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藤たまき 「夏の名残りのばら」

リリカルでポジティブ

(2004.02.25/徳間書店)


リリカル、大好き。
読み終わった後は、そっと胸の前に両手をあわせてみましょう。
ということで、今日のリリカルはこれだぁ―――っ。
「夏の名残りのばら」
「私小説」から入って今となっては全部の単行本をコンプリしてしまった藤たまきの新作です。

タイトルからしていいよね、リリカルで。
アイルランド民謡のタイトルからのイタダキで、日本では「庭の千草」という名で知られている曲なんだとか。私は不勉強で知りません。ありゃりゃ。

ヴァイオリン職人の祖父ヨハンの元で修行する職人見習の少年、データ。
やっと自作ヴァイオリンを作れるようなった彼なのだが、ストラディバリやガルネリなどのオールドを無条件に盲信し、新作を愚弄する不明な客の言葉に気が触った彼は自作を競技展示会に出品することになる。
そんな新作制作に燃える夏のある日、良質の木材を求めて赴いた街外れの運河のほとりでヴァイオリン弾きの少年に出会う。
ガルネリで「夏の名残りのばら」を弾く少年。その曲の美しさに体中が震えた。
その少年の名はルース。街外れに住んでいると言う。
ヴァイオリンを手にした時の神懸かり的な姿とは一変のとても内気な少年はこういう。
「ねぇ、僕と友達になってくれないかい。――僕は今まで同世代の友達も、ヴァイオリンに興味がある人とも知り合いになったためしがないんだ。だから僕――ずっと友達が」
友人となる二人の少年。
夕暮れ、別れにと、遠ざかるデータにクライスラーの「シンコペーション」を弾くルース。
しかし、ルースはどうもいわくつきの生い立ちらしい。
ルースは街外れに血の繋がらない青年アッシャと一緒に暮らしていると言う。ガルネリはアッシャのもので、アッシャは元ヴァイオリン弾きだが今は酒浸りの道楽者の人嫌いでルースを連れて今まで各地を点々として暮らしていたというのだ。

と言うことで、そんなヴァイリニストの少年とヴァイオリン職人の少年の物語。
データは放浪癖のアッシャに付き合わされてまともに学校にも行かなかったルースを芸術工芸の学校に一緒に誘い、そこでルースは様々な世の中を知り、そして自分の出生の秘密やヴァイオリニストとしての苦労や煩悶を繰り返しながら成長していきます。

この人、ヴァイオリンが本当に好きなんだろうなぁ。
優しいヴァイオリンの音色が紙の上から鳴り響いて来るかのよう。
羽根のように軽く鮮やかなルースの弾くガルネリの音。夕暮れのそぼ降る雨のなか、屋根の上でアッシャの弾くもの哀しいラヴェルの「ツィガーヌ」。データと一緒にはじめて学校に行く日、歩きながらルースが弾いた可愛らしい音色のペールギュントの「朝」。 ルースを育てるために身を粉にし働き、そして死んでいった天才ヴァイオリストの兄が残したカセットテープの中の優しい「夏の名残りのばら」。
ひとつひとつのシーンが印象的で詩的で音楽的なのです。
紙の上で音が、華が、天使が、溢れかえっているのです。

物語はルースの初めてのコンサート―――もちろん手にはデータの作ったヴァイオリンがある、を観たデータのモノローグでこうしめられます。
オールドの名器は300年以上現役で使用される
でもその楽器(こ)にも 生まれて初めての桧舞台と言うのがあったはずで――
演奏家と楽器はそうして共に育っていくのだ

君の演奏への感嘆は忘れない
300年後 ルース 君が生まれ変わって もう一度僕のヴァイオリンを手に取り
感嘆の声を上げてくるように
お互い頑張ろう 晴れやかに
いつか天界に続く 音楽の道


藤たまきさんはこういった、ポジティブな青春モノが一番いいような感じがします。
この流れで続けていけば絶対大成する。そう思いますよ。
闇を内包しながらもそれすら打ち克つ強い光の力を自ら手に入れる物語と言うか、そんなのが、いいですね。
比べると美少年でどろどろセックスでタナトスで悪魔的な方向は袋小路に見えますね。嫌いじゃないけれど。
多分彼女の作品のなかでは一番に好きだぞ、これ。
ちゃんと彼女は成長しているということでしょうか。


2004.02.29


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