍の背に乗って
3.見返り美人
4.やまねこ
5.涙-Made in tears-
6.カム・フラージュ
7.浅い眠り
8.土用波
9.命の別名
10.宙船(そらふね)
11.すずめ
12.激情
13.雪・月・花
14.Clavis -鍵-
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いつかやってくれと願っていた工藤静香の中島みゆきカバーアルバムがついに登場。
選曲はわりと公式見解的というか、ヒット曲のずらりと並んだわかりやすい編成。そのなかで認知度低めの曲は80年代後半にまとまるあたり、彼女が一番みゆきを聞いていたのがこの時期なんだろうなぁ。「時代」や「わかれうた」といったみゆきのフォーク時代の曲が一切オミットされているあたりもひとつの特徴。
アレンジは、澤近泰輔、市川淳、坂本昌之、松浦晃久、前嶋康明が担当。
――というわけなんだけれども、き、気迫がないぞっ、静香。静香から気迫をとったら一体なにが残るんだよっ。
気合と根性で聞き手をねじ伏せるように歌うのが彼女の最高の魅力なのに、それがどこにも感じられなかった。ボーカルに合わせるように、サウンドも全体的に軽いつくり。
まあ、結婚して母にもなれば、自然と歌手としての姿勢が守りに入るわけで、だから正直言って、せめて10年前「雪・月・花」リリース時くらいにやっておくべき企画だったのかも、と、感じた。ただ、中島みゆきのトゥーマッチなボーカルに二の足に踏む人にとってはマイルドでいい聞きやすい作品集にはなっているんじゃないかな。
「命の別名」は、わたし的にはオリジナルは過剰でちょっと聞きづらいんだけれども、一方、静香版はするっと耳に入って、それでいて心に残るいい出来になっている。「空と君のあいだに」「銀の龍の背に乗って」あたりも、同じ効果があるかな。みゆきの濃ゆいメッセージソングもちゃんと咀嚼できているのだ。そこは単純にすごい。
ベストトラックは「すずめ」、今の彼女はこういう小さい歌を小さく歌って説得力がある歌手なので、気迫がどうこうとか、本当は言うべきじゃないんだろうな。今度みゆきカバーをやるときは、「すずめ」のようなフォーク路線のさりげなく悲しい歌でセレクションしたほうがいいかも。んで、静香の歌は聞き手をいてこましてうんぬんとかいう私みたいな人を黙らせていただければ。
あと「Clavis -鍵-」、やっぱいいっすよね。ボーナストラックで収録されている「激情」「雪・月・花」「Clavis -鍵-」の3曲はどれもみゆきバージョンよりも激熱で、ぐっと来ます。7点。
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