第1夜 『歪んだ王国』
1.王国
2.会いたくて
3.さよならのペガサス
4.Elfin
5.アーク〜きみの夢をみた
6.悲しみの時計少女
7.落ちてきた少年
8.気づかれてはいけない
9.時計館の殺人
10.HATO TO MAGI
(92.06.03/第29位/1.9万枚/ポニーキャニオン) |
【目次】 1. 出会いは「歪んだ王国」 2. 「歪んだ王国」は閉じてゆく…… 3. 「王国」の完璧すぎるサウンドワーク 4. ボーカルに秘められた被虐的な情念 5. 原罪を虚構に変えて昇華する 6. 「王国」の裏側では殺人が行われる…… 7. 永劫輪廻――「HATO TO MAGI」 8. 愛の妄執を歌った「Elfin」 9. 「悲しみの時計少女」はひたひたと悲しい。 10. 愛は、怖切ない――「会いたくて」 11. 「さよならのペガサス」が遠距離恋愛ソングだとぉっっ 12. 谷山浩子、サウンドメークの変遷 13. 「アーク 〜きみの夢を見た〜」は妹萌えソング? 14. 蟻地獄で浩子さん、美少年一本釣り 15. 男性的感性による谷山ソング――「気づかれてはいけない」 16. 孤独が生んだ傑作「歪んだ王国」 ■出会いは「歪んだ王国」 M :こんばんは、まこりん(以下:M)です。 T :こんばんは、たか(以下:T)です。 M :みなさんお元気でしたでしょうか、久しぶりの対談企画です。今回は新企画・「浩子よ今夜もありがとう」の第一回。谷山浩子の膨大なオリジナルアルバムから1枚取り上げてとっくり語ってみようという企画なのですが、この企画のお相手はたかさんです。 T:どもー、なんだか緊張しています。 M:えーと、みなさん、この人誰?とお思いでしょうが、ずばり、まこりんのリアル友人です。えー彼とは20年来の友人なのですが――だよね? T:丁度20年ですね。 M:小4以来だからね。で、彼とは谷山浩子ファン仲間でもあるんですね。 T :そうなります。 M :てわけで、ちょっとあんた谷山浩子について語っちゃいなよ!と、無理矢理引っ張り出してきました。 T :ジャニーさんぶりの引っ張りぶりで、連れてこられました。 M :YOU語っちゃいなよっっ!――てわけで、今日は遠慮なくずけずけ語ってくださいね。あんまり空気読まなくっていいのでっ! T :読めませんよ! M :読めないのか!んで、まぁ第一回、なんのアルバムがいいかなぁとおもったのですが、ふたりにとって一番思い出の深い、かつ、ファン人気もダントツだろうな、というこのアルバムにしました。 T :いやぁ、緊張…… M :で、そのアルバムのタイトルはなんなんだい ? YOUいっちゃいなよっっ! T :と、いうことで「歪んだ王国」となりましたっっ! M :そうです。 T :実に思い出深いアルバムですね。 M :私がはじめて、発売日買いしたのがこのアルバム。前作「ボクハ・キミガ・スキ」で私はどんハマリしたんだけれども、次がコレで、もう完全に抜け出せなくなった。 T :私が初めて聞いたのは深夜の夜行バスの中という特殊な状況でした。 M :つか、聞かせたんだよね。おれがっっ。 T :そうですな〜。そこから転げ落ちるように谷山浩子道に…。 M :見事に布教成功したわけですよっっ、わたしはっっ(笑) T :ということですっかり布教されてしまったわけです(笑) M :ファンのあいだでも、このアルバムは1、2を争う人気アルバムなわけで、谷山浩子が好きな人がこのアルバムを嫌いなわけないってくらいコアでディープで作りこんでるアルバムなんだけれども。 T :聴き過ぎて飽きちゃった人もいるかもですが… M :そうかねーー? T :まぁ、私は飽きてませんが(笑)。 M :わたしもだっっ!! つか、谷山浩子ってワンアンドオンリーだし、このアルバムはまさしくそのワンアンドオンリー性が如実に結実しているからね。飽きたとしてもちょっと経つとやっぱ聞いていたりする。 T :まぁ、このアルバムの類似性を他に求めてもいないでしょうね。 M :ってわけで、そんな「歪んだ王国」みっちり語っていこうと思います。 ■「歪んだ王国」は閉じてゆく…… M :で、このアルバムの基本データね。 T :お願いします。 M :発売が92年6月3日。 T :15年前ですか・・・ M :オリコンの最高位が第29位で、売上1.9万枚。谷山浩子のアルバムでは売れたほうの部類、かな。 T :29位というのはかなり高位じゃないでしょうか? M :そうです(笑) T :上に28人しか売れた人がいないわけですからね(笑) M :シングル一切ナシのコンセプトアルバムで、おもなテーマは「恋」「時計」「閉じる」だそうです。 T :谷山さんらしい摩訶不思議なテーマですねぇ。 M :閉じられた世界で濃密に恋を歌っている、濃度が高い感じのアルバムかなと思います。 T :えーと、アルバム中全曲恋の歌となりますね。 M :そうですね。後のアルバムで顕著に出て来るメッセージ性もないし。 T :強力な恋のコンセプトアルバムともとれるアルバムですね。 M :うん。この頃谷山さん、こんなこといっているのね。「日常生活のレベルでは決して恋は芽生えない、芽生えたとあなたがそう思ったとしても、それはただの、肉欲を伴った友情・同情のようなものでしかない。非日常の時間・空間でしか、本当の恋は生まれない」っていう。 T :谷山さんらしいですけど、あまりにもぶっ飛んだ見解ですねぇ。 M :だから、非日常的な恋、麻薬のように危険な恋。そういうものを谷山浩子のファンタジー的なメソッドでつくり上げたのがこのアルバムなのかな、と私は思っている。 T :なるほど。そういった谷山さんの考えを無視した一リスナーからすれば、とにかくダークな魅力をもったアルバムの一言に尽きますね。闇を放つ太陽が強大な引力で人の心を惹きつける。そんな魅力をもったアルバムだなと私は思っています。 M :ま、そんなこんなでどんどんと曲についても語っていきましょうか。 T :そうですね、サクサクといっちゃいましょう。 ■「王国」の完璧すぎるサウンドワーク T :で、早速このアルバムの主題曲でもある曲なんですが「王国」から。 M :そうですね、テーマ曲といっていい。 T :一曲目にいきなり谷山ワールドフルスロットルです。 M :六分超えの長大曲で、谷山ファンにも一番人気! T :谷山さんの中では長い曲ですよね。この曲以前だと「海の時間」くらいしか思いつかない。 