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メイン・インデックス少女漫画の館>対談 「JUNE」の誕生と発達、そして終焉 〜「やおい」30年の歴史を紐解く〜


対談 「JUNE」の誕生と発達、そして終焉

〜「やおい」30年の歴史を紐解く〜

【目次】
1. 少女漫画・エロ・SFの時代に「comic JUN」創刊
2. ターゲットを絞って「JUNE」復刊
3. アニパロに踏み込んで同人に併呑された「ALLAN」
4. 「小説 JUNE」創刊
5. JUNE作家たち (1)榊原史保美
6. JUNE作家たち (2) 吉原理恵子 森内景生
7. 偉大なる「小説道場」
8. 「小説道場」の門弟たち
9. オリジナルに徹した「JUNE」の短すぎる黄金期
10. 同人誌にぴったり張りついてやおい王国を築いた「ビブロス」
11. 現状はやおいの本質? それとも凋落?
12. もう、美少女な美少年は「ナシ」なのか?
13. アニパロの麻薬のような心地よさにJUNESTは負けたのか?
14. 後記にかえて……  高河ゆんは抜け目なし



まこりん(以下、M):こんにちは、「まこりんのわがままなご意見」のまこりんです。 今回はいつもTSUKASAさんと行っている対談の少女漫画系バージョンということでゲストに「ヒスイブログ」のhisuiさんをお迎えしました。
hisui(以下、H):こんちは、何やらお呼ばれされて参りました。素人娘のヒスイです。
M:素人、って
H:えへ。ちょっと聖子ってみた。
M:奥さんいつも、長文やおいメールを私におくっているじゃないですか。
H:んまあ、それは主人には内緒って言ったでしょ! て、漫才してる場合じゃ。
M:ともあれ、ヒスイさんとは密かにメールの送りあいをを繰広げておりまして、そこで、この人は「やおい」に対して一家言あると、私まこりん思いまして今回の対談となったのですが。
H:まこりん先生に言われたらビビるわー。や、でもいきなり言うけど、ぶっちゃけ私の年代のオタク腐女子だと私程度は普通のやおらーだから。
M:そうなん?
H:まこりんさんのほうがかなり面白いやおらーだと思いますね、私は。
M:「面白い」って……。面白がられた。
H:ま、稀少っていうか(笑)。
M:とにかくそんなわけでってどんなわけだがアレなんですが。今回のテーマは少女漫画対談の第一弾ということで「JUNE」ですっっ。いきなり、大手をふるっての大テーマなんですが。
H:「JUNE」の説明はいらないのですかね。
M:「JUNE」っていう雑誌がその昔日本にはあったんですよっっっ。ってそういう説明じゃ、ダメ?
H:それでまこりんさんのサイト読んでる人はわかるん?
M:まー、説明しないとわからん人が果たしてこのテキストを読むのか、という。
H:あはは、そうだ。

