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南野陽子 全シングルレビュー




cover  南野陽子のシングルはどれも季節の折々に出される短い手紙や和歌のような風情がある。 それはファンへ向けたラブレターであって、そのたおやかさと華やかさにファンは陶酔する。
 それは歌というものを介した擬似恋愛の世界であり、アイドルポップスの基本ともいえるが、そのスタイルを極限まで洗練したのが彼女のシングルたちであった。しかし、この「歌で幻想の恋を売る」というスタイルは彼女がアイドルを廃業すると共に急速に廃れていき、共に「アイドル」という存在はその輝きを失っていく。
今の時代のアイドルと、あの時代のアイドル、それは明らかに違う。 その違い、それををひとつひとつ取り出して、語ることは可能だろうが、 端的にいえば、南野陽子に備わっていたもの、それこそが、今は失われてしまったあの時代のアイドルの本質にあるものだと、私は思う。
 あくまで神聖で近づきがたい夢の向こうの存在であった時代の、最後のアイドルが彼女であった。



cover  恥ずかしすぎて  (85.06.23/57位/2.3万枚)  詞:康珍化 作曲:都倉俊一 編曲:大村雅朗
 デビュー時点はさしたる期待もかけられなかったナンノ。都倉俊一の事務所に所属していたからといって彼に楽曲を依頼し続けなかったのはいい判断であったといえる。というそんな楽曲。大村雅朗のアレンジの硬質さがよい方向には作用しなかった。デビュー曲にして彼女のレパートリーでは異質。ちなみに原題は「天使のハンカチーフ」。6点。


cover  さよならのめまい  (85.11.21/15位/12.5万枚)  作詞:来生えつこ 曲:来生たかお 編:萩田光雄
 スケバン刑事の挿入歌ということで、戦闘美少女路線。別れの悲しみと未来への期待と不安。スケバン刑事関連の歌はみんなこんな感じでアニメ・特撮風の勇ましい風。ベースにあるのは「セーラー服と機関銃」かな。 この歌でようやくアイドルとしてトップ集団に名乗りを挙げることになる。ちなみにイントロのフリが印象的で好きです。8点。


cover  悲しみモニュメント (86.03.21/6位/13.7万枚) 詞:来生えつこ 作:鈴木キサブロー 編:新川博
 まだまだ「スケバン刑事」関係。今度は主題歌。完全に前作のイメージの延長だが、鈴木キサブロー+新川博という以後のナンノにはないラインで戦闘美少女的ハードさをより前に出そうとしたよう。6点。


cover  風のマドリガル  (86.07.21/5位/10.7万枚) 詞:湯川れい子 曲:井上大輔 編:萩田光雄
 まだまだまだ「スケバン刑事」。「さらばシベリア鉄道」のような雄大な自然を感じる1曲。湯川れい子+井上大輔ということでありえないほどの壮大さを醸し出しています。ここまで大仰だとむしろ好きになってしまうぞ。8点。


cover  接近  (86.10.01/6位/13.1万枚) 詞:森田記 曲:亀井登志夫 編:萩田光雄
 デビュー第2弾に用意した楽曲が「スケバン刑事」の影響でここにずれこむ。テーマは三角関係。少女漫画とアイドルポップスでは王道の主題だな。マリンバの音色が耳に心地いい。A面の立場を逆転したような「ガールフレンド」という佳曲も同時期に吹き込んでいる。ちなみに作詞の森田記とは康珍化の変名。7点。


cover  楽園のDoor  (87.01.10/1位/26.1万枚) 詞:小倉めぐみ 曲:来生たかお 編:萩田光雄
 劇場版「スケバン刑事」の主題歌で戦闘美少女路線のフィナーレを飾る、生きることの痛みを歌った名曲だ。なにより小倉めぐみの詞が圧巻。子供の世界から旅立つことを失楽園と見立てながらも、その痛みも悲しみも未来への希望へと繋がると歌う。ナンノが後にメッセージソングの世界に没入するきっかけがこの曲なのかな。 南野陽子という存在を抜きにして残さなくてはならない名曲。前作から売上が倍増したのも納得。ちなみに振りつけも良かったし、メーテルみたいなナンノの衣装も良かった。来生たかおのセルフカバーも実はいいんだよね。10点。