M :でもこういう長い曲にこそ、当時の谷山の本領が発揮されるよね。ものすごいドラマチック。 T :ですね、壮大なゴシックロマンの恋の歌。 M :一曲がね、ひとつの物語になっている。ギギーっと扉が開いて、ふわぁーーと薄暗い向こう側が見える。で、少しずつ状況が見えてきて――、って。サウンドと詞とボーカルとでゆっくりと物語が見えてくるのね。この辺の構築力とかホントすごい、この「王国」っていう歌。 T :本当に谷山さんは曲に物語を乗せるのが巧みですよね。曲の導入部分とか絵本のページをゆっくり捲るような表現になってる。そして曲が進行するにつれ物語の世界にリスナーをジワジワと引き込んでいく力は谷山さんの独自性を強く押し出しているように思います。 M :そしてサウンドが結構プログレっていうか。 T :そうですかね? M :民族楽器的なものとか。ウワモノで使っているやん。 T :ですね。 M :主にAQさんの打ち込みだけれども。 T :この打ち込みの構成力はAQさんの底力ですよね。アレンジに谷山さんも協力してるけど。 M :AQ時代になってあわられてくるのがこういった第三世界系の民族サウンド。このサウンドメイクあって、「王国」って歌がこの世ならざるどこか彼方の世界の歌になっているって感じはするな。 T :確かに「王国」をピアノソロで表現しろといってもかなり難しいものがありますね(笑)。あと私はこの曲の時間感が物凄く好きです。 M :どういう意味? T :うーん、この曲のなかでは2人だけの時間が物凄く長いというか永遠の時間ですよね。リアルタイムなのに底に流れている時間は永遠の時を感じさせる。そんな部分かな。 M :時間軸から隔離された異界に二人だけいるって感じね。 T :「閉ざされた」王国ですからね。 M :時の迷宮のまっただなか、という。 T :一人の男の子の妄想の時間って感じ。空想であり、妄想でありっていうか…。 M :だから、恋は日常空間では決して発生しないから――。そう谷山さんが言っているからっっ! T :なのですな〜〜。っていうかSMプレイ?(笑) M :拉致監禁? 愛ゆえに鬼畜? みたいな。 T :ストレートというかモロですね(笑)。そして「キミ」のことについては首筋が白いという事以外具体的なことは歌われていない、この辺も主人公である少年の何か強烈な妄執を私は感じます。 M :構図としては「森へおいで」とかと同じだよね。 T :檻の世界を歌い、逃げられない「恐怖」そのものを謳ってるうようにも思います。 M :だからホントこの歌って、いわゆる腐女子とかオタク系に人気で、「歪んだ王国」と名づけられた同人誌をどれほど見たことか――という。エロでもやおいでも大人気です。 T :確かに鬼畜系の作品の主題歌っぽい…のは否めないですね(笑)。 あ、エロで思い出したんですが「ひまわり」を冠したエロを読んだことがあって、ラストに「ひまわり私を隠して」と台詞があって、若干ですが歌詞に沿った内容だったと記憶してるんですが…。 M :そんなものがあったのかっっ。 T :うん、十年近く前の商業誌読みきり作品だったと。まぁ、その辺の話は置いておきましょう(笑) M :で、話を戻すんですが。 T :はい。 M :この歌のさり気に凄いところって崩壊の過程をサウンド表現しているところだと思うのよね。 T :あ、それ凄く共感。最初の少ない音から数が徐々に増えていって中盤のピアノの盛り上がりでドーンと崩れ去る、みたいな。 M :「ふるえてお休み僕の腕の中で」と「翼ある鳥は」のあいだで詞が飛躍するでしょ。 T :ですね。 M :あの間奏が崩壊の瞬間なんだよね。それは詞で表現せずサウンドで語らせているの。アレが凄いな、と。 T :間奏は崩壊の瞬間を奏で、「翼ある〜」以後の歌詞で王国を下界から次々に断絶していく過程を美しく表現してますよね。最後は床に偽りの歌を刻みつけ、まやかしの記録を残し、愛の言葉を囁きながら静かに最期の時を迎える。何故王国が崩れ去るのかは歌ってませんが、そのへんもリスナーの妄想を掻き立てられます。 M :あの間奏、凄い不安感を煽るというか。失墜感のあるサウンドでしょ?終わったぁー―っていう。歪んだ王国、崩壊の瞬間って感じで、あの間奏、私は好きです。コーダは、もう、なんか崩れ去った後で廃墟を前に呆然としているって感じを表していると思う。 T :曲中で間奏をダイナミックかつドラマティックに表現してますよね。 M :つかこの曲はやっぱね、サウンド構成っすよ! 前半部分の今にも壊れそうっていうフラジャイルな雰囲気も凄い緊張感あって素敵だし。 T :ですね。谷山さん美しくも脆そうな声がタイト感を更に盛り上げています。歌い方というか声質そのものも王国の世界の一部なんだなぁと。 M :そうね。 ■ボーカルに秘められた被虐的な情念 M :つか、谷山さんって時々わざと声を震わせて歌うときあるやん。 T :ありますね。 M :「王国」をはじめ「闇に走れば」とか「紙ひこうき」とか――。 T :ちょっと歌謡曲っぽくというかコブシを効かせ気味に歌っていると感じることありますね。 M :情念のこもった歌になると声が震えてくる。あれがね、凄いエロチックというか。 T :うーん、私はエロスと感じず、少女性と母性の間を彷徨っているよな:そんな不安定さを孕んだ女性の美しさみたいなものを感じます。あれはテクニックなんですかねぇ? M :でないかね? よーわからんが。 T :やっぱりすごいぞ谷山浩子(笑)。 M :「鏡の中のあなたへ」とか「夢半球」とか声が震えまくりだもん。 M :古めの曲ですね。 M :うん。中島みゆきとか山崎ハコとおんなじ系統に見られていた時期ね。 T :まだあの頃はフォーキーだから歌い方もあわせていたとか? M :『女の情念です』みたいな。 T :確かに初期の頃は情念こもってる感じはしますね。初期は今よりも全然声のトーンが低いですし、まぁその辺の声質は身体的に成長期っていう理由もあるでしょうしね。 M :つかね、谷山浩子の震え声って被虐的なエロスが濃厚に漂っているのよ。この人、マゾだな、みたいな。 T :マゾですか(笑) M :そういうのにぞくぞく来ているんだな、っていう。 T :でもいつのまにか見守る立場的なというか母親的な歌い方にかわってますよね。 M :だから初期のフォーキーの頃はそういう被虐的な官能を直球でぶつけていたんだけれども――。 