■ 少女漫画・エロ・SFの時代に「comic JUN」創刊

M:ま、一応軽く説明すると「JUNE」は「ボーイズラブ」とか「やおい」とか「耽美」とか色々名称のある「女性向男性同性愛作品」をテーマにした世界ではじめての商業誌で、版元がサン出版→マガジンマガジンで、コピーが「今、危険な愛に目覚めて」という。そして昨年惜しくも他界された。そんなこのジャンルのパイオニア的雑誌なんです。ってこんな説明でどうですか?
H:まず「comic JUN」という雑誌があって、すぐ潰れて?(笑) そののちまた「JUNE」として復活、ですかね?
M:そんな感じ。
H:そのへんは二人ともリアル世代じゃないので勘弁ですね。
M:っていうかヒスイさんは「JUNE」の存在に気づいたのはいつぐらい?
H:ええと、小学校のとき、うっかりエロ本とは知らずに大JUNEの復刊号買ってしまい、おうちに持って帰れなくて友達の家に隠した、ってのがわたしの思い出宝石箱にあります。
M:バックナンバーでそれ以前とか読んだりとかは、せんかった?
H:せんかったねえ。まだ子供だったし。
M:実はですね。今、私の手元に「comic Jun」創刊号があるのですが。
H:おおお。
M:いつ買ったんだよ、俺。
H:ほんといつ買ったんだ(笑)。
M:これが78年10月号なんですね。
H:78年!? そんな古いんだ。
M:もっと歴史浅いと思った?
H:ええと、「大JUNE」復刊号は何年なんだろ。
M:81年。
H:あー、そんな開いてるのね。竹宮恵子の「風と木の詩」とか、雑誌連載されてたのかな。そのころって。
M:そうそう。
H:なるほど。じゃあ世の中が少し「少年愛」ブーム?っていう。水面下で。
M:24年組のブームがこの頃で、あと栗本薫の「真夜中の天使」の出版もこの頃。ちょうどこの時期のJUNEに「世紀末的美少年ベストテン」というキャラクターの人気投票コーナーがありまして、その1、2位が「風と木の詩」のジルベールと「ポーの一族」エドガー、という、そういう時代です。ちなみに、歌手の一位がジュリー、2位がデビットボウイだったりする。
H:ほほーー。じゃあ結構もう少女マンガの世界ではそういう下地があって、ついに専門誌の登場みたいな感じなのね。
M:そうそう。
H:まだ「やおい」という言葉の影も形もなかった時代だけれども。そのころ、新書館あたりも、結構マニアな雑誌をいろいろ出してた気がする。
M:えぇと、泉鏡花とかヴィスコンティとかニジンスキーとかそういうお耽美テーマのムックの「ペーパームーン」はこの頃で、その後派生した少女漫画誌「グレープフルーツ」がちょい後の81年創刊。
H:ああ、じゃあちょっと後なのか。「JUNE」より。「SFマンガ大全集」とかは?
M:それはこの時期だね。「漫画奇想天外」とか「ペケ」とか「マンガ少年」もこの頃。
H:SFブームもあったよね、ちょうど。あと少女誌も、もう結構「LaLa」とか、人気のころだ。
M:「LALA」が76年創刊で、「プチフラワー」が80年創刊。24年組とそのフォロワーがここいらを中心に大活躍する。あと当時は「劇画アリス」などのエロ漫画ブームもあって……。
H:エロはどの方面?
M:大友克洋とか。
H:ああ。あと吾妻ひでおとかだ。
M:そのあたりがエロ漫画誌でシュールで実験的な作品を書きまくっていて、という。後に政治家になった亀和田武がSF書く一方でエロ漫画を編集していたり、と。つまりは、SFとエロと少女漫画、この3つが70年代末期にブームになって。
H:そのころの雑誌はその三つの要素って、そこそこ全部混ざってたなっていう。
M:そうそう。その三要素のバランスで色々って感じ。
H:とても濃いというか、シュールな世界。でもまあ「JUNE」の発祥は少女マンガ?なのかなあ。
