中森明菜 「CRUISE」
1.URAGIRI
2.赤い不思議(ミステリー)
3.さよならじゃ終らない
4.LIAR
5.乱火
6.Close your eyes
7.Standing in Blue
8.風は空の彼方
9.Singer
10.雨が降ってた…
不遇のアルバム (1989.07.25/ワーナー・パイオニア/292L-80) |
「緑や紫の服を上品に着こなせる女性は美人だ」という話を高校時代、美術の先生から聞いたことがある。 と、その話を聞いた時に真っ先に思い出したのが、このアルバムのジャケットだった。 中森明菜「CRUISE」。ジャケットの品のいいエメラルドグリーンのドレス姿の明菜が美しい89年のアルバムである。 この作品はほぼ同時期発売の写真集「CRUISE」と連動したアルバムであった。 この写真集はファッション雑誌をモチーフにした写真集であった。 明菜の写真にはかならず使用した衣装や小物のメーカーや価格、さらにそれっぽいコピーがキャプションされていたし、また明菜お気に入りのコスメや靴、帽子、アクセサリーなどの小物の紹介やファッションに関するインタビュー、また明菜の関係者からのコメントのページ、音楽・映画からショップやディスコ、雑誌などの明菜のフェイバリットを紹介のページなども配し、更にいかにもな企業広告までいれると、徹底的にファッション誌というスタイルを徹していた。 あきらかに他のアイドル写真集とは一線を画す、彼女が80年代のファッションリーダーのひとりであったという事実をしみじみ感じることのできる、彼女のモード感覚を最大限に生かした非常に面白い作りのものであった。 (ちなみに撮影はパリ・ロンドン・ニューヨーク・東京で3ヶ月もかけて行なわれた) その写真集に呼応するように、このアルバムも他のアルバムと比べると、非常にドレッシーなつくりになっていた。 かいつまんで言えば、都市的なソフィスケーションを感じる非常にフェミニンでノーブルなアルバムなのである。 そういった点からいえばこれまでの作品でいえば『CRIMSON』に近いといえる。ただ『CRIMSON』の頃はピアニシモの部分のボーカルコントロールがまだ達者でなかった(―――悪く言えば、ぶつぶつ歌っているだけで明菜の声が全然聞こえない、という批判が充分可能な作品だった。)。 が、『Cross my palm』『Stock』と経て、自己のボーカルを完全につかんだ後であるので『CRIMSON』において見られた弱点はこのアルバムでは完全に解消されている。 『CRIMSON』とおなじように基本は小さく歌っているのだが、『CRIMSON』のときよりも断然に声のきめが細かく滑らかで、さらに要所要所で挿し色のように強く張って歌っていて、それが飽きさせない実にいいアクセントになっている。 耳たぶをくすぐられているような、甘く深い彼女のピアニシモボイスがこのアルバムでは堪能できる。 (ちなみにこのアルバムは写真集撮影の合間に制作、レコーデイングはニューヨークはヒットファクトリーで、歌入れにかかった日数はわずか2日というのだからものすごい。常に本番一発録りの美空ひばりと同じ世界だ。こんな歌手、そういない。) と、ファッショナブルでアーバンな気品を湛えた作品なのだが、不幸なことにこのアルバムのリリース直前、彼女は自殺未遂という決定的な事件を起こしてしまう。 それゆえに、アルバムの意図するところとまったく違うところにリスナーの焦点が合わさってしまった。 例えば、先行シングルの「LIAR」 もう貴方だけに縛られないわ 蒼ざめた孤独選んでも 更にアルバム曲に目を向けると……。 二人してお人良し演じても ドラマにはならない つい、彼女の長い恋とその終わりを感じさせるフレーズばかりに眼がいってしまうのだ。 さらには「赤い不思議」の「情熱よりも赤く染まった不思議」というのは彼女の内肱から流れた赤い血なのでは、と穿った考えすらも過ぎってしまう。 しかし、それはこのアルバムにとって少々不幸な解釈であろう。 このアルバムのもっとも核となる部分というのは、例えていうなら「Close your eye」から「Singer」に至るまでの部分なのではなかろうか、とわたしは思う。 都市的ではあるのだが、『CRUISE』というタイトルがしめすように、不思議とこのアルバムはどこか大洋的でゆったりとしているのである。 それは都市というアクリル板で仕切られた人口空間をゆったりと回遊している水族館の魚のようにわたしには映る。 また、歌詞をよく見ると、何かのキーワードが隠れているようにも見える。 星、月、夜、雨、風、……。 これらの天体的・気象的な大きな言葉がこの人工でありながらその向こうに自然を感じさせる広がりをアルバムに与えているような気がわたしはする。 全体的にクオリティーの高い楽曲が並んでいるが、その中でもわたしのもっとものお気に入りはこれらの曲である。 「Standing in Blue」 これはリリース前「台風の目」という副題がついていた。それを知ると理解がしやすい。 台風直下の誰一人いないビル街。ある時、嘘のように雲が晴れ風すらもやみ、しんとなる。台風の目だ。 街路樹の葉や新聞紙、折れ曲がった傘などが吹き飛ばされて散らかった舗道にぽつんととり残されたようにたたずむ女性がいる。死んだような街並にそこだけ色が灯る。 台風が運んだねっとりとした熱帯の空気。物音ひとつない。ただ、不気味に空が蒼い。真空地帯のような不条理な一景。明菜は柔らかく「Standing in Blue」と歌を滑らせる。 「Singer」 恋人との別れの情景。女は歌手だ。舞台の上からすましながら男に対して歌でさよならを告げる。 消えかけた恋の熾火を一瞬燃え立たせるかのごとく、優しくかつこれ以上ないほどコケティッシュに「Baby,look at me」と明菜は決める。 これが上手い。甘いが、決して情でべたついていない。この声を聞いたらほとんどの男は思わず別れを考え直してしまうんじゃないかな。 件の事件のおかげでこのアルバムはどちらかというと継子的な扱いを受けているような気がする。 その後の歌唱も91年の復帰コンサート「夢」での歌唱以外ほとんどない状態だ。 是非とも再評価とコンサートなどでの歌唱をわたしは希望している。 だって「URAGIRI」とか「風は空の彼方」なんて1回もコンサートで歌ってないんだよ、もったいないよなぁ。 |