T :その時期の歌って、まだ若いというか精神的に成熟されていないですし。 M :そうね。それが橋本一子さんやAQと出会って成長して、客観的に内に眠る情念をコントロールできるようになっていっていった感じ。 T :なるほど、コントロールですか。「静かでいいな」の再発版を聴くと、あれってやっぱり「自分」なんですよね、中心にあるものが。 M :うん。私小説的なんだよね。 T :リスナーに聴いてもらっている意識が凄く希薄に感じます。 M :一方で「ねこの森〜」とか「もうひとりのアリス」とか、虚構を虚構として再現するメソッドもまた谷山浩子はデビュー時から持っていたんだけれども――。 T :うん。 M :それはかなり他人事というか、自分の物語と他者の物語を融合させるところまでは到っていなかったんだよね。ありのままの自分を表現すると「鏡の中の〜」みたいなアルバムになっちゃう。 T :吐き出すだけの日記から読んで聞かせる小説へとシフトしていったってところですね。 M :自分の内にある物語を虚構化してファンタジーめいたものにしてしまう、っていう手法はやっぱり「たんぽぽサラダ」とか橋本さんとの出会い以降って感じ。 T :「たんぽぽサラダ」以降は第三者の眼を通して自分の事歌っているんだろうなと感じる曲は多く感じますね。性愛に限ってって訳じゃなく、こういう恋愛がしたい、自分がこうありたいって言う意識が直接的って訳じゃなく、あくまでも比喩的に表現している。 M :だからこの「王国」もさ、被虐的でフラジャイルな性愛を歌っているっていう面においては初期に限りなく近いと想うのよ。闇だし、淫靡だし、被虐だし。 T :知られたくない自分の闇の部分を曝け出すっていうのはやっぱりエロスなんでしょうね。 M :うん。「知られたくない、でも、知れらてしまう。でも本当は知られたいと思ってるんでしょ ? 」みたいな。自己の存在に対して一番繊細な部分を撫上げてくる、そういう感覚って、エロいやん。 T :だからマゾヒズム的な要素があるとまこりんさんはおっしゃっているわけですな。谷山さんの中でそれが意識化しているかどうかは分かりませんが… M :意識しているとわたしは見た。 T :まぁ、「王国」って物凄く情熱的というか言葉は悪いかもしれませんが、ねっとりと歌い上げてるところがありますよね。 M :でしょ。もう情念ぶつけまくりですよ、谷山さん。 T :そういう願望が強いのかしら ? と勘ぐってしまうところも、やっぱり谷山さん、マゾ? M :や、でも「森へおいで」とか「SAKANA GIRL」は真性サドですよ。『僕は今から君をを食べる』だもん。 T :「森へおいで」はサドソングだけど「SAKANA GIRL」はマゾソングと私は捉えちゃったりしています。 M :そうなん? 心根はマゾだけれどもやってることはサディストそのものだよ。 T :焼かれたい、食べられたいんじゃないかな、と。 M :焼きたいし食べたいんでないの ? あれは。 T :サカナのほうが谷山さんだと私は思ってます。 M :あ、そうなんだ。 T :サカナ『ガール』だし。実は女性の立場で『ああ、これが私への罰なのねっ』『でも食べられることでこの人と一緒になったわ!』みたいな、穿ち過ぎですかな(笑) M :「男をかどわかしてはお魚にしておいしいおいしいと食べている谷山浩子」という小説を読んでしまった私としては男視点としか…… T :ああ、そういう小説があるんですね…。 M :「悲しみの時計少女」。歌手の谷山浩子さんは、売れない歌手のフリして実は真性サドの大変態のシリアルキラーでしたよというオチの素敵な小説です(笑) T :すみません。小説よんでません(笑) M :絶版だしな。 ■原罪を虚構に変えて昇華する M :まぁ、話を戻すんだけど。 T :はい。 M :初期って、その辺の欲望がドロドロのまま表現されているんだけれども「王国」の頃になるとね、綺麗に蒸留されていて、肉欲の臭みっていうのがまったくないのね。むしろ美しい結晶かなにかのようになってて、虚構として、確固として成立している。 T :昇華されていますよね、物凄く。初期の頃って、等身大の自分の眼線だったり、背伸びした女性の眼線だったりしましたけど「王国の」頃ってそれらを超越して俯瞰した眼線で世界を構築している。 M :だからさ。谷山浩子と、凡百のファンタジーっぽい歌い手との最大の違いってここなんだよね。綺麗な世界を綺麗なまま歌っているんでなくって実は言うとものすごい愛憎の深い欲望の渦のような世界を純化して、美しいものにしている。 T :フィクションがフィクションとしてきちんと成立した上でその実内包されたもの実態を、キチンと昇華してるっとことですね。 M :うん。 T :表層だけ美しい言葉で装飾するだけの歌手はたくさんいますねぇ…。やっぱりそういう人の歌は心に響かないし共感もできない。歌に内包された人間の逃れられない性みたいなものがないと。 M :とはいえ、人の心の奥底に眠っている澱みたいなものを、吐き出す――それだけだと私小説でしょ? T :うん M :谷山浩子はそのさらに上を行って、エンターテイメントにまでしている。しかも一見それとは真逆のようにまで見える美しいものにして――。だから、谷山浩子の美しい歌っていのは、まさしく蓮の花みたいなさ、泥沼だからこそ咲く華なんだよね。だから強いし、何者にも負けぬオリジナリティーがある。 T :結局谷山さんって、人間の原罪みたいなものを歌で表現しているんですよねぇ。人の持つ本性というか、どうしても切り捨てられないもの。だからこそ他者が深いところで共感できるんじゃないかなと。しかし、まこりんさんの評論は的確すぎですよっっっ! M :なんでよーー。つかも――今回は「王国」を語る、でいいよね。 T :そうですな。ってか谷山自身さんを語るになっちゃってますが(笑)。 M :まー、でもこの時期「恋愛とファンタジーはおんなじ」ってよく谷山さんはいっていたんだけれどもそれが見事に融合されたアルバムになっているなと、このアルバムに関してはつくづく思う。ファンタジーというガジェットを使って、性愛のあらゆる愉しみとその業を表現しているな、と。 T :熱の篭った評論中ですがこれだけは言わせて欲しい! M :どうぞ。 T :最後の綾辻ボイスは如何なものか! M :えー。わたしはあれはあれでいいと思う。素人クサイ感じが(笑)。 T :素人クサイ感じとかは全然いいのですよ!