M:JUNEは「エロ+少女漫画」というハイブリットなんじゃないかなぁ。24年組を中心とした少女漫画ブームと吾妻ひでおらを中心としたエロ漫画ブームを掛け合わさったところにできたのが「JUNE」だったのかな、と。
H:ですね。初期の「JUNE」って、同性愛オンリーってよりも、ちょっとエロ雑誌っぽいとこもありつつでも少女マンガの人気作家が名前連ねてて。
M:そこが、非常にごった煮で、混沌としている。これは、版元がエロ系中小出版なのに書き手は竹宮恵子とか木原敏江とか少女漫画本流で、というアンバランスが生んだ結果なんだろうけれども。
H:「グレープフルーツ」はもうちょっと、オシャレ?というか芝居のレビューとかエッセイとか多くて、JUNEからエロ要素抜いた感じですよね。
M:そうそう。
H:高級少女マンガ、みたいな。
M:「エロなしのJUNE」が「グレープフルーツ」という。
H:じゃ、「JUN」はもっとエロ要素濃かったんだ?
M:あーーーでも、まぁ、今のやおい業界からしてみればたわいのないエロというか、ってまあ、そもそも「LaLa」「プチフラワー」「グレープフルーツ」と初期「JUNE」って、作家陣の傾向そんなにかわらないからさ。
H:うん、だからなんか当時は、メジャー作家が、ちょっとマイナーなところで、マニアックな趣味ものを描いてる、感じだったかも。
M:それはあるだろうね。
H:ええ?あの方がこんなものを!みたいな(笑)。作家もそこは楽しかったのかもね。
M:だからそれこそ、エロ劇画誌で実験していた吾妻ひでおと同じように中小版元だからできる遊びや実験を少女漫画家たちはJUNEでしていたのかなと。
H:うんうん。
M:栗本薫がいくつもの変名を使って小説を上梓したりとか。
H:創刊号とかほぼ一人で書いてるみたいですよね。
M:そうそう。見るからにホントそんな感じだし。ジュリーとか巨人の星とか森茉莉とか、内容が彼女が後に色々語るもののオンパレード。
H:書き手がまだいなかったんですよね、たぶん。特に活字は。
M:今ふと創刊号見て笑ったんだが「無人島で美少年と2人きりになったらどうしますか?」って読者アンケートに「増山法恵」とか「青池保子」とか、さりげなく読者にまぎれて解答しているんですが……。
H:うはははは。豪華メンバー。ノリが同人誌、というか合同同人誌、なのね。
M:確かにそうだね。
M:あとちょうど「JUNE」創刊時に「だっくす」→「ぱふ」「コミックボックス」みたいな漫画評論・情報誌みたいなものも出てきて、その流れもJUNEは汲んでいたのかな、と。
H:なんていうんだ。そういうサブカル風潮? 評論がカッコイイ、みたいな感じの時代ですよね。
M:初期「JUNE」にサブカル風味は欠かせないかな、と。橋本治とか中島梓とかそういう人が漫画評論して暴れていた時代でもあって、彼らが実際そういう作品の書き手としてコミットしたりもして、という。
H:まだそのあたりでは、「JUNE」はまだまだそういう、サブカルの中でもオタク系の人の遊びの場だったのかな。
M:創刊前後はそのテイストは強いかなぁ。だっていしいひさいちとか、いしかわじゅんとか、ひさうちみちおとかも執筆しているし。
H:やっぱりまだ「世の中にないから」っていう理由もあったんじゃ?
M:柴門ふみも高野文子もいるし……。
H:柴門ふみ?うわぁ。
M:作家デビュー前の林真理子も美少年写真館みたいのにコピー書いていたみたいよ。
H:やっぱり今だとちょっと「ダ・ヴィンチ」っぽい(笑)。
M:いわゆる「70年代末から80年代初頭の漫画ルネサンス時代」の薫陶をもろに被った象徴的な雑誌のひとつというか。
H:初期「JUNE」はね。
M:うん。それがさっきいった三つのブームが終焉していくと、他の中小版元の漫画系新雑誌が全部つぶれたのと足を同じくして潰れてしまった。で、復刊する頃にはブームが収まって「そういう人達」のために特化した雑誌としてメタモルフォーゼしたのかな、と。

