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沢田研二 「架空のオペラ」


(85.09.21/東芝EMI/CA32-1192)

1.指 2.はるかに遠い夢 3.灰とダイヤモンド 4.君が泣くのを見た 5.吟遊詩人 6.砂漠のバレリーナ 7.影 〜ルーマニアン・ナイト〜 8.私生活のない女 9.絹の部屋


沢田研二って人は、実際は男らしい人なんだろうなぁ、と思う。 頽廃とか、妖美とか、倒錯とか、そういう世界とは無縁で、 真面目で、頑固で、仕事人間で、野球とビールと食べることと友達と説教と冗談が大すきな、俗っぽい おっさんくさい人なんだろうなぁ、と思う。

実際は凡庸で健全な人間なのが、幸か不幸か、 さまざまな才気煥発な人間から熱狂的に庇護され、愛され、ああしろこうしろと指示を受け、 それを受けて「あぁ、こうすればいいのね」、相手の求める「自分」を自家薬籠のものとして、でっち上げて、表現していく―― 沢田研二というタレントの面白さはそこに尽きるのだと思う。 本質的に彼は、「確固たる私」を表現する求道的な表現者というよりも、「客席の望む私」を常に表現するタイプ、つまりはエンターテイナーなんだろうな。

だから、沢田研二は自分の好きな世界を追求するよりも、 本人にとっては、好きでも嫌いでもない世界を、服を着せ替えるように、とっかえひっかえしたほうが似合う。 だから、沢田研二には、きちっと彼をコントロールするプロデューサーがいたほうが面白い、とわたしは思う。

渡辺晋・美佐夫妻、内田裕也、久世光彦、阿久悠、早川タケジ、などなど、 彼をこよなく愛し、彼をプロデュース(――という名で彼を庇護)した人間は数知れないけれども

今回とりあげるアルバム「架空のオペラ」のプロデュースは、沢田研二自身と、大輪茂男が担当している。 大輪茂男は、ナベプロから独立した沢田研二の個人事務所ココロコーポレーションの当時の社長なのだが、 彼は、以前にナベプロに在籍し、沢田の74年のヒットシングル「追憶」のプロデュースをした経歴がある。 てわけで、このアルバムはいつもの「ロックのジュリー」でなく、「追憶」「巴里にひとり」以来久々の「耽美ジュリー」「異国情緒のヨーロピアンジュリー」のアルバム。 もちろんこのアルバムは、かつての「素材」としてジュリーがいればそれだけで成立する≪美少年耽美≫でなく、 40代に手が届かんという中年男の哀愁とやせがまんが入り混じりつつも、 そのむこうにみずからの強い美学が垣間見えるという、沢田研二の実存的な部分にも踏み込んだ≪大人耽美≫の世界にきちんとなっている。

全編曲とほぼすべての作曲が大野克夫(――一曲だけ李花幻こと沢田研二作詞作曲のシングル「灰とダイヤモンド」がある)、 作詞は久々に登用の阿久悠が2曲、松本一起が3曲、李花幻が2曲、高橋研、及川恒平が各一曲担当している。 久しぶりの耽美路線だけれども、それを阿久+大野の旧知のゴールデンコンビが担当している、というのもこのアルバムのポイントかな。

前半部分は、シャンソンテイスト。 時に壮大でドラマチックに愛を賛美したり(「指」)、 あるいは、恋のはじまりとおわりの風景を淡々と描写したり(「君が泣くのを見た」「はるかに遠い夢」)、 沢田研二個人の内に秘めた言葉を暴露したり(「灰とダイアモンド」――≪♪ 好きなようにおやりなさい。叫びなさい。それでいい。思い出だけが友達じゃない≫という部分は事務所を独立しレコード会社を移籍した当時の彼の率直な感情だろう)、 内省とロマンのバランスが程よい。

後半は、異国情緒路線。 詞の「春は〜 夏は〜 秋は〜 冬は〜」という部分が「LOVE 抱きしめたい」の焼き直しのようだけれども、淡々とした曲調に切なさの漂う「吟遊詩人」。 ロマンチックなバイオリンに地を這う蛇のようなパーカス、砂の粒のようなギター、陽炎のような詞が砂漠を幻視させる「砂漠のバレリーナ」。 東西冷戦時代を背景にルーマニアを舞台にスパイの暗闘をサスペンスタッチに描いた「影―ルーマニアンナイト」は沢田研二の詞作で最もすぐれたものだと思う。 「明日の朝 遅くに誰かが見つける 河に浮かぶ ひとつの死体」とみずからの死をもって、ハードボイルドタッチ終わるあたり、カッコいいよなぁ。

沢田研二の個人的な部分と異国浪漫という相反する世界が混交するのが、このアルバムだけれども、これがなかなかいい。 「架空のオペラ」というタイトル――それは、このアルバム前半で暴露された 「スーパースター・ジュリー」という、彼が20年近く仮面を被って演じた舞台のことでもあり、 またこのアルバム後半で展開された、異国情緒でロマンチックな一景たちのことでもあろう。 彼はこのアルバムで一つの仮面を脱ぎ、一つの仮面をまた被ったのだ。

このアルバムは、アルバムが売れない沢田研二にして、『TOKIO』以来のベストテンランクイン作品(――そして現在のところシングルアルバム含めて最後のベストテン作品)となり、成功した。 よって、次作からパーソナルバンドCo-COLOを率いての3枚はこの路線でつきすすむのだけれども、 正直言って、Co-COLOのアルバムはちょっとその路線を追求しすぎたというか、難解すぎるというか、あまりにも沢田研二の私小説じみていて、 無精ひげをのばして、孤独そうな顔で、皮肉たっぷりに毒づく彼の姿は「いつわりのない沢田研二」だったのだろうけれども、ちょっと入っていけなかった。

とはいえ、Co-COLOを解体して『彼は眠れない』で突然派手派手ロックジュリーに回帰するのも、それはそれでめちゃくちゃカッコよかったんだけれども、 年寄りの冷や水じみている部分もあったりして、うーーむ。 一般受けする「おっさんだけれどもエロくて、耽美なジュリー」という意味合いでは、やはりこのアルバムが一番すぐれているのかなぁ、と私は思う。

てわけで、この路線久しぶりにやってみませんか? 沢田先生。 ちょっと小太りの、気難しい、皮肉っぽいくちびるをした初老の歌手が、 愛の満ち満ちた、けれども、ちょっと世間をはすに見ている、シャンソンっぽいロマンチックな歌を歌うわけですよ。 絶対似合うと思うんだけれどもなぁ。

2006.03.31
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