ただあれだと、『王国の少年』=『綾辻さん』になってしまう……。 M :はははは。そだね、たしかに。 T :「綾辻さんになら抱かれてもいいわぁ〜!」って人ならいいですがそうでない人は…。 M :じゃ、対・小野不由美にはそれでいいと。 T :旦那さんのソウルフルなボイスに酔いしれて頂きたいものです。 ■「王国」の裏側では殺人が行われる…… M :まぁでも、「王国」「Elfin」「気づかれてはいけない」「時計館の殺人」は同じ世界を歌った歌だと――。 T :え…。 M :四つで一つの物語になっていると、谷山さんいうてますので。 T :そうだったんですか……。 M :そうみたいよ T :全然別の話じゃん! M :作者がそういってるんだからっっっ! T :パラレルワールド連作って感じですかね? M :同じ世界を違う切り口で見ると――っていうそんな感じっぽいよ。 T :藤子・F・不二雄先生の世界と共通するところがありますね。世界を切り取って別の切り口で見るって、F先生の得意技ですし。 M :時計という罠にはめられて時間の牢獄から出ることの出来なくなった恋人たちの歌みたいです。 T :あー、なるほど。 M :だから、これらの歌は永遠に無限ループするらしいです。「王国」も毎晩毎晩、恋人の体を焼き続け愛しい恋人を何度も殺して何度も殺して、でもこの世界から出られないという歌らしいです。 T :嫌な輪廻ですね(笑) M :だからあの「偽りの愛の歌」ってのは、あれは『振り出しに戻る』なんですよ、実は。ラブラブだった頃に、また戻りましたみたいな。でもまた王国崩壊で恋人殺します、という。 T :でも最後は殺さなきゃいけないんですね。 M :そう。それが時計が一回りするたひに繰り返される。 T :ということは「時計館の殺人」は重要なファクターなのですね。 M :そうですよ。「王国」の真裏にあるのが「時計館の殺人」と、谷山さん言ってますもの。 T :時間が砕け、二人の記憶も飛び散る。ここで回帰が始まるわけですな。 M :「この夜が明けぬように、この恋が果てぬように」という想いと裏腹にあるんですよ、「王国」の世界は。 T :恋が果ててはいけないから「王国」に閉じ込める…。 M :時間の牢獄という王国にね。しかし「王国」でもやはり終わりの時がやってきてしまう、という。だから時計館では毎夜殺人が行われる。 T :ホント輪廻ですね。次元の歪みにポツンと落ち込んでそこから抜け出せない。永遠に抜け出せないから恐ろしいんだけどそこが逆に世界を美しく飾り立ててる。まぁ「時計館の殺人」は:綾辻さんの小説と合致しすぎてリスペクトしたイメージが強すぎるのですよねぇ、私の中では。 M :そうだけれども、まぁ、せっかく綾辻さんが詞書いてくれるいうんだから谷山サンだって合わせるでしょう、そこは。 T :でもホント巧く合わせてますよね。歌詞に対しての曲の演出が見事すぎます。 ■永劫輪廻――「HATO TO MAGI」 M :このアルバム、やもすれば「王国」ですべて語られてしまいがちですが全体のうねりも素晴らしいですよね。曲の流れが心地いい。 T :うん、非常に良く練られた曲順だと思います。波があるのに纏まってるというか。 M :リリカル・切ない系もね、いい位置にあるんだよね。 T :王国以前のアルバムって言葉は悪いですけど結構ぶっきらぼうな並び方に感じるんですよね。コンセプトアルバムは別としてですが。 M :ちょうど縞模様のように怖い歌・爽やかな歌になっていて、でも全体のトーンとしてはダークネス、という。 T :アルバムの最後を「HATO TO MAGI」で締めるわけですが音全体もですが最後にブツッと曲が切れるところとか『あっ、レコード終わった』という表現が宴の終焉のような一抹の寂しさを孕ませて、あぁ、終わってしまったんだなぁというのを凄く実感させる。締め方上手だなぁ〜と思うわけです。 M :なんかこう、邯鄲(かんたん)の夢という感じもするよね。『これは真夜中に見た一瞬の悪夢でした』みたいな。はっと起きて『ああ、夢だったのか』。:そして背後では時計がボォーン、ボォーンと鳴っているという薄暗い感じの締め方。また眠りにつくと「王国」が始まるわけだ。 T :なんという終わらない悪夢…。フレディよりタチが悪い(笑) ■愛の妄執を歌った「Elfin」 M :あと萌え語りたい曲といえば。 T :萌えですか ? M :「Elfin」は ? T :萌えですね。 M :触れてはいけなかった禁忌に触れてしまったというこの恐ろしさ。たまりません。 T :妖精のかわいい(かどうかは知りませんが)男の子の恐ろしい物語。萌えです。 M :これも人の心に眠る原罪意識を寓話化した傑作かと。 T :初めて聴いた時、恐ろしさに背筋が凍りつきましたよ。 M :これもサウンドがダイナミックだよね。やばいやばいやばいぞ、うわわわわぁぁ、っていう、盛り上がり方です。 T :最初に囁くような声で静かに語るように歌って、中盤に魂が叫ぶような声でがっちり盛り上げて、最後にまた囁くような声で終焉を語るように歌う。もう、たまりませんね。 M :コーダのピアノが怖いよね。じゃらんじゃらんって。あとネコのバイオリンの狂い弾き。 T :最後のパチパチ燃えるSEとか、その辺の芸も細かいですよね〜。 M :ああ、もうダメだ、取り返しつかない、っていう、その過程がサウンドと詞・ボーカルで見事に表現されとる。 T :4分という短い時間のなかで、ここまで物語を構成する曲も本当に珍しい。それが谷山マジックなのか?! M :そうです。イントロの森の中静かに分け入ってくと……って感じも凄い的確だしね。 T :「鳥篭を胸に抱いて これがボクの愛だという」そのあとの切ない歌詞の後の切り替えし。 M :そこ怖いよねーー。ずかーーーん、って感じ。骨なのかよ、気づけよ。 T :曲中の最大の盛り上がり部分ですね。気づかない、何故気づかないのか。そこが怖い。 M :これっていわゆる愛の妄執だよね。 T :ですね〜〜〜。 M :死んでしまった恋人を生きてると思い込んでエッチしつづけるっていう説話が「雨月物語」の中にあったけれども。「青頭巾」。あれと同じ世界。 T :結局人間の食べ物を投げ込んだのは誰だったんだろう?気づかないだけで自分で取ってきたものなのか? と、色々妄想してしまいます。 M :そのあたりの核心を語らないんだよね。谷山ソングって。あんまり整合性とか求めていない。いきなり色々飛躍する。 