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まこりんのつれづれなる日々



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2008.8.28

 ――というわけで、たまりにたまりまくったサイト宛のメールの返信、終了。 急を要するもの以外はあとで時間のあるときに、なぁんと思ってたら、物凄い数たまってしまいまして、半年以上前のメールの返信なんてのもあったり、「今更かよっ」と驚いたそこの貴方、ごめんちゃい。

 それにしても、改めて感想のお手紙を拝見するに、みんないろいろな思いを抱えているんだなあと、非常に感慨深くなるですよ。 歌なんて聞けばいい、本なんて読めばいい、それで終わりっちゃ終わりなのに、ええい執着しおってっっ。 でもそんなお前らが俺は大好きだっっ。



2008.8.23

 うををををを。もうすぐ夏が終わるぅぅぅ。こんばんは、まこです。

 マイケル・ジャクソンの伝説の映画「ムーンウォーカー」をなにゆえか、今日、はじめてみたんですが、なんというか、物凄い幸せな気分になった。
 大金をドブに捨てるようなハイレベルの糞映画なのは確かなんだけれども、幸せを感じちゃったんだから、仕方ない。もうわたしの負けなのだ。
 なんか、こう、言葉とか、いらないよね。マイケルがそこにいて、奇声をあげながらダンスして、子供たちとうふふふふってしてればそれで、いいよね。
 いいなあ、マイケル。きっとこうやって全世界に多幸感をふりまいているんだろうなあ。マイケルは、本当に天使なんだと思うよ。うん。だから○○とか××に関しては赦してやろうよ、みんな。
 ってわけで、今日もなべて世はこともなし。

※ メールの返信など諸々、とどおっております。 週明けにはなんとか。はい。ですので、わたしから突然の時期外れのメールがきても驚かないでくださいな。



2008.8.06

 私の住んでいた小さな街には、街道沿いに西から東にむかって蛇行しながらゆっくりと流れるそこそこの大きさの川があった。その川は子供だった私たちの格好の遊び場だった。
 わたしたちは、近所の駄菓子屋で買ったよっちゃん烏賊でザリガニを釣ったり、農業用水の流れこむコンクリートのスロープを滑り台にして遊んだり、友達同士で水の中へ落しあったり、繁みに潜むを見つけアオダイショウに逃げまわったり、した。 東京近郊のベッドタウンに流れる、決して綺麗とはいえない川だったが、わたしたちにとってはそこが一番の場所だった。
 小学校にあがってしばらくたった夏、台風が街にやってきた。ほとんど自然のままの形を残していたその川の堤防はあっけなく決壊し、街は水浸しになった。わたしは家の二階の窓から、激しい濁流となった通りを驚きながら見つめていた。それからまたしばらく、隣の校区の小学生が川で溺れ死んだと言う話を聞いた。
 大人達が集まり、そして川の護岸工事が始まった。際立った蛇行は直線へと切り替え、川の両岸はすべてコンクリートで固め、防護フェンスまで設置された。川のほとりにあった柳もことごとく切り倒されたし、欄干のない古い木橋は歩道と車道の分れた立派なコンクリート橋になった。その川に注ぎ込む細い流れにいたっては上からコンクリートの蓋が被せられ、場所すらもわからなくなってしまった。川岸の、秘密の抜け道、秘密の遊び場、それらはすべてなくなっていた。
 しかし私たちはちっとも淋しくなかった。その頃になると、私たちは大ブームになっていたファミコンに夢中になっていて、川に遊びに行くこともなくなっていたからだ。味気なくなった水辺の風景に、切なさを感じるには私はまだ子供であった。
 夏。緑深い渓谷に訪れると、子供たちの無邪気な歓声が聞こえてくるところも多い。少しばかり田舎に行けば、今でもこうした風景は残っている。存分に楽しむがいい。もう若くはなくなってしまった私は眼を細める。



