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中森明菜 「歌姫2」

新しい枯れた魅力

(2002.03.20/キティMME/UMCK-1093)

1.歌姫2 Opening 2.黄昏のビギン 3.桃色吐息 4.アデュー 5.別れの予感 6.シングル・アゲイン 7.色彩のブルース 8.秋桜 9.異邦人 10.乙女のワルツ 11.瑠璃色の地球 12.歌姫2 Ending


2年ぶりのメジャー復帰第一作。
なんでもこのアルバム新たなスタッフサイドからの要請で作ったアルバムであるらしい。 選曲などもスタッフ主導で珍しく明菜自身は主導権を握らなかったとか。そのせいか、いろんなタイプの曲が入っている。
ひるがえっていえば選曲からスタッフサイドから見た今の明菜像というのが見える。

百恵の「秋桜」、聖子の「瑠璃色の地球」には素人目から見ても営業的な側面が見えるし、「桃色吐息」「異邦人」の選曲は全盛期の明菜のエスニック路線を意識したのだろうし、竹内まりやの「シングル・アゲイン」も明菜のアルバム『クリムゾン』(86年)を想起させる。

結果からいえば、全盛期のイメージを引き出そうとした「桃色吐息」「異邦人」「シングル・アゲイン」などは凡唱にとどまっている。 明菜の中では、もう、なにかが違うのであろう。

意外なのが「秋桜」を百恵の歌唱に限りなく近く歌っている。物真似にならないように気を使いながらも、ブレスの部分でさえ似ている。
明菜のバラードでの歌唱は本来山口百恵ではなく岩崎宏美に似ている。岩崎の歌唱を情感で崩すと中森になる。これは前作、『歌姫1』(94年)の「思秋期」と「愛染橋」を聞き比べてみればわかる。
百恵のバラードというのは色を出そうとしないので難しい。真似しようとするとデフォルメがきつくなるか、妙に平坦になって歌が死んでしまうかだが、そこを上手く歌っている。正直ここまで上手く歌えるとは思わなかった。
「イミティション・ゴールド」「横須賀ストーリー」などの百恵の阿木・宇崎作品がやはり聞いてみたい。

「瑠璃色の地球」は松田聖子が人類愛・地球愛といった松本隆の意図通りに歌っているのに対して明菜は個人的な恋愛の歌に歌い替えている。
ひりつくような闇から差す一条の光に焦点を当てて歌うことによって自身の孤独を照射する。銀河・地球などのスケールの大きな言葉が出てきても決して観念的にならない。
明菜のデビュー当時から一貫した恋愛実存主義的な側面が味わえる作品になっている。
「今夜、流れ星」「月は青く」と聞き比べてみるのを勧める。

しかし今回最も良い部分はそういった既存のイメージに引きずられた部分ではない歌であった。
例えば『乙女のワルツ』。
好きな人はいつしか 他の人を連れて遠い町へ旅立つ 何も知らずに
駅のホームのはずれからそっと別れを言って それで愛が悲しく消えてしまった

(作詞 阿久悠/作曲 三木たかし)


こういったさりげない詞をさりげなく力を抜いて歌う。このあたりの上手さは正直ちあきなおみ、美空ひばりクラスといったら大袈裟だが、ちょっと聞き比べてみたいほどだ。
明菜の「さくらの唄」なんか、いいかもしれない。
数年前から歌声の新たな開発に燃えていることは外から見てもわかっていたが、今作での声質は以前よりもまして繊細、歌世界はカバー前作『歌姫1』よりもいっそうディープになっている。これは一つの完成形といっていいだろう。
白眉は「アデュー」。
若くはないわ 昔のように 心が揺れても きっと飛び込めない

(作詞・作曲 庄野真代)

また「別れの予感」。
あなたをこれ以上 愛するなんて 出来ない

(作詞 荒木とよひさ/作曲 三木たかし)

これは今の明菜にしか出来ない絶唱だ。
この触れば散らんという風情は決して絶頂期の明菜にはなかったもの。
この部分を明菜は枯死する花の一時のあざやかな香りのような歌い方をしている。この部分を聞くだけでもこのアルバムは聞く価値があるだろう。

結論。
中森明菜は変わった。
ここには以前のように恋の業火を歌う彼女の姿はもう居ない。ただひたすら寂しい場所で祈るように歌っている彼女の姿しか見えない。
ジャケットの尼僧に模したスタイルもけだし納得だ。こんな明菜を聞くことになろうとは思えば遠くへ来たもんだ。もう十年以上ファンをしていると正直感慨もひとしおの作品 というのが全体を聞いた一ファンの印象である。

2002.04.01


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