T :聞き手に妄想というか遊ばせる部分と私は捉えています。 M :そうね。 ■「悲しみの時計少女」はひたひたと悲しい。 M :あと「悲しみの時計少女」。これもね〜〜、罪の匂いがヒタヒタと匂って、すんごい怖い。何も語られていない部分がものすごく恐ろしい感じがして。 T :恋人の死体を弄んで、口の端を上げてニヤリと笑う少女。私の中ではそんなイメージの曲です(笑) M :やーーん。なんですかそれ。 T :まぁ、私の変な妄想は置いておいて、一つ疑問なんですが、「モノは言わないコイビトだけど あの人だけは知っている」時計がコイビトであの人って誰何だろうって感じです。 M :うーん、まぁこの歌は、小説「悲しみの時計少女」参照って感じです。 T :って、絶版じゃないですか・・・(笑) M :ははは。「時計少女」ってのは誰のことだったのか、という小説のオチに関する曲でもあります。 T :私も含め読んでいない方は復刊ドットコムに期待しつつ、古書店巡りでもしましょう(笑) M :破滅の予感を漂わせながらも、そこにある切ない恋心が、あー、もうだめ、怖くて可哀想って感じですよ。 T :音もいいですよね、アコギのシンプルなメロディーラインから入って、ネコさんのバイオリンや打ち込みでしょうけどアコーディオンの音が入り――。 M :ってこのアコーディオン、生音だよ。cobaさんが演奏している。 T :ありゃ、cobaさんごめん。とはいえ、このサウンド、決してうるさくはないんだけど音が結構入り乱れてて、怪しいカーニバルを見ているような気分になる。谷山さんの歌い方も乙女に徹してますし、その辺もステキです。 M :ジプシーの哀感的なヨーロピアンサウンドに、谷山の狂気の世界が見事に重なり合っているよね。 ■愛は、怖切ない――「会いたくて」 M :で、次に「会いたくて」なんですが。 T :良く言えば情熱的な恋歌ですね。 M :よく言えばねぇ……。これは「ボクハ・キミガ・スキ」「電波塔の少年」ともに"僕の片想い三部作"ってことに私にはなってます。 T :切ない三部作ですね(笑) M :この、谷山浩子の"僕の片想い"シリーズってさ。ただ好き好き好き好きってだけで、その先の展開、なにひとつこの子考えていないな、ってところが私は好きです。なんかもう、結婚とか家庭を持つ、とかそういうドメスティックな方向性がまったくないんだよね。 T :まぁ恋歌ですし、そういう現実から乖離された曲もないと面白くないんじゃないかと。浮世から離れた世界でこそ癒されるってこともあるでしょうし。 M :つかいっそセックスもしないんじゃなかろうか、という。『なんかもう、そこにいればいい』みたいな。『あなたにそこにいて欲しい』みたいな。 T :まこりんさんの言葉を借りますけどこの片思いシリーズってやもすると強烈なストーカーソングですよね。 谷山さんファンはあまりそう取らないかもしれませんが、谷山さんを聞いたことが無い人が聞いたら絶対そう思うはず。 M :つーか、谷山センセーの歌なんて、みんな思いつめたストーカーソングみたいなものですよっっ。 T :まぁ、そういう作品多いですよね。 M :日常生活でやらかしたら完全に引くような歌ばかりっ。 T :後ろに手が回りそうなモノが多いのは事実ですね(笑)。でもそこに魅力があるのもまた事実なんですよねぇ… M :つか恋愛ってさ、そもそも相手がそれを求めているのであれば成立するけれどもそうでなかったら犯罪:っていう行動多いじゃん。どんなえっちも合意でなかったら強姦罪、だし。 T :そうですね、恋愛行動と言い切れるか微妙ですが、SMなんてその最たるものじゃないでしょうか。 M :恋愛における行為そのものがさ、身体ともにビビットにこちらに迫ってくるものだからある意味、危険行動なんだよね。それを純化させていくと、エロスとタナトスじゃないけれども行き着く先は死、という。 T :それは大袈裟なような…。 M :大袈裟でイイのッッ。谷山ソングが大袈裟なんだから。 T :まぁ、愛している人を究極的に手に入れるには、愛した人をその手で殺して他者に渡さない。永遠に自分の中で生かし続ける、という行為も無いわけじゃないですし、あまり大袈裟って事はないのかな〜。 M :や、大袈裟ですよ(笑) T :やっぱり(笑) M :とはいえ、そういう恋愛の純粋さとうらはらの危険さを常に孕んでいるのが谷山浩子の恋歌だな、と。「会いたくて」なんか聞いてるとよく思う。愛って美しければ美しいほど怖くって、そして切ないんだな、と。 ■「さよならのペガサス」が遠距離恋愛ソングだとぉっっ T :で、次。「さよならのペガサス」なんですが。 M :はい。 T :やっぱりコレは『自分は死んじゃったけど、生きているキミを守るよ』って、恋人に捧げる切ない歌と捉えてよろしいでしょうか ? M :そういう解釈も可能だよね。わたしはこれは「銀河通信」なんかの系譜かなと思っている。『世界を隔てていても、想いが私を強くする』みたいな。SFファンタジー的な雰囲気も被っているしね。 T :なるほど、でも『空を駆ける』とか『星』とか死を暗示させる言葉も多数ありますよ ? M :あるけどねっっ! ただまぁ、これ、アイドルへの提供曲なので天空系のキーワードを散りばめた遠距離恋愛ソング ? という解釈の余地も残しとかないと――。 T :言われてみればそんな感じもするけど。 M :『ペガサス』=『新幹線』。みたいな ? ユーミン様の「シンデレラ・エキスプレス」に対抗して ? みたいな ? T :確かにどっちもボディーは白いですけどっっっ。まぁ、リアル恋愛ソングならその解釈もありかなぁ〜。今日初めてそういうのもあるかって思いました。 M :思い付きだけどなっっ。 T :思いつきかよっ ! M :はい。これはもうキッパリと(笑)。 ■谷山浩子、サウンドメークの変遷 T :ってかこの曲も導入のピアノイントロにもうバリバリにやられちゃってる訳ですけど、もうちょっーーーーーっと、中盤のシンセ少なくしてピアノメインでもよかとじゃないですか ? って思うのですが。 M :谷山先生に対してご注文ですかっっ。 T :えー。むしろ逆、谷山さんのピアノが好きなんですよっっっ。 M :えーと、この曲はアレンジが倉田信雄さんでー。 T :あれ、AQさんじゃなかったでしたっけ。 M :違います。倉田さんは94年版の「夜のブランコ」とか「SORAMIMI」のアレンジなんかもしているけど。 