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中森明菜 「Everlasting love」

政治的な匂いのする失敗作

(1993.05.21/MCAビクター)

1.Everlasting love 2.Not Crazy To Me


 ワーナーからMCAビクター(現・ユニバーサル)に移籍。「二人静」以来二年二ヶ月ぶりのシングルが「Everlasting love」である。93年5月発売。作詞・大貫妙子、作編曲・坂本龍一。 93年年頭からこの作品はカップリングの「Not Crazy To Me」とともに、中森明菜のラジオ番組「fifty-off」でしきりに流れていたし、発売の二ヶ月前には「夜のヒットスタジオスペシャル」でテレビ披露もなされていた。
 最初に聞いた時から、この曲、私はあまり好きではなかった。ラジオに流れているのを、何度も聞いてもさして印象はかわらなかった。
 たるい。眠い。面白くない。
 かつての、音源から映像が見えるようなシアトリカルな中森明菜がそこになかったのは、もちろん、それとは違う新たななにかも、ない。
 これまでずっとシングル1本勝負に賭けていた中森が、特に趣向もなく煮え切らない両A面と言う形でリリースしたのも、気に食わなかった。
 なにより明菜はもとより、大貫妙子も坂本龍一も(カップリングの作詞のNOKKOも)、ファンだと言い切れるほど、リードアルバムのほぼすべてを当時のわたしは聞いていたし、それぞれのアーティストの美味しいところは知っているつもりでいた。 しかし、多少は知っているはずの三者の良さが、この音源のどこにも漂っていなかった。
 三人ともにこの曲で本気の勝負をしていない――。そう、わたしは感じた。
 こうしてやろう、ああしてやろうという意志の力が、あるいは表現者同士の激しい火花が、音のどこにもない。
 お互いの顔色を窺いつつ、間合いを計りつつ、誰も傷つかない、誰も損をしない「お仕事」をしているように見えた。

 それでもきっとこのシングルは「中森明菜」というネームバリューでそれなりに売れるのだろうと、私は思った。 「少女A」以来、すべてのシングルは大ヒットしていたし、歌手活動のブランクのあいだもドラマ「素顔のままで」をはじめ、出演する番組の多くは高視聴率を獲得していたし、レコード会社も移籍後初のシングルということで、各小売店舗に置かれるポップや販促グッズなど、それなりの金額を投じていることもわかった。
 しかし、現実は甘くなかった。最高位10位、12.9万枚。
 中森明菜が名実ともに歌謡曲の女王であった期間が終わったことを、例の事件から四年を経て、ようやくわたしは悟った。

 ワーナーからMCAに移籍するまでのトラブルは、逐一ゴシップ誌から報道されていた。新事務所がどうこう、とか、レコード会社との移籍トラブルがどうこう、とか、 小室哲哉や玉置浩二からの提供作品がペンディングになっている、とか――結局それらはアルバム『アンバランス・バランス』に結実した、 まあ、それらのトラブルの末にこの曲が仕上がったことは、想像に難くない。
 その厳しい状況下をばねにせず、作り手のお互いが萎縮したような作品を作り出してしまったのが、中森明菜の一ファンとして、わたしは哀しかった。
 大貫も坂本ももっと「中森明菜」という素材でなにかできるはずだったのにそれをしなかったし、当時の明菜もまた彼らに強くアプローチすることができなかった。
 そしてそつがないだけの、誰の心も打たない曲が生まれる。
 中森明菜、大貫妙子、坂本龍一、それぞれが本物の表現者である。しかし、彼らの作ったこの歌は本物ではなかった。 ビッグネームに大金を積んで無理繰りに音源をつくってもをなにもいいことはない、という典型の一作といえるだろう。
 時期が悪かったといえばそれまでだが、一番損したのはまぎれもなくこの曲の看板であった中森明菜であった。

   中森明菜というのは正直な人で、自分の嫌いな歌は例えシングルでもライブのセットリストに決して加えない。 まだライブでの披露がないシングル、「Trust Me」「とまどい」「夜のどこかで」、そして「Everlasting love」もまたそのひとつである。 この4曲は、今後も永遠に封印されるんだろうな。

 それにしても――、あの死霊のようなジャケットはなんなんだろうか。おおよそ明菜を含めた当時のすべてのスタッフのこの曲に対する意識がこのジャケットで知れるというものだ。

2008.07.10
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