■ 
ターゲットを絞って「JUNE」復刊

M:てわけで、81年に不死鳥のごとく復刊した「JUNE」なわけなんだけれども。
H:そこで一部少女マンガファンだけにターゲット絞った感じ。
M:そうそうそんな感じ。サブカルのお祭り騒ぎ雑誌から隠花植物の雑誌へ、と。
H:狭くてもきちんと採算取れるマーケットを相手にしようと――って、まだそこまで打算的じゃないか。
M:でも、それも少しはあるだろうね。だって「comic Jun」って380円設定だったんだもの。そりゃつぶれるよ。
H:あぁーー。復刊「JUNE」は、高かったぞおー。
M:780円くらいだよね。
H:うん。そのあともっと高い「グレープフルーツ」ちゃんが来たけど(笑)。子供には目が飛び出る金額のマンガ雑誌の印象。
M:値段をあげてユーザーを絞って、っていう戦略に移ったと。
H:やっぱりそのへんはちゃんと「お金出しそうな高級少女マンガファン」に絞ったのね。
M:それこそ、「JUNE」復刊の同時期に「グレープフルーツ」の創刊もあるわけで、これはパラレルだったのかな、と。 ムーブメントの終息のオーラスとして、一番コアな部分を引き継いだものが生まれた、という。
H:そしてそれは当たった、んですよね。一応。
M:ってことなのかしらん。
H:いちお、連綿と続いたわけだし。最近まで。
M:ただ、いわゆる大判のJUNE、通称「大J」って「漫画主体」というよりも「情報主体」っぽい感じだったと私は思うんですよね。
H:ムック本みたいな感じですよね。
M:だからそれこそ「グレープフルーツ」みたいな。
H:うん、だからどっちかってと、当時は珍しかった女の子が好きそうな洋画、洋楽の紹介とか。
M:あと作家の対談とかインタビューとか色んなテーマに則った特集とか、そういうのをまとめた雑誌。
H:そうそう。「ぱふ」とか、「ダ・ヴィンチ」系だ。
M:「やおい情報誌」って感じですね。やおらーのための「ぴあ」。
H:やおいって言葉はなかったけど。なんだろ、「きれいなホモ」情報誌(笑)。