2008.8.03

 随分昔に喧嘩別れした友達の夢を見た。
 なぜかその友人は西城秀樹と親しくなっていて、一緒にやってきた秀樹と三人で朝まで西城秀樹の歌詞について熱く語り合った。秀樹は、自分の話なのにやたら客観的に語っていた。 明け方、話し疲れたかと友人に聞くと、でも、ここまで起きてたから朝ご飯の時間まで頑張ると答えた。朝ご飯どこで食べようかと私は考えた。
 最後、別れ際に「STOP劉備くん」の生原稿をプレゼントされた。これはわたしの分これは君の分、と、大きな茶封筒からその場でより分けてくれる。これは何巻の絵だろう、見覚えがないなあと思っているうちに目が覚めた。 またこんな風に話せたら素敵だろうなぁと思ったけれども、この友人の連絡先を私はなくしてしまった。



2008.7.27

◆ 夢列島 27時間テレビ

 言葉をなくす。すごいなぁ、すごい。全てがすごすぎる。一つ一つのコーナーを語るのが、馬鹿らしくなるほどお笑いとして完璧だった。こんなに面白と、むしろ恐い。寝る以外の時間全ての時間をテレビの視聴に費やした丸一日――こんなの、人生ではじめてだよ。

 ただひとつ確かなのは、これがテレビ界最後の伝説である、ということだ。
 かつて、全ての娯楽の王者であったテレビ、それが現在、様々な内的外的要因によって確実に斜陽を迎えている。だからこそ、最後に散った大きな打ち上げ花火、そんな27時間だった。 メインのたけし・さんまを含め多数のいまや大御所となった出演者が嬉々として番組作りを楽しむその姿が、逆説的に、もうこんな馬鹿騒ぎは、二度とできないだろうということを如実に語っていた。だからこそ、最高に面白く馬鹿馬鹿しかったが、どこか切なく美しかった。
 ありがとう。さようなら。テレビ。あんた最高に素敵だったよ。



2008.7.22

和田アキ子の顔にただならぬ老いを感じた。なんだか切なくなった。



山本モナってそんなに悪いことしたのかなぁ。なんとなぁく周囲の嫉妬というのも感じる。個人的にはこういう空気の読めない人好きなので、女性無頼派系キャラとして再生してほしい。



大仁田厚、50kgのダイエットに成功。――って、それよりも整形に驚愕。綺麗になってなにがしたいんだ大仁田。しかも着地点、「東南アジアの西城秀樹」だし。「ダイエット+整形」のコンボは弘田三枝子以来の伝統芸なのか。整形って変化した部位から本人のコンプレックスのありようみたいなものが明確に見えてしまうので、前の顔を知っていると非常にコメントしづらい。顔が充分売れているタレントは整形しなさんなよ。



Youtubeで、田中裕子が「ザ・ベストテン」の黒柳徹子の代理司会を請け負った界を見る。萌える。こりゃジュリーもぞっこんになっちゃうよ。ふにゃふにゃとした子供みたいな喋り方する天然系にどうもわたしは弱いらしい。



「藤真利子や明菜のアルバムはビジュアル系ではない」とV系のバンギャ20年選手の某友人に否定される。彼女たちのアルバムはちゃんとした「耽美」、聞いてて失笑する部分とかないでしょ、と。貶されたのかと思ったら、褒められた模様。



近所のスーパーの玄関前のベンチ。この時期、夕方を過ぎるとワンカップで出来上がった初老の親父たちがうだうだらだらとたむろする。夏になると必ず涌く。もはや風物詩である。



おみくじを引く。凶。ここで運を使わなかった自分、グッジョブと鼓舞してみる。



2008.7.20

◆「クワイエットルームへようこそ」 (映画)

