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中森明菜 「I missed "The Shock"」

気分はサイコ・ホラー

(1988.11.1/ワーナー・パイオニア/10L3-4030)

1.I missed "The Shock" 2.BILITIS


不吉な予感の漂うシンセ音から静かに始まる。
外は雨。深更の沈思。

夜が長い1日のせいで あなたがわからなくなっていた
どんなシビアな小説よりも 心はふさぎこむ RAINY DAY

(作詞・作曲 FUCCI QUMICO)――以下同じ


思いに沈むうちに、虚のような、枯れて見捨てられた古井戸ような感情を見つける。

なにも見えない見られない ガラス越しの空
誰にも言えない聞こえない 涙のため息
綺麗なだけじゃ 優しいだけじゃ むなしいだけじゃない

そして思いはいつしか確信に至る。
I missed "The Shock" もう届かない 全てが壊れ始める

もう、崩壊はとめられない。歌は終末へ向かって一気に加速度をあげてゆく。 ラストの「I missed "The Shock"」の連発、ビルの倒壊のようにばらばらと心が剥がれていく様はまさしく圧巻である。
そして最後「Shock!」と明菜はハードに言いきり、劇的なカットアウトで唐突に曲は終わる。
この「Shock!」の瞬間、全てが壊れたのだな、とわかる。

最初はわずかな心の振り子の揺らぎだったものが共振と共に大きな波となり、最後に振り子が振りきれるのだ。
この曲は精神の崩壊の過程をスローモーションで写し取ったようであって、不思議な印象を持つ歌である。

とはいえ、詞中には何もこの歌の主人公の虚無の所在のようなものは何も書かれていない。
何故彼女の心は壊れてしまったのか?
彼女は何に気付いてしまったのか?
そこは描写せずに、ただ淡々と彼女の心が揺り動かされていくその感情の過程だけを淡々と描写する。
ちなみにメロ・アレンジも起伏のない淡々としたフレーズを真綿で首をしめるように重ねていて、効果的であることも付け加えよう。

これは良質のホラーと同じテクニックだな、と私は思った。
良質のホラーは恐怖の原質となるものには言及しない。
何が怖いのか、なんで怖いのか。
「恐怖の実体」そのものよりも、「恐怖の状況」のみを描写する。
――――そもそも「恐怖の実体」というものは得てして知の光にあっさりと駆逐されるものであるから、作り手が愚かでない限り「恐怖の実体」などという種明かしはしないものだ。
この曲も種明かしはいっさいせず、聞き手をつっぱねたまま曲は終わる。

ともあれ、こうした曲をシングルとしてリリースした中森明菜も変わった歌手だ。
当初はB面の「Bilitis」がシングルであったものを急遽A/B面差し替えでリリースしたというのだから、変わっている。
衣装もコンセプチュアルなものに走っていた当時としては珍しく平凡なものだったし。
(記憶に残っているのは金縁の手袋とか、ヨーロッパの貴婦人の肖像がスカートに貼りついているドレスとか……イメージとしては貴族の憂鬱だったのか??)

売上げは「TATTOO」「AL-MAUJ」を上回り、31.1万枚。
しかし、最高位は3位。中森の連続1位記録はここでストップとなる。
長渕の「とんぼ」に負けるのは仕方ないとはいえ、浅香唯「MELODY」に負けるとはなァ。

ちなみに個人的には、リアルタイムでしっかり見た明菜シングルの中でもっとも好きなもののひとつでもある。
ラストの「Shock! Shock!」と首をぶんぶん振りまわすのが、なんか、かっこいいなぁ、と思った11歳。
ちょうど中学受験の頃でさぁ、「ザ・ベストテン」とかリアルタイムで見れなくって。
それで兄弟がビデオ撮ってくれてたのはいいけど、気をきかせて「仮面ノリダー」が始まるとそっちの方録画しやがんの。
私も「明菜は見たいから明菜出るまで『みなおか』に変えなくってイイ」とはまだ、いえなくってさぁ。
子供だから。変な羞恥心あるし。
アイツ、明菜ファンなのかよっ。とか、言われたくなかったのよ。
そんなほろニガの思い出もありつつ。

しかし、やっぱり変わっている曲だな。
作詞、作曲者のFUCCI QUMICO嬢も、この時期の明菜に何曲か提供して以来メジャーシーンでの活動らしい活動はあまり見うけられないけど、明菜の作品を見る限り、ダークで陰鬱で色っぽくて神秘的で近未来なテイストでなかなかの作家だし。
「JIVE」とか「I KNOW 孤独のせい」とか、良い作品、作っとる。
もっとこの人の作品見てみたいのになァーーー。


2003.03.29


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