■ 
アニパロに踏み込んで同人に併呑された「ALLAN」

H:あ、そうそう当時「ALLAN」という 類友雑誌が……ってそれは触れない?
M:あーーー。みのり書房の。後に「牧歌メロン」になったりとか、というアレ?
H:あっちはどっちかというと、芸能パロに走ったんじゃなかったか……(遠い記憶)
M:そうそう。
H:情報誌→読者投稿芸能ものみたいなね。「JUNE」はそのへんは、一線ひこうとしてた、のかも。
M:「JUNE」も映画やらCMやら小説やらなんやらの燃料になる素材というか、そういった諸々の様々な情報提供と交換、さらに啓蒙活動が主体、というか、そういう雑誌でもあったんだけれども。それを更に特化したのが「ALLAN」だったかと。
H:うん、だから「ALLAN」はどっちかっていうとパロ同人誌方面に寄ってって、「JUNE」はオリジナル系を目指してたみたいな違いはあった。
M:あーー、そこが分水嶺か。
H:うん、当時はアニパロ同人誌とか流行りだした頃だから、ってイメージで言ってるけど。
M:「必殺」とか「ジャニーズ」とか「太陽にほえろ」とかそのあたりが素材になったんだよね。
H:そうそう。本田恭章とか(笑)。
M:まぁーでもヤスアキ君は「June」でもアイドルだったし。
H:ああ、うん。でも「JUNE」は、パロは御法度みたいな雰囲気なかったかなあ。オリジナル>>>パロディ、みたいなのが、JUNE誌の方針としてあったような気がするな。
M:でも「JUNE」もひっそりゆめのおとめさんのガンダムパロとか載っていたりしたけれどもね。
H:あ、そうかー。
M:そもそも「ストップ劉備くん」連載しているし。
H:あっははは。まあそれは別枠というか。
M:ただ、まぁ、傾向として「ALLAN」と「June」の違いってのは、象徴的かも。これがちょうど小説JUNEが隔月化するあたりに分かれる感じですよね。
H:そっか。
M:時期的に言ってそうかな、と。
H:「ALLAN」はその後潰れてますよね?
M:はい。見事に。
H:あー、じゃあいったんそこではJUNE系が勝利を(笑)。
M:ていうか、まぁ、「ALLAN」にいくんだったらフツーに同人誌に行くかな、と。
H:うん。
M:そのへん差異化できなかったのかな。結果、コミケが肥大していくにつれてのみこまれて云ったという。
H:ですね。同人誌買ったほうがいいもんな。
M:確か廃刊も80年代後半で、 同人が急激に盛り上がりはじめた頃だったかと。
H:商業で堂々やれないってのもあったんじゃ。なんかクレーム来たとかの話もあったし。ナマモノのハシリですもんね。
M:あーー、ジャニーズからクレームが来たという話を聞いたことがある。
H:ジャニだっけ。まあでも来てもおかしくない。タレントとマネージャーのやおい話とか載せてたんだからまさに同人誌でいいよっていう。
M:たしか当時のジャニものはシブガキ隊が一番同人ネタにあがっていたかと……。
H:はいはい。
M:で、その辺あたりでクレームが……って、何故そんなことを知っているんだ、俺は。
H:ほんと、なんで知ってんの(笑)
M:もう自分でもわからんよ。

