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中森明菜 『歌姫3 〜終幕』

本当に終わりでいいの?

(2003.12.03/UMCK-1174/ユニバーサルJ)

1.回帰〜歌姫3 Opening (instrumental) 2.傘がない 3.踊り子 4.愛はかげろう 5.スローなブギにしてくれ (I want you) 6.夜霧よ今夜もありがとう 7.東京砂漠 8.窓 9.Manish〜歌姫3 Interlude (instrumental) 10.ALONE 11.ハリウッド・スキャンダル 12.恋の予感 13.NO MORE ENCORE 14.風の扉〜歌姫3 Ending (instrumental)


待望のニューアルバム。歌姫シリーズ完結編。
聴いたよ、聴いたさ、聴きましたとも。前日にフライングゲットして、聴いたさぁ――。
で、感想なんだけど。
ひとまずこれだけ最初にいわせてくれ。
「明菜よ今夜もありがとう」

いやぁーーー明菜、歌が上手い。
いや、そんななことは知っていたけれどさぁ、改めて感心する。
とにかくべらぼうに上手い。上手すぎる。半端ない。

今回は前作前々作とは明らかにテイストが違う。
かいつまんでいえば、1、2は他の歌手のレパートリーを借り、彼女の強烈な歌の呪縛力を持って表現した「明菜のトラウマの世界」といってよいものであった。
だから聞き手は否応無しに作品から彼女と真っ向対峙し、彼女の内面を見つめずにはいられない、――それしか正しい聞き方がないような、そういう厳しい作品であった。
例えば「アデュー」、「瑠璃色の地球」、「私は風」、「生きがい」、「片思い」……。
それらは彼女の生き様と重なり、その声は遥かなものへの祈念のようであった。
が、このアルバムは違う。

歌の呪縛力がそのまま包容力となり、歌を、そしてなによりも聞き手をやさしく包みこんでいるように私は感じた。
簡単に言えば、彼女の声に余裕があるのである。
結果、度量が深いアルバムとなった。
であるから作品は、人それぞれの音楽に対する関心であるとか、意識のレンジに合わせて伸縮自在、融通無碍の広がりを持っている。
カラオケの練習に流してもいいし、車中のBGMでもいい。真夜中にヘッドフォンで聞いてもいい。どんなシチュエーションでもいいし、聞き手が明菜に興味があってもなくてもいい。
ただ、流すといい声が、いい歌がすっと入ってくる。
それを、あ、いいな、と思える。そういうアルバムなのである。
本当、このアルバム流すと私なんて一緒に歌っちゃうもん。
以前のシリーズは歌ったりしたら畏れ多いような張り詰めたオーラがあったもんね。

と、こういうアルバムでべらぼうに上手いと感じるのだから、やっぱり明菜って上手い歌手なんだなぁー―。
歌い方もシリーズ前作前々作が孤独の蒼や浄化の白をイメージした歌唱であったのに比べて今回は本来の彼女の持ち味の歌唱に戻している。
その色は、強いていうなら、仄暗いエロチシズムを感じる黒とちろちろと蛇の舌のように纏わる紅である。
それも全盛期の歌唱のように身もよもなく性感に引きずられるような歌唱でなく、そこには年相応の抑制があり、そこに情念の深さが伺えるという絶品の歌唱だ。
それにしてもこの抑え方、本当に、随所で利いている。


ではでは各曲解説。

まずオープニング。
これ、『歌姫2』のエンディングテーマじゃん。
前作のつづきってことだね。さりげなくおっしゃれ――。
で、その流れで井上陽水「傘がない」。
井上陽水作品でなら、ということで明菜本人がチョイスしたのだそうだ。
陽水なら明菜には「ジェラシー」とかのほうが合うような気がするが、これを選ぶセンス、なんとなくわかるなぁ―――。
政治も経済も関係ない、私には関係ない。ただ、君に会いに行くための傘が欲しい。
というあまりにも有名な歌だが、この「あらゆるものを押しのけて恋が至上である」というのは明菜の歌手としてのメインテーマでもあるもんなぁ。
明菜は恋を生きる歌姫なのである。愛に走るのである。ということでこれなのかなぁ。

「踊り子」
村下孝蔵へのレクイエムとしてのチョイスだろう。
村下氏が明菜の自殺未遂後「アキナ」という曲を作ったことはファンの間では有名な話。
明菜の心意気を感じる。サビのボーカル、もの悲しさと迫力のバランスが絶妙。

「愛はかげろう」
フォークで続く。
実は私、この原曲はあまりタイプではないのだけど、明菜バージョン、いけます。
歌い方は「踊り子」と同タイプ。
サビ前の「今も揺れてるー」が上手い。
まっすぐ出して後、軽く揺らす。――ここでおらんだら、全盛期の明菜だけれど、それやっちゃ雰囲気壊れるもんね。

「スローなブギにしてくれ」
これは、ヒット。
なによりも「Want you」が上手い、上手すぎる。
軽く男をいなすように、色っぽくかつ迫力と余裕で「Want you」。
南佳孝みたいに決して声を張らない。
合気道のように自らは最小限の力でもって相手の力を借りて、倒す。
しかもこの「Want you」、箇所によって微妙にニュアンスを変えてます。
あー、上手すぎる。