 松尾スズキ原作の小説の映画化。監督は松尾スズキ本人。内田有紀主演。
 映画を見て、小説はあらかじめ映像化を狙って作ったものなのかな?と感じた。
 原作にあった過不足分がなめらかになっていて、俄然まとまりがよくなっている。 いわゆる「東電OL殺人事件」的な現代女性の死と再生を描いたフツーにいい話になっていた。  内田をはじめ、俳優陣が体当たりでいい演技をしているのが、好印象。 蒼井優、いままでお嬢様女優というイメージだったけれども、ああいうやさぐれた芝居もできるのね、とか、妻夫木、それもうお前悪ノリだろ、とか、いろいろ言いたいが、やっぱり最後に全部持っていったぜ、大竹しのぶっ、この人、本当に化け物なんじゃなかろうか。比喩でもなんでもなく。気狂いを演じさせて彼女にかなう人、いたら教えてください。
 ってわけで、原作よりも映画をわたしはすすめます。――けれども前作の「恋の門」の方がもっと好き。



2008.7.17

 毎度お馴染みまこでおま。
 さてさて。7/13のweb拍手の設置から僅かな間に、いっぱいの拍手、いっぱいのコメント、ありがとうございます。 いわゆる開店祝的なモノだとは思うのですが、3日間で拍手が200オーバー、コメントが20オーバー。 ありがたいです。こんなに来るとはっ。
 どれも嬉しいコメントばかりなのですが、その中で特に嬉しいのが「このサイトをきっかけに明菜の、谷山さんの、Winkの、ファンになった」といった類のモノ。 私の感想文は、あくまで取り上げている作品が主役、それを語る私はあくまで脇役、そういう心づもりで書いているので、 興味を持ってくれて、手にとって、そしてファンになってくれるのが、一番、私は嬉しいのです。

 というわけで、昨日は主に画像の追加を中心に、過去にアップしたテキストのブラッシュアップをしてみました。 書き直しもちょぼちょぼとやってみましたが、私以外はほとんど気づかないレベル、かなあ。
 本当は全面改稿したいところなんでけれども、この些細な作業ですらもほとんど罰ゲーム気分というかですね、もう全部穴掘って埋めたくなる。 改めて読み返すに、やーな感じの書き方してるなあ、なんてモノも少なくないですしね。 五年前のテキストなんてね、もうね、これ書いたの誰?っていう。別人ですよ、別人。
 そんな随分前にモノのはずみで書いちゃったようなテキストに今更ながら言及しているブログとか見掛けると、そこのある内容が褒めでも貶しでも、申し訳ないというか、忘れてつかぁさいと云いたくなる。 文章が上手くって、かつ変に自意識の強くない、しかもhtmlの文法を知っている、そして暇な人が、私の全テキストの書き直しをしてくれ――ってそんな人、絶対居ないよっ。



2008.7.15

 92年発売。アイドル氷河期の90年代前半に、女優活動を中心に善戦した中江有里のファーストアルバム。
 アレンジャーに萩田光雄、瀬尾一三をメインに据え、80年代の保守的アイドル歌謡が展開。お手本は同じくアイドル女優だった薬師丸ひろ子や斉藤由貴あたりかな。 まだまだ声がこちこちと硬くって色気が足りないけど、アイドルのファーストアルバムとしては安定した歌唱で、低音に説得力がある。特にすがすがしい生真面目さが漂うところがチャーミング。 図書委員タイプというか、地味な優等生タイプというか、思慮深そうなうつむき加減の眼差しときつく結んだくちびるが意志の強さを感じさせる彼女の容姿、そのまんまの世界が歌でも広がっている。
 青臭いメッセージソング「理由を聞かせて」がはまるのは彼女ならでは。いつまにやら小説家・脚本家・コメンテーターという立ち位置に行ってしまった彼女らしいといえば彼女らしい。 マイナー系の「突然すぎて」「ままならぬ想い」あたりが、彼女の一番の持ち味。このあともう1枚アルバムを出して歌手は廃業、もうちょっと歌を続けてもよかったよね。



