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福島祐子 「時の記憶」

一作のみで傑作

(1991.10.21/VIRGIN JAPAN/VJCA-00007)
1.桜舞い 2.Sensitive Heart 3.ひめた想い 4.平安栄華 5.逢いたい 6.MIKO 7.天球の音楽 8.雪 9.Army Grief 10.夏のよるの夢


果たしてこの歌手を覚えている人はいるのだろうか。
ひとまず、この文章をホームページ上に掲載するつもりだが、ああ、知っているよと、思ってくれる人がいたら、嬉しい。

今から10年以上前、「時の記憶」というアルバムをリリースしたのみ、以降、私は彼女の消息を知らない。 確か私が当時愛読していた月刊カドカワ(――この雑誌も私にとって思い出ぶかい雑誌なので一度別の機会にまとめてみたい)にえらいミスティックなエッセイというか詩というかそういったとりとめのない文章を目にしたのが彼女を知るきっかけだった。
今、手元にあるその雑誌を調べてみると91年12月号と92年1月号にそれぞれ違う文が掲載されている。 ともに左右下部に<PR>と書かれているので雑誌のための文章というより、レコード会社が広告のためにページを買い取ったのだろう。 ひとつが「永遠に、記憶される、音楽の魔法」という彼女の音楽世界を客観に紹介したインタビュー形式の文章でディスコグラフィーもいっしょに掲載されていた。 もうひとつが「時の記憶……転生の海を泳ぎ渡る」という彼女の音楽から喚起される世界を直截表現した不可思議なエッセイだった。

これで当時中3の私はどうしてもこの「時の記憶」というアルバムが聞きたくて仕方なくなってしまった。
しかし、レンタルなどされてるわけもなく、買うとしても中学生にとって三千円は大きい(――当時私は谷山浩子に傾倒していて、一刻も早く彼女の出したアルバムを全部集めたかったので、いいかどうかもわからないアルバムに三千円だす余裕がなかったのだ。) この文章を舐めるように何度も読み、曲目とあわせ喚起されるイメージを追い、買う買わないと行ったり来たり迷った末、あ、そうだ近頃CDレンタルショップにはリクエストコーナーがあるからだめもとでひとまず書いてみちゃえ、とリクエストして、なんと見事に入荷され、聞いたというのが初めてであった。
で、どうだったというかと、今になってもこうした文章を書いているのだから、良かったに決まっている。



どういう世界か、ちょっと歌詩から印象的な言葉をピックアップしてみる。
桜舞う春の宵/不思議世界に花の散るらむ/平安栄華/匂いたつ花のいのち/ 細い絹糸辿って結ぶ天に隠した古代の記憶/降り立つ場所は日の出ずる国/ 陽の宮に捧げし天球の歌/神の都に光が落ちる
神秘主義的な歌なのだが、拠る世界観があくまで神道的なのが珍しく、 またミスティックなものによくまつわる新興宗教的ないかがわしさもあまり感じられなかった。 純粋に透き通っていて、美しかった。 彼女に似た歌世界を持つ歌手を今のところ私は知らない。
例えば普通の恋歌である「ひめた想い」という歌にしても
ガラス細工を暖めるように 好きになることに臆病になる
貝のように じっと想い抱いて 水底に沈んで流れる時間映す
などの部分にまるで平安朝は貴婦人を想起させ、また、歌のなかの色彩観も、「雪」という歌では
灰色の空 舞い上がるオオハクチョウの群れ
と、ある時は利休鼠のような渋い淡色であったり、「平安栄華」という歌では
毛氈に集う 鮮やかな色とりどりの 花宴
と、ある時は緋色の原色の鮮やかさであったりと、まさしく日本的な色彩感覚を持ち合わせていて、美しい。 この人の歌は例えて言うなら「髪」といえば有無を言わずのたうつ緑の黒髪を聞く者に想起させるほどあらゆる部分が日本的な美意識と直結している。 しかもこれは直感だが、この世界観は古代日本的で中世以降のものではないような気がする。
詳しく論証するにはいろいろなものが足りないので言えないが、彼女の世界観には万葉も古今集も多分古事記すらもあるような気がするが、新古今より先はないような気がする。

ともあれ、作品のひとつひとつが高度に完成されていて、ひとつの世界を創り上げている。 それは、雪の結晶のように美しく、儚くもあり、水に描かれた絵物語のようにたおやかで千変万化である。 声質は全編ファルセットで通していて、繊細を超えて少し神経質にすら聞こえる。このアルバムでは作詞作曲編曲すべてをこなしている。今、パーソネルをチェックしていたら、私の気に入りのフェビアン・レザ・パネがピアノで全面参加していることに気づいた。 もし、聞く機会があるのなら、それはなかなかないことであろうが、是非とも勧める。



それから、アルバムをダビングしたテープでなくCDで買おうと思ったが、発売したヴァージン・レコード自体が日本での業務を撤退したことにより、(――ただし、レーベル自体は東芝EMIに存在している。このあたりの事情はよくわからない。)廃盤となった事実を知る。
けして多く出回ったものではないので、これはもう入手は絶望的だ、となかばあきらめていたが、それから五年後、大学の近くの御茶ノ水の中古ショップで偶然にも本品が売られているのを見つけ入手、今この作品は手元にあるが、ついぞ今まで福島祐子というアーテイストの第二作はお目にかかっていない。
いったい彼女はどうしているのだろうか。彼女は音楽を続けているのだろうか。

ちなみに私がこのアルバムで今一番好きな歌は『夏のよるの夢』だ。
夏の夜にうしなわれた過去の人々の思いや記憶が海のかなたから戻ってくる、と歌う。
この歌は太母のように、すべてを包みすべてを赦している。
歌を紡ぐという行為は思惟によって創り出すのではなく、未来でも過去でもいい、時間の先に本当にある人々の思いや出来事をを呼び覚ます行為なのではないかと、近頃はこの歌のようにつくづくそう思う。




後日談。
現在、福島祐子さんは作・編曲家としてドラマの劇伴やCF音楽に携わっているとのこと。主な仕事はこちらを参照。

http://miraclebus.com/member/fukushima.html

2003.01.02
追記 2005.05.25

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