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手嶌葵コンサート 

「手嶌葵歌集の会 〜冬編〜」

(2007.12.21/浜離宮朝日ホール)
1.徒然曜日  2.月のかけら  3.花びら  4.願いごと  5.岸を離れる日  6.「北極のナヌー」朗読 〜 奇跡の星  7.エンジェル 映画 「The city of Angels」より  8.この素晴らしき世界 9.テルーの歌   10.別の人  11.ナナカマド  12.時の歌   13.Special Medley 〜Stand by me〜Daydream believer〜Neverending Story〜サンタが街にやってきた   14.The Rose   15.虹   16.Over the rainbow  
Pf:斉藤哲也 Gt:高田漣 Bs:鈴木正人  Vo:手嶌葵


 手嶌葵のファーストソロ・コンサートが07年12月21日、浜離宮朝日ホールで行われた。
 彼女の初のライブが06年秋、谷山浩子の「猫森集会」のスペシャルゲストとしての参加で、そのライブに、私も訪れていた。 それから一年と少し。その間の彼女は谷山浩子のソロツアーに同行し、二枚目のアルバムを出し、招待制のみにライブを行い、ライブイベントにも参加した。 そしてついにはじめてのソロコンサートである。彼女の成長の軌跡を認めたい。わたしは足を運んだ。
 開演寸前に到着。すでに500近い会場の席はほぼ満席であった。 まだ「ゲド戦記の手嶌葵」というイメージが強い彼女、はたして集客力はあるのかと心配していた――事実、開催一週間前からはイープラスの格安チケットの販売が行われていた。 しかし、それは杞憂であったようだ。
 客層は、年齢も職業も幅広くみえる。60代の富裕層もいれば20代のオタク風、仕事帰りのOL風もいる。30代後半のサラリーマン風が一番多いだろうか。一概にどういった層がというのはとらえにくい。 「テルーの歌」のヒットによって、彼女の存在は広く薄く世間に広がったが、まだ彼女のファンの核となる層が造られていないという段階だろうか。

 さて。開演。 バックミュージシャンたちとぞろぞろと登場した手嶌はすっと「徒然曜日」を歌いだす。 緊張で声が少しばかり震えている(――わたしのコンサートはお客様も緊張されてしまうとMCで自嘲気味に語っていたが)、とはいえなかなかの出だしだ。 最初のパートはセカンドアルバム「春の歌集」から「月のかけら」「花びら」「願い星」「岸を離れる日」と続く。 いい雰囲気が、漂っている。歌の精霊の宿っている気配を感じる。 バックはピアノ・ギター・ベースのスリーピース。少人数のアコースティックな編成が彼女には、一番よくあう。 彼女は、さりげないがニュアンスに含みのある音のなかにあってこそ光るタイプの歌手だ。

 それにしても、彼女、本当に背が高い。公称174pであるが、顔が小さいせいか、もっと高く見える。バランスおかしいんじゃないかと思えるほどの、少女漫画みたいな等身だ。 それなのに和田アキ子や浅野ゆう子のごとき、大女の押し出しの強さはまったくない。硝子細工のごときフラジャイルな美が彼女の皮膚から数センチの大気にしっとりとまとわりついている。 そうなのだ。彼女、決してビジュアルとしての完成度が高いわけではないのに(――失礼っっ)、「美少女」としかいいようのないファンタジックな存在感があるのだ。 白い衣装の効果もあってか、この日の彼女はまるで、妖精国の姫君のような佇まいだった。 ――私が思い出したのは萩尾望都のSF長編「銀の三角」に登場する絶滅した長命種「銀の三角種」である。 長命で長身の、歌と予言を受け継いだ、長く白い髪と金の瞳を持った美しい――しかし、種としての役割を終え、滅びを迎えた彼ら。そのはっと息を飲むほどの繊細で悲しい美しさが、私の脳裏で彼女の姿と二重写しになった。

