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さくさくレビュー  八神純子


 「日本のポップスなんて、欧米のポップスのデッドコピーに過ぎないじゃん」
 日本でポップスに携わる誰しもがこの十字架を背負っている。
 日本人に向かって日本語で歌っている歌なのに「歌謡曲/J-POPではない」「海外でも通じる」といった言辞が褒め言葉として通じてしまう、不思議な日本のポップス。 それは、明治期以来の日本人の欧米コンプレックスとまったくの同質の、つまりは「ガイジンになりたい」という、都合のいい名誉白人根性なわけだが、ともあれ、 日本で成功したアーティストの多くがそのようにして「サヨナラニッポン」とばかりに意気揚揚と太平洋の向こう側に向かって漕ぎ出していった。
 ピンク・レディー、松田聖子、Dreams Come True、久保田利伸、宇多田ヒカル……。八神純子も、またその一人だったといっていい。 78年に「思い出は美しすぎて」でデビュー後、「みずいろの雨」「パープルタウン」とヒットを連発し、83年には「恋のスマッシュヒット」で海外デビュー、87年には夫のイギリス人ジョン・スタンレーと共にロサンゼルスに移住する。
 もちろん、その後の道程はたやすくなかった。現地での本格的な活動はままならず、またスタジオ経営にも失敗、夫スタンレー氏は音楽家を廃業し、弁護士へと転職する。 そのようにして海外での成功を夢見たアーティストのほぼ全てが夢破れ「サヨナラアメリカ」と日本へと還流したのだが、八神純子はしかし、それでも残りつづけた。
 生活者として20年ロサンゼルスに暮らして、英語の歌を歌うということがどういう意味なのかようやっとわかった。と、彼女は最近のインタビューでこたえている。 日本のポップスを愛するものたちにとって、この言葉は重い。 日本にもなれず、さりとて西洋にもなれず、太平洋の真ん中でゆらゆらと根無し草のように漂うことしか出来ないアイデンティティーの希薄なわたしたちにあって、彼女の美しき挑戦は、決して忘れるべきものではない。


cover ◆ 思い出は美しすぎて  (1978.6.25/5位/47.2万枚) 
1.雨の日のひとりごと 2.時の流れに 3.思い出の部屋より 4.思い出は美しすぎて 5.追慕 6.気まぐれでいいのに 7.せいたかあわだち草 8.窓辺 9.もう忘れましょう 10.さよならの言葉
 八神純子の78年のデビューアルバム。「パープルタウン」「みずいろの雨」の大ヒット曲から、透明感のあるパワフルなハイトーンで魅せる非常にオフェンシブな歌手、というイメージが強い彼女だけれども、 ファーストアルバムは、極めて内省的で感傷的なバラードアルバム。 いいところのお嬢さんが、雨の日にピアノをざれ弾きしながら、心にわきあがったセンチな感情を歌ってみました、という感じ。 雰囲気としては、ユーミンの「ひこうき雲」に近いかな。 「せいたかあわだち草」とか、ほんと胸がきゅんきゅんしますよっ、もうっ。 誰しも一度は味わい、そして誰しもが失う「少女期の感傷」が、この一枚に封印されている、といっていいんじゃないかな。 大人になったら、二度と戻れない場所にある、まさしく「思い出は美しすぎ」るそんな1枚。名盤といって差し支えないか、と。 あ、もちろん八神さんなので、「思い出の部屋より」「もう忘れましょう」など、しんみりバラードでも、サビではカンツォーネ的にボーカルをぴぃんと張っちゃうんだけれども、また、そこが素敵だったりします。9点。

cover ◆ 素顔の私  (1979.4.5/1位/36.8万枚)
1.バースデイ・ソング 2.明日に向かって行け 3.揺れる気持ち 4.みずいろの雨 5.夜間飛行 6.アダムとイブ 7.そっと後から 8.ハロー・アンド・グッドバイ 9.渚 10.DAWN
 早くも過渡期。「思い出の部屋」の扉を開けて外に向かって歩き出した一枚。――とはいえまだまだおぼつかない。 「思い出は美しすぎて」の清新な世界を求める耳からすると、鮮度が落ちているようにも聞こえるし、後に際立つポップさやメロディアスさの萌芽がここに、というほどまだ成長していない。 ヒットシングル「みずいろの雨」一曲のみがギラギラとして引きが強いもののアルバム全体のインパクトは薄め。 「夜間飛行」の、夜の大空を孤独に滑空するような力強い歌唱は聞きごたえ充分だし、また「DAWN」のシンフォニックなサウンドなど一曲ごとのよさはそれぞれあるんだけれどもね。 70年代後半の中庸NMど真ん中といった感じの作品かな? 6点。

