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ネットの議論って……


こういうサイトをやっているほどなので、理屈っぽい思考の遊戯というのは嫌いじゃない。 なので気心の知れた人と1つのテーマをブレーンストーミング状態で話まくったりというのは好きなことのひとつなのだが、とはいえ、それをネットでやろうとすると怪我をする。

1年半くらい前、まだサイトを開いて半年ちょっとの頃。一度そんな議論をしたことがある。
私のアップしたテキストの反論めいた意見であったので、それに対してひとつひとつ虱潰しのように反論かえしをしたのだが、当の相手は私の示した相手の矛盾や反論にはまったく答えず、どこまでも客観性の欠いた「オレ論」をえんえんと書き殴り続けてきた。
その応答が何度か繰り返されてのち、私のほうがその不毛さに耐えきれずキレて、その話を終わりにしてしまったのだが、その時思ったことがある。

現実で話したりという場合は相手がどういった人間かというのがよくわかるからどこに結論を落とせば丸く収まるかわかるけれども、ネットとなるとぽっと虚無の闇のようなところから相手が現れるので、相手のバックヤードが全くみえないので、矛の収め方がまったくわからないし、そもそもどのレベルでもって話せばいいのか、あるいは話さないのかそれすらもわからんな、ということ。

相手からしたら私の思考のバックヤードというのはサイトのテキスト群から忖度することは可能であるが、私から見たら相手は全くもって暗闇の向こうである。 これではおんなじテーブルの上で議論するということは土台無理に決まっている。
議論ってのは、一種のゲームのようなもので、「これをいったらお仕舞いよ」という、前提となる条件やルールというのが見えないながらもそれなりにある。であるから、ある程度お互いの顔が見えないことには、実りある話には繋がらない。 それができないようであれば、そこで行なわれる議論はルール無用の泥試合以外の何者でもなくなってしまう。

考えてみれば、2チャンネルなどのネットに転がっている議論のほとんどが子供の屁理屈の言い合いのような泥試合ばかりであるのをみれば、ネットという場での議論がそもそも虚しいものばかりであるというのは容易に想像つくことだな、こりゃ。 と反省した私は、以降ネット上の議論というのは避けるようにしている。

もし、ネット上で実りある議論が成立するとしたら、それはそこでの話者が全て実際にお互いの面識があるか、あるいはそれぞれがウェブサイトを主催していて、自分の思考を披瀝しているか、という場合がほとんどだと思う。
ということで、私と積極的な議論を交わしたいという奇特な人はブログなり何なり自分のサイトを開くといいよ。 と、わけのわからないことを読者に投げかけるわたしなのであった。


2005.01.08
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