cover  話しかけたかった  (87.04.01/1位/23.4万枚) 詞:戸沢暢美 曲:岸正之 編:萩田光雄
 またまた名曲。こちらは南野陽子という存在でなければ意味のない――彼女のような美少女でなければこの歌は意味がない名曲だ。アイドルポップスの全てがここにあるといっていいような見事な作品。季節感を感じる詞のストーリーはすばらしいし、甘くて切ないメロディーも完璧。風のように恋もアイドルもいつしか形も残さず消え去ってしまうもの。だから美しく切ない。10点。


cover  パンドラの恋人  (87.07.01/1位/19.9万枚) 詞:田口俊 曲:亀井登志夫 編:萩田光雄
 イントロの繊細さにぞぞ毛が立つ。萩田光雄の本領発揮といったサウンドメイクが聴きどころの一曲。詞はきらびやかで幻想的な隠喩に満ちているが、夏の海辺の夕暮れが舞台のひと夏の経験モノ。アイドルとしての格上を目指した豪華な雰囲気。南野は夏に向いた歌手ではないのでこの季節はサウンドやら詞の技巧で聞かせる楽曲が多い。8点。


cover  秋のIndicatin  (87.09.23/1位/18.9万枚) 詞:許瑛子 曲:萩田光雄 編:萩田光雄
 これまたオケが素晴らしい。萩田光雄はホントいい仕事しているわ。今回は珍しく作曲まで手がけているけど、マーベラス。Aメロが淡々と何度も続き、最後の最後でコマーシャルで使った「ルルル」のサビが一回だけやってくる――多分CM部分だけ先に作って後から一生懸命つけたしたのだろうね、というかなり冒険した作りなのに、そうした労苦が気にならないほど自然。 萩田光雄は今まで担当したどの歌手よりも(――百恵よりも明菜よりも久保田早紀よりも)南野陽子が1番よく合っている。8点。


cover  はいからさんが通る  (87.12.02/1位/27.0万枚) 詞:小倉めぐみ 曲:国安わたる 編:萩田光雄
 主演映画「はいからさんが通る」主題歌。アイドルポップ然としたわかりやすさをもちながら、メッセージソングとも受け取れる。彼女の持ち味の可愛らしいポジティブさがよく出ている。 この歌といえばナンノの袴姿。彼女、実は明菜やジュリーのように歌にあわせて衣装のテーマを大胆に変えるタイプだけど、あまりそれは知られていない。「KISSしてロンリネス」や「フィルムの向こう側」みたいに失敗するのが多いからかな。8点。


cover  吐息でネット  (88.02.26/1位/30.4万枚) 詞:田口俊 曲:柴矢俊彦 編:萩田光雄
 カネボウ・春のキャンペーンソング。出だしの歌詞が秀逸。彼女のシングルはどれも季節感がよく出ているけど、この曲も春のイメージが前面に出ている。桜の花びらがひらひら舞っているようなはなやかさ。 これがナンノ最大のヒット。彼女の人気もピーク、スケジュールの過酷さもピーク、ということで過労が祟りこのシングルリリース時彼女は倒れてしまう。8点。


cover  あなたを愛したい  (88.06.18/1位/25.5万枚) 詞:田口俊 曲:萩田光雄 編:萩田光雄
 主演映画「菩提樹」主題歌。ローテーションの穴場的なゆったりとしたシングル。ヒット狙いのギラギラした感じがないぶん、音作りの豊かさが目につく。今回も萩田光雄さん、本当にいい仕事していますぜ。イントロから、夏の夜明けの空と海の淡いグラデーションが、ぶわっと広がる。 色彩感ある情景を音にするに彼の右に出るものはいないんじゃないかな。8点。