cover ◆ Mr.メトロポリス  (1980.4.21/2位/23.1万枚)
1.Mr.メトロポリス 2.小さな頃 3.Deja.Vu 4.ポーラースター 5.グッバイ美しい日々 6.ワンダフル シティ 7.冬 8.サンディエゴ サンセット 9.シルエット 10.Another Day, Another Me
 八神純子の「ヤマハの歌姫」時代を象徴する一枚といっていいかな。 彼女のヒットシングルから想起されるイメージに一番近い、「八神純子」らしいアルバムと言えるかも。 アニソンのごとく壮大でスペイシーだったり、アメリカンポップスへの傾倒が強くむちゃくちゃポジティブだったり、それでいて声がメロウで歌謡感が強く湿っていたり、とそんなこんなな八神純子のアルバム。 タイトル曲「Mr.メトロポリス」は、後の「パープルタウン」へと繋がる一曲。短編小説を読むように、ドラマチックに曲想が変化する大都会讃歌。名曲。 さらに「小さな頃」〜「Deja.Vu」〜「ポーラースター」の組曲仕立ての連作も出色。少女趣味な星々への憧憬をSF的に展開。「グッバイ美しい日々」も磐石の八神バラード。 B面は、バラード→アップテンポの縞模様で、まぁ、よくあるつくりかもしれないけれども、「サンディエゴ・サンセット」の艶めいた歌声にスリリングなストリングスが印象的だったり、と聞かせます。そつない作り。 公式解釈的な、それでいてまったく飽きのこないよく出来たアルバム。9点。

cover ◆ JUNKO THE BEST  (1980.10.21/1位/50.3万枚)
1.うまくいかなくても 2.愛色の季節 3.Be My Best Friend 4.私の歌の心の世界 5.甘い生活 6.みずいろの雨 7.時の流れに 8.思い出は美しすぎて 9.想い出のスクリーン 10.パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜
 新曲四曲を含む公式ベストアルバム、な、の、だ、が、「BEST」というには、中途半端。 ヤマハに眠っていた大量のデッドストックからセレクションであろう新曲のA面(――しかも八神の作詞・作曲作品ではない)がなんだかとってもおまけというか、抱き合わせ商法というか、あまり聞きどころがありませんぜ。 とはいえ、自らの作品でない楽曲も率先して歌おうという八神純子の心意気や、よし。 ヒットシングルが並ぶB面は、まあ、磐石なんだけれども、これもなんでヒットした「ポーラースター」入ってないのだろうか?――というわけで、いまいち企画意図が読めないベスト盤でありんす。 これが「パープルタウン」大ヒット時のリリースと言うこれ以上のないタイミングで、自己最高のセールス。ちなみにカセット版は全16曲。6点。

cover ◆ 夢見る頃過ぎても  (1982.2.5/2位/25.2万枚)
1.夢見る頃を過ぎても 2.シークレット・ラブ 3.白い花束 4.金曜日の夜 5.一年前の恋人 6.ナイス・メモリーズ 7.B.G.M.(バック・グラウンド・ミュージック) 8.I'm A Woman 9.FLY AWAY 10.二人だけ
 発売予定から約1年も遅れてようやく発売された2年ぶりの4枚目。 前作は、アメリカやら宇宙空間やら「ここではないどこか」を歌った作品が多かったけれども、 一方こちらは、非常にドメスティクな作り。「日本の八神純子」のアルバム、という感じ。とはいえ、「思い出は美しすぎて」の世界ともちと違い、どうにも評価の難しいアルバムかな。 原田真二作詞・作曲・編曲の「ナイス・メモリーズ」や、矢島賢編曲でハードロック的なアプローチをみせた「I'm A Woman」など、新たなアプローチを試みている。「夢見る頃過ぎても」「二人だけ」などのバラードでいつも通りの磐石さをしめしながらも、アップテンポで色々と試行錯誤しているって感じかな? とはいえ、物凄い実験というものではなく、守備範囲内での戯れと言うか、そのあたりの配分が程よく、バランス感覚は失っていない、よく出来たアルバム。7点。

