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宇多田ヒカル 小レビュー集



cover ◆ HEART STATION  (08.03.19/第1位/99.8万枚) 
1. Fight The Blues 2. HEART STATION 3. Beautiful World 4. Flavor Of Life -Ballad Version- 5. Stay Gold 6. Kiss & Cry 7. Gentle Beast Interlude 8. Celebrate 9. Prisoner Of Love 10. テイク 5 11. ぼくはくま 12. 虹色バス 13. Flavor Of Life(Bonus Track)
 一曲目「Fight The Blues」の、払暁のような爽快さに、彼女がこれまでのものを振り切ったことがよくわかる。 痛みを引きずりながらも、それでも力強く生きていく。これがこのアルバムのテーマといっていい。
 ま、つまりは「ヒカルは、離婚の痛手からようやく立ち直り、自分を取り戻しましたよ」というアルバム。
 ポップでキラキラしていて、でも時々胸がぐっとなるような痛みがあって――ここにあるのは、みんながよく知っている宇多田ヒカルの進化系である。原点回帰といっても差し支えないだろう。 「First Love」の頃の宇多田が大好きと言う人には待望のアルバムではなかろうか。
 ほどよい軽さとキャッチ―さ、その奥に潜むほろ苦さと切なさ、これぐらいが一番大衆受けするってぇものだ。
 かぐろいオーラをむんむんに漂わせていた前作「ULTRA BLUE」のただ事なさもそれはそれで趣深いものがあったけども(――個人的にはああいう抜きさしならないアルバムは大好き)、あの精神状態を継続していくのは自分をすり減らせるようなものだ。ここでの転向は、当然の帰結といっていい。
 このアルバムで改めて聴いてみるに「ぼくはくま」が転向点だったのかな、あの一陣の癒しの空気が、彼女の何かを変えた感じがする。  大ヒットシングルでクロージングするあたりも、前作のそれと比べて、極めてフツー。そんなフツーで良質の宇多田ヒカルにもどってめでたしめでたし ――と、いうことは、全米進出と紀里谷氏との結婚生活は彼女にとっては大きな回り道だったのだろうか?
(記・2008.3.20 08.07.14 追記)


cover ◆ Beautiful World / Kiss & Cry  (07.08.29) 
1.Beautiful World 2.Kiss & Cry 3. Fly Me To The Moon (In Other Words) -2007 MIX-
 宇多田ヒカルの歌は、痛い。
 心の疵に触れてくる。
 思い出したとたんに「わぁ」と叫び出したくなるような記憶を掘り起こしてくる。
 宇多田自身にしてみればパーソナルなことを歌にして昇華しているだけなのだろうが、それがいちいち、聞き手の一番敏感なところに触れてくるのだ。
 「FINAL DISTANCE」あたりから、その傾向が果然強くなったけれども、「Be My Last」以降は完全にひとり横綱状態。これがポップスとしていまだ成立しているというのが、いまの彼女の恐ろしさ。こんなもん、売れなくたって、全然おかしくないのだ。
 いまの彼女の作風とマスへの受容のされ方は、初期〜中期の中島みゆきに近いと私は感じる。自己の身も蓋もない小状況を生々しく暴露しながらも、プラスそれだけでなにかがある。
 楽曲としての完成度もさることながら、救済の希求が漂っているのがいい。救われたいと願っている彼女――それは聴く私たち自身でも、あるのだ。
 つらいだろうが、がんばれ、ヒカル。あなたのあとに道は生まれる。
(記・2007.09.12)

cover ◆ ぼくはくま  (06.11.22/第4位/14.5万枚)
1.ぼくはくま
 クマ―――ッ。
 ということで、迷走しつづける宇多田の最新シングルは童謡――って、ねぇ、そんなこといわれても困ります、わたし。 絵本つきというパッケージに、早くもママさん業界に殴り込みをかけるのかヒカル ? めざすはキューティーマミーか ? ――と、思ったりはしない。 てか、どういうリアクションが正解なの ? 誰か教えて。
 NHK「みんなのうた」関連の曲をシングルにする人、近頃多いけれども、ぶっちゃけ個人的には感心しません。だいたい昔の「みんなのうた」は、ソフト化すらしなかったものがほとんどだったじゃないかぁっっ。
 まあ、なんというか、宇多田さんは、やりたい放題ですな。と、そんな一曲。
(記・2006.12.04)