■ 
「小説 JUNE」創刊

H:「小説JUNE」って、いつ創刊ですか?
M:82年。
H:あ、大JUNE復刊号から一年後?やっぱ記憶と食い違いがあるなあ。もっと後かと思ってました。
M:あ、そうなん?
H:うん、なんか「JUNE」だけの頃までは、ほんとに「クラスの誰も知らない世界」だったのだけど小説JUNE創刊あたりから、だんだんとオタク少女の間でブームになったというか、少女マンガでももうその系が溢れ出した感じがあったから、もっと間があいてるような気がしてました。
M:今のモニターの隣においてある大量の「小説JUNE」が82年創刊だとそう証言しております(笑)。まあ、小Jの隔月化までちょっと間があるからね。
H:最初は季刊?
M:あーーどうだろ。小J創刊号は「劇画ジャンプ増刊」って表記になってます。
H:最初は増刊?みたいな形だったのかな。活字でいけるんかな?っていう実験的な。しかし「劇画ジャンプ増刊」って、なんかその響き、聞き覚えが。
M:確か大J復刊時も「劇画ジャンプ増刊」だったかな。
H:そっか、そのへんはサン出版の事情?(笑)
M:あ、それはそうでしょ。
H:ま、でもとにかく最初は「JUNE」ってあくまでマンガ文化だったのが「小説JUNE」でちょっと方向が変わったというか、ここが今の「ボーイズラブ」ブームには繋がってる気がする。私は。まだ直行じゃないけども。 確か「小説JUNE」も、最初は同人作家をスカウト?で始まったんでしたっけ。
M:「JUNE」が同人作家をスカウトしていたというのは初耳です。
H:そのへんの事情って私もあとで聞きかじってて確かじゃない。読んでたけど、ネット時代じゃないし、子供だから大人の事情な情報わからないし。ただ最初の書き手たちはオリジナルの同人から集めたとか聞いたんだけど。
M:ソースは不明のネタですね。わたしはそれはわからんです。
H:うん、でもまあ「小説JUNE」の書き手がプロ作家じゃなかったことはたしかだよね?中島梓以外は。
M:あ、それはもちろん。だってメディアとしてないわけだし、そういうジャンルが。
H:ああ、うん。だから最初は投稿雑誌だったという。
M:ともあれ「ALLAN」と「JUNE」がそれぞれの進む道へとずれていく、そのJUNE側のきっかけが「小説JUNE」だったと思うんですけれども。
H:ま、大JUNEだと保たなかったのかも。拡大できないというか。
M:さっき云ったように大JUNEは情報誌としての側面がおおきかったからね。それがメインだとパイがもともと少ないのだから限度がある。
H:そうだね。「小説JUNE」で活字のJUNEものファンという層ができたわけだし。
M:それまでの大Jは「情報誌」であって、オリジナリティーという部分では薄かったのがここでいよいよ独自性が出てきたと。
H:ここから「JUNE」がその世界の代名詞になってったし。
M:"「JUNE」なるもの"というのが明確になるのはやっぱり「小説JUNE」が創刊してからかな。
H:うん。個人的な印象としても、普通の子(それほどコアなマンガファンじゃない)までが読み出した感じだった。小説JUNEから。
M:いわゆるボーイズラブ限定で書く作家というのもここではじめて生まれてくるわけだし。それまでは「そういうのも書けます」って人がメインだったのが専業でそういうのを書く人が出てくる。
H:それと女性向けのエロ雑誌、エロマンガ誌ってのがそもそもなかった。男女ものでも。それも当時としては大きかったかも。レディコミとかまだない頃だし。
M:あーーー、そうね。
H:女性向けエロは少年愛もの?のほうが先よね。
M:「フォアレディ」とか「BE LOVE」とか成人女性向け漫画誌というのは既にあったけれども、エロ込みのいわゆる「レディコミ」はなかった。
H:たぶん時代的にまだ、女性がエロを読む、ってのがおおっぴらにはなってないから。
M:そうね。
H:そこは「ホモ」で誤魔化された感じで(笑)。
M:生理用品のCMでさえやっと出てきたって頃だし。
H:そういう時代だから、なんか「少年同士」ならOK、みたいな?そういうのがあったのかなあ。もろエロメイン!には見えないっていうか。
M:つまり、この時期は女性が自身の性の匂いを大っぴらにだすってのが少しずつアリになろうとしている過渡期だった、と。
H:そうそう。
M:まぁ昭和が終わると、その辺完全アリな世界になっていくんだけれども。
H:女性もエロ好きなんだよ、とは言えないけど、でも読みたい、みたいなのは絶対根底にあると思う。小JUNEあたりから。
M:それが限定的にアリになってきた、と。
H:マンガよりね、活字のほうが少々ヒワイ度が高くてもOKなとこがあったというか。
M:まぁ、間接的だし。
H:だから小JUNEはヒットしたんじゃないかなあ。絵ほど、モロには見えないでしょ。
M:でもそういう同時代的な抑圧ってのはリアルタイムでないから、わたしはよ―わからん。
H:まあ、エロつったって今のボーイズに比べたら、全然だけども。さっき三田菱子の「M」読み返してて、あとがきに「JUNEってフェミニズムのネガじゃないか」みたいなこと書いてあって、それ読んで「あー、そういう時代だったのかも?」とちょっと思って。
M:それはそうだと思いますよ。「JUNE的なもの」とフェミって緊密な関係かなと私も思う。
H:ちょうど自分はそこからズレかけの時期だから、当時はわからなかったんだけども。でも、そのころはそういうのが絶対あるわけじゃない?
M:そうね。
H:だから、その時代モロな人と、今のボーイズ世代が違うのは当たり前なんだなと思うけども、って話が飛躍してる?
M:ちょっと飛ばしすぎかも。
H:JUNを、じゃなくて順を追いましょうか(笑)。
M:はい。結果から云うと大・小で交互に出版していくパターンっていうのは物凄く合理的だったのかな、なんてわたしはおもったりします。
H:うん。その当時は、バランスが良かったのかも。
M:いわゆる大Jは「ファンロード」「ぱふ」みたいな傾向が強くて、読者を結ぶ絆になっていたというか。
H:うんうん。同志がいないものを繋ぐ絆ね。
M:そうそう「JUNEがもう押入れにしまいきれません。親にばれる」みたいな。
H:「デビットシルビアン、ステキなのー」って語れる相手がいないですからね、普通。
M:いまだったらネットで事足りるような諸々の役割があったというか。
H:ああ、うん。じゃ大Jがなくなったのは、薔薇族がなくなった原因と同じなのか(笑)。
M:あああーーーー。そういうことかい(笑)。
H:ネットがあるからもう役割は果たした、って。
M:だから大Jが先になくなったんかい。
H:そうかも。
M:ともあれ、小Jで「ここでしか」という作品世界を構築して、大Jで読者とのコミニケーションを取り、というその両輪は、ここから長らく上手く回っていたのかなと。