cover ◆ Lonely Girl  (1983.2.21/6位/9.3万枚)
1.LONELY GIRL 2.夜空のイヤリング 3.鼓動のララバイ 4.Touch you,Tonight 5.燃えつきるまで 6.AND I LOVE YOU 7.ジェラス 8.ラブ・シュープリーム 〜至上の愛〜 9.You & I 10.Falling for You
 八神本人がこの時期、アルバム制作に関してどのような意図を持っていたのかは知る由もないが、アメリカンポップスへの憧憬と圧倒的な歌唱力、という「いつものヤマハ時代の八神純子」な一枚になっているような感じがする。 「Mr,メトロポリス」と「夢見る頃を過ぎても」とこのアルバム、同工異アルバムといってもいい感じ。 切なさが宝石のようにきらめく「夜空のイヤリング」、可愛らしい小曲「ジェラス」、愛欲の炎を燃えさかる大バラード「燃えつきるまで」に「鼓動のララバイ」、 「ラブ・シュープリーム」もアニメ映画の主題歌という制約のなかで出色の一品。――と、佳曲が並んでいるが、「八神純子」という出来上がってしまった方程式の範囲内と言う印象がする。 それだけ彼女は成熟したと言うことなのだろうか? このまま圧倒的な歌唱力で歌い倒す「作詞・作曲のできる岩崎宏美」路線で突き進むのかなあ、と、思ったらさにあらず、次作とへなる。7点。

cover ◆ I Wanna Make A Hit Wit-Choo  (1983.7.21/16位/6.5万枚)
1.I Just Wanna Make A Hit Wit-Choo(恋のスマッシュ・ヒット) 2.He's My Kind 3.Manhattan 4.Hey Kid 5.Don't Wanna Be Lonely 6.Broadway Kisses 7.It's Always Been You 8.The Heart 9.We're Gonna Make It After All 10.You'll Take The Best Of Me(思い出の部屋より)
 「だったら世界に出てしまえ」と、ついに日本を飛び出た八神純子。83年の全米デビューアルバム。 80年のアメリカでの長期ホームステイ、その成果を得ての「パープルタウン」の大ヒット以来、八神純子のアメリカンポップス志向というのは、根強いものとしてあったけれども、それがとうとうアメリカデビューへとつながった――ということなんだろう――けど、踏み込みはまだ甘い。 プロデュースはブルック・アーサーに一任し(――八神本人はフィル・ラモーンにプロデュースしてもらいたかった、とか)、アレンジはすべてデビットキャンベルの手によるもの。詞曲もともにほぼすべてを他者に委ね、八神純子はあくまでシンガーに徹している。 そのせいもあってか、ヤガマニア的には、あまりツボを刺激しないアルバムかなぁ、というのが正直なところ。 どんな楽曲でもやっぱり聞かせる八神さんだし、泣きのバラードの「Broadway Kissses」なんて、大好きだけれどもね。 同時期に、声質・歌唱法の近い岩崎宏美、河合奈保子がともにロスに渡り、完全に現地制作のアルバム「I wanna break your heart」(岩崎)、「Daydream Coast」(河合)を制作しているので、その二枚との聞き比べるのがこのアルバムの楽しみ方かな。 この一枚に関してはやっぱり「観光」と言う感じなのだ。 日本から歌のうまいお嬢さんがやってきたので現地のお兄さんたちが色々とお世話してくれました、という。関わりようがアイドル的で八神純子である必然は、このアルバムには、ないのだ。ジャケットの似合わない化粧と共に「やらされた」感の強いアルバム。 しかし、このアルバムで味わった口惜しさが、彼女をさらなる欧米ポップス志向へと至らしめることになる。 つまりこのアルバムなくしては後のアルファ時代、さらにジョンスタンレーとの結婚、ロス移住へと繋がらなかったわけで、彼女のキャリアを知るには、外せない一枚でもある。6点。