T :その2曲は大好きなので知っています。 M :あまり谷山さんのメインストリームの人じゃないね。中島みゆきとか、どっちかっていうとそっち系統の人。 T :結構ベース音が耳につくアレンジですよね。 M :あぁ、そうだね。ベースがぼこぼこ言ってる。でも谷山さん、ベース大好きだから仕方ないっ。 T :それは仕方ないですね(笑)。 M :気持ち悪いフレットレスベースの音とか大好きだから、谷山さん。 T :谷山さんジャズも好きですしね〜。 M :そうそう、アレンじゃーの話が出たのでついでに言っとくけど。 T :はい。 M :このアルバムって「AQ+谷山」のアレンジはたった三曲なのよ。この時期にしては意外と少ないのね。 T :! M :「王国」「あいたくて」「落ちてきた少年」これのみです。 T :「悲しみの時計少女」はAQさんっぽいと思うんですけど違ったんですね。 M :違うんだなーー。 M :「eifin」「アーク」「時計館の殺人」が斉藤ネコさんアレンジで、「気づかれてはいけない」「悲しみの時計少女」がベーシストの渡辺等さん。で、「さよならのペガサス」が倉田信雄さん、と。 T :うはぁ、豪華なんですねぇ。 M :「水玉時間」以来かね。ここまで色んな人がアレンジしているのは。 T :「ボクハ・キミガ・スキ」はフルAQさんでしたっけ ? M :いや? 4曲がネコさんアレンジだよ。 T :あれぇぇ?? この時期はネコさんもアレンジ参加多かったんでしたっけ…。 M :うん。「私を殺さないで」「海の時間」「心だけそばにいる」「パジャマの樹」これがネコさんアレンジです。ネコさんのアレンジ、この頃多かったのよ。ストリングス系が前に来ているアレンジはネコさんが編曲しているのが多い。 T :最近はアルバム内でもバイオリン全然演奏してくれないのにぃ・・・。 M :だってーー、わりとビックネームだしぃぃ。 T :そうだよねぇ・・・ M :ネコさん、色んなところで弦弾いてるもん。 T :アタゴオルで嫌われちゃったのかしら? M :んなわけないっっ! T :うははは(笑)。 M :ただまぁ、アレンジャーが違うからどうこうって感じじゃないんだけどね。この頃の谷山さんって。 T :どの曲も谷山色を出してるのは確かですしね。 M :そうね。それに演奏している面子は基本あんまり変わっていないしね。いつも谷山がピアノ弾いてAQがシンセやって――って。 T :それはここ10年くらい ? M :や、むしろ、橋本一子以来 ? 25年くらい? 割といつものメンバーがとっかえひっかえ、みたいな。 T :んじゃ、完全2人固定でやってるのって割と新しいんですね。 M :うーん。まぁ、今でも色々とゲスト参加はあるので。 T :まぁそうですね。 M :「しまうま」以降、けっこう二人がカッチリ、っていう傾向がちょっと強くなったけどね。 T :丁度音全体がシンプルになってきた頃ですね。 M :うん。 T :まぁ、個人的にはその頃からの谷山さんが超好きなわけですが。 M :えーー。そうですか? T :うん。 M :わたしは比べるとしたらこの頃のが好きかも。今も充分素敵だけどね。 T :まぁ、聞いていた時の心理状態で好みの曲も変わったりしますし。 M :私の場合、近年の作品には、これは打ち込みとピアノだけでなく、もっと分厚い生音でやったほうがってのもあったりします。 T :うーん、私はシンプルにピアノと歌だけっていう構成が好きですし。ここは好みの差がでるってとこで。 M :まー、谷山さんなら、なーーーーんでもいいんだけれどもね。ぶっちゃけ(笑) T :谷山さんラバーにはそうですな(笑) M :ってわけで、アレンジの話は終わりっっ。 ■「アーク 〜きみの夢を見た〜」は妹萌えソング? T :んじゃさくっと次。「アーク 〜きみの夢を見た〜」に移っちゃったりしますが、実はこの曲苦手だったりします…。 M :なんでーー? 爽やかだから? T :谷山さんの爽やかソングのなかで一番ダメかも。メロディーがわりともっさりしいる+ストレートな歌詞が。 M :谷山先生に喧嘩売っているなっっ。さては。 T :いや、決してそんな訳じゃないんですが(笑) M :でもまぁ、一曲くらいさわやかなの入れないとっっ。お汁粉に塩をちょっと入れる感じで。爽やか成分を入れたことによって陰惨ソングがより引き立つ、みたいな。 T :何かこの曲がこのアルバムから浮いちゃってる感じなんですよねぇ。私の中では。 M :でも、「アーク」みたいな歌うたう、ちょっと乙女はいってます、って感じのシンガーソングライターっていっぱいいるやん。誰とは言わんが。 T :誰ですか? M :言わないっつーのっっ。 T :まぁそれはそれで置いときますが。この曲が天空歌集あたりに入っているならなんとなーくわかるんですが…。 M :そうね。「天空歌集」の「三日月の女神」とトレードしましょう。 T :「光る馬車」でお願いします。 M :あぁ、それでもいいね。 T :爽やかが過ぎると毒になるって暗に谷山さんはいってるでしょうか ? M :や、だからお汁粉の塩ですよ、これは。 T :引き立て役ですか。 M :「会いたくて」の男の子が、表面では「アーク」みたいな感じかと。『君を守るよ』とかいってる子が実はただのストーカー、みたいな。 T :それは怖いですな(笑) まぁこの曲も結局報われない恋ってことですね。 M :うん。爽やかな上っ面だけれども実はドロドロかもよ、という余地はある。 T :余地どころか、ドロドロな気がします。 M :とはいえ、この歌は水沢めぐみってリボン系の少女漫画家のイメージアルバムに入っていた歌なので。 T :「姫ちゃんのリボン」の作者さんですね。 M :うん。だから、ここは額面と折り爽やかに受け取っときましょう。 T :うーん、ただ、なんというかオタ的というか同人的な捕らえ方をすると「実の妹に恋した兄の歌」みたいなーー。うぁぁぁぁ、恥ずかしぃ…自分でいって……。 M :『おにぃちゃんっていわれたい』というキモオタさんの願望を歌にしているとも確かにみてとれるな。 T :ま、わたしがキモオタさんとも言えますが。まぁ、これ以上は醜態晒すだけになるんで次の曲を(笑) M :もうすでに晒してるから気にすんなっ。 T :フォローになってないよ……。 ■蟻地獄で浩子さん、美少年一本釣り T :んで「落ちてきた少年」なんですが。 M :これは蟻地獄の歌だね。