松任谷由実
1.街角のペシミスト
2.ツバメのように
3.経る時
4.ハートブレイク
5.時のないホテル
6.DANG DANG
7.ツバメのように
8.DESTINY
9.不思議な体験
コンパートメント 〜Train of thought〜 P.V.最原初期の良作 (1984.09.01/東芝EMI) |
84年、松任谷由実の映像作品である。 MTVの影響からマイケル・ジャクソン、マドンナなどプロモーションビデオからスターとヒット曲が生まれるという現象が起こった80年代洋楽界であったが、 これが日本にまで本格的に敷衍するのは90年代になってからである。―――正確には深夜に大量のテレビCFスポットを流し躍進したエイベックスの台頭――その前哨として三貴の深夜スポットがあったが……、またプロモーションビデオを流す深夜のTBSの音楽プログラム、CDTVが始まってからといえよう。 まだ、80年代の邦楽界はプロモーションに映像作品を製作するという姿勢もほとんどないといってよかった。 というのも、まだ民生用のビデオデッキも全域に普及するその段階の時代であるので、映像によるプロモーションは当時まだ人気を博していた生放送の歌番組への出演というのでほとんどこと足りていたからだ。 (―――まあ、プロモビデオがないこともなかったけれど、大概限られた予算と限られた日程が痛いほど感じられる安っぽい作品がほとんどでしたね……。) と、いうことでこの最原初期のこの時代、歌手のコンサート映像以外の映像作品というのは大抵2つに大別される。 ひとつがアイドルの出す、いわゆる「動く写真集」的な作品―――中森明菜の「はじめまして」「明菜Inヨーロッパ」、河合奈保子「Daydream Coast」「千年庭園」、石川秀美「サザンクロス・ウインド」「偏西風」、南野陽子「カラフルアベニュー」、田原俊彦「メルヘン」など、である。 これらはざっくりいえばそのアイドルの作品ならなんでも買うというコアなファン向けの商品以上のものでも以下のものでもない。 映像もたわいない緊張感のないもので、まあ、アイドル相手にデート感覚が味わえるというのが売りみたいな代物で、まあ、この系譜はグラビアアイドルのDVDに繋がっているといっていいだろう。 もうひとつがこの松任谷由実のような作品である。 つまり、テレビでの実働がほとんどない松任谷などのいわゆる当時のニューミュージック勢のトップによるプレステージ商品である。 つまるところコアなファン向けということには変わりはないのであるが、これらは、その組織化した顧客を更に満足させ、つまりは更に囲い込むに充分なハイクオリティ―作品となっている。 多分、映像を世に出すという機会が少ない彼/彼女らであるから、それらの作品は採算を度外視したところで微に入り細にわたって制作されたのだろう。よってそれらはアーティストのブランド・ロイヤリティーを高める効果を持つ作品となっている。 ということで、この作品「コンパートメント 〜Train of thought〜」もよく出来ている。 84年という時代を念頭に入れなくても今でも十分楽しめる、と思う。 映像の一つ一つがきちんと構成がとれたものだし、何よりも絵が豪華だし、映画的な光と影の淡いがよく出ていて、純粋に美しい。 よく練られている。金もかかったのだろう。 実際、ロンドン、ベネツィアなどで2ヶ月も撮影し、出来た作品だという。 これが出来る、というだけで充分当時の松任谷由実というアーティストのパワーがものすごいものであったということがわかるだろう。 80年代という時代はそのまま彼女の時代であったのだなぁ、としみじみ感じる。 一応、全編はストーリー仕立てとなっている。 オープニングは、駅の構内の公衆電話でなにやら重い電話を掛けているユーミンから始まる。 場所はロンドンだろう。 レコーデイングをキャンセルしたこと、ある男と上手くいっていないこと、がここでわかる。 そして、その重苦しい空気のまま列車に乗り込み、コンパートメントで白い薬を並べるユーミン。