「夜霧よ今夜もありがとう」
いいなぁーー、これも。
夢うつつというか、桜の下に呑気に漂っている異界というか、春の宵に恋人と二人でそぞろ歩きをしていたら、この世でない場所に辿りついてしまったというか、そんな感じ。
浜口庫之助という作家の世界をきちんと再現していると思う。
聞きどころは全編に漂う繊細なビブラート。

「東京砂漠」
演歌である。明菜も演歌的な歌唱でもって攻めている。
そういえば、こういうまっすぐに声を出す演歌歌手っていなくなったなぁ。
唸る。きばる。張る。こぶしをまわす。こういった技術だけで、静々と夜が更けていく、その闇に歩み入るようなまっすぐに澄んだ歌い方をする歌手が今の演歌にはいない。

「窓」
このアルバムの中では一番、線が細い歌い方をしている。
前作の歌唱に一番近い。
明菜は病弱だった少女時代を思い出しながら歌ったのではないか。
窓の向こうに広がる遥かな世界。そして窓の向こうにいくことのできない自分。――窓を開いて自由になりたい。
その思いの深さに静かに私は頭を垂れる。松山千春の作品ならばと、明菜がこれをチョイスした理由は、わかる。

「ALONE」
いっちゃんびっくりした。
なんだこの「千曲川」みたいなホームソングは、と思ったらB'zでやんの。
ピアノと弦中心の音でここまでかわるとは。
B'zってギターと稲葉の声でもってたんだぁ、と感心。
彼方で灯る我が家のともしび、といった歌い方を明菜はしている。
暖かくやさしい。これもなかなか。
松本先生はこのアルバムでも聞いてカバーというものを勉強すべき。
平板な上原あずみの「少女A」と比べるともうこれは雲泥の差である。

「ハリウッドスキャンダル」と「恋の予感」
知ってた!!明菜がこれ歌えば絶対ハマるってこと、知ってたッッ!!
「ハリウッド・スキャンダル」は歌詞通りにちょいとつきはなした歌い方がよい。
自殺未遂をしたけれどまだ生きてるわと自嘲気味に言う女のほうでなく、それを見ている男に明菜は感情移入している。
今の明菜はこの歌を客観的に歌えるんだぁーー、とこれまた感心。
「恋の予感」はなにより井上陽水・玉置浩二との相性の良さにやっぱり感心する。
ということで想像とおりのいい出来。

ラストは「NO MORE ENCORE」。
1991年の内藤やす子の曲である。――一応男性曲カバーというアルバムなので元歌は公式では宇崎竜童となっているが、彼がこの作品を初めて歌ったのは「イミテーション・ゴールド」 「硝子坂」などをカバーしたセルフカバーアルバム『しなやかにしたたかに』である。
「片手で受けて また投げ返す 花束はバラバラに ほどけて散った」
この部分を情でべったりでなく、かといって突き放した風もなく、絶妙の距離感で歌う。
うまいなぁ。
やっぱり、宇崎-阿木作品カバーやってほしい。
「酔ヶ浜」「十六夜小夜曲」「まんじ無限大」「身も心も」「曽根崎心中」。明菜の声で聴いてみたい。
エンディングは『歌姫1』のものである。ここで3作が繋がった、ということなのだろうか。


先ほど言ったように前作前々作の厳しさから解放され、聞く人やシチュエーションを選ばない大変間口の広いアルバムになったのが今作である。
と、その状況で浮き上がってきたのが、彼女の歌の上手さ、――歌の咀嚼と発現能力のただならなさである。
よって、これから先カバーするとしたら、という可能性がこのアルバムでぐっと広がったと私は思う。
だから、私はいいたい。これで終わりにするにはもったいないんじゃない??
副題に「終幕」なんて早過ぎはしませんか、明菜さん。
年末ごとの企画アルバムとして続行して欲しい。是非とも。
でもって、歌姫シリーズの楽曲だけのコンサートを通常の夏のツアーとは別にいつかやって欲しい。
是非。



おまけ。
ジャケ写に関するくだらないトリビア。

それにしてもジャケット、エロエロですなぁ。
話題の藤椅子(エマニエル椅子)に座った絵も凄いけど――赤い鼻緒の下駄が利いているね、インナーもまた。
化粧も京劇役者みたいに目尻のアイラインが大変なことになっているし、目元のホワイトも凄いっすね。わざとだろうけど。
この佇まい、完全に娼婦のものでしょう、これは。
しかも、西洋から見た東洋趣味を無理に押し付けられている洋妾ってかんじ。
…(言葉をなくし、じっと見つめる)……。
……でも、これどっかで見たことあるんだよなぁ。


……。あ、ジュリ――だっ。
ジュリーの『ロイヤルストレートフラッシュ2』だ。
ちょっと比較してみますね。左がジュリー、右が明菜。


   

ほらね。似てる―――。
ま、いいんですけどね。別に。
どっちもファンで、どっちもいい。

2003.12.04

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