メイン・インデックス歌謡曲の砦>手嶌葵 小レビュー集


手嶌葵 小レビュー集


 今一番注目しているアーティストのひとり、手嶌葵。「テルーの唄」だけで語り切るにはあまりにももったいない天性の歌姫だ。
 そんな馬鹿なと、思いの方は 是非ともアルバム「The Rose 〜I love Cinemas〜」と「虹の歌集」を続けて聞いて欲しい。ほんとうの「うた」ってこういうものだったよなと、思い出させてくれるはずだ。

cover ◆ Christmas Songs  (2010.11.24) 
1.Winter Wonderland 2.Santa Claus Is Comin' To Town 3.White Christmas 4.I Saw Mommy Kissing Santa Claus 5.Rudolph The Red-Nosed Reindeer 6.The Beautiful Day 7.Amazing Grace 8.The Christmas Song 9.Silent Night

 六枚目、クリスマスソングのカバーという企画アルバム。
 置きにいったな、という印象。シンプルなアンプラグドサウンドでなつかしの洋楽をカバーするという「The Rose」「La Vie En Rose」と意匠はまったく同じアルバムになっている。
 今回も架空感たっぷりなのにとってもリアルなボーカルを堪能できるわけで、森ガール的フェアリー的テイストも保持しているわけで、手嶌ファンな納得の一枚で、磐石すぎるほど磐石なのだけれども、そろそろひと波乱ほしいなというところ。充分成立しているアルバムだけれども、洋楽カバー路線はコレで三部作にしていったん休止した方がいいんじゃないかな。
 手嶌葵ってたしかに妖精っぽいけれども、それはただファンシーで森ガール的でっていう「お綺麗」なだけでなく、もっと「本当は怖い童話」系の底知れない不気味さや邪悪さも内包しているように思えるんだけれどもな。うっかり楽屋覗いてみたら、バリボリ人肉食らってた、みたいなね。手とか口元とか真っ赤にして、ぎこちなく微笑む葵ちゃん、みたいな。そんな絵、イメージできません?
 ちょっとこの人、人間に生まれ損なっちゃったのかなあ、っていう、人外っぽさ? そういうのを私はこの人で見てみたい。中島みゆき、谷山浩子と連綿と続くヤマハの妖怪女流シンガーの血脈を受け継ぐ素質、充分あると思う。このままただの「いい歌歌う癒し系シンガー」で終わって欲しくない。次は是非オリジナルで勝負を!
(記・2010.12.02)



cover ◆ 虹の歌集  (2008.07.23/第78位) 
1. 2. 恋唄 3. 空へ 4. 恋するしっぽ。 5. CHINESE SOUP 6. 元気を出して 7. 奇跡の星(Album Version) 8. 家族の風景

 アルバムを出すごとにぐんぐん良くなっている手嶌葵の四枚目。作家は新居昭乃、谷山浩子、吉田ゐさおといつもの面子。ユーミンのカバー「CHINESE SOUP」と竹内まりやのカバー「元気を出して」も収録。ディレクションもこれまたいつもの中脇雅裕。
 最近、心が疲れていたのかなぁ。聞いていて、わけもなく涙腺がゆるんだ。驚天動地の大名曲が立ち並ぶアルバムと言うわけではないけれども、これはいい。さりげなくて、なのに魂の深いところに入ってくる。
 しんしんとして染み入るタイトル曲「虹」(新居昭乃作詞・作曲の渾身の一品)の、なんてやさしいのだろう。これこそが手嶌葵なのだ。
 続けて島唄風の「恋唄」、ボッサ風の「空へ」も地に足のついた出来で手堅い。飼い主とネコの精神交流を猫視点で描いていじらしい「恋するしっぽ。」は手嶌版の「しっぽの気持ち」(谷山浩子)だろうか。さらに「CHINESE SOUP」のいたずらっぽいコケッティーは、いままでにない面。それが次の「元気を出して」では一転、慈母のようなやさしさを見せるのだからめまぐるしい。
 様々な表情をリスナーに垣間見せながら、一貫してそこにあるのは繋いだ手のやさしい温みのようなもの、である。彼女の声はたえず繊細な心の襞をやさしく慰撫する。これはテクニックではなく、彼女のハートなのだろうな。ままならぬ悲しみや苦しみをたくさん味わった人でなければ表現できないだろう慈しみの心が声から感じられるのだ。だから彼女の歌にはいつも哀しみと安らぎが同居している。彼女の歌は、あたたかな慈しみの涙である。
 「生きることの意味を 生きる君を見て わたしは知る」(「奇跡の星」)という、紙で読むぶんには凡庸にすら感じるリリックが、しかし、彼女のボーカルによって届けられると、否応なしに伝わるのだ(――それにしてもこれは名曲っ。それにこのアルバムバージョンのアコースティックアレンジは大正解っっ)。これだけで充分なのだ。
 彼女の歌は、元気いっぱいに胸をはって堂々と世間を渡り歩いている人には、必要がないものかもしれない。けれども、最近自分、俯き加減かなと思っている人には、是非とも聞いてほしい。安っぽい励ましを百万言貰うより、大丈夫と思えてくる。そして少しだけ顔を上げたその先には、きっとやさしい虹がかかっているだろう。
 このアルバムで彼女は「テルーの唄」の呪縛から逃れることに成功したんじゃなかろうか? 手嶌葵というアーティストの自我確立となった一枚、とここは言い切ってしまおう。
(記・2008.7.30/2008.10.12 加筆)