cover ◆ ULTRA BLUE  (06.06.14/第1位/90.7万枚) 
1. This Is Love 2. Keep Tryin’ 3. BLUE 4. 日曜の朝 5. Making Love 6. 誰かの願いが叶うころ 7. COLORS 8. One Night Magic feat.Yamada Masashi 9. 海路 10. WINGS 11. Be My Last 12. Eclipse(Interlude) 13. Passion
 ぶっとんだ。すごい。良くも悪くもすごい。
 はっきりいって、このアルバム「わたし、紀里谷さんと別れたくない。でも、もうわたしたち、ダメみたい」という、そういうアルバムとしか解釈できない。
 いちいち言葉がドキュメンタリータッチに生々しく突き刺さる。イタい。息苦しい。
 ネガティブな感情が嵐のごとく逆巻くおのれの心にむかって必死に「落ち着け、私、落ち着け」といいふくめながら歌っている、というか、 一曲一曲が、バラバラになった感情をコラージュしているよう、というか、心底、絶望している人だけが手にすることのできる鋭利なナイフであらゆる情景、心象を切り裂いている、というか、 とにかく放射する闇のエナジーがただ事でない。
 ヒカルさん、マジでただごとでありません。鬱の混乱状況をそのままパッケージ、という1枚。このリアリティーは、コンセプトとかそういうものでなく、彼女の現在の生の心境でないと、ちょっとありえないぞ。
 今回は、はじめて全ての楽曲の編曲・プログラミングまで宇多田本人が担当したのだけれども、それもあるのか、サウンドプロダクションまでいちいち濃密で、他者の共感を拒絶していて、ネガティブな感情にタッチしてくる。確かにブルーなんてもんではなく、ウルトラブルーだな、これは。

 自暴自棄になったり、皮肉混じりになったり、冷静に対象を観察したり、相手をさりげなく陥れたり、「陰気で悪意に満ち満ちたダークなヒカル」がとっても怖くて、魅力的。
 「悪い予感がするとわくわくしちゃうな(「This is love」)」とか、 「どんな歌 車で彼女に聞かすの? あげたい、君の知らないCD1枚(「ONE NIGHT MAGIC」)」とか。
 特にすげ――なあ、と思ったのは、タイトルにもなった「BLUE」。
「全然何も聞こえない」「全然涙こぼれない」「栄光なんてほしくない」と、否定の連続。  さらに、「どんなつらい時でさえ歌うのはなぜ?」「どんなつらい時でさえ生きるのはなぜ?」と自問自答。
 しかも、そんなかの「もう恋愛なんてしたくない 離れていくのはなぜ Darling」には驚いた。まんまやん。心の叫びやん。
 さらに「Making Love」。 恋人との突然の別れに「君に会えてよかった。遠い街でもがんばってね」と、やさしい言葉をかけるわたし。けれどあなたは次の日には新しいおうちで誰かとセックスしている(!!)、っていう内容に驚倒。 続く「もしもお金に困ったらできる範囲内で手を貸すよ。私たちの仲は変 わ ら な い (※ あえて歌詞カードの文字を離している)」 の、皮肉がね、もうそのまんまとしか。紀里谷にそういいたいんか、ヒカル?
 特に圧巻なのが、「もう一度父と話したい」と内省的に呟く「海路」から、ラスト「Passion」までの流れ。これは宇多田ヒカル個人の救済願望が作品として昇華したといっていいだろう。厳粛ですらある。 全曲が緊張感の異様に高い、沸点に達した愛憎を透明な水にと蒸留したようなアルバムだ。
 これを「ただの私小説アルバム」と言下に否定するのは可能ではあるけれども、私はいままでの宇多田のアルバムで、一番好き。
 こういう虚実皮膜のダイナミックな作品は、やはりいいようのない魅力がある。それにこういうのを作ってしまったところが、やっぱり彼女は、日本の歌姫なんだなあ、と思ったりもして。 ひばりちゃんとか、明菜とか、みゆきとか、ちあきとか、そしてママの藤圭子も、みんな、実生活と歌が地続きにある、不幸の似合う歌手だしね。
 日本の歌姫の業を背負うがごとく、もっとダメな恋愛をいっぱいして、もっといい歌手になれっっ。と、本人にはいたって傍迷惑なエールをわたしはおくりたい。
(記・2006.06.13)


cover ◆ Passion  (05.12.14/第4位/11.2万枚) 
1. Passion ~single version~ 2. Passion ~after the battle~
 結婚、全米デビュー失敗、シングルベスト発売、激太り(――っていうほど、太ってはいないだろ)。 数々のフラグを立てていた宇多田さまですが、とうとうイベント発生の模様。 新曲「Passion」オリコン 初登場 第四位 4.9万枚。

 この曲、そんなに悪い曲じゃないんだけれどもな。
 とはいえ、トップが落ちるときってのは、そういう個々の状況とはあんまり関係なかったりするわけで。 明菜も聖子もそうだったし、憑き物がとれたとしかいえない感じで、がたっと落ちる。
とくに宇多田に関しては、作品のヒットをささえていたのは、まさしく彼女自身であった――多くのアーティストのヒットを手がけたスタッフチームを抱えていたり、あるいは、マスに対して強烈な影響力をもっているプロダクションに所属していたり、というわけではないので、落ちるときに歯止めになるもの、ってのがないんだろうな。

 ただ、彼女の場合、「SAKURAドロップス」以降、過激なまでにダークに、トラウマ語り方向に突き進んでいて、歌が非常に個人的になっていて、その結果かなと、わたしは思っている。
 新曲も、私は好きだけれども、これが100万枚売れるかっていわれたら、そりゃないでしょう、といわざるをえない作り。

