柏原芳恵 「あなただけ……」
1. 春なのに
2. 永久保存のラブメール
3. うれしいわあなた
4. いい日旅立ち
5. MY SONG
6. Zutto×2
7. 春なのに(Secret Track)
歌を思い出したカナリアは…… (2005.06.22/フリーボード/FBCX-1013) |
05年発売。歌謡曲・演歌専門のレーベル、フリーボードからのリリース。 柏原芳恵の25周年記念アルバム、な・の・だ・が、はっきりいって、聞くまで、ぜんっぜん期待していなかった。 25周年といえども、89年の「あなたならどうする」以来、つまり15年以上彼女は一切の新曲をリリースしていなかった。 その15年、歌を歌う代わりに彼女がしていたことといえば、Vシネマや二時間ドラマの出演、あるいはきわどいセクシー写真集・ビデオの発表といったところで、 まあ、それ自体とやかく言うことではないが、歌手としての矜持がある活動とは、あまり思えなかった。 そんな今の彼女の新譜。なに今更――、と、発売の情報を聞いた時に私は思ったのだが、悪くない。悪くないぞ。コレ。 ◆ オープニング。「春なのに」のセルフカバーの、明らかにオリジナルを凌駕しているボーカルに「お、なかなかいいぞ」とそのまま流していくと、ぐんぐん良くなってくる。 メジャーレーベルと比して楽曲制作能力が高いとは決していえないだろうに、いいところいっているし、なにより、柏原芳恵が実に柏原芳恵らしいのだ。ブランクをまったく感じさせない歌声にも驚くし(――歌唱力・表現力ピークの80年代後半と遜色ない!)、 そして、この歌謡感。21世紀の今に、こんなにど真ん中の、正真正銘の混じりっけなしの「歌謡曲」が聞けるのが、なんだか嬉しい。 これ、フォノグラム時代の作品のアウトテイク集といわれても私は信じるぞ。それくらい「まんま」なのだ。 収録曲は、代表曲「春なのに」のセルフカバー、山口百恵「いい日旅立ち」のカバーをはじめ、 柏原芳恵と親交の深い中村泰士の新曲が三曲、芳恵作詞・羽場仁志作曲による「Zutto×2」という布陣だが、このアルバムの最大の功労者は中村泰士だろうな。 近年、中村氏は自身の主催するコンサート「シニアライスポップス」や、あるいはwebTV「キュートナーテレビ」に彼女を招聘していた。 彼との親交の中で16年ぶりのアルバムの制作へと至ったと考えるのは、想像に難くない(――よくぞ彼女を、再びここに立たせてくれた)。実際このアルバム、スーパーバイザーとして中村氏の名前が列記されている。 「永久保存のラブメール」は、驚きのラップ歌謡。薄目のトラックにループする展開がいかにもなHP系のクールなサウンドなのだが、あくまで「歌謡」になってしまうのが柏原芳恵。 「ト・レ・モ・ロ」でテクノポップも歌謡化してしまった彼女だからしてこれは当然のことなのだ。 一方「うれしいわあなた」は「待ちくたびれてヨコハマ」のような、柏原芳恵の王道のしっとり歌謡ポップスで磐石。 「MY SONG」は歌い上げ系。今までの系譜でいったら「春ごころ」とかかな。これまた情感溢れる堂々とした歌いっぷりで酔わせる。 ラストの「Zutto×2」もこれまた、ブラック要素の漂うコンテンポラリーな作品なのだが、やっぱり仕上がりは「歌謡曲」。 ◆ こういってはなんだが、柏原芳恵の最大の魅力は、匿名性の高い、多くの耳目をひきつけるにはなにかがひとつ足りない楽曲を、その匿名性を失うことなく、聞かせる「歌謡曲」に仕立てあげるところにあると思う。 彼女には、派手できらぎらしい渾身の大傑作をあてがう必要はないのだ。 地味で、世間に埋もれそうなほど些細だけれども、ちらちらと光の灯っている楽曲にこそ、彼女の歌声が必要なのだ。 そんなわけでこのアルバムも、大傑作とはいえないけれども、いい歌の灯火が仄紅く燃えている。 あまり気負わずに、夜更けに音量を小さく聞くとしっとりとこちらに寄りそってくるような、さりげなく光る小品といっていい。 彼女はやっぱり歌うべき人なのだなと、この一枚を聴いて、わたしは確信した。 シークレットトラック。「春なのに」を録音中に思わず涙ぐんで喉つまらせる姿に彼女の純情馬鹿ぶりを私は見てとる。 ならば、なぜ、もっとちゃんと歌ってこなかったのか、とは私はいわない。 また歌うときめたのなら、歌えばいい。 わたしは聞くよ。 不器用で馬鹿な奴の歌ほど染みるものだ。 |
2007.12.04