■ 
JUNE作家たち (1)榊原史保美

M:ってわけでようやくJUNE作家たちについて話せるかなという感じなのですが、小J創刊号。
H:うい。竹宮表紙ですね。「ねじの回転」。
M:まあ、作家は榊原史保美と栗本薫の変名作品があって。
H:具体的に作品名は?
M:榊原が「蛍が池」で、かおりんは「ドミニック」。あとは…………それ以外は非常に見所のない作品が並んでいるんですが。
H:あははは。そう言うな!
M:やーー、ていうか皆さん小説が……。だから「蛍が池」はそりゃ評判になるよ、という。
H:おかげで榊原さんはいまだに心の贔屓度が高いわ、私(笑)
M: 榊原さんはこんな言い方するとご本人は嫌がると思うけれども結果、「初のボーイズ出身作家」になるわけで。
H:ああ、うん。そうなるのかぁ。作品自体がボーイズラブって言葉とあまりに合わないね。
M:まぁ「女性向け男性同性愛作品出身作家」というか。彼女の初の単行本が出たのが85年で。
H:一番最初?JUNE作家では。
M:うん。小説では森茉莉、栗本薫の次。そのあと江森備とか、布刈丸洋子とかいろいろ続くんですが。
H:榊原さんのJUNE作品は、今思うと一番JUNEっぽかったかなぁ、と。
M:「蛍が池」とか「カインの月」とか「龍神沼綺譚」とか。これこそ「JUNE」という要素がつまっているよね。
H:ただ当時は、それこそ商業的な本って森茉莉、栗本薫しかなかったから仕方ないんだろうけれども、最初JUNEで榊原作品読んだときも「うわあ」ってのはあったんだよね。魔性の美少年だよ、平家の落人部落だよ、みたいな。
M:「古い」ってこと?
H:そうそう。少女マンガではもう、もっと先行ってる感じで。
M:「今時これかよ」って?
H:うん、そう思ってたの。私は。
M:何故今更、横溝正史でJune? 今更「ひいなの埋葬」? みたいな。
H: そう。それも横溝から、都合悪いところは全部抜いて、焦点が同性愛!というか風木なわけで。
M:それってどうよ、と?
H:うん、だからマンガをそのまま小説にした感じなんだけども、そのころの活字文化でいうと、マンガと比べてまだ拙い印象があったと。だからちょっと読んでて「うわあ」ってのはあった。
M:でも、改めてみると榊原史保美さんってそういう系統の小説家として文章はトップクラスでない?
H:そうなのよ。今読むとすっげ上手いんだあー。さっき言った三田菱子さんとかもそうだけど。
M:普通にすらすら読めて、色っぽくって、文に深みも重みもあって。
H:そうそう。
M:きちんと「小説」なんだよね。
H:そんでね、その今言うところの「萌え」的にもトップクラスだったわけ(笑)。
M:結局それかい。
H:もっと良い言い方すると「情念」?(笑)言っちゃえばエロ的にも萌える、というか、すごく色っぽいんだけど。
M:抑制的というか、にじみ出るエローースという感じで。
H:それがむしろ竹宮萩尾より強かったというか、作品として明らかに当時の少女マンガの完成度までは行ってないはずなのに何故こう!っていうそういう部分は絶対あった。
M:でも榊原センセはその後、真正の「JUNE」から脱却していわゆる萩尾望都作品のような「魂の救済」の方向にテーマを重く持っていくわけで。
H:だからそれ、あれじゃないかな。まこりんさんが言ってた、やおいって一過性のリビドーが必要っていうか、時期があるという。 そのあと、どんどん作品の質は上がったけども小説JUNEを押し上げたパワーとしてのやおい度は薄れたというか、薄れるものなんじゃ。
M:生粋のプロでは出せない溢れるリビドーってのがJUNE作品の魅力だったりするわけだしね。ま、つまり榊原さんは以後「プロ」になってしまった、という。
H:だからそこがインディーズバンドの魅力と(笑)。
M:って意地でも、そっち持っていきますな。ま、でも榊原センセはこの時期のもいいですけれども「風花の舞」「火群の森」「荊の冠」といったあたりが一番いいと私は思ったりする。
H:まこりんさんかなり榊原フェチ?(笑)
M:大ファンでした。つーか最初に読んだJUNE作品が「青月記」だから、私にとっては原点なんだよね。
H:私は後からファンになった感じかなあ。大人になってからあらためて、みたいな。
M:まぁ榊原さんは作家としてずっとやっていけると思ったのにいつのまにか小説書かなくなって悲しいっす。
H:もう全然書いてないんだ?
M:もう五年以上新作上梓していない。
H:今はそういうマーケットがなかなかないのかなあ。
M:その後の彼女の作品っていわゆるやおいレーベルからの出版でないし、作品も実際そうだし。かといってやおら―以外誰が読むのか、という作品でもあるわけで。
H:でも昔はさ、それこそ一般で赤江瀑とかあったじゃない?
M:でも赤江瀑はやおいというよりも、ホモだし。
H:ホモ、つか耽美系?というか
M:渋沢龍彦とか中井英夫とかあの系統?
H:うん。寺山修司とか。
M:あー、確かに榊原さんはそっち方向にも片足突っ込んでいる感じ、ありましたよね。
H:あの路線って、なくなっちゃってる感じがする。ボーイズラブに押されて。そういうの、もう出せないんじゃないかな。そんなことない? ボーイズラブが確立されちゃったからかえってそっち系はそっちでやれ、みたいな。
M:へんに隙間に入っちゃった、と。
H:かな、とは思う。今は昔よりマーケット広いようで実はかえって偏ったのかもって。
M:それはあるかも。
H:ボーイズラブの市場自体は、昔にくらべてずっと大きいんだろうけども……という。
M:でもまあ、本格耽美なんていつの時代も売れるもんじゃないですから。
H:あ、まあそうね(笑)。単に「榊原もったいない!」みたいなファンの繰り言かもしれん…。
M:ただ、榊原っぽい世界がいわゆる「JUNE的なもの」であった時代もあったという、それは抑えとくべきかな、と。ごった煮のムーブメントでなぜかこういうものが浮上したぞ、と。
H:そう、そのころは今とは逆に吉原理恵子、ごとうしのぶ系が珍しい感じだったような気がするんですよ。
M:確かに、初期の小説JUNEは今の「やおい」に通じる世界観の作品は少ないのよね。