cover  秋からも、そばにいて  (88.10.08/1位/27.1万枚) 詞:小倉めぐみ 曲:伊藤玉城 編:萩田光雄
 イントロのパイプオルガンの音色でもう陶酔の世界。バロック歌謡ともいえそうなクラッシックバリのストリングスがとにかく華麗、荘厳、重厚。それでいて快速調でスリリング―――リズム隊やシンセ音などの使い方が絶妙。これがポップスとして成立するというのは萩田光雄ならでは。彼の真骨頂だっ。大名曲。ナンノの衣装も中森明菜バリに貴族的で華やかでありました。「ザ・ベストテン」での衝撃的な歌詞すっ飛ばし事件も今やいい思い出。9点。


cover  涙はどこへいったの  (89.02.15/2位/20.5万枚) 詞:康珍化 曲:柴矢俊彦 編:萩田光雄
 70'sリスペクト的なフォーキーでリリカルなシングル。後のコンサートでナンノはギターの弾き語りで歌っていた。柴矢俊彦もナンノの重要作家陣のひとりであるな。春の予感と爽やかな悲しみに包まれて、この曲もまったくもって盤石。ナンノのアイドル黄金期はここまでかな。シングルリリース時はNTV系24時間テレビのドキュメンタリー取材でカンボジアからの中継が多かったです。8点。


cover  トラブルメーカー/瞳の中の未来 (89.06.21/2位/18.3万枚) 詞:南野陽子 曲:木戸泰弘 編:萩田光雄
 この時期から本格的に「ナンノ・バッシング」がスタート。事務所の不手際で連続ドラマをダブルブッキング、両方の仕事を流さざるを得なかったナンノをゴシップ誌は「トラブル・メーカー」と書き立てた。 と、そんな雑誌を見て思いついたのがこの詞。ということで自作詞。ひとことでいえば「女の可愛いわがままを許して」という歌。「瞳のなかの未来」はアニメ「青いブリンク」OPテーマ。前向きメッセージ系だけどこれは雰囲気モノかな。7点。


cover  フィルムの向こう側  (89.11.29/1位/12.3万枚) 詞:飛鳥涼 曲:飛鳥涼 編:佐藤準
 クリスマス向けの温かな音作りだが、歌詞をよく見るとなかなか意味深。これは「メリー・クリスマス」(『スノーフレイク』収録)に続くメッセージソングだな。大手フィルム会社のイメージガールであったアイドルがフィルムの向こう側にある本当の現実を見ろと啓蒙するというのはなかなか興味深い。マスメディア批判にも聞こえる(といったら深読みだな)。c/wの「僕らの行方」もメッセージ性が強い佳曲。8点。


cover  ダブルゲーム  (90.06.01/3位/9.3万枚) 詞:荒木とよひさ 曲:三木たかし 編:若草恵
 南野陽子夏の変。その1。事務所を独立してやりたいことをやると決めた彼女。そんな第1弾シングルがよもや「アーバン演歌」になろうとは誰が予測しただろうか。歌が上手かったならまだ良かったものの、なんというか、フォロー不可能。どうやってもナンノはテレサ・テンにはなれません。無茶にもほどがある。5点。


cover  へんなの!/思い出を思い出さないように (90.07.01/11位/7.3万枚) 詞:谷穂ちろる 作・編:柴矢俊彦
 南野陽子夏の変。その2。一度ついた勢いはそう簡単には戻せません。ということで「へんなの」は「イカ天バンド」風のバブリーおふざけソング。PVでは土方のおっさんになってゆんぼ動かしたり、ビジュアル系厚塗りメイク・ファッションでゆらゆらしてみたり、シンガポールの地下鉄で戸川純みたいな格好で珍妙なダンスをして周囲をどん引きさせたり、完全にイッチャッテました。ファンには痛恨の一撃。 「思い出を思い出さないように」は良くもなく悪くもなくの凡曲。CMソングだったからシングルに昇格したのかね。4点。