『谷山浩子、美少年一本釣り』っていう。 T :ぬはは。ジャストすぎる言い方。これはさっきも紹介されてたAQのサウンドアレンジですね。 M :はい。まぁこのピコピコ打ち込みはAQさん以外のなにものでもないかと。 T :AQ節全開というかAQさんの本領発揮? みたいな。こういうコミカルなテクノポップ系の曲って私、以前はかなり苦手だったんですけど今は外せなくなっています。というか「ボクハ・キミガ・スキ」以降のアルバムに欠かせなくなっている曲調ですね。 M :結構見落とされがちなんだけれども、谷山浩子ってサウンドがテクノだよね。フォークでも歌謡曲でもエスノでもビートリーでもあるんだけれども、テクノ要素も実は濃厚。 T :そうですね。 M :谷山さんって「ねこの森〜」の時からシンセ弾いてるし、結構打ち込み系に対する親和性が高い人なんだけれども、その辺わりとテクノポップオタからはスルーされるのが納得いかんっっ。 T :全部が全部そういう曲なわけじゃないですから(笑) M :そうだけど、「風になれ」のアルバムバージョンとか「地上の星座」とかけっこう当時にしては斬新なテクノアプローチしているのにぃっっ! T :でもシンセを前面に出してるわけじゃないですし、楽器の一部って印象がつよいかなぁ、谷山さんのシンセって。 M :まぁね。 T :この曲をシンセでやりたいっ! って言うんじゃなくてこの曲を表現するにはシンセがいいからシンセを使っただけという匂いを感じます。 M :そうなんだけど。ゆえにそれだけこなれているってことだと私は思いますがっっ! ツールとして使いこなしている、という。だからこそ凄いんだと私は思いますがねっっ! T :ですなーーーー。谷山さん、センスの塊みたい。 M :冷静なサウンドプロダクションが出来てるってことでしょ。当時のテクノポップって結構無茶な曲も多かったからさ。『これ打ち込みしないほうがいいだろう』みたいな。 T :YMOを超えようと必死だったんですかねぇ〜。 M :まぁ細野さんとか御本人も無理していたけどな。これはテクノにしなくていいだろと、今振り返るとそんな歌もちらほら。 T :ま、詳しいことは割愛しますが、つか私も知らないし、で、歌詞についてなんですが。ヒロコさん『帰れなくなったらいつまでもいていいよ』っていうけど、これ、帰す気無しだろっ! M :ないね。つかむしろ『帰れるものなら帰ればいいけどよ』みたいな? 居直っている感すら。 T :『だってここは私の空想の星』ですもんね…。 M :これは「手品師の心臓」と同じ系譜だよね。 T :ですね。 M :手品師が『引っかかった人』視点だとしたら、これは『引っ掛ける人』視点。 T :曲調はどっちもポップだけど「手品師の心臓」の方は歌詞も怖いですね。 M :うん。 T :でっかい目玉だけの頭を持った手品師がシルクハット被って紳士な振る舞いをする映像がどうしても思い浮かぶ。 M :それは一体何のイメージ? T :まぁ、そんな意味不明な私のイメージは置いておいて、無限回帰っていう点では「落ちてきた少年」と「手品師の心臓」って共通の世界観ですよね。 M :うん。これもさりげにアイドルへの提供曲なんだけれども、こんなものを提供するんじゃないっっ、谷山さんっっ。 T :誰が歌ったんですか? M :杉本理恵っていう超マイナーアイドル。 T :ポップではあるけどアイドルが歌うにはちょっと微妙な気もしなくもない(笑)。 M :微妙すぎるよ。ちなみに「さよならのペガサス」を歌ったのもこの人です。 T :なかなか面白い組み合わせですねぇ。あくまで谷山さんファンの視点ですが(笑) ■男性的感性による谷山ソング――「気づかれてはいけない」 T :んでは、そろそろ「気づかれてはいけない」に移っちゃうワケですがこれは綾辻先生の作詞ですね。 M :はい。 T :これはちょっと綾辻先生に一本とられちゃった曲です。 M :そうですか? T :もうめちゃくちゃ歌詞好きなんですよ・・・ M :わし、この曲印象薄いわ。ぶっちゃけ。 T :えーーーーーーーーー? 本当??? M :うん。 T :曲のサビ部分導入の盛り上がり方とか、すっごくカッコイイじゃないですか。 M :うん。それはいいと思う。てか、サウンドはいいと思うよ。ただわたしはこの詞がねぇ……。ここはオブザーバーになりますので、萌え語ってみてください。 T :いざ萌えて見せてって言われると非常に萌えにくいのですが…。 M :いやいや、ガンバって萌えなさい。 T :うーん、歌詞全体に渡って凄く緊張感というか緊迫感漂う言葉が散りばめれてそれに付随するようなタイトなサウンド。 M :うん。 T :得体の知れない何かに狙われているような不安感。ホラー映画のワンシーンを切り抜いた鬼気迫る恐怖がたまりません。 M :まぁ、綾辻センセですしね。 T :純粋な結晶に触れてはいけないっていうアプローチは谷山さんも結構良くやっていると思うんですが。 M :そうですね。 T :綾辻さんが書くとこんなにも印象が違うものなのかなと。尖ったような荒々しさみたいなものがとっても新鮮なんですよね。『男らしさ』みたいなところを感じるといった方が近いかな? M :あぁ。確かに谷山リリックにはない男っぽさはあるね。 T :間奏部分のバイオリンとギターの掛け合わせもカッコイイですしね。まぁなんて、谷山ロック!って感じで。こんなところでいかがです? M :中間部の唐突な弦の咆哮とか、なんかこうバタバタあれ狂うあの一瞬がいいなと、私は思います。 T :今までに比べて随分簡素なお答えで。 M :や、わたしはスルーなんだってこれは。 T :分かりました(笑) ■孤独が生んだ傑作「歪んだ王国」 T :んで、いきなりこのアルバムの総括なんですが「95/100ラバー」です。 M :なんだよそりゃ。つか、100じゃね―のかよっっ! T :自分の中のラバー度点数100/100は別にあります!とはいえ、かなり高ポイント! M :満足しました、と。 T :そりゃ谷山先生のアルバムで満足しないものはありません。美味しいヒレカツをお腹いっぱい食べたときと同じくらいの満足度です。 M :シランガナ。って真面目な話をしますが、いわゆる闇の部分をテーマにしたアルバムとしては、このアルバムが谷山浩子の頂点だったかな、と私は思います。心の闇を生々しく私小説的に表現した傑作「夢半球」が79年にあって、それが磨きぬかれて美しい虚構になって「歪んだ王国」になったという感じ。