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中森明菜 『ファンタジー −幻想曲−』

作品の出来はとっても不安タジー

(1983.03.23/32XL-84/ワーナー・パイオニア)

1.明菜から…。 2.瑠璃色の夜へ 3.アバンチュール 4.にぎわいの季節へ 5.傷だらけのラブ 6.目をとじて小旅行 7.セカンド・ラブ 8.思春期 9.Moreもっと恋して 10.アイツはジョーク


大ブレイクしてしまった中森明菜。
83年にはオリコンのアルバム年間ベストテンに前年に出した『バリエーション』、今作『ファンタジー』、次作『エトランゼ』と3作もおくりこむに到った。
この『ファンタジー』もオリジナルアルバムでは『バリエーション』『D404ME』『POSSIBILITY』に次ぐトップクラスの売上げとなった。

が、『エトランゼ』の回で言ったように、この時期のアルバムはとてもおぼつかない。
スタッフ的にはデビューアルバムから3作は三部作のようにしようとしていたのか、タイトルを『プロローグ 序幕』→『バリエーション 変奏曲』→『ファンタジー 幻想曲』と合わせている。
『プロローグ』はプロローグの回で言ったように明菜のさまざまな素質が並列に並べられたある意味正攻法、直球のアルバムだった。
でもって、『バリエーション』は「少女A」をメインイメージに斜に構えたツッパリ歌謡を中心に据えた――「ヨコハマA・KU・MA」「キャンセル」「X3ララバイ」など、まさしく変奏、変化球のアルバムであった。
という流れで、では『ファンタジー』はどういうアルバムか、というと、聞いてみても皆目見当がつかない。

なんだかよくわからない明菜の語り掛けの「明菜から……。」ではじまるこの盤。
「ファンタジー」というキーワードで語りうることができると私が感じるのは「瑠璃色の夜へ」と「セカンド・ラブ」くらいだ。
「瑠璃色の夜へ」はイントロからして予感を秘めた春の宵のようで、そこに明菜が「さわって私の髪をたださりげなく」と歌われるとそこにはとろとろと甘い性愛の世界がファンタジックに広がるわけである。
「セカンドラブ」は恋の予感に怯える少女の歌である。甘い予感とそれを受け入れることに対する怯えをまるで繭ごもりの中から世界を見るように明菜は歌う。

が、それ以外はタイトルと比べると、なぜ??と思わざるを得ない作品が並ぶ。
サビが演歌になる大津あきらー木森敏之「心の色」コンビの「にぎわいの季節へ」、やっぱりマッチ的になってしまう伊達歩ー芳野藤丸コンビの「傷だらけのラブ」、「思春期」というよりも「発情期(さかり)」とタイトルを代えたほうがいいような下世話な「少女A」コンビの失敗作「思春期」、ツッパリモノのだけどツメの甘い「あいつはジョーク」、 と、クオリティー自体も微妙だ。

作家陣もばらばらで、来生えつこ、伊達歩が共に2作品作詞で参加している以外は全部違う作家からの提供、かつ方向性もまとまっていない。
こういってはなんだが、前作前々作とのクオリティーの差は歴然で、実は今までのアウトテイク楽曲をまとめたアルバムなのではと穿った考えもしてしまう。
だいたい「ファンタジー」ってタイトルなのに「銀河伝説」とか「メルヘンロケーション」だとか今までのアルバムに必ず1個あった少女趣味にぐぅーーと入りこんだ作品がなんでこのアルバムに限ってはないんだァ!?

と、ぶつぶついいたい私であるが、その中でいい意味でうくのが、前述した「瑠璃色の夜へ」「セカンド・ラブ」と、あと「目を閉じて小旅行(イクスカーション)」である。
別れた恋人のことを「まだ好きでごめんね」と歌い、明菜は目を閉じて甘い過去の日々を追想する。
いかにも明菜らしい。

過ぎ去りし 夢のあいだを あなただけが消える
こんなにまだ 好きでごめんね
目を閉じて小旅行(イクスカーション)

(作詞 篠塚満由美/作曲 茂村泰彦)


この曲は彼女の自殺未遂直後の復帰コンサート「夢」において、ラストのメドレー冒頭で歌われた。
当時の彼女の周囲の様々な情況を知っていたファンとしては、なんとも切ない場面であった。

ということで、わたし的には、この3曲を聞きたいのなら是非というアルバムである。



果てしなく蛇足。
83年の明菜で一番いい出来なのはシングルでもアルバムでもなく実はシングルB面である。

「1/2の神話」のB面「温り」。
これは「セカンドラブ」にも通じる世界である。ただしこちらはみごとに振られている。
車が通るたびあなたの手が そっとやさしくかばうのよ
この温もりを忘れやしない たとえあなたには軽い癖でも

(作詞/作曲 井上あづさ)


この思いこみの強さと一途さはまさしく明菜である。
別れの場面で気丈に明るくふるまい、最後は爽やかに握手でのさよならをせがみながらも、あふれ出るどうしようもない「女」の部分がえぐくも、哀しい。

「トワイライト」のB面「ドライブ」。
明菜の英語の投げ節の上手さが堪能できる。フッと軽く、吐息を恋人の耳元にかけるように「Please」と呟く。これが上手い。
この外国語――主に英語、の投げ節の上手さはその後「Solitude」の「Solitude」の部分、「TANGO NOIR」の「TANGO TANGO」や「pas de deux noir」の部分、「DESIRE」の「Burning love」の部分、「Blonde」の「Blondy tonight」の部分、と彼女の必殺技の一つとなった。

「禁区」B面「雨のレクイエム」は「難破船」にも通じる大バラードである。
18の娘が涙を懸命にこらえながら必死に歌っている。
「悲しみだけだね、あげられたものは」という彼に「私そんなに不幸じゃない」と不幸たっぷりに歌える18の娘なんてのは、当時の明菜だけだ。

どれも、いかにもB面然としていて華やかさに欠ける曲であるが、地味さの中に彼女の実力が光っている。
そしてこの魅力は後年しっかりと磨かれてわたしたちの前にふたたび現れるのである。

2003.11.23

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