cover  耳をすましてごらん/思いのままに  (90.08.01/7位/6.7万枚) 詞:山田太一 曲:湯浅譲二 編:若草恵
 南野陽子夏の変。その3。本田路津子のヒット曲をほとんどアカペラでカバー。だからナンノの歌唱力じゃ無謀だって。アイドル卒業をもくろむのはわかるけれども、実力派路線はむずかしいだろうよ。「思いのままに」はNTV24時間テレビ用に大仰なアレンジに変えられていて、改悪。このナンノの夏の変でもっとも良かったのが「ダブルゲーム」のc/wの「サイドシートに答えて」という1番目立たない楽曲だったのが悲しい。5点。


cover  KISSしてロンリネス  (90.11.21/9位/7.8万枚) 詞:亜蘭知子 曲:織田哲郎 編:明石昌夫
 こりゃいかんと長戸大幸のところへかけこむナンノ。カラオケナイズドされた安めのビシバシ打ちこみ音にちょっと強がりの女像を雰囲気的に描写し、といういわゆる後の大黒摩季がやりそうな路線。へぇー、こういうのもやるんだ、と当時の私は結構好きだった。この路線でアルバム作ってもよかったのになぁ。90年の唯一の収穫がこれ。7点。


cover  夏のおバカさん  (91.06.08/17位/4.1万枚) 詞:秋元康 曲:南野陽子 編:明石昌夫
 自作曲によるラスト。別れた二人、残された夏のリゾートの予約、ひとりきりのバカンス。夏の波間の彼方にひとつの恋が終わっていく。そして夏の記憶のように彼女も遠くへと去ってしまった。ひとりのアイドルのさりげない終幕を飾るにちょうどいい楽曲かもしれない。アイドルとは夏の日の束の間の邂逅のようなものなのだから。今聞くと、ほんの少しだけ、泣ける。7点。


 最終オーダー  (05.06.22) 詞:南野陽子 曲:萩田光雄 編:萩田光雄
   おまけ。05年、20周年記念「NANNO BOX」に収録された、実に14年ぶりのアダルティーな新曲。
 同窓会的な安穏とした曲かと思ったらさにあらず。「あの頃、懐かしいわね」なんてモノでなく、あの頃はむしろ生々しく現在へとつづいていた、あの頃は終わってなどいなかった、という感じ。
 喩えていうなら、同窓会に行ったら、昔の恋人がなんだか今でもとっても可愛くって、しかもなんか前にはなかった艶っぽさも出てきちゃてて、焼けぼっくいに火がついちゃうって、といったラブアゲインな佇まい。
 昔のように若くはないけど、昔のような失敗はしたくないけど、迷う時間はもう残されてないはず、なのに――。不惑間近の南野陽子のためらいがちな誘惑が、エロい。迷いながら、ここまで来たらお互い堕ちるしかないって、ホントはわかっている。ホテルのルームキーはもう隠し持っている。
 その昔、アイドル歌手として末期の頃「テレサ・テンみたいな歌が歌いたい」といって吹き込んだ「ダブルケーム」が大失敗した南野陽子だけれども、今回は大成功。40代前後の女性のリアルが濃密に漂うアダルト歌謡として見事に昇華されている。
 またかつての「トラブルメーカー」がプロダクションと南野陽子との葛藤を男女の恋に置き換えていたように、この歌は南野陽子が自らとファンへ想いを男女に置き換えた曲と見てとれることも可能。「迷わないで」だなんて誘われちゃ、長年のファンならば歌手・南野陽子のあの時やってこなかったセカンドステージを期待してしまうものだが、それは「うたばん」企画というあまりファンの望まない形で展開することになった(――あれは、なかったよなー、特にジャケット写真(哀)。
 思わずラジオで「まだ歌を諦めてない」と気炎をはいたり、アニメっぽかったら受けるかなと頼まれてもないのにアニメソング風の歌を一人勝手に作ってたり、相変わらず誰も参加しないレースで独走状態の南野さんですが、ホント、本人のやる気があるならば、是非歌やってほしいんだけれどもなあ。CDはインディーズ、ライブは小さなライブハウスで弾き語り、とかそういうのでもいいからさ。25周年の今年、ひっそり期待してるんですけど。
(記・2010.05.16)





改訂 2008.12.20
2004.11.03
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