酒井法子「幸福なんてほしくないわ」
1.幸福なんてほしくないわ 2.ほほにキスして
松田聖子の歴史遺産 (90.2.21/ビクター/10位/6.4万枚) |
酒井法子の90年のシングル。作詞は松本隆、作曲は入江剣こと吉田拓郎。というわけで太田裕美「失恋魔術師」や秀樹「聖・少女」のコンビであるが、この曲は知る人ぞ知る松田聖子の提供没曲でもある。 85年、「天使のウインク」の次のシングルとして、アルバム「THE 9TH WAVE」の発売とともに告知されたが、結果、お蔵となった。 なぜオクラになったのか、当時の松田聖子の状況と、歌詞を見ればなんとなく見えてくる。 伝説ともなった郷ひろみとの破局記者会見が「天使のウインク」リリース時の85年1月。 楽曲内における《松田聖子・恋愛ドキュメンタリー》のシナリオライターでもあった松本隆はおそらく次の手として「失恋のかわりに大きな自由を手にする強気で握力の強い女性」を演出しようとしたのだろう。 詞はこう。――彼の前ではいつも従順な可愛い娘のわたし。口紅の色も髪型も彼の好みに変える。これが愛だと信じて、彼の前では決してNOとはいわない。 でもそれはみせかけの幸福。退屈でちっぽけな偽りにみちた幸福。だから「幸福なんてほしくないわ」。 「さよなら」の車を見送ってをして涙を拭いた後には、靴を両手にスキップして歩く、そんな明るさで、今は自由の風に吹かれながら本当の愛を探している。――という内容。 なるほど、あの破局のあとの彼女を演出するには手堅い世界だし、前々作の「ハートのイアリング」での失恋から見事に繋がっている。 しかし、この詞の世界以上に、松田聖子の女力(おんなぢから)が強かったことに、さすがの松本隆も気づかなかった――というか、おそらく日本中の誰もが、それを予測できなかっただろう。 彼女はあの破局からわずか数ヶ月で新しい恋を手にし、「幸福なんてほしくないわ」リリース予定の時期に、結婚まで決めてしまった。 この時点でこの曲の鮮度は、完全に失ってしまったといえよう。 かてて加えて結婚記念シングルが「幸福なんてほしくないわ」というのは、これはさすがにまずすぎる。 もちろん山口百恵の「ロックンロール・ウィドウ」のごとく逆説として響く、という可能性もあったかもしれないが――ともあれこの曲は没となった(――個人的にはここは、没でよかったかなと思ったりする。そこまでのクオリテイーの楽曲ではないかな、と)。 宙ぶらりんとなった海外デビューアルバム「The sound of my heart」とともに、85年の松田聖子の急展開ぶりがよくわかる1曲といえるだろう。 これが松田聖子がサンミュージックを離れたとほぼ同時に、事務所後輩の酒井法子があまり必然もないのに歌っちゃうというあたりが、なんだか実に芸能界的。 そんな85年から、長い年月を経て、サンミュージックと提携して、事務所・レコ社ともに80年代の布陣に戻った今の松田聖子。 未発表アナザーバージョンのある「秘密の花園」「白いパラソル」「RocK'n' Rouge」などとともにこういった諸事情でオクラになった当時の音源をなんらかの形でリリースするというのも、いいんじゃないかなと思うのだけれども、どうでしょうか。 |