橋本一子との出会い以降の経験値の差が「歪んだ王国」と「夢半球」の差かな、と。 T :では私も少し真面目に、一曲一曲が一つの物語の形を成すっていうのは谷山さんの作品の大きな特徴だと思うんですが、その物語一つ一つが今までの作品に比べて深みを増したアルバムだなと思います。歌詞の部分がより物語感を増したていうだけでなく、一曲を構成するピアノやシンセ、弦の音一つが物語を展開させる為の重要なピースになっている。もちろん今までがそうじゃなかった訳ではないんですが、歌詞にに対しての音の絡み方がより一層複雑になって曲全体の厚さがより増したアルバムだな、と私は思います。 M :あと、アルバムトーン全体がここまで現実否定で突っ走っているアルバムって谷山さん中ではこのアルバムくらいでしょ?これ以降になると、どっか現実回帰的な救済を最後に与えている。 T :そうですね。このアルバム以前だと、まだ迷いみたいなものを感じなくも無いですし、以降からは逆にアルバム全体のまとまりが良すぎて安定し過ぎちゃってる感がありますね。 M :だから谷山浩子がひた走っていったある部分の極北が、このアルバムには集約されているな、と。 T :過去からの到達地点ですか。 M :「恋愛はファンタジーである」という谷山浩子のライフ・テーマを基盤にそれが反社会を突き抜けて、反世界・反宇宙的にまで到達したのがこのアルバム。谷山浩子の耽美主義の最たるものがこのアルバムだな、と。『暗闇が人を癒す時がある』『孤独が人を癒す時がある』『悪意が人を癒す時がある』。そういう人のネガティブな部分を美しいひとつの世界に仕立てあげたっていう、そこがこのアルバムの凄いところだな、と思う。全体の感想としては。 T :もうアルバム寸評通り越して谷山さんの分析論みたくなっちゃってますね(笑) M :とはいえ、このアルバム、素晴らしい作品ではあったけれども、この路線を突き抜けていったらそれは恐ろしいことになっていたなぁ、とか私は一方で思うのですね。 T :突き抜けた先に待ち受けるは闇…ですか? M :この先の道にあるのは、やっぱり破滅だと、私は思うんだよね。 T :それは谷山浩子というアーティストが、癒しもあるけど、根幹の部分では破滅ありきの人だからでしょうか? M :うーん。この時期まではそうだったのかも……。というかですね。この時期までの彼女は、怖いというか…自殺しかねない、なにかとんでもない犯罪をしかねない、それを歌で吐き出してようやく自分を保てている、という、そういう部分もあったんじゃないかなと、私は思うのですね。『精神安定のため、心の澱を排泄するように歌を作る』って感じのこと、よくこの頃言っていたもの、谷山さん。 T :心の闇を吐き出しきって次のアルバムに移ったと。そして次の「天空歌集」では一転して救いになったと。でもそれは谷山さんの私生活で何かあったから以降のアルバムでは救いができたって感じなんでしょうかね。 M :まぁ、実際そうだとわたしはおもうんですがっっっ。てか、谷山さんが今の旦那さんと出会ったのが93年で「天空歌集」の頃なのね。で、「銀の記憶」の頃に婚約、「漂流楽団」の頃に結婚という流れです。 T :生活が性質を変えるとね。それにしても分かりやすい流れですな。 M :うん。谷山さん、割と素直です。そのあたり。今の谷山浩子って、フォーク時代も80年代もこの時期のも、全部の要素が混在しているでしょ。 T :そうですね。清濁あわせているけど、それが一つの纏まったアルバムになっていると思います。……ってことは、「歪んだ王国」の頃は割とぼろぼろの生活だったと? M :ボロボロというか、現実が現実でなかったというか。ニンゲンとしてニンゲンを見ていなかったというか。 T :永遠の夢見る少女が顕著だったわけですな。 M :「二人目の人類」が顕著やん。『今の旦那さんに会うまで、この地球にはわたししか人類はいなかったんだよ』っていう。 T :「Miracle」でも似たようなこと歌ってますね。 M :谷山浩子さんは無間地獄のような孤独を、生まれてからこの「歪んだ王国」の時期までずっとひきずっていたんじゃないかなと…。だからこの「歪んだ王国」は唯一無比でよかったなあ、っていう。 T :谷山さんの孤独の結晶とも取れるわけですね。 M :まぁ、そんなアルバム(笑)。以降このままずぶずぶと行って、あっちの世界に飛ばずに中井英夫や渋澤龍彦にならずによかったね、という。 T :谷山浩子は永遠の幻想の住人にはならなかったと。 M :うん。これ以上いったらやばいねというギリギリ感がこのアルバムの魅力だと、私は思うもん。 T :漲る緊張感がたまらないわっ!みたいな。 M :うん。崖っプチのスリル。 T :ジャケットの色調も藍色と白を基調にしてダークでクールですし。写真部分にソフトフォーカスかかっていますけど全体を通してみると引き締まった緊張感あるものに仕上がってますしね。 M :うん。だから「天空歌集」以降の転向を含めて、やっぱエポックだったな、と。もう二度とこんなアルバムは作れないだろうし。このアルバムを踏み台にしてさらに谷山浩子は成長したけれども、やっぱ、谷山浩子の歴史において重要な一枚だな、と、――って感じでまとめましたが。 T :いや、素晴らしい纏め方です。 M :じゃ、なんかタカさんも一言あれば。 T :谷山さんの最高傑作!聴くならこれから聴け!ってトコで。 M :えーーでも、「ボクハ・キミガ・スキ」も「宇宙の子供」も欠かせませんよ? T :うーん。ま、それも欠かせないけどさ、なんといっても衝撃を受けるのは「王国」だと思うし、谷山さんの持つ世界を無意識に惹かれるタイプの人はこのアルバムは入門編にしてバイブルになると思います。 M :そうね。闇の魔力だけでなく、サウンドメークも素晴らしいしね。ただ暗いだけでなく唯一無比な音楽空間が広がっていると。あらゆる音楽のコンテクストをミクスチャーして独自のものが生まれていると。 T :まぁ、その辺は聴いていれば追々気づくものだと思いますよっ! M :童謡とクラシックとビートルズとフォークとプログレと歌謡曲と中島みゆきと民族音楽とテクノポップともう色んな要素がぐちゃっとまぜこぜになって、だけれども谷山浩子の世界というこの素晴らしさっっ。 T :そんなステキなヒロコワールドにキミもきてみないか?! M :ってわけで次の浩子の夜までみなさんサヨウナラ。 T :サヨウナラ〜 |