メイン・インデックス歌謡曲の砦>中森明菜 「バラード・ベスト -25th ANNIVERSARY SELECTION-」

cover
中森明菜 「バラード・ベスト」

-25th ANNIVERSARY SELECTION-

変わりゆく明菜 変わらない明菜

(2007.03.28/ユニバーサル/UMCK-9177)

[CD]   1. 難破船(2007 Ver.) 2. セカンド・ラブ 3. あの夏の日  4. LIAR 5. 水に挿した花 6. 陽炎 7. 赤い花 8. SAND BEIGE 〜砂漠へ〜  9. SOLITUDE(2007 Ver.) 10. 二人静 11. 月華 12. 予感 13. 初めて出逢った日のように 14. 駅 15. 帰省 〜Never Forget〜(2007 Ver.)
[DVD]   1.オープニング〜セカンド・ラブ 2.ダウンタウンすとーりー 3.カタストロフィの雨傘 4.1/2の神話 5.にぎわいの季節へ 6.スローモーション 7.少女A


 中森明菜の25周年記念ベストの第3弾。今回は自身初のバラード・セレクションとなった。 「難破船」「SOLITUDE」「帰省」の3曲が新録音、「あの夏の日」が新作。その他80年代の楽曲のほとんどは「歌姫D.D.」「true album 95 Akina Best」からのテイク。 初回版には、83年ツアーコンサート「Milky way '83 〜春の風を感じて〜」のダイジェストを収録したDVDがついている。
 90年代以降、中森明菜の表現域はバラード方向に拡大していったわけだけど、その成果をまとめた一枚。
 これが今の明菜ってことなんだろうな。



 このアルバムの彼女は、往年の中森明菜の姿を求める聞き手に対して、その期待にこたえつつも、
 「でも、今の私も結構いい線いってるでしょ」
 と、今の中森明菜をさりげなくしかし貪欲に表現している。

 若い頃の中森明菜は、聴衆が自分になにを求めているかをあまり考慮せずに、 自分がよいと信じた世界を性急に作りあげて、聴衆に届けているようなところがあった。
 もちろん、そんな彼女だからこそ、トップアイドルに君臨しながら数々の名作や実験作を生み出すことが出来たのだけれども、一方それは彼女の音楽活動の危うさにもつながっていた。
 中森明菜に、発売が予告されながら中止となった作品が、世間に伝えられたものでもどれほどあったことか。
 今回初回版特典として商品化された83年ツアー「春の風を感じて」の映像も、そのひとつ。 当時、商品化の予定で収録――大阪でのライブの模様はテレビでも放映された、が、毎度お馴染みいつもの"明菜様のご意向"によってお蔵入り、という経緯だったと記憶している。 ( というわけで、今回のDVDの致命的なまでかっちょ悪い編集は83年段階で行われたものだから、仕方ない――とわかっていてもむずむずするなぁ。確かにあの当時のアイドルのライブビデオって、あんな絵づらだったんだけれどもさ。)
 そんなデビューの頃から一貫して作品作りに対して頑固でわがままだった中森明菜が25年の時を経て、そのこだわりだけを残して、実にうまく聞き手との距離を計って、セルフプロデュースをするようになったものだと、このアルバムを聞いて素直に感心した。



 "かつての中森明菜を知るオーディエンスへ、今の中森明菜の姿を届ける"
 「Best Finger」「歌姫ベスト」「バラードベスト」と続いた25周年記念ベストの3作は、 この姿勢で一貫していたけれども、そのなかでもこの「バラードベスト」は特にその傾向が強く、また成功したといっていいんじゃないかな。
 デビュー間もない"アイドル・中森明菜"の映像や、あるいは80年代に残した彼女の名バラードといった かつての中森明菜の姿を求めてこのアルバムを購入したかつてのファンは、、 今の中森明菜の姿を――その表現方法を変わりながらも、志を曲げずに歌を歌いつづけ、確固たる世界を築きあげた中森明菜の姿を必ず見出すだろう。

 その鍵となっているが、新曲の「あの夏の日」。
変わりゆく季節
変わりない想い
ずっとずっと永遠に

 変わりゆく風景と、けっして変わることのない心の風景。
 ふたつの風景を中森明菜が静かに受け入れるのと同じく、 聞き手もまた、変わりゆく明菜を、また変わらない明菜を受け入れる(――だろう)。 そしてそれは"中森明菜"にだけでなく、聞き手それぞれの自ら歩いてきた風景へと広がっていく。

 「私はどう変わったか思いますか、どう変わらないままに見えますか」
 「あなたはどう変わりましたか、どう変わらないままでいますか」
 中森明菜は25年という時間の隔たりに対峙しながら、自らへ、そして聞き手へ、かように問いかけているのだ。



 蛇足。
 新曲・新録音の楽曲の作品、かなり抑揚のつけ方に癖のある歌唱だな。 喉がつまったように声をひっかけたり、切なくかすれさせたり、かなり無茶無茶。

 「あの夏の日」の「遠く遠く」の部分を 「とっ、くー とっ、くー」と歌ったり、 「帰省」の「遠く ひとり歌うの」の部分を 「とっ、おく ひっ、とり うたっうの」と歌うあたりは顕著。

 これは「赤い花」で完全に身につけたものだと思うけれども、この"バラードでも激情はいってます"的唱法は新たな明菜唱法のひとつとして明菜様は推していくつもりなのかしら ?
 『Resonancia』の頃にも、体を捻ったりしながら歌うと今までにないかすれた声が出たのでそれで録音した、とかなんとか、無茶なことをして自己のボーカルの研鑚を重ねてきた明菜様ではありますが。
 「帰省」に関しては、こちらのほうがロックな衝動を感じるというか、中森明菜の壮絶な半生を感じるというか、まあ、これは正解かなと思うけれども。汎用性あんまりなさそう。
 あ、そうそ、03年ツアーバージョンを活かした新録「SOLITUDE」も正解。これはちゃんとスタジオ録音で残しておくべきだったものね。

2007.03.30
中森明菜を追いかけてのインデックスに戻る