H:ですよね。作者忘れたけど「陽気にシティ☆ナイト」とか(笑)「なんじゃこれー」って思ったもん、JUNEだと。
M:入江裕だっけ?
H:あーそんな名前。
M:まあ、連綿としてあるんだろうけれども。
H:少数派だったことはたしかだと。
M:いわゆる今のやおい王道系で創刊号からしばらく顔を出すのが入江裕で。
H:あー創刊号から一応あったんだ、そういうの。
M:うん。だからそのへんは、意図的に排除はしとらんよ。
H:というかむしろ、そっちもかなり人気だったのか。
M:まぁ、読者投稿見ると「蛍が池」と人気を二部している感じで、だからそのへんの2つの潮流ってのはもうかなり最初の段階から出ていたのかも。
H:あれですよね、「LaLa」でいうと、24年組がまだちゃんと活躍してるんだけども、成田美名子、なかじ有紀も大人気!になってきた時期。でも学園ボーイズラブ系の潮流がもうあったんだ。
M:振り子の振幅みたいなもんで逆にドメスティックなものが受ける、という。どんなことにもいえることなんだろうけれどもね。
H:ああ、そうね。

■ 
JUNE作家たち (2) 吉原理恵子 森内景生

M:で、第二号には僕らの吉原理恵子先生と森内景生先生が登場するわけだ。
H:あははは。私のトラウマだぁ。
M:トラウマってなんやねん。
H:いやいや、私をJUNEから引き離しかけたのが吉原せんせーなんで(笑)。
M:はははは。引き離されかけちゃいましたか。
H:でも吉原せんせーはなんつか、わかりやすくいろんなジャンルを出した功労者…なのだろーか……。
M:まぁ、でも吉原センセーは文章自体がしょぼーーーんだから……。
H:でもまあ、「銀のレクイエム」から「おさななじみ」から「間の楔」からめっちゃくちゃやんけー!っていうぅぅ。
M:や、でもどうだろ。吉原作品はあらすじ読む限りだと 「面白いかも……」って思うんよ。
H:面白いよ。だから設定といい、キャラといい、もうほんと、今のボーイズラブの頂点と言ってもいいくらいの極め方。
M:で、でも地の文が……。
H:文章度も……ある意味今のボーイズの頂点というか……や、とにかく私の周囲では大人気だったよ。
M:限りなく褒めていないなぁ。
H:確か、中島梓が小説道場を始めたのは、「小JUNEの文章を見かねて」と言ってたような気がするんだけども。
M:あ、はい。思いっきりいってた。
H:あれ、吉原せんせーのせいが大きいのでは(笑)
M:はははははは。しっっっつれいなっっ。
H:でも、人気あるのはわかる。一番キャッチーというか、ツボつくものをバコバコ取り入れてた人だとは思う。
M:森内さんはエロ描写がえぐくてその辺が人気出たのかな、とか。そう小生思ったりします。
H:森内さんは、私あのころはエグくてダメだーって思ったけど、たぶん今読んだら好きかも。
M:「好きかも」って。森内さんは典型的なレディコミって感じかな。
H:うん。レディコミだ(笑)。
M:山藍紫姫子と同じハコというか。
H:当時の挿絵も耽美よりもエロ濃いめ担当の人だったりして。
M:蔦峰麻理子さん?
H:だっけ。名前が出てこないけれども。あ、でも愛しの小林智美さまとかも描いてたか?
M:うん。「淡雪にて候」で担当していたね。ともみん。でもまあ、正味な話「小説」として判断するとこの時期、榊原さんから江森備まで間に誰もいなかったといえばそうだったといえなくもありません?って暴論……。
H:三田菱子あたりはいつなんだっけ。私あいだが飛んでてわからない。
M:江森と同時期くらい