中森明菜 「サザン・ウインド」
1.サザン・ウインド 2.夢遥か
セックスを自己プロデュースし始める明菜 (1984.04.11/ワーナー・パイオニア/L-1664) |
最近この詞をじっくり読み返して、驚いた。 「これって金と暇がそこそこある日本の独身OLが発展途上国のリゾート地で一夜の相手探しに現地のビーチボーイを品さだめしている」って歌じゃん。 そんな危なっかしいこれからの一夜を、「危険かしらね?」と本当に危険だなんて微塵とも感じずに、涼しげな顔でスリルを心待ちにしている。 これが「北ウイング」の次のシングル、というのが面白い。 「北ウイング」で康珍化が示した純愛を来生えつこはいきなりひっくり返す。 しかも明菜の「ツッパリ担当」の売野雅勇でなく「おとめちっく」担当であった来生えつこが、である。 ◆ 「北ウイング」を飛び立った飛行機が着陸したのは、恋人の待つ霧の向こうのエアポートではなく、 発展途上国のリゾート地であった、ということなのだろうか。 ここがどこであるか、わからない。カリブの海に浮かぶ小国か、あるいは、東南アジアのどこかか。 ただ、この詞を来生えつこは郷ひろみの「セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」あたりの主客を反対にして作ったんじゃないかなぁ、とわたしはふと思ったりする。 そう考えると、「セクシーユー」は「ジャマイカあたりのステップ」なわけだから、 カリブ海周辺と言うことになる。そうなると「サザン・ウインド」録音前後、アルバム『アニバーサリー』のレコーディングとジャケット撮影で明菜がバハマへ飛んだ、と言う事実にもリンクしてゆく。 「セクシー・ユー」は、あくまでアメリカナイズドされた世界観で、とても日本人には味わえないような絵空事の雰囲気だったのが、 四年後の「サザン・ウインド」では、あくまで日本人の手に届くファンタジーとなっている。ここにバブルの予兆を……、といったら大袈裟か。 ◆ 面白いのが、松田聖子との対比。 海外マリンリゾート路線といえば当時は松田聖子の独壇場だったわけだが、松田聖子が「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「天国のキッス」「セイシェルの夕陽」と、若い恋人同士がバイトで小銭をため、あるいは一緒に有給を取っての3泊4日のパックツアー、といったきわめて平和で明朗な風景なのに対して、 この「サザン・ウインド」はハードで生々しい。金と性の匂いが露骨に漂っている。 ちょうどこれは聖子の描いた海外の風景の裏面にあたるものといえるかもしれない。「Japan as No.1」の時代の表と裏、というかそんな印象がある。 金と余裕のある女性が海外旅行で貧しい国の男を一夜の戯れに買う――そんなことが一方で普通のことになったのが80年代の日本でもあった、といえはしまいか。表層的で、欲望に忠実で、倫理観が荒廃し、というバブル期以降の日本の姿がここに垣間見える。 ◆ また、明菜の歌の世界限定で言えば、「サザン・ウインド」は以後「DESIRE」「BLONDE」「TATTOO」と展開する過激な性愛の世界のプロローグであるとも言えるだろう。 「少女A」に代表される「ツッパリソング」、「セカンド・ラブ」に代表される「繭ごもり的なおとめちっくソング」。この両極端の振幅で歌を製作していたのが初期の明菜であるが、 それらはともに、現代的な、荒廃した性愛の世界を拒否しようという志向の作品といえるものであった。 それが「北ウイング」ではじめて明菜は純愛を知る。 そして以後、明菜はひたすら純愛を歌うのか、というとそうではなく、 「ミ・アモーレ」「難破船」といった「純愛」を歌う一方で、ひたすら消費される「性愛」の世界を積極的に歌うようになる。 「これからは、男性のいいように扱われるのでなく、自身で性的な部分を制御し演出し、男を支配してやる」 と言わんばかりに過激に自己の性的な部分を演出していく。 これは明菜のみに起こった変化ではなく、フェミニズムの成熟と成人女性の可処分所得の増大によって、広く薄く一般女性の間に広がったものと言えるだろう。 マドンナと中森明菜というのはこの時期の象徴とも言える存在かもしれない。 ただ、明菜が無意識的にメディアでおこなった「性的なフェミニズム」というのは自殺未遂事件によって実質敗北し、以後、「セクシャルな中森明菜」と言う存在は、受け手にとっての意味合いが大きく変わっていく。 ――現在の彼女の「性的な部分」というのは受け手にとっては、いうなれば「ジプシーローズ」的なものであって、いわゆる古典的な男性原理に容易に回収される質であると言えるだろう。 ◆ おまけで楽曲的なことを。 瀬尾一三のプログレをさりげなく組み込んだ打ち込みアレンジがなんてったってスリリングでカッコいい。 イントロの印象的なギターカッティングや、嵐の前触れのような緊張感とスピード感の溢れるストリングスなど、聞き所は多い。 また時ちょうど「ワインレッドの心」で大ブレイク真っ只中であった安全地帯は玉置浩二のメロディーも、フラットで淡々としていながら、何かが満ちてくるような不安感の漂うものとなっていて、冴え渡っている。 詞・曲・アレンジ、全体に漂う心地よい緊張感が、いかにも真夏の海辺の情事めいていて、実によくできた作品である。 |