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マイ・クロニクル

何故歌謡評論を私は書きはじめたのか



サイト開設1周年である。
過去を振り返るにはちょうどいい時期なので、ちょっと昔を思って自分語りをしてみたいとおもう。
テーマは「何故、自分はこのサイトのテキストにあるような歌謡曲に関する評論(じみたもの)を書くに到ったのか」である。

記憶を紐解いてみると、高校1年の春にまで遡る。
その頃、もう既にあらゆるアイドルや歌手のファンになっていた――毎月の少ないお小遣いの中からどのCDをレンタルするかというのが日々の最大の問題であったし、新譜を新品で買うというのはまさしく大イベント、コンサートなどといったら驚天動地の事態。
と深く、音楽という魅力にのめりこんでいた。
中森明菜、中島みゆき、谷山浩子、斉藤由貴、薬師丸ひろ子、原田知世、崎谷健次郎、山口百恵、高岡早紀、工藤静香、中山美穂、中原めいこ、佐藤隆、……。
お気に入りの歌手はさしたる労もなく、次々と見つかった。
美しい、聞かずにいられないすばらしい音楽が、この世には汲めども汲めども尽きないほど溢れ返っている。

わたしはそれらの音の渦の中で本当に、溺れていた。それらに四六時中、幻惑させられていた、そんな日々であった。
退屈な午後の授業中にはそれらの歌の歌詞をノートの隅に書き取り、その言葉にうっとりし、帰り道ではふとその歌を口ずさんではなんて美しいメロディーだろうとこれまた陶酔、そして夜中には、部屋の明かりを落とし、枕もとの灯りだけで静かにお気に入りのアルバムを目を閉じてじっと聞くのがささやかな幸福の一瞬である。
という、そんな思春期の私だったのである。――――暗いやっちゃ。

高校に入学。学校近くの市民図書館になんのきっかけは忘れたが、立ち寄った。
そこで出会ったのが、「南野陽子は大丈夫か」という本であった。

その時、私は南野陽子という歌手のファンではなかった。
「『大丈夫か』と、聞かなければいけないほど彼女って行き詰まっているのだっけ」
という思いを持ちながら、気まぐれに、本を手に取り、めくった。
冒頭は『ザ・ベストテン』「秋からも、そばにいて」での彼女の歌詞すっ飛ばし事件についての言説であった。
この回は私も見ていて、その悲惨さから私の記憶にも残っていた。
パラパラとめくるとアルバムシングル各曲のデータとそれぞれの細かいレビューもある。また、他にも南野陽子に関する言説がたくさん載っていた。たしか、彼女の主演映画のロケ地めぐりとか、名曲「春景色」の詞にある「神戸線でホームから海が見える駅」はどこかを探すルポ――正解は彼女の母校の最寄駅である阪急神戸線「王子公園」駅である、であるだとかがのっていたと記憶している。
表紙を見ると、OHHOという聞いたことがないところが出している。

書架を見ると、もう一冊、「南野陽子は大丈夫かvol3」というのまである。
それにはLFの番組「ナンノこれしき」の最終回の抄録が掲載されていた。
この最終回も私の記憶にあった。
「オールナイトニッポン」を聞きながら深夜勉強をするのが当時の日課であった私はその流れで毎週日曜の深夜はこの番組を聞いていたのだった。彼女のDJぶりはアイドルという枠を超えていて、なかなか面白かった
が、ある日突然、この番組は番組改変期でもない90年の夏に唐突に終わった。
なんじゃこりゃ、と思いつつも、すっかりそのことをわたしは忘れていたのだが、本を流し読みするに、その記憶が不意に甦ってきた。

ということで、この2冊を借りて、読んでみた。
そして、驚いた。
えー―――っ、歌謡曲ってこういう風に語ることっでできるものなのぉ。
取りたてて評論家であるとか識者であるとかそういった者でもない、ただの1ファンの言葉だけでこれだけ濃密で重く、そしてこちらに響いてくるものができるということに素直に驚いた。
思いこみと愛情と熱意、これだけでも語ったっていいんだぁ。それで正しいんだぁ。
ぱぁっと目の前の扉が開き、道が開けたかのようであった。
この時の衝撃は、私より1世代前のアイドルマニアが、近田春夫のオールナイトニッポンだとか「よいこの歌謡曲」等に受けた衝撃と同質であると思う。この時はじめてミニコミという存在も知った。
驚いたついでに南野陽子のアルバムを全部揃えてしまった。つまり、感化されてファンになってしまったのである。

これを契機に少しずつ歌謡評論じみたものをノートに書くようになったし、歌謡評論についても積極的に読むようになった。
一番入手が容易であったのが、中島みゆき専門の評論本であった。特に青弓社から何冊も出ていて、それぞれ面白く拝読した。
学校の現代社会の授業の研究発表ではこれらの本などを下敷きに「中島みゆきの思想」なる発表までしてしまった。―――クラスメート受けはものすごく良かった。

全体としてニューミュージックに関する評論は散見されたが、アイドルポップス・歌謡曲に関しては、なかなかいいものがなかった。
そのなかでも林明美(吉岡平)著の「耳からアイドル」、竹内義和著の「清純少女歌手の研究」、松沢正博著「超少女伝説」、日本歌謡曲倫理委員会編「ドロボー歌謡曲」、稲増龍夫著「アイドル工学」、松井俊夫/宝泉薫/眞鍋公彦編「80’Sアイドル・ライナーノーツ」 などは楽しく読んだ記憶がある。
ちなみにこれらの図書館から借りたものであって、今私の手元にはほとんどない。――なので記述の記憶などは曖昧である。もしかしたら私の書いたテキストの中でこれらの作品をパクったものがあるのかもしれない。――結構、どっかで読んだような聴いたような言葉だよなぁと思いながら書いている時が多いので、そうしたものがあるとしたら勘弁願いたい。出来る限り手元にあるものは確認できる限り確認したいのであるが……。
この後、大学に進学し、一層マニア度は進行し、歌謡評論に関しては「近田春夫」と「平岡正明」という二大巨頭の著作と出会い、一気に地殻変動を起こすのであるが、これは後述である。

ちなみにこのミニコミOHHOの編者である田熊孝浩さん。
同時期にこの他にも「松田聖子が好きだった」「彼女が泣いてしまった 〜石野真子を忘れる方法」等を出していましたが、今はなんと倉木麻衣にのめりこみ「倉木麻衣さんを守れるか」「倉木さんに間に合うか」を出しているという。
つくづくこの人って叩かれやすいアイドルにのめりこむ人だなぁ。


2004.01.21


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