2008.7.13

 今日は明菜様の誕生日。 ――と、いうことで、ひっさびさに本サイトで明菜様を中心にテキスト大量アップしてみました。
 あなたの何かを刺激するテキストになってたら、嬉しいです。
 本当は、これを機にサイトの大改装をしたかったのですが、それはさすがに物凄い労力、 というか、こっ、こんなちんけなテキスト全部削除してやるっっとなりかねないので、ひとまずこんな感じですが、なにとぞ。
あと、ひっそりとweb拍手なんぞも新設してみましたので、もしお気に召したら押してやってください。ほんの少しだけやる気ゲージがあがります。



2008.6.30

 もうひとつ驚いたこと。EUROXが再結成したらしいのだ。

http://eurox.jp/

へー、アルバムの制作中なのか。ファンへのメッセージ? 聞いてみよ。
英語のメッセージともに彼らの、これは新しい音源かな? この人たちの音、いいわ。
さらにファンが制作したというメンバー公認の再結成P.Vをみる。

http://jp.youtube.com/watch?v=p4Ty6iiJW0Y

おお、いきなり明菜の「Back door night」だっ。これは既発表曲をコラージュした感じかな?
さらにYoutubeで過去のEUROXやさらにその前身のTAOの曲を起用した当時のCFなども閲覧(――ってこの動画をつべにあげているanrisekineさんって関根安里さんご本人?)。 ミキハウスにサントリーカクテル「Cold Line」に、パイオニアプライベートの「遊室民」。ああ、どれも、いいわ。
こんなにお手軽に入手不可な音源をちょろっとだけでも聞けるのだから、いい時代になったものです。
日本人離れした乾いて理知的な音楽。特に時代なのか、80年代のUKロック的な品の良さが強いかな、アグレッシブだけれどもトラッドなものも感じられる。なにより関根安里のバイオリンがロマンチックに歌っている。いいな。当時の明菜が一聴して、サウンドプロデュースを依頼したというのも、頷ける。 確か「Cold Line」は欧州でも発売して、しかも好意的に向こうでも受け入れられて本格的な世界進出の計画もあったところメンバー脱退などのトラブルで断念したしなかったとか(――って、これはTAOの時か?)。

EUROX。中森明菜のアルバム『不思議』『wonder』、シングル「TATTOO」「I missed the "SHOCK"」と80年代後半の中森明菜の音楽には欠かせないバンドだった彼らだけれども、シングルは二枚、アルバムは一枚のみをリリースして解散。それらもすべてが入手困難な稀少盤。 唯一のアルバム『メガトレンド』なんて、わたし、ずうっっっと探しているのにいまだ未入手だものなあ。
明菜の『不思議』と対の位置にあるアルバムなので、これを聞かずには『不思議』の感想も書けないよなぁ、なんて思っていたら、いつまでも書けない、という、まぁそんな愚痴はいいとして。まさか、ちゃんと音源が聞ける機会にめぐり合えるようになるとは思わなかった。再結成のニューアルバムは、買うぞっ。
んでできれば、「メガトレンド」の再発売(TAOの『FAR EAST』はもっているのだ。わはは)。関根さんのサイトで原盤の権利の関係で容易くはないといっていたのが悲しいけど、うーん、いつか、聞きたいぞ「メガトレンド」。
さらにさらに。もしできうるならもう一度 「明菜 with EUROX」でアルバム、作っていただきたいっ。
『不思議』でセルフプロデュースを開始して以来、様々なサウンドクリエイターとコラボしてアルバムを作ってきた明菜。千住明もURUも武部聡志もそれぞれいい仕事をしてきたけれども、わたしが「今、もう一度聞きたい」と思わせるのは、やっぱりEUROXなんだよなあ。 明菜の身のうちに眠っている音楽性の最もコアな部分を引き出したのが彼らだと、私は今でも思っている。
ともあれ。うまくいったらいいな、EUROX再結成。私はかなり期待しています。