cover ◆ Full Moon  (1983.12.5/32位/2.6万枚)
1.FOLLOW ME 2.NATURALLY 3.黄昏のBAY CITY 4.陽だまりのあなた 5.抱きしめてあげる 6.綿雪&銀紙星(コットン・スノーにペイパー・スター) 7.NO! 8.ハートブレイクホテルで朝食を 9.FULL MOON 10.TWO NOTES SAMBA
 ヤマハ・ディスコメイト時代のラストを飾るアルバム、なの、だ、が、 このアルバム、音が少々薄くありませんか? 「陽だまりのあなた 」「抱きしめてあげる」 といったピアノの弾き語りメインの落ち着いたバラードでは気にならないけれども、アップテンポのアルバム曲になるとそれが結構顕著。 アメリカデビューで資金を掛けすぎたのか、はたまた既にヤマハ離脱を前提に制作したもので、予算をもらえなかったのか、 それともディスコメイトは唯一の稼ぎ頭の八神にすら資金をかけられないほどに経営が傾いていたのか(――ちなみにディスコメイトは八神離脱直後に解散している)。 全篇、素材としては悪くないのに、きちんと活かされていない感じが、もったいないなぁ――という残念なアルバム。 次作「COMMUNICATION」で、異様なほどにサウンドが分厚くなることを考えると、ちょっとこの音はそういう下世話な予算配分的なことを考えざるを得ない。 とはいえ、タイトル曲「FULL MOON」は、圧巻の大名曲。この一曲でヤマハ時代の有終の美を飾ることができた。7点。

cover ◆ COMMUNICATION  (1985.2.10/9位/8.5万枚)
1.IMAGINATION 2.チーター(CHEATER) 3.COMMUNICATION 4.1984(西暦2000年に向けて) 5.MISS D.J. 6.カシミアのほほえみ 7.ジョハナスバーグ 8.どんな手段を使っても 9.BELIEVING 10.REACHING OUT
 ヤマハ・ディスコメイトを離れて、アルファムーンへ移籍しての第一弾。後の八神の夫であるジョン・スタンレーのプロデュースの第一弾でもある。 アレンジは、大村雅朗、鷺巣詩朗、矢島賢の三氏が担当で、メタリックでインダストリアルなサウンド。84年という時代を抜きにしてもかなり斬新なニューウェーブアレンジになっている。 詞・曲は八神純子の担当で、曲は「パープルタウン」以来の、露骨なまでの流行りもの洋楽志向をさらに過激に発展的させたというところか。 詞は「1984(西暦2000年に向かって)」「ジョハナスバーグ」など政治的なメッセージソングがこのあたりから出てくるのが、印象的。  全体のトーンとしては、ヤマハ時代の「歌の上手い小太りでファニーなお嬢さん」というイメージを払拭すべく、大胆なイメージチェンジを図った作品なんだけれども、うーーん、ちょっと背伸びしすぎたかな。 スポーティーでワイルドでファッショナブルでエキセントリックな八神純子、ギラギラな衣装でステージで踊りまくる八神純子、政治的なアジテートをする八神純子、それは、ないものねだりでは――と、今振り返ると思ってしまう。 が、ま、20代の一時期、誰だって若気の至りしたくなるものです。「ご乱心時代」ですな。 このアルバムを含めたアルファ・ムーン時代の3枚のアルバムは、後のNECアベニュー時代――結婚・ロス移住以降の作品への布石、という感じ。 手放しで賞賛したくなるような大成功ではないけれども、ここでの試行錯誤が、その次につながっていく。7点。

cover ◆   (1985.11.21/22位/3.2万枚)
1.ベイビースターの悲劇 2.邪魔しないで 3.不倫ラブ 4.REACHING OUT IN THE NIGHT 5.危険なエモーション 6.オペレーター 7.セーラーの旅立ち 8.摩天楼のハリケーン 9.素敵ダウンタウン・ジミー
 「COMMUNICATION」の続編という感じ。こっから最新アルバムまで全楽曲がジョン・スタンレーのアレンジ。 べこべこした打ち込みサウンドで、ラブ・アンド・ピースを高らかに謳ったり、世相を皮肉ったり、大人の恋愛風景を語ったり、という。まあ、そんなこんななんですが、このアルバムに関しては、し、詞が、結構はずいです……。 「素敵ダウンタウン・ジミー」とか「不倫ラブ」とか、これ、駄洒落だよね。 なんかちょっと、アルバム全体に漂う浮かれ気分にちょっとついていけなかったりも、します。 「セーラーの旅立ち」とか好きな歌ももちろんありますけどね。 まあ、結婚前夜で、一番スタンレー氏とらぶらぷしていた時なので、仕方ありません。6点。