 今の彼女は、歌はもちろんステージングやトークを見るにつけ、決してエンターテイナーではない。 これは今後も、けっして変わることないだろうし、こちらも彼女にそれを求めちゃいけないんだろうな、と、わたしは新曲を聞いて、ふと思った。 誰かのために歌う――歌手「宇多田ヒカル」という虚像を演じる、という人ではなく、 あくまで、自分のために歌っていく。あくまで自分に向かって、歌を投げる。自分に正解を求める。そういう人になるだろうし、なるべきだ。

 以前「誰かの願いが叶う頃」のテキストで、「宇多田はマスを背負うかどうか迷っている」といった旨のテキストをわたしは書いたけれど、 結局、この人は自分のためだけに歌うのだなと、今年の2曲を聞いて、そう感じた。
彼女はユーミンになることなく、浅川マキや谷山浩子の方向(―――っていうか、今の顔のまるくなった宇多田って、谷山浩子の顔に似ていない? 藤圭子+谷山浩子=宇多田ヒカル、っていうか)に行くんじゃないかなと思うし、それでかまわないとわたしは思う。

 だから売上が下がったからと焦ってヘンな安売りしたり迷走しなくて、いいですからね。宇多田のスタッフの皆さん。 充実した作品をつくりつづけていれば、またなにか時代と斬り結ぶこともありますから。――と余計なおせっかいを焼く私なのでした。
(記・2005.12.22)


cover ◆ Be My Last  (05.9.28/第1位/15.1万枚) 
1. Be My Last
 本格欧米デビューを目指したアーティストは日本での人気が急下降するの法則(ex. ピンクレディー、松田聖子、ドリカム、クボジャー、etc)通りに チャートでの存在感は以前ほどの圧倒的ではなくなってしまった宇多田先生ですが、もともとがとんでもない位置にいたわけで、売上が下がったといっても、今回もらくらくチャート1位だそうで。
 楽曲も、ここ最近の「不幸ほとばしる宇多田」という感じで、磐石なるまでのダークネス。 感情のこみ上げて涙が零れ落ちる直前のようなスリリングな声で「Be My Last」て訴えかけられたら、そりゃ、お父さん思わず、CD買っちゃうよ、と。 このほとばしる哀愁とカタストロフ寸前のようなギリギリ感を失わない限り、もう、わたしはなに歌っても認めちゃいます。
 それにしても、おかっぱでアイメーク濃い目な宇多田様は、なんとゆーか、ほとんど藤圭子で、もうこれ「夢は夜開く」を歌うしかないかもしらんね、という感じ。 新曲の歌謡感高めの哀愁路線ともあいまって、結局彼女もドメスティックなJ-POP的方向に収束してしまうのかなぁ、という感慨を持ちつつも、ともあれこの曲を認めてしまう自分がいる、と。もしかしてこういう反応って、ただのファン?
(記・2005.10.11)


cover ◆ EXODUS  (04.09.08/第1位/107.4万枚) 
1. OPENING 2. DEVIL INSIDE 3. EXODUS '04 4. THE WORKOUT 5. EASY BREEZY 6. TIPPY TOE 7. HOTEL LOBBY 8. ANIMATO 9. CROSSOVER INTERLUDE 10. KREMLIN DUSK 11. YOU MAKE ME WANT TO BE A MAN 12. WONDER 'BOUT 13. LET ME GIVE YOU MY LOVE 14. ABOUT ME
 宇多田ヒカルの世界進出アルバム「EXODUS」がいよいよ発売になった。日本ポップス界のトップに君臨しながらもたえず外様大名的に孤立していた彼女が、ついにアメリカに旅立つことになる。
 しかし、彼女はそこでもまた孤立するのでは、というのが私の予想だ。
 これはセールスの問題ではない。彼女がセールス面における成功をある程度なしえる可能性というのは充分ある、と思う。 しかし彼女の音楽はこの場においても、メインストリームたりえない、やはり異邦人のままでなかろうか、そんな予感がこの盤にはある。
―――彼女は日本にいれば欧米的といわれ、いざ欧米に渡れば日本的といわれるのではなかろうか。そのような二重国籍者的苦悩に早晩彼女は襲われるだろう。
 彼女は真に帰属すべき場所をさまよい、その末に「帰属しないことこそが自らの主体である」とでもいうべき、ジプシー的主体をもった一人の歌手として変貌するのでは、と私はみる。
 そして彼女の音楽世界が日本に還流する時、欧米のポップスと日本土着の歌謡の世界にひきさかていた日本のポップスに真に新しい地平が生まれるであろう。(―――そうでなければ、藤圭子の娘でない。) であるからこそこのアルバムはこれからの長い彼女の歴史の「EXODUS=出エジプト記」なのである。
 今回は予言者のように語って終わる。
(記・2004.09.17)

2008.07.14
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