2008.6.29

 ジュリーが東京ドームと大阪ドームでコンサートをやるらしい。
 今年に入ってそんな噂をちらほら聞いていたが、まさか、あの沢田研二のことだとは思わなかった。
 やるらしい。しかも五時間半の公演。もちろんドームライブ史上最高齢。
 球場コンサートは「TOKIO」リリースの頃の、つまりは全盛期の横浜スタジアム以来。――という。
 無茶だ。
 今でも毎年コンサートツアーをしていること、ニューアルバムも毎年出していること。それを知っているのは熱狂的なファンだけだというのに。
 でもそんな無茶をする沢田研二が私は結構好きだ。

http://julieindome.jp/

 昨日、おじいちゃんになってしまったジュリーが「ブロードキャスター」でちろっと映っていたけれども、やっぱりちょっと切なかった。
 彼の今の歌は「おじいちゃんのラブソング」以外のなにものでもない。僕はまだおじいちゃんではないから、そこが少しばかりつらく、かなしい。
 でもそれはデビュー以来、たえず「今」を表現していた沢田研二なのだから、当然のことなのだ。
 生きるというのは、生きつづけると言うのは、変わっていく自分や周りを受け入れること。
 こんな大きなイベントをやっても、老醜、とか、昔はきれいだったのに、とか、そんなことばかり云われるのは沢田本人が一番よくわかっているだろう。
 それでも自分をストリップしてしまうのが、スターの証なんだと僕は思う。
 なにがなんでも生きるということ、そしてその過程を大衆に晒すということ、それがひとつの物語となるということ。
 失敗でも成功でも、いい。ドームには、行こう。



2008.6.23

 毎日新聞社の提供している「Photo Bank」というサービスでさまざまな貴重な写真などを見ることができる。これが飽きない。
 明治後期あたりから現在に至るまで様々な写真が豊富に取り揃えられていて、近現代史の重大事件・事故はもちろん、当時の生活を写した日常的なものもちらほらとある。
 戦後から現在にかけてのものは特に充実している。
 「東京オリンピック」「新潟地震」と検索掛けるとカラー写真も出てくる。昭和30年代後半からは、カラーもあるよう。
 興味のある事件・事故、あるいは地名などで入力して楽しんでいる。
 画像を買うとなると結構高価なのだが、サンプル画像を閲覧するのならいくらでもできるし、なにより手軽なのが嬉しい。

https://photobank.mainichi.co.jp/



2008.6.20

もち米を五キロももらってしまった。
ささげ豆を買ってきて、はじめて赤飯作りをしてみる。 袋の裏に書いてあるのにしたがって炊き、あっけなく成功。食べる。旨い。 案外簡単にできるのだな。
しかし赤飯とおこわでは、この量、こなせないよなあ。



高橋幸宏の「6,000,000,000の天国」という歌が好きだ。
これは世界のおしまいの歌だ。 空に穴があき、愛を空いっぱいに広げて、友達が降りてくる。地表の上の60億はとまどっている。それは天使かルシファー。
官能的なサウンドメイクが心地いい。ああ、もうこれで世界が終わってもいいかなと、おもわず陶酔してしまう。
高橋幸宏の音って甘いんだよね。 恋をしている時の、そのなかでもとびきりいい瞬間を、ぎゅっと閉じ込めて音にしてみました、みたいな感じ。
特にいつも恋をテーマにしているわけでもないんだけれども、どんな曲でも、いつもさくら色に潤んでいる。
このおじさんのどこにこんなロマンチックがつまっているのだろうと、写真を見るたびに不思議に思ってしまう。 ビジュアルからのイメージでは、都会的な含羞と洗練の人、という感じですが。