cover ◆ The Rose 〜I love Cinemas〜  (2008.03.05/第48位) 
1. The Rose 2. Moon River 3. Calling you 4. Raindrops Keep Falling On My Head 5. Over the rainbow 6. Beauty And The Beast 7. What Is A Youth? 8. Alfie 9. The Rose(extra ver.)

 洋画主題歌のカバーアルバム。アレンジはライブにも参加した高田漣をはじめ、フェビアン・レザ・パネ、笹子重治、天野清継ら。
 手嶌葵、この人は本当に空気感をもっているボーカリストだと思う。
 凍った息のような冷たさと暖かさが同居する彼女の声。そこに空間的な広がりがある。聞いていると耳から幻想が広がっていく。天性の歌手だ。
 さてさて3枚目は昨年末のライブでの予告通りのカバーアルバムとなったわけだけれども、これは、今までのアルバムの中で一番一般層に訴求するアルバムなんじゃないかな。
 猫も杓子もカバーアルバムの昨今の日本の音楽業界だけれども、カバーアルバムってアーティストの、またそのスタッフの地力があらわれるアルバムだとわたしは思う。退屈な歌手の凡庸なスタッフによるカバーアルバムってつくづく退屈だもんね。
 ――で、このアルバムだが、やってくれたね、というか、凡百のカバーアルバムと段違いのよさ。こんなに素敵な歌手だったんだね、手嶌葵って。
 彼女の英語の発音の良さ、タイム感の良さにまず驚かされるし、なりより歌の表情がいい。ここまで英語で歌える歌手って日本で今までいたかね?  ネイティブかと思わせるほど、曲ごとに微妙にニュアンスを変える声の表情。しかもそれは圧倒的なまでにやさしいのだ。
 誰もが知っている馴染みの映画主題歌たちが、彼女の腕の中、やさしく抱擁されている。まるで人肌の温みのように、暖かだ。そこに母性と処女性の間隙を縫うような、危うさもまた漂っている。
 ここに収録された曲たちを手嶌がつくづく愛しているがよくわかるし、彼女が稀有なボーカリストであることも、またわかった。
 「Calling You」の図らずもセクシーな趣すらあるロングトーン、子守唄のような「Over the rainbow」、彼女の原点でもあるタイトル曲「The Rose」は当て書きされたもののように、歌と彼女が渾然一体となっている。「Alfie」も「Moon River」もいいんだよなあ。
 彼女をどこか優等生的な歌手と捉えている向きの方には是非とも聞いていただきたい一枚。ナイトキャップ代わりに是非。
 それにしても彼女の英語歌って、なんだか耳にくすぐったいよね。
(記・2008.3.10/加筆修正 2008.10.12)

cover ◆ ゲド戦記歌集  (2006.07.12/第19位) 
1. 数え唄 2. 竜 3. 黄昏 4. 別の人 5. 旅人 6. ナナカマド 7. 空の終点 8. 春の夜に 9. テルーの唄(歌集バージョン) 10. 時の歌(歌集バージョン)

