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中森明菜 「AL-MAUJ」

コスプレで勝負をかけた明菜

(1988.01.27/10SL-100/ワーナー・パイオニア)

1.AL-MAUJ 2.薔薇一夜


「北ウイング」以降、「明菜の年頭のシングルは派手に」というスタッフと本人の意向があったのだろう。
「ミ・アモーレ」「Desire」「TANGO NOIR」と賞レースに照準を合わせた豪華で派手な楽曲をそれぞれの年頭に明菜はリリースした。
と、迎える88年の年頭のシングルとなったのが「AL-MAUJ」であった。

これも勝負曲らしい明菜の意気込みが感じられる、コンセプチュアルな衣装とダンスによって彩られる、壮大な楽曲であった。
しかし、その歯車がガッチリあい、結果を残したかというと、そうではなかった。
明菜の意気込みが少々空回りし、平凡な成績に終わった、というのが、世間一般でのこの楽曲の評価だろう。
しかし、私はこの楽曲のことが決して嫌いではない。
むしろ、「明菜らしいな」と思い、静かに愛している。

ひそかにこの曲はカバーである。
佐藤隆のアルバム『水の中の太陽』(87年7月リリース)の「デラシネ」の歌詞の一部を差し替えたものである。
――原曲では男性視点での歌詞であるのを女性視点に書き換えている。

タイトルはアラビア語で「波」という意味で、寄せて返す愛であるとか波動とか様々な深い意味があるのだとか。
ジャケットはギリシャで撮影されたという金色のターバンをかぶり、黒い薄絹をひらひらとさせて、砂漠の失われた王国の姫君か娼婦かといった格好でものすごい。

もちろん、この衣装で歌番組では歌唱披露となった。
この時期の明菜のシングルは「ビジュアル至上主義」ともいうべき徹底したイメージ戦略によっていたのだが、こと、この「AL-MAUJ」に関してはそれが最も極端に顕れていた。
衣装もジャケットの金と黒を基調にしたベリーダンサー調のモノのほかに、グリーンをベースにした薄絹が全体を包んだ緑の精霊の化身のようなものもあったし、赤の薄絹をふんだんに使い、額の飾りや耳飾りをこれでもかとつけ、ほとんど戦隊ヒーローモノの悪の女王みたいなものもあったし、 頭を薄紫の布でくるんだようなのもあった。
またスタンドマイクも凝っていて蔦のような緑に蛇がうねうねと絡み合っているものだった。
徹底したビジュアル主義で、そのきらぎらしさはコスプレといっても過言でなかった。――まだ「コスプレ」という言葉は人口に膾炙される以前の時代である。

もちろん、明菜ウォッチャーである女性誌はこのコテコテなコスプレを「下品である」と評した。
が、今の私の視点で見ると、「こんなコスプレチックな衣装を纏っても、まったく格調が崩れていないんだからスゲーなァ」と思ってしまうんだが。
――「コスプレ」って安いじゃん、なんか。
もちろん衣装の素材自体の安さもあるけど、着ている人の衣装に合わせた演技がやすい、というか着ている人の存在自体が安いというか。
コスプレって、している本人からはどうやっても拭いきれない普通に社会生活している感が漂っているのに、そこに不似合いな変な衣装を着てしまうので、普通っぽさの雰囲気と衣装とが齟齬をきたして、なんともいえない妙てけれんな雰囲気になるじゃん。
それがあの時の明菜には全く微塵もなかった。
衣装が歌の世界や彼女のダンスや表情などと一体となって、一つの異界となっていた。

『不思議』の路線の延長にこのシングルはあると思えたし、曲自体だけみると単調だけれども、詞作の恋愛至上主義的な感じとあわさるとなかなかだし、全体像としてはかなりハイレベルだったと今でも私は思う。
が、結果としては、前作の大名曲「難破船」に隠れてしまったようにみえた。
チャート的にも指定席の1位は獲得したもののランク下降も早く、「ザ・ベストテン」でも前作「難破船」の5週連続1位、自己最長ランクの15週チャートインに比べ、3週連続1位、ランクイン8週と当時の明菜にしては平凡な結果に終わった。
また明菜自身も3月後半頃からは各歌番組での歌唱はカップリングの「薔薇一夜」に傾斜し、よって現在「AL-MAUJ」の楽曲自体の印象は大変薄いものである。
事実、88年は通常なら軽く流すはずである夏のシングルリリースで明菜は「TATTOO」という勝負曲で攻めた。
よってこの年の賞レースでの明菜のエントリーは「TATTOO」によるものがほとんどだったし、今現在、コンサートでこの歌が歌われる機会というのは大変少ない。
――昨年『歌姫D.D.』リリース時、「AL-MAUJ」編曲担当であり、『歌姫D.D.』プロデューサーでもある武部聡志とラジオに出演したときもこの「AL-MAUJ」を明菜は「(当時にしては)売れなかったんですよ」といっていた。

しかし、このコテコテの出来あがった楽曲と衣装とそしてダンスの世界を私は静かに愛しているのである。
でもって、――そんなこといわんでこの完璧なコスプレ路線またやってくださいな、明菜さん。と、思っているのである。


2003.11.23


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