zabadakの上野洋子脱退記念のライブビデオ「norenwake」を100円で発見。やったっ。ブックオフの雑な値段設定に多謝。



筒井康隆の「文学部唯野教授」を読み返す。頭いい人って、いいよなぁ。



2008.6.19

 自分の文章に対してハードルが高くなっていたことにふと、気づいた。これからしばらくは日記くらいは意識して気楽に書いてみよう。どうせ日記なんだから。



友人がやおい萌えしている「オーシャンズ11」を見る。
彼女のイチ押しはアンディ・ガルシア演じるべガスの帝王、テリー・ベネティクトというが、うーん、こいつでやおい萌えか。そうなのか。 この作品をやおい文脈でカップリングを強いてでっち上げるなら、オーシャン×ライアン、だよなぁ、フツー。ベネティクトって……、うう。
そもそもベネティクトってのがひとり上手というか、「妻にも息子にも理解されない中年サラリーマンの悲哀」的なキャラなので、誰ともカップリングに足る関係性を持ちえていないというか、中年のやせ我慢にぐっと来るなら、ベネティクト萌えなんだろうけど、いやはや。 やおい萌えのツボってのは、人それぞれであることよ。



業務用スーパーで売っている冷凍の生ハンバーグ五個で298円。これで最近は助かっている。安いし、味もなかなか。 これに、大根おろしをがっちょり載せ、焼き茄子もうんざりするほど載せ、刻んだ大葉も載せ、下の肉がほとんど見えないような状態のに、メンツユをかけて食す。うまい。



Photoshopを勉強しようと思い、ブックオフで300円で売っていた「一週間でマスターするPhotoshop」を買う。読む。眠くなる。めんどくさいなぁ。ワードや一太郎の文字飾りがもうちょっと多機能だったら、こんなもの読まなくってもいいのに。



鈴木京香そっくりの殺人鬼に追われる夢を見る。何故今、鈴木京香?



2008.6.15

午前四時半。もう外は明るい。気持ちがくさくさしているので、バイクに乗って少しだけ遠くに行ってみようと思った。
ポケットサイズの地図を片手に、国道を走る。車はほとんどない。街はまだ死んでいる。快調に飛ばす。
山がいいな。
ぼんやりと思い立ち、西、秩父の山に向かう。遠くに薄紫色に見えていた山の稜線が、近づいてくる。日高市、高麗川駅の陸橋を越えたあたりで立ち止り、地図を開く。
どこへ向かおう。
「鎌北湖」
地図のはしにある小さな湖。
父はドライブが趣味だった。わたしの幼かった頃、日曜になるとよく家族を車に乗せ、秩父の山を特にさしたる目的もなく、走らせていた。鎌北湖も、確かその中で訪れたひとつだった。わたしの幼い記憶の中では、水の汚く、そのくせ土産物屋などがごちゃごちゃとして、そこに深い緑がうっそうと絡まり、周囲は暗く――つまりは、あまり印象のよくない湖だった。
それから20年以上経ち、はたしてどうだろう。わたしは県道を左に曲がり、「歓迎 鎌北湖」とある看板をくぐった。

午前五時半。鎌北湖には以外にも多くの人が訪れていた。そのほとんどが釣り人である。へらぶな釣りで有名なのだそうだ。湖の周りをめぐる1.5車線の細い道から小さな階段が下の湖面にのびていて、湖水ぎりぎりにある木や鉄パイプで作られた簡素なしつらえへと続いている。大きな大人2、3人乗るのが精一杯というそれが、湖の各所に作られている。そこで釣り人は釣り糸を垂れる。
鎌北湖は農業用水用につくられた人口湖であるので、湖の周りは、どこも断崖であり、人が佇めるような自然の岸辺はない。アスファルトの道路も断崖にへばりつくような作られている。その狭い平地に建物が建っているのだが、それらの多くが廃屋である。元は食堂や土産物屋といったものだったのだろうが、使われなくなくなって10年近く経過しているだろうものも多い。