―――と、ここで「コンパートメント」というタイトルの意味にファンは気づく。1980年『時のないホテル』所収の「コンパートメント」は睡眠薬による自殺の歌である。 ここで男との喧嘩――男(この男が何故マンタでないのかということは置いておこう)とのビンタの応酬、とレコーディングの不出来―――「Voyager」を歌おうとするものの、一節歌って「やってらんない」とユーミンはマイクを投げつける、がカットイン、カットアウトではいる。 そして、思いつめた眼差しでメモ用紙とペンを執り、というところで轍の響きに誘われるように彼女は眠りについてしまう。 ということでここから彼女の楽曲とそれにあった映像が流れる。 それぞれの映像は、それは彼女の見た夢なのである。というわけである。 であるからそれらの映像と楽曲は夢の続きのようであったり、また夢の更に夢のように実に奇妙に連なる。 ―――構成からいえば、中島みゆきの「夜会vol.3邯鄲」に近いかもしれない。 であるから、それらは時にシュールであったり、理不尽であったりする。 そして、そのシュールさは確信犯的なショットとショットの繋ぎによって醸し出されている。 見ていると、私などは、ふと、鈴木清順の名前がよぎったりする。―――まあ、あそこまで捩れきってはいないもののちょっと比べたくなるほどだ。 いわゆるモンタージュ的な手法に拠っているのだが、所々で、視聴者を軽く騙したり、はぐらかしたりする、それが見ていて面白い。 それは特に、曲と曲の間の繋ぎにおいて強烈に出ている。 例えば、一曲目「街角のペシミスト」で依頼を受け、家出少女を探す探偵が曲終わりにタクシーに乗りこみ、そこで眠りに就く。 彼が目覚めるとそこはなんとモーターボートの座席の上、場所はベネツィアまで飛び、彼は年老いた老人の姿となっている。と、そこで2曲目「経る時」が流れる。 さらに「経る時」ラストでは「ベニスに死す」バリにデッキチェア―で静かにたそがれる老人に後ろからそっと肩に手を掛けるユーミンという図で曲は終わる。 が、次、彼女が静かに立ち去るところで、「やったかな」という声とざわざわと話すなにやらスタッフらしきものの影。突然、あわただしい現場といった絵ではぐらかされる。 では次のシーン、とばかりに監督らしき人にうながされてユーミンが歩き出し、完全ミュージカル調の映像での次の「ハートブレイク」が始まる。 そして「ハートブレイク」終了後は「おつかれ」とばかりにそれぞれ散ったダンサーがある店でなにかを注文し、いいつけられたウェイターがドアの向こうの通路を行くと、そこは列車の通路に繋がっていて、そのコンパートの一室で見るとユーミンは眠りこけている。 と、まあ、以後もずっとこんな感じで、見ているとずっとはぐらかされっぱなしである。 連続性というものが生まれそうなところでさくっとぶった切る。 でもって、つっぱねられた視聴者には心地よい異化作用だけが残る。 夢の夢の果て、ユーミンは謎の宇宙生命体とまで交信してしまうのだが、その瞬間ふと、彼女は目を覚ます。 そこはもとの寝台車の一室である。 外はもう明るい。 憑き物がとれたような顔になった彼女は昨晩の馬鹿な思いこみを笑うかのように書き仕損じのメモを破り、並べた白い薬をトイレに流す。 そして、窓のカーテンを明ける。列車はどこかの田舎の駅に着いたらしい。 と、そこに彼女はなにかを見る。 というところでこの映像は終わる。 彼女が何を見たのか、見てない人は自分で確認してください。 ともあれファンでない人が見ても充分楽しめる作品であると思う。 わたし程度のユーミンをさらっと流した程度に知っている人はもちろん、代表曲くらいしか知らない人でも。 昨年DVD化もされたことだし、機会があるなら是非とも見ていただきたい作品である。 ま、「Destiny」や「ハートブレイク」のユーミンのダンスはやっぱりちょっとアレだけれどね。 同じくユーミン傘下の小林麻美「Cryptograph」(映像版)とともにわたしは今でも時々BGVとして愛視聴??しております。 |
2003.12.15