 「ゲド戦記」タイアップの彼女のファーストアルバム。「時の歌」のみ新居昭乃、それ以外は作詞・宮崎吾郎、作曲・谷山浩子、というラインナップ。 全10曲のフルアルバムなのに2100円と大変リーズナブル。映画でも、ここから何曲か使われるのかな? 
 高原の朝靄のごとく、清澄なのにスモーキーな彼女の声にあわせて生ピアノ、生ギターメインの、アコースティックで保守的なサウンドで覆い尽くされていて、とくにこれといった趣向はない。 まぁ、手堅いといえば手堅いんだけれども、イージーリスニング的に、つるっと流れていってしまう嫌いがある。眠くなるアルバム――と云ったら失礼か。
 例えば、1、2曲壮麗なオーケストレーションをバックにしたり、あるいはエスニックな無国籍サウンドしてみたり、派手な曲があってもよかったかな、と。  聴衆を圧倒する存在感を、もっと出して欲しかった。私は手嶌葵でもっと驚きたかった――けど、それがここになかったかな。そのポテンシャルはあるはずなのに……。
 いかにもジブリプロデュースらしい、良くも悪くも「優等生」的に、小さくまとまってしまっている感じがする。
 とはいえ、メロディーメイカー・谷山浩子の実力はしっかり確認できたから、谷山ファンのわたしとしては、それでよし(――と、至極無責任)。 今秋に出る谷山浩子のアルバム「テルーと猫とベートーベン」(――すげータイトルだな、おい)でこの「ゲド戦記歌集」収録の半数近くの楽曲をセルフカバーするらしいので、そこでのアレンジメントに期待しよう――って案外ピアノ一本の似たようなアレンジだったりしてね。

 で、手嶌葵。
 次は「全作詞、中島みゆき・全作曲、谷山浩子」なんてアルバム、つくったら面白いと思うんだけれども、どうでしょ。谷山メロディーと中島リリックの融合を可能とするキャラだと思うんだよね、手嶌さん。
 ともあれ、ヤマハの箱入り娘として、大切に育てて欲しいものです。

(記・2006.07.13)

cover ◆ テルーの唄  (2006.06.07/第5位) 
1.テルーの唄

 映画「ゲド戦記」挿入歌。作詞・宮崎吾郎、作曲・谷山浩子。――と、いうわけなのだけれども、さきほどオリコンのデイリーチャートをチェックしたら、さりげに第4位で、びっくりした。
 ジブリ系の主題歌って、ヒットしなかったものもたくさんあるし、ヒットしたものも「風の谷のナウシカ」とか「もののけ姫」とか、映画公開とともにじんわりチャートがあがってきてロングランヒットに、という形式がほとんどなのに、いきなり初登場で上位ですかい。意外。
 でも、これ、曲自体は、いいよね。すごく。個人的にはジブリ主題歌では、一番だわ。詞・曲・アレンジ・歌唱、すべてが涙腺を刺激する作品。
 谷山浩子ファンとしては、とくに谷山の美メロが、ぐっとくるよね。淡々としていながら、はっと、胸に迫るものがある、近年の彼女の作風(――「宇宙の子供」とか「僕は鳥じゃない」)の系譜にある、哀しみを俯瞰で見ているようなメロディー。
 幼い頃の夢が「作曲家になること」だった谷山浩子だけれども、どういう因果かあまり売れないシンガーソングライターになって30数年、いよいよ「作曲家」として――「シンガー」でも「作詞家」でも「作家」でもなく「作曲家」として、脚光を浴びるのか!? と、期待。
 鬱ないまの時代に真に人の心を癒すのは谷山メロディーに決まっているじゃないですかっっ。みんな「よその子」とか「椅子」とか「沙羅双樹」とか、だまって聴いて、泣けばいんだよ、と、長らくひそかに思っているまこりんなので、そうなってくれるととても嬉しい。ともあれ、来月の「ゲド戦記歌集」も楽しみだな。
 ちなみに新人の手嶌葵の歌唱は、なんとなく加藤登紀子の娘、yaeを思い出した。オーガニックなサウンドにあう、ほどよい湿度と肌目の細かい声の持ち主。この曲にかんしては相当いい線いっているけれども、どういう素質の歌手なのか、ってのは、まだわからないかな。
(記・2006.06.09)


2008.07.11
加筆修正 2008.10.12
アーティスト別マラソンレビューのインデックスに戻る