鎌北湖は寂れていた。
確か当時はここから麓の東武の駅を結ぶバスが出ていたはずだったが、それも廃止になったようだ。痕跡はひとつもない。さらに湖のランドマークともなっているぎりぎりまで湖畔にせり出した三階建ての大きな建物、これは旅館の跡なのだろうが、ここもまた無惨な廃屋と化している。
バイクでぎりぎりまで近づいてみる。割れたガラス、崩れた道路の法面、剥きだしのコンクリートにかかれた暴走族の落書き、まさしく廃墟然とした廃墟だ。
後日、家に帰って調べると山水荘、「イノブタ料理」で有名な旅館の残骸なのだそうだ。鎌北湖といえばイコール、イノブタ料理、かつての埼玉西部住民なら、その多くが知っていることだったが、そうか、潰れていたのか。正丸峠のジンギスカン料理は、健在なのだろうか。 わたしは、旅館跡地の錆びた柵から湖面を覗いた。
やはり水は濁った緑色で汚い。そこに大きな錦鯉が一匹、のっそりと泳いでいた。 わたしの実家の愛媛には、こういうため池が平野部の中にも里山の中にも、いくらでもある。 しかも山間にあるため池の、その多くが、この鎌北湖よりも、大きく、美しく、森閑としている。水は深い群青色で透き通っていて、白鷺が大きく翼を広げ湖面から飛び立ったり、池の端で小さな亀が昼寝をしたりしている。人は誰もいない。時折通る農作業の軽トラックが通るくらいだ。

鎌北湖は「乙女の湖」という別名があるという。かつてはこの湖もその名に恥じない美しさがあったのだろうか。老いの寂しさに近いような感慨を、ふと、わたしは感じた。

思いの外長くなったので、続く。



2008.6.8

 皆さんお元気でしょうか? まこりんです。二週間近く病に臥せっておりました。
 しんどかったよぉっ。
 なんかさぁ、五月は頑張るとかいっていたのに、なんなんだろうね自分、と、ぼやきつつ、キーボード打っております。
 体のほうはなんとか復調しまして、さぁサクサクと書きまくるか、というところなんですが、いやぁ、困ったモノで、ここまでブランクがあると思考回路がが鈍っているという感じで、言葉がなかなかスムーズに出てこない。
 リハビリ的に軽いものから攻めていこうかな、なんて思っております。
 「うー、あをっ」
 気合を入れてさてさて、筆ならしに最近読んだ本の感想的なものなんかをぽちぽちと……。


2008.5.23

◆ 人は誰だってナイフになれる

 自分の言葉の稚拙さに、時々絶望する。わたしなんて愚かなのだろう、と。
 「口舌の刃で人を斬る」という言葉がある。
 そういう事があってもいいとわたしは思っている。
 傷つけること傷つけられることを私は恐れたくない。
 ただしそれは明らかに論敵とみなしたものに対して、正々堂々と一対一で相対した時にのみ、有効なものである、と思う。
 味方にたいして、あるいは不意打ちに食らわすものでは決してない。
 しかしわたしは、わたしの言葉のナイフは、時として、傷つけるべきでない人に向かって、振りかざしてしまう。
 「そんなつもりではなかった」
 それが不慮の出来事であっても、しかし痛みは事実としてそこにあり、その責任は私のものである。
 それをどう受け入れればいいのかわからずに、そのたび、わたしは立ち竦む。

 あなたに共感したい。あなたを受け入れたい。
 「あなた、ウェルカム」
 なにかを言葉にして伝える時、可能な限り心の胸襟を開いて受け止めたい。
 そういう人でありたいと、せつに願っているが、現在に於いてそれは、はるか彼方にある理想に過ぎないといわざるをえない。
 自分の中にあたたかいものが湧き上がって来ない時、自分の心が黒いもので閉ざされている時、私の言葉は容易くナイフになる。
 そして、迂闊な手つきで傷つけるべきでない人にまで、傷つけてしまうのだ。
 私は言葉の使い手としての稚拙で、その覚悟も未熟なのだろう。
 もしわたしの文を読んで、怒りや悲しみ、あるいは傷を感じた方がいたから、ひたすら「申し訳ない」と言いたい。
 もうすこし、心の大きな人間になります。