cover ◆ ヤガマニア  (1986.10.25/33位/2.9万枚)
1.ルーザー 2.ダイナマイトラブ 3.FUN CITY 4.消えたサイゴンの娘 5.哀愁パラダイス 6.ボクサー 7.カメレオン 8.金色のサプライズ 9.コスモスの夜(西暦2000年に向けて PART2) 10.BROTHER & SISTER
 ウルトラポップでハイエナジーな1枚。スコーンと突き抜けた明るさが心地いい。 "ご乱心"ムーンレコード三部作では一番トータルバランスがいいんじゃないかな?アルバム全体のエコー感が変だけどね。ぼわぼわしているというか。 「FUN CITY」のパンチの効いたボーカルに打ちのめされたと思ったら、続く「消えたサイゴンの娘」〜「哀愁パラダイス」とシリアスに迫る。サイゴン―オキナワと続く舞台、ここはベトナム戦争を暗喩したものか。「コスモスの夜」は「ポーラースター」系譜の、宇宙の抒情を歌った傑作。それにしても、こうもアーティストは変わるものか。「思い出は美しすぎて」遠くなりにけり。8点。

cover ◆ TRUTH HURTS  (1987.11.22/83位/0.5万枚)
1.THANK YOU FOR THE PARTY 2.TRUTH HURTS(真実は傷つくもの) 3.SANDINISTA 4.TAKE ME TO THE SKY(自由の女神のように) 5.CRAZY LOVE 6.WORKING WOMAN(良妻賢母) 7.愛を熱く語れ 8.TELEPHONE NUMBER 9.TIME 10.NEVER TOO LATE
 プロデューサー・ジョンスタンレーとの結婚、ロサンゼルスへの移住、NECアベニューへの移籍、人生の転機を迎えた八神純子。 全作詞・作曲・編曲が八神純子とジョンスタンレーによるもので、コーラス、ドラム、キーボードも二人によるもの(――ギターのみ、Michael Landauが担当。)で、まさしく新婚夫婦のプライベートアルバムになっている。 が、これが、とにかくハイエナジー。やる気のオーラにみちみちている。 オープニング「Thank You For The Party」から「TRUTH HURTS」〜「SANDINISTA」への有無をいわさぬ勢いは、かなりカッコいいぞ。 「COMMUNICATION」の頃だと、これがちょっと空回りになってしまうところ、このアルバムに関してはけっこう、しっかり地に足についてある感じがあって嬉しい。
 ムーン時代は、実験性の強いサウンドがともすれば八神純子ののびやかなボーカルの魅力を殺いでいるきらいがあったけど、この頃から、サウンドとの距離のとり方が自然になっていきている。ムーン時代の成果を受けつつ、元来の彼女の魅力をいかしたようなつくりといえばいいのか。 また「SANDINISTA」や「TIME」など政治性、メッセージ性の強い歌、「Working Woman (良妻賢母)」などの女性讃歌なども、ムーン時代からの系譜だけれども、これらもサウンドとの齟齬が少なく、以前のような肩肘張ったような印象は薄い。かなり自然にこなしている。 セールス的には、どんどんフェードアウトしていく(――というか、ロス在住で本人の実働プロモーションが困難で、かつ新興の弱小レーベルからのリリースなんて、セールスがあがるはずがない)八神純子だけれども、作品クオリティー的には、「TRUTH HURTS」以降のNECアベニュー時代は、第二期黄金期といっていいクオリティーを指し示していく。8点。