 「岸を離れる日」終わって舞台暗転。映画「北極のナヌー」のスライドとともに手嶌が朗読をするのだが、 このナレーションがまた上手いっ。淡々としていながら、真に迫るものがある。これはテクニックというよりもハートだね。 彼女の語りに、観客の集中力がぐぐっと一点に引き絞られていくのがよくわかった。 そして語り終わってテーマ曲「奇跡の星」をすっと滑るように歌い始める、この部分の快感といったら。わたしはもう映画を見たような気分にすらなったぞ。

 おおきく深呼吸して「まだ緊張が抜けない……」と呟いて、次。 彼女のフェイバリットナンバーの「ANGEL」「What a beautiful world」が披露されるのだが、これもまた驚いた。意外にも彼女の声が色っぽいのだ。 しなやかで艶っぽい。 妖精の悪気なき悪戯のような感じといえばいいのか、瑞々しく凛とした色気が漂っていて、甘酸っぱい気分になる。 オリジナルナンバーではどこか生硬な処女性の漂っている彼女であるが、意外な一面。

 そして次は「ゲド戦記歌集」から「テルーの歌」「別の人」「ナナカマド」「時の歌」。 「テルーの唄」のアカペラの歌い出しは息を飲む美しさ。やっぱりこれだよね。会場全体がしんと静まり返って彼女のボーカルに聞き入っていた。 でも「竜」と「旅人」も唄って欲しかったぞっ。イギリスの片田舎風のサウンドに彼女の声ってベストマッチングだよね。

 MCでは、ジブリ美術館でのライブ、さらにスペインへ旅行など、この一年の音楽経験を朴訥に語って、 次はクリスマスソングと08年3月発売予定の映画主題歌カバーアルバムからのSpecial Medley。 うん、やっぱり英語歌唱の曲だといままでとは違うボーカルの魅力が出てくるな。ここは「ネバーエンディングストーリー」の浮遊感と耳のくすぐったさよかった。 これは次のアルバムの期待も高まるというもの。

 最後の一曲はやはり歌手・手嶌葵の誕生のきっかけとなった「The Rose」。 一度デモをどこかで聞いたことあるが、それなんかよりも数倍いいぞぉっっ。 声が深く、暖かく、少し哀しい。 これは、絶対次のアルバムにも収録するよね。ね。

 さてさて。もちろんアンコール。 08年夏公開の『西の魔女が死んだ』のテーマ曲 「虹」。こんどの作曲は新居昭乃。 いかにも新居らしい繊細なメロディーライン。これもいい曲だなぁ。 そして最後の最後に、万雷の拍手の中、いきなり聞き手に斬りこむように歌いだしたアカペラの「Over the rainbow」。 本当に美しいラストであった。

 全体の印象として思ったが、彼女の声。想像していたよりも相当上だった。 彼女の声は、人を呪縛する力がある。 清楚、無垢、そんな言葉では捉えられない奥深さをわたしは感じた。 彼女のボーカルをフェアリーボイスを形容する人もいる。 確かにフェアリー的ではあるのだが、それはただの綺麗、可愛いだけでない。 精霊の精霊であるがゆえに持ちうる邪悪な部分もどこか裏に隠れているような、そんな声なのだ。 彼女の先輩である中島みゆきや谷山浩子らがそうであるように、人の心の奥底に眠る哀しい闇に陽をあてる厳しさと、それを浄化しうる暖かさが同居しているボーカルといえばいいかな。 偉大なアーティストになる可能性を、いまの彼女は秘めている(――セールスがどうかは知らないけどね)。

 かいつまんで云えば、歌手として彼女はホンモノだ、ってこと。 言葉の足りなさ過ぎるMCと対照的に、彼女は歌となると俄然掴みが強くなる。少ない言葉でなにかを聞き手に伝えてしまうのだ。 歌うことではじめて人と関わりあうことのできる、生まれながらの歌手なんだなと、わたしは感じた。 地味でささやかであったが、花も実もある充実したコンサートだった。 これからの彼女に是非期待したい。

2008.01.23
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