川村万梨阿 「春の夢」
プログレッシブ・声優ソング (1991.05.21/日本コロムビア/COCC-7587) 1.Planet Blue 2.海ニ抱カレテ 3.夜明けの星の光 4.月夜の子猫 5.月光樹 6.Beautiful Mango Tree 7.春の夢 〜Sanctus〜 8.ウシャスの娘 9.ルネッサンス |
大抵の音楽なら食わず嫌いなしに何でも1通りとの楽しむことができるかな、と思っている私だが、そんな私でも無条件で小馬鹿にしているジャンルがあった。 それは「声優の歌」だ。 アニメ・漫画関係の音源―――いわゆる業界でいうところの「学芸モノ」全般に対する偏見はなかった。普通の歌手の歌うアニメソングやら、あるいはイメージアルバム、サウンドトラックなども10代の頃から機会があればよく聴いていた。 実際「これは名盤なんじゃない?」と今でも薦められるものも何枚かある。 が、これが声優のアルバムとなると別物。 「だって、声優の歌でしょう(笑)」と聞いたこともないのに無条件で語尾に(笑)をつけてしまう。それほどまでに足蹴にしていた。 「だってアレってアニメのキャラクターと声優との区別ができないしょーもないオタクの為の音のファングッズでしょう(笑)」と。 90年代中頃にアイドル声優ブームが訪れ、林原めぐみ、高山みなみのTWO-MIXあたりがヒットチャート上位に食い込むようになったけれども、わたしのその姿勢はまったく変わらず「まぁ『J-POPとしてのクオリティー』と保てるようになったよね」などと上から目線、声優の歌に(笑)のマークが取れることはなかった。 ―――が、ここでビックリする一枚に出会ってしまった。 これって「声優の歌にしては」という注釈まったくなしで完全に成立している。 ていうか、商業的ポップス世界を飛び越えて、きちんと本気に「音楽」しちゃってる……。 と、そんな驚いた一枚が川村万梨阿の「春の夢」なのであった。 確かこれを手に取るきっかけは――イメージアルバム「マージナル」(萩尾望都原作の漫画)での川村万梨阿の歌う「Don't you forget Marginal」が福沢諸の曲もさることながら、彼女の歌声がまたよくって、 なにか他に彼女の歌っている作品はないかということで手にいれたという、そんなだったと思う。 や、彼女の歌声はいかにも女性声優らしいハイトーンなんだけれども、声に女性声優特有の過剰な媚びがなかったのね。アイドル声優って――聞き手に阿るような歌いかたするような歌手が多いじゃない。それがなかったのよ。こう、無駄に人に凭れかからない。凛としていたのね。 で、このアルバムを聴いたわけなんだけれども、いや、もう彼女の声はもちろん第一印象通りでよかったんだけれども、このアルバムの世界観にやられてしまった。 なんつーのかな、一言でいうと、インドのリゾート地で細野晴臣が現地の音楽を現地のミュージシャンと即興で演奏しているのをコシミハルが歌ってみました、ていうアルバムなんですよ――ってどんな説明じゃこりゃ。 とにかく80年代後半の細野晴臣のように、インド志向でアンビエントでリゾートでほんのちょっと宗教的で怪しい、というアルバムなのですよ。 実際、細野晴臣氏も1曲提供しているし――あとの作家陣はというと、ラジ、ヤプーズの吉川洋一郎、配島邦明、インドのシタール奏者のプレーダム・ヘーゴダなどなど、ていうんだから、ホント相当マニアック。これが声優のアルバムかというラインナップ。ちなみに全作詞が川村自身。 「海ニ抱カレテ」はタールの音色の美しいわらべ歌のような天界に流れる歌のような清冽で孤高な歌だし、「夜明けの星の光」はビオラのようなつやつやとしたハイトーンにミスティックな歌詞が幻想的な歌だし、「月夜の子猫」は熱帯の猥雑な夜更の港町を散策するような味わい。 川村自身の作曲である「Beautiful Maongo Tree」は暗喩的で物語調の歌詞が鋭く深い――間奏で狂い鳴る太田恵資のバイオリンも聞きどころ。 和笛・三味線・ウード・ダルシマ・ヴァイオリンの和洋折衷のエチュードに川村のポエトリーリーディングという「月光樹」やシタールとタブラの音色に川村のスキャットという「ウシャスの娘」なんて、まさしくこのアルバムという感じ。 とにかく、エスニックで砂漠でファンタジーでアンビエントで静寂を味わうようなアルバム――ってこれでわたしが気に入らないわけないじゃないの、という。 「没薬は輪廻の香り 幾重のヴェールを透かして暁の女神が忍び込んでくる」とか歌われちゃわたしが見とめないわけにいかないわ、という。 細野晴臣+福沢諸の「マージナル」とまったく同じ路線でこのアルバムを楽しんでしまった私がいたのだった。 このアルバムをもって私は「声優の歌」もそれぞれ、聴いてみるまでわかんねぇ――よな。と思うようになった。とはいえ、率先して聞くということがやっぱりあんまりないので、このアルバムよりよくできている声優のアルバムというのに出会っていないんだけれどね。 ほら、それ以前にアイドル声優ブームが、モー娘。にファンをごっそり持っていかれたのか、90年代末期には完全に収束してしまって、興味の薄いリスナーに届くことがなくなってしまったからさ。 ま、とはいえ、このアルバムはホントよく出来ております。 ♪ ルネッサン ルネッサンス 朝日にけぶる黄金の翼〜 って、お父さん思わず歌っちゃうよ、という。 |