cover ◆ Love is Gold  (1989.3.10/62位/0.6万枚)
1.あなたは知らない 2.SOS 3.セニョリータ 4.NAMIDA 5.心のフォトスタンド 6.キャプティベーション 〜PART1 7.LOVE IS GOLD 8.SLOW DANCE 9.目を閉じて 10.ANOTHER PAGE 11.キャプティベーション 〜REPRISE
 またまた全篇二人の共同作業によるアルバムであるが、今作は前作とはうって変わってしっとり。ふたりは充実した夫婦生活しているんだろうなというのが音からもよくわかるというか、さりげない音の粒が、とてもいい。ミディアム・スロー系を中心にしながらも全体の起伏も程よく、心地よい音に身を任せるままにさせてくれる。 そのなかで、「LOVE IS GOLD」の確信に満ちた愛の力強さ、あるいは「キャプティベーション」の高まりゆくお互いの性感を見つめ合うような佇まい、これは今までの彼女にはなかった世界だ。 リラックスしたムードの中に愛の潤んだ好盤。性愛の甘い匂いが薫り立っている。艶っぽい。8点。

cover ◆ MY INVITATION  (1990.5.21/93位/0.2万枚)
1.美しい予感 2.SLOW ROCK 3.HOTEL ROOM−私の時間− 4.8月のエトランゼ 5.SUMMER TIME 6.SONG FROM THE CHILDREN 7.南風(マンデラ氏に捧ぐ) 8.INTERLUDE CONCERTO DE LA JUJO 9.NEW BEAT 10.ハリウッドを夢見て 11.FASCINATION
 Bill Myers、David Williams、Micheal Thompsonらが参加。 夏に海辺のリゾート地でまったり、といった感じの一枚。とはいえ、なんとなく印象が薄いんだよなあ。 傑作の多いNECアベニュー時代の作品のなかで、個人的には一番愛着の薄い作品。悪くないですよ。と6点。

cover ◆ Best of Me  (1990.6.21/ランクインせず)
1.思い出は美しすぎて 2.さよならの言葉 3.みずいろの雨 4.想い出のスクリーン 5.ポーラースター 6.甘い生活 7.パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜 8.Mr.ブルー 〜私の地球〜 9.I'm A Woman 10.恋のマジックトリック 11.サマー・イン・サマー〜想い出は、素肌に焼いて〜 12.Touch you, Tonight 13.ラブ・シュープリーム 〜至上の愛〜 14.恋のスマッシュ・ヒット(I Just Wanna Make A Hit Wit-Choo) 15.NATURALLY 16.黄昏のBAY CITY
 ヤマハ時代はシングルアーティストでもあった彼女。オリジナルアルバム未収録楽曲も多数あるので、こちらを紹介。NECアベニュー移籍後にヤマハ時代の全アルバムがNECからCD化されて再リリースされたけれども、その時期に合わせてリリースされた純粋なシングルコレクション。ヤマハ時代のシングルA面がすべてコンパイルされている。 ヤマハ時代はいまやいろいろなベスト盤が出ている彼女だけれども、これが一番コンパクトかつヤマハ時代の彼女のエッセンスがつまったものなんじゃないかな。 改めて聞いてやっぱり魅了されるのは、歌の上手さ。ハンパないです。惚れます。ただ上手いだけでなく、声がとってもチャーミング。正統派でかつ、色っぽい。圧倒的な歌唱力をもち、その魅力を十全に知っているものが、そのスペックをフルに活用できる曲を作る。八神純子の武器って、ズバリこれね。
 「みずいろの雨」「ポーラースター」「思い出は美しすぎて」の初期ヒット曲がイイのはもちろん、「パープルタウン」以降、湿り気の強い安定歌謡路線から色々と試行錯誤を重ねるようになり、セールス的には、少しずつ低迷していくようになる後期も、聞きごたえは抜群。ハードロックなアプローチにドスをきかせた低音に新しい魅力を感じる「I'm a Woman」、一方、つやっつやのファルセットが真夏の蜃気楼のように蠱惑的な「サマー・イン・サマー」、アニソン風の無駄に大袈裟な弦オケに、詞もこれまた七つの海とか火の鳥とか無駄に大袈裟で、どう見てもアニソンな「恋のマジックトリック」などなど、後期作品の個人ベストは、大サビの筒いっぱいの歌唱が緊張感を催す「黄昏のBAYCITY」かな。
 70年代後半〜80年代前半のど真ん中な王道ポップスが堪能できる1枚。このベストと、後にリリースされたバラードセレクションの続編ベスト「BEST OF ME 2」でヤマハ時代の八神の名曲は八割方おさえられるので(――「デジャブ」や「Dawn」や「夜空のイヤリング」がないやんってのはあるけれども、ね)、是非聞くように。ここ、試験に出ます。 文句なく10点。

