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「流行語大賞」のお寒さ


日記用のテキストのつもりで書き始めたが、長くなったので雑文コーナーにアップする。


この季節になるとそろそろ「流行語大賞」の季節だが、これほどどうでもいい年末の賞レースというのもない。
子供の頃から親父臭い賞だなと鼻で笑っていたが、近頃はいよいよもって迷走している感が強い。
今年のノミネートは以下の通り。


アカゴジラ/人格の否定/ニンニン/アキバ系/新規参入/ハッスル!ハッスル!/ あと二十年かけて金だね/新庄節/ハルウララ/あらすじ本/人生いろいろ/豚丼/ 栄光への架け橋/セカチュー(世界の中心で○○○)/ 冬ソナ/栄養費/セレブ/フルタ!(古田コール) /駅ナカ/総額表示/暴君ハバネロ/OK牧場/空弁/骨なし魚/オレ流/たかが選手/真逆(マギャク)/ 改革の本丸・疑惑の本丸/田村亮子でも金、谷亮子でも金/マグロ一筋/韓流/ダメ出し/負け犬/負け犬の遠吠え/ 気合いだー!/中二階/マツケンサンバ/○○斬り!/中年の星/未納三兄弟/黒酢/チョー気持ちいい/メイド・コスプレ/ 蹴りたい○○○/って言うじゃない/萌え/さぁー!/電車男/よーく考えよーお金は大事だよー/ サプライズ/鳥インフルエンザ/ヨン様/ヂウ姫/産業再生機構入り/長嶋ジャパン/ライブドア/ 残念!!/なでしこジャパン/連続真夏日記録/自己責任/ ニート(NEET)/私の人生の中では金メダル以上のメダル

サムい。アンド、キモい。
あーもう、自分で書き連ねながら、サブいぼ立っちゃったよ。
一つ一つの言葉はまだ流せるものの、ここまで並べられると殺意すら感じてしまう。

しかし、俺には見える。これらの言葉を取りこんで若い人に取り入ってことごとく玉砕しているおっさん達の姿が。 職場や茶の間でこれらの言葉を使った寒いギャグを飛ばし、「あーぁ、だからおっさんなんだよ」と部下や家族に微かに軽蔑されているおっさん達の姿が。

元々「流行語大賞」は「現代用語の基礎知識」などという、自分の器を省みずに流行に阿ろうと無駄にアンテナを張り巡らすおっさんぐらいしか買わないような恥ずかしい辞典を編しているところが選出しているのだから、それは仕方ないのだろう。
とはいえ、それがキモいことには変わりがない。 言葉は衣服と同じで着こなしが大切。その人のパーソナリティーがあってこそ成り立つ言葉というのがある。なんてことをいっても日曜は近所のスーパーで奥さんが買い与えた安物のスウェットなどでごろごろしているおっさんにいっても意味ないか。

と、充分世間でいじめられているおっさんをこれ以上いちびるのも可哀相だから、ひとまず話を逸らす。

それにしても、近頃の若手芸人が自分の流行らせたギャグやキメ台詞を「流行語大賞を目指す」などと安易に口に出すが、そもそも親父に受けて楽しいかと、疑問に思えて仕方ない。
こんな加齢臭漂う賞などコメディアンには勲章ではない。むしろ最後通牒だ。 「お前のギャグもお前のキャラクターももう消費しつくされて、今じゃサムい親父ギャグレベルだぞ」という職場の肩叩きにも似たような賞だ。と思うのは私だけか。 ま、このギャグ一発に華麗に散っていきたい、という意志でそう言っているなら止めはしないけれどさ。

しかし、その発言のほとんどが、芸人としての重要な能力である批評眼の元々の低さと、売れて有頂天になることによる自己の判断能力が鈍化、この2つに拠っているようにみえて見ていてとても痛々しい。 特に授賞式はいつもむなしい「一発屋パーティー」のようでわたしゃいたたれない。

と、やっと目が出て浮かれている才能の感じられない芸人をいじめるのも酷なような気がするから更に話を逸らす。

いっそのことタイトルを「流行語大賞」でなく「一発屋大賞」にかえた方がいいと私は常々思っている。
過去受賞した「流行語・新語」をあらためて見るに、今も残っている言葉は極めて少なく、きわめて「一発屋」臭がぷんぷんだし(―――http://www.jiyu.co.jp/singo/で確認されたし、死語と恥ずかしい語のオンパレードである) それに受賞対象が既に「流行った言葉=概念」でなく「流行ったモノ・コト・ヒトそのもの」になっているのだから、もうこれはむしろ「一発屋大賞」と堂々とタイトルをかえるべき。 その方がすっきりするし、安心して一発屋たちに拍手を贈れるというものだ。

って、それは「現代用語の基礎知識」を編している編集者のプライドが許さないんだろうなぁ。多分。
まさか、自分たちのまとめている知識が「時代の一発」に過ぎない、なんてことは考えたくないだろうし。
でも実際そうだよね。そりゃアカデミックで普遍的なところに根ざした新しい知識はその有効な範囲内できちんと残るだろうけれども、テレビナイズドされた世間の上っ面で流れる「新しい言葉や知識」など「流行という強迫観念」が作り出した「偽の新しさ」に過ぎない。 と、最後は自由国民社の編集者をいちびる私なのであった。

とはいえ、ありもしない「新しい今の世間」を知りたいというおっさんと、そんなおっさんに褒められたいと言う人がいる限り、きっと残るんだろうなぁ。この「流行語大賞」は。


2004.11.17
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