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ゆいこ 「結晶」

逢魔ヶ刻の音楽

(2004.01.26/ワーナー)

1. 雨 2. 架空の空 3. アゲハチョウ 4. Tree 5. 結晶 6. 陸の人よ 7. 東と西の間から 8. セミ 9. HOLLOW CAVE 10. ISOTONIC 11. おやすみオルガン


 04年発売のゆいこのファーストアルバム。
 「傑作っっ」
 一曲目「雨」で思わず快哉。「架空の空」「アゲハチョウ」と続くごとにそれは確信に至った。
 まったく来歴の知らないアーティストだが、これはいいっっ。またひとり、日本音楽界に女怪が現れたなっっ。

 全曲ゆいこ自身の作詞・作曲でアレンジは自身を含め、福島祐子(!!)、書上奈朋子(!!!!)、棚谷祐一、湯浅篤。
 系統分けすれば、多重ボーカルを駆使したアイリッシュテイストの漂うエレクトロニカというところかな。 クラシックを中心とした様々な伝統音楽をPCの中にぐっちゃぐちゃにつめこみ、そこから生まれた新世紀のトラッドソングという感じ。海外ならビョークとかエンヤとかケイト・ブッシュ、日本なら新居昭乃やZABADAKやKyoko Sound Laboratoryなどなど。 とはいえ、やっぱり一番近いのが、二曲のアレンジメントを担当している書上奈朋子の世界。
 綺麗で美しくって癒される――とかなんとか巷間に蔓延る「いやしい癒し系」では決して終わらない力強さ。女性という肉体の生臭さや重み、業が音から感じられるのだ。
 見た目はただの白いキャンパスなのだが、白の下にはたくさんの血が塗りこめられている、という感じ。荘厳で敬虔だが被虐的で、どこかエロスと罪のにおいがある。
 あるいは薄煙の中を手探りで歩くような、危うさと清澄さと、得体の知れない大いなるものへと向かうような感じ。ゆったりとした律動の中でえもいわれぬ何者かが胎動してくる。
 魔の潜む音楽。その歌は、祈りでもあり、呪詛でもある。

 高まった情感がサビで爆発する「雨」「架空の空」の、整然とした美しさと激情の美しさの対比のすばらしさ。
 東南アジア風の妖しげな「アゲハチョウ」では曲想がサビでがらりと変化ながらも見事な調和をみせ、恋とその終わりのメタファーを表した詞とあいまって闇夜の幻想譚のよう。
 タイトル曲「結晶」は賛美歌。切なくなるほどに美しい。一曲がまさしく見事な結晶。冷たく悲しい、絶望とうらはらの希望の世界。
 ビールのCFに使われた「陸の人よ」は平沢進との共作で、タイトルの通りおおらかで大陸的でこれまでとまた違った包容力のある面を見せる。
 ほとんど音波攻撃な「セミ」から「Hollow Cave」「ISOTONIC」へといたる流れは言葉もなく、圧巻のひとこと。このアルバム最大の見せどころなんじゃないかな。
 特に、天使が堕天しヒトになるその瞬間を多重コーラスで表現した「ISOTONIC」はあまりにも美しい。何も云いたくなくなる。ただ聞いて欲しい、としか。遠去かるヴァルハラの音楽を耳にしながらとゆっくりと私たちは地へ向けて失墜していく――。
 書上奈朋子の傑作「Flower and Ice」を髣髴させるこのシークエンスは、甘美な失墜感というか、禁忌に触れる快美というか、人が味わってはいけないたぐいの快楽を一瞬だけ味あわさせてもらえる。

 ゆいこというアーティストのボーカル力の強さ、はたまたサウンド構築力の高さを感じさせる衝撃的なファーストアルバムだ。
 本人がサウンド・プロデュースした「セミ」「Hollow Cave」と書上奈朋子のプロデュースした「アゲハチョウ」「ISOTONIC」の音の感触がとても近しかったので(――例えるなら姉と妹という感じで、目指している方向がおんなじに聞こえた)、もし機会があるなら書上女史と二人三脚でアルバムを作るのがいいな。
 もちろん書上奈朋子レベルの、あたかも修道女のような厳しさと百人の男を喰らった魔女のごとき邪悪さまでは到達していないのだが、この先が是非とも聞きたい。
 詞がちょっと弱いので、ここが練られているともっといいな。うん。今は何しているのだろう――と、調べてみたら、メジャーレーベルでのリリースはこの一枚で終了、このアルバムも廃盤とのこと。
 とほほ。
 もっとアーティストを大切にしてくれよな。ワーナーっ。シングルとアルバム一枚ずつ出してすぐに成果が出るタイプのアーティストでもあるまいに。
 もうね、いち早くメジャーシーンに戻ってきて欲しいですねっ。ええ。熱望。

 スタイリッシュでクラシカルな音の中に、濁った血のように滲み出る女の業とエロチシズムの世界が好きという方は是非。探してでも聴く価値、ありですぞ。

2008.10.09
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