cover ◆ STATE OF AMBER  (1991.7.21/ランクインせず)
1.PROLOGUE 2.COSMOPOLITAN 3.QUIET STORM 4.LONELY HEART 5.SEASONS CHANGE 〜帰らざる季節 6.STATE OF AMBER 7.LIVING IN BRAZUL 8.LOVE SHOT 9.TOUCH THE SUN〜太陽に向かう島 10.STAIRWAY TO HEAVEN 11.TALK RADIO 12.EPILOGUE
 夫であり、プロデューサーのジョンスタンレー氏は、このアルバムを、ジャネットジャクソンの「リズムネーション」のようにプログレッシブで、 プリンスの「パープルレイン」のようにカリスマチックな、八神純子にとって革新的なアルバムになった、と、アルバムジャケットで絶賛している。 このアルバムで、八神純子は、世界の女性ボーカリストで十指にあがる存在にまで到った。と。
 そこまでベタ誉めするにはちょっと躊躇してしまうけれども、八神夫妻のロスでの充実した生活が窺える。 91年と言う時代に照準をあわせた、非常にアップトゥデイトなポップアルバムの傑作。
 デビュー以来の開放的なラテンテイストが心地いい「Living in Brazil」「TOUCH THE SUN 〜太陽に向かう島〜」、 クールなダンスポップス「LOVE SHOT」、メロウなラブバラード「TALK RADIO 」など、鋭角的サウンドを基調に今まで培ってきたすべての手札を一枚のアルバムで披露している、といった趣もある。
 タイトルは、湾岸戦争に突入し「危険信号の点灯するアメリカという国家」をいう意味ではなかろうか(――「クワイエット・ストーム」に顕著に表れている)。 そして、そこからさらに「現代という危険状態にいきる我々」という意味へと敷衍していく。
 オープニングを飾る「Cosmopolitan」、アルバムどまんなかのタイトル曲「STATE OF AMBER」、クライマックスの「STAIRWAY TO HEAVEN」(――もちろんレッド・ツェッペリンのカバー)といった曲が、それを非常に象徴している。 ポップであるが、政治的な緊張感がアルバム全体を薄く包んでおり、聞き終わりに硬質な印象を残す。八神純子というアーティストのひとつの帰結点にあるアルバムといってもいいかも。9点。

cover ◆ Mellow Cafe  (1992.9.21/ランクインせず)
1.Paradise 2.Mellow Cafe 3.Sympathy 4.鳳仙花 5.Bluebird 6.Eurasian 7.If You Ever 8.Love Light 9.さよなら夏の光 10.Love In The Key Of "J"
 コンセプチュアルな前作から一転、これは「うた」のアルバムという感じかな。 生音志向が近年においては一番強いし、ボーカルもすっと伝わってくる。派手さはないが、じわっとくる良作。 一曲目「Paradise」払暁のごとき爽やかさから始まり、続く「Mellow Cafe」の甘い切なさに酔い、 さらにダンスポップス「Sympathy」ではハードな一面を見せ、さらに「鳳仙花」「Eurasian」では大陸的なアジアンメロディーで新たな彼女の才能を感じ、と ひとつひとつが個性をもっていて、それでいてやわらかいタッチで周りと馴染んでいるのだ。 ラスト「Love In The Key Of "J" 」は、アーティスト・八神純子のこれまでとこれからを象徴するような曲といっていいんじゃないだろうか? ちなみに「Love Light」はシカゴのBill Champlinとデュエット。8点。

cover ◆ Christmas at Junko's (1992.11.01/ランクインせず)
1.SLEIGH RIDE 2.JINGLE BELL ROCK 3.THE CHRISTMAS SONG 4.GOD REST YE MERRY GENTLEMAN 5.WINTER WINDERLAND 6.HAVE YOURSELF A MERRY LITTLE X'MAS 7.SANTA CLAUS IS COMIN' TO TOWN 8.JINGLE BELLS 9.THE FIRST NOEL 10.SILENT NIGHT,HOLY NIGHT 11.WE WISH YOU A MERRY CHIRSTMAS
矢継ぎ早にリリースされたクリスマスソングのカバーアルバム――なのだが、これは筆者未聴。

cover ◆ Renaissance  (1994.8.21/ランクインせず)
1.How Deep Is Your Love〜愛はきらめきの中に〜 2.Renaissance 3.たとえ叶わない夢でもそれでいい 4.トパーズ色の想い 5.TEARDROPS 6.野生の夏が来る!! 7.愛の炎 THE FLAME OF LOVE 8.タイトロープ 9.Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band 10.ひまわり
 悪くはないのだけれども、なんとなくいつもの八神さんです――という感じは拭えないかなあ。 今までの手持ちの札で色々とやってみましたというか、スタンスとしては「Lonely Girl」に近い。八神選手今回は足踏みです。 まあ、「Mellow Cafe」「STATE OF AMBER」と二枚続いて、しかもまったく違うベクトルにおいてロス移住後の彼女の到達点というべきアルバムを出してしまったので、ここでのクールダウンは致し方ない、の、か? とはいえ、「たとえ叶わない夢でもそれでいい」(――これ、タイトルが凄くいいっっ)、「Renaissance」と良曲はもちろんありますぜ。 みなさんご存じ「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」「How Deep Is Your Love」のカバーなどを収録し、ちょっと今後の方向も模索してます。7点。

cover ◆ Inside of Myself  (1996.08.21/ランクインせず)
1.(THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU 2.GOLDEN LADY 3.THROUGH THE FIRE 4.NATURE BOY / THIS MASQUERADE 5.SAVE THE BEST FOR LAST 6.ELEANOR RIGBY 7.REMINISCING 8.GET HERE 9.AIN'T NO SUNSHINE 10.NEVER GONNA GIVE YOU UP
 NECアベニューの大幅業務縮小(――98年にはレコード制作撤退)に伴って、アイディーネットに移籍(ちなみにここもバンダイのレコード制作廃業に伴って撤退。古巣のディスコメイトといい、いまや山下・竹内夫妻の個人レーベル化したムーン・レコードといい、レーベル運がいまいちない八神さんです……哀)。 今回はアメリカでの通り名June Stanley名義でスタンダードな洋楽をカバー、というわけだが、筆者未聴なので今回はここまで。

cover ◆ So Amazing  (1997.12.05/ランクインせず)
1.So Amazing 2.Lover 3.Cowboys & Angels 4.Star Child 5.Arms Of Eden 6.Stay Gold 7.Burden Of Proof 8.みずいろの雨(ニュー・ヴァージョン) 9.Just Can't Go On 10.なのに、あなたが欲しくて 11.Some Cool Place
 どっこい八神純子は生きている。まだまだ彼女は挑戦してるぞ。20周年目前に控えた彼女の、現在のところ最新アルバム。今回もJune Stanley名義。 アニバーサリーアルバムということで、三浦徳子・八神純子コンビによる新曲「Stay Gold」、そして往年のヒット曲「みずいろの雨」のセルフカバーと、――というわけで懐古主義のうしろ向きのアルバムと思ったら大間違い。 まだまだ「ポップス」として彼女は勝負している。同時代性に溢れているのだ。 プロデューサーは夫君なのだけれども、アレンジ面で他者にもバトンを渡しているのがいい方向で作用したかな?彼女の新しい局面が垣間見える。 ラテンテイストの「So Amazing」はスキャットの心地いいし、ジョージ・マイケルのカバー「Cowboys & Angels」はジャジーでスリリングだし、子育てから生まれた小品「Star Child 」もなかなかだし、「みずいろの雨」の吃驚ラテンアレンジは一聴の価値ありだし、 三浦徳子との再会「Stay Gold」は「みずいろの雨」を下敷きにしていたような部分が散見され、思わずニヤリ、だし。 聴きどころは盛りだくさん、いちいちが八神純子の気概を感じずにはいられませんっ。 小室系をはじめ、ダンスポップス全盛の当時にわたしならこうするわ、と意欲的なアプローチを見せているのが嬉しい「Lover」は、まさか八神純子だとはとても思えないサウンド。 「Burden Of Proof」「なのに、あなたが欲しくて」など、黒っぽいテイストが全面に出てきているのが、今までにないポイントかな。意欲作。8点。

2008.10.20
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