中森明菜 『Wonder』
1. Labyrinth
2. 燠火
3. 不思議
4. ガラスの心
5. マリオネット
6. Teen-age Blue
明菜のリベンジ (88.06.01/ワーナー・パイオニア/28XL-194) |
88年、中森明菜は「歌手・中森明菜」の総仕上げに入る。 アナザーシングルコレクションともいえる傑作『Stock』――シングル選考オチ楽曲から、ロック色の強いものを集めた作品を3月にリリース、 その三ヶ月後に矢継ぎ早に出された作品がこの『Wonder』である。 このアルバムは、中森明菜、初のプロデュース作品にして問題作の『不思議』から五曲と、新曲「不思議」を収録した作品である。 今作リリースの一ヶ月前に中森明菜は、EUROXの関根安里作曲、EUROX編曲のシングル『TATTOO』をリリース、EUROXと二年ぶりの再会を果たしている。 この再会をきっかけに『不思議』の再録音を思いついたのでは、と、想像するのは難くない。 とはいえ、同じアルバムに収録された楽曲をほぼまるごと再録音したアルバムというのも、珍しい。少なくとも日本のポップスでは、このアルバムしか、私は知らない。 それほどまでに中森明菜は『不思議』=『Wonder』の世界観を愛していた。その証拠といえるだろう。 ――『不思議』には未収録だった「不思議」を新曲としてここで披露している、というのも面白い。 もちろん、『不思議』リリース時にまだ発展途上で表現しきれなかった部分を今なら克服できる、という明菜自身の想いもあったろう。 その意味において『Wonder』は、ただの再会ではなく、『不思議』の再戦、ともいえる。 ◆ バックトラックはリミックスと表記されているが、基本的な音の質感は『不思議』と変えず、ボーカルに合わせて微調整しているに過ぎない。 サウンドは、ここにおいては、彼女のテーマではない。 一方、新たに録り直したボーカルは、というと、これが『不思議』と大きくベクトルを変えている。ここがこのアルバムの肝だ。 『不思議』では、攻勢一本槍の野放図なボーカルに、エフェクト処理でマスクさせ、カラオケボックスの壁の向こうから聞こえるような声にして、(――それが成功かどうかは、ともかく――)サウンドとボーカルを溶け込ませるようなサウンドメイクを施していた。 一方、『Wonder』はというと、端的にいえば、彼女はかなり引いて歌っている。 自己のボーカルを客観的意識的に制御させ、時に小さく、時に甘く、時に軽く張りを出し、と折々で的確に変化させることによって、結果、ボーカルとサウンドが、 ただの「伴奏と歌」――それは、当時の明菜の最も忌み嫌ったサウンドメイクだったろう、ではなく、溶け込み融合しあっている。 かいつまんでいえば、『不思議』と『Wonder』は、目的地(=コンセプト)は同じであるが、しかし、経路が違っていた。その経路の違い――そこから生じる差異が、彼女の二年間の成長の証である。 『Wonder』は、『不思議』の持つ妖しさや淫靡さ、退廃的・幻想的な世界観を決して損なうことなく、 より確かで、より大衆的で親しみやすく、よりエロティックな作品に仕上がった、といっていいだろう。 ◆ 結局、『不思議』以来連綿と続いた、ボーカルとサウンドとの調和という試行錯誤は、過剰なエフェクト処理であったり、といった録音技術の向上によって、でなく、 自身のボーカル力の向上、それのみによって、中森明菜は克服したわけである。 しかもこのアルバム、当時の歌手・中森明菜の、自信と実力の余力で作ったに過ぎない佇まいなのがなんとも憎い。 『Wonder』発売からわずか二ヵ月後にはまたまた傑作の『Femme Fatale』を発表。 さらに戦後歌謡史を総括するような内容のライブツアー「Femme Fatale」を敢行(――このライブのハイライトを収めたビデオ『Live'88 〜Femme Fatale〜』は必見)。 昭和最後の年に、中森明菜は、歌謡界の若き女王として、一気に開花する。 ――そして、まさかの89年の夏が、訪れるのである。 |