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金井夕子 「BEST」

松田聖子になぎ払われた旧世代の歌手たち

(02.02.20/ポニーキャニオン/PCCA-1649)

1. パステル・ラヴ 2. ジャスト・フィーリング 3. 午前0時のヒロイン 4. ラスト・ワルツ・イン・ブルー 5. オリエンタル・ムーン 6. スリランカ慕情 7. チャイナローズ 8. Wait My Darling 9. 可愛い女と呼ばないで 10. 星と水の物語 11. とけいくメモリー 12. 離愁 13. マヤマヤ・ビーチ 14. Loving You 15. ラストシーン 16. パーフェクトゲーム


 70年代の不遇の実力派アイドルシンガー、金井夕子のベスト盤。 全シングル10曲に、カップリングとアルバム曲というわかりやすい構成。



 70年代末期、女性アイドルポップスは一時、退潮を見せた。
 70年代前半デビューアイドルは、結婚引退や、解散、スキャンダルなどでことごとく失速。榊原郁恵、石野真子、石川ひとみといった当時の新人勢も伸び悩む。 トップの山口百恵だけひとり気を吐いていたが、作品もはやアイドルという領域から大きく逸脱しはじめていた。
 そしてその空いたアイドル枠を埋めるかのように、新人女性シンガーソングライターが次々とヒットを飛ばしはじめる。
 渡辺真知子、八神純子、庄野真代、大橋純子、久保田早紀……。 彼女らの高い歌唱力と洗練された音楽性が、旧来の「ビジュアルはかわいいけれども、音楽的にイケていないアイドルポップス(――当時のその極北が大場久美子だったろう)」を一時、窮地に追い込んだ。
 そこで「スター誕生」のオーディション出身という、その出自においてアイドル王道である金井夕子(――と、そのスタッフ)は、あえて非アイドル的で、高い歌唱力を要求される楽曲、尾崎亜美作詞・作曲の「パステル・ラブ」でデビューすることになる。

 「自分で作詞も作曲もしないからシンガーソングライターじゃない。けれども、可愛さを売りにしていないし、歌唱力が磐石だし、楽曲は洗練されているし、なんかアイドルっぽくない」

 これは、ソロでの再出発をした高橋真梨子(「あなたの空を翔びたい」)や杏里(「オリビアを聴きながら」)でも使われた方法論でもある。ちなみに3人とも尾崎亜美作品でデビューしている、というのが興味ぶかい。 この選択は当時としては、およそベストといっていいだろう。
 アイドルの側から、ニューミュージックへアプローチした歌手のひとりが、金井夕子だったわけである。

 このアイドル歌謡とニューミュージックの混交したあいまいな世界――これが、当時の女性ポップスシンガーのトレンドだった。 前述の渡辺・八神らは当時は、「アイドル」としての人気もある程度持っていたし(――「平凡」や「明星」の人気投票に顔を出すほどに!!)、 79年デビューの竹内まりやらコシミハルなども、今の彼女らの音楽では考えられないかもしれないが、アイドルとしての役割を背負わされていた。



 しかし――このトレンドは、来るべき次の世代への大きな踏み石に過ぎなかった。
 80年、「松田聖子」という偉大なる巨人の登場。
 松田聖子の「かわいくって、高い音楽性」は、すでに死に体であった70年代アイドル勢だけでなく、70年代の擬アイドル的なニューミュージックの歌姫たちも踏み潰して、新たな80年代の地平を築きあげる。
 金井夕子もまた、松田聖子のジャイアントステップに踏み潰されたひとり、といっていいだろう。
 むしろ、金井夕子が、もし松田聖子ほどのビジュアルと、パフォーマンス性、アイドル性を兼ね備えていたら、彼女こそが、「可愛くって高い音楽性」をもった新時代のアイドルになった、のかもしれない。 アイドルポップス側からニューミュージックへのアプローチ、という方法論は、金井も松田聖子も、まったく同じである。作家陣の豪華さも松田聖子と遜色ない。
 事実、平岡正明は、山口百恵の引退時、彼女こそがポスト百恵である、と彼女を絶賛し、期待の眼差しを送っていた。(――が、その役割を担えなかろうことは彼女のポートレートを見れば一目瞭然なのが、悲しい。「可愛く」って、ねぇ、そういうビジュアルじゃないよなぁ……)



 デビューから3曲が尾崎亜美で三部作、その次が筒美京平でまた3部作。その次が細野晴臣→大貫妙子+細野晴臣→山口美央子、とこれもテクノ3部作といっていい感じ。 作家は前述のほか、庄野真代、松任谷正隆、松本隆、阿木燿子、坂本龍一、鈴木茂、島健、近田春夫、糸井重里、後藤次利、といちいち豪華だし、質も高い。戦略も練っている。当時のポップシーンを考えてリリースしているな、という印象を受ける。
 彼女の歌唱も、デビュー時点からおよそ完全にできあがっている。 「午前0時のヒロイン」では、低音をなまめかせる部分が、ほとんど山口百恵そのものになったり、 「スリランカ慕情」ではジュディ・オング張りにゴージャスな歌唱を披露したり(てか、これは作詞の阿木燿子的には、「エーゲ海のテーマ 魅せられて」につづく「インドのテーマ」って感じで作っているよな、ぜったい)、 「可愛い女と呼ばないで」では、山口美央子の歌唱まんまになったり、と、その適応の能力の高さにおどいたりも、するけどもね。 むしろフツーに上手すぎて、フックに足りないという感じすらある。



 70年代後半デビューの擬アイドル的ニューミュージック歌姫は、松田聖子の登場によって、「アイドルとして」の役割は、そこで終えたものの、 とはいえ、コシミハル、竹内まりや、杏里、高橋真梨子など、自身の音楽性にのっとった活動を着実に続け、その後アーティストとして、シンガーとして、しっかりとした足場を作った歌手も少なくはない。
 その面子に金井夕子も含まれてもおかしくはなかったろうになぁ――と、このベストを聞くと、私は感じる。 特に「チャイナローズ」「可愛い女と呼ばないで」などのテクノポップ系との相性がいい。この路線でもっと歌手としてやっていけば面白かったのになぁ。
 五年に満たない歌手活動、ってのは、短すぎるよ。

 「月の浜辺(マヤマヤビーチ)」(岩崎良美)や、「パステルラブ」(松本典子)、「走れウサギ」(コシミハル)など、知名度やセールスの割に彼女の楽曲を後にカバーしている歌手がちらほらあるところなどを見るに、 もったいない歌手、という印象がどうにも強い。
 せめてオリジナルアルバム四枚のリイシューか、あるいは、二枚組でほぼ全曲収録のベスト盤がほしいところ――YMO系も筒美さんもからんでいるから、マニアへの訴求力あるだろうし、そこそこ枚数さばけると思うんだけれどもなぁ。 ポニーキャニオンさん、そこんところ、どうよ?

2006.06.19
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