2008.5.18

 引き続き、PC内に眠っているテキスト類を整理していたのだけれども、なんとまあ、書き途中のものの多いことよ。
 ジブリール恥子とか池内ひろみとかアサショーリューとか、明らかに時期を逸してしまったものは葬り去るとして、うちの本線たるディスクレビュー類はなんとか、ひとつの形にして成仏させてやりたいものだなあ。
 みなさん大好き明菜様のテキストだけでも象の墓場で相当量眠っておるわい。



2008.5.17

 ってわけで、帰ってきたよ。

 雑然としたままのPCのメモ帳を整理していたのだけれども、突然なんだか警句めいた言葉が書き連ねてあるところに辿りついた。

◆ 

 偉大は内へと語り、凡庸は外へと語る
 小人に偉大さは計れない
 自分の狭い尺度ですべてを計ってはいけない
 気が小さい人ほど、尊大に振舞う
 被害者だと喧伝するものは本当の被害者ではない
 心の鏡の壊れている者は自分も他者も見えない
 羨望は人を醜くする



 うーん、なんだこれは。なにがあったんだ当時の自分。
 さらに深いところを探索する。



 「おれは体育会系だから、年功序列には厳しいよ」
 「うん、それで? だからあなたを丁重に扱えっていうこと? 馬鹿じゃない?」
 あなたが何にプライドを持っていて、何を自らの教条としているかは知ったことではないけれども、自分の尺度になんの疑問をもたず、それをそのまま他人に押しつけるずうずうしさに気づかないあなたの高慢さが私にはまったく理解できない。
 あなたの価値観はあなたの価値観、それを否定するつもりはないけれども、人にはそれぞれの価値観を持っていることを理解していただきたいものだ。
 ひとまずわたしは、年功序列などと都合のいい事をいって、本来対等であるべき関係性に傾斜を作って覆い被さってくる人を、私は絶対尊敬しないって事。
 年上だからって無条件に従うあなたの生き様は否定しないけれども、私はそれはできない。
 とにかく私は私の尊敬したい人を尊敬する。そしてそれはあなたではない。



 ――明らかに特定の誰かを攻撃している。



 あー、めんどうくさい。
 この人と一緒にいると、余計なことに気を使わなくちゃならないから疲れる。
 「弁えなさい」とか他人に平気で言える人とは、わたしはつきあえないなぁ、正直な話。
 あなたはどれほどのご身分なんだと。
 やっぱりこの人とは、表面上のつきあいだけにしよう。



 最終的には愚痴になっている。苦笑い。
 あー、思い出した。
 この時、反りのあわない人と一生懸命つきあおうとしていてキリキリしていたんだ、自分。
 しかもそれが仕事関係でないところで、っていうのが絶妙にアレでコレで、と。 
 なんというか、こうして自分の過去の言動を振り返って見ると、つくづく自分が小物で切ないですね。



2008.5.8

 仕事やめたと堂々公言したのに、結局日記の更新すら止まっているのに、憤懣やるかたないまこりんです。
 ゴールデンウィークまでぎっちり予定がつまっているのは前々からわかっていたけれども、それが明けた途端風邪をひくというのはどういうことでしょうか?
 しかも明日から五日間ほど自宅に戻らず――。なんというか、ぜんぜんニートらしい生活じゃないぞ、おい。
 もっとさぁ、せっかくのニートなんだから一日中2ちゃんに張りついてたり、クリアしたロープレのレベルあげをねちねちやってたり、いかにも「人生のリソース無駄にしています」的なこと、やりたいのになあ。
 ってわけで、本格再開はもちっと後のようです。
 そうそう。「明菜様の本出したなぁ」というのは、現段階ではまったくのドリームですので、まだ現実的な進捗状況はゼロに限りなく近い、です。
 なんかもう、そのひと言にやたらハイタッチなリアクションを取ってくださる方が多くて面食らいましたよぅ。
 とはいえ、ありがたいことです。
 ただ「いつか」と思っているのは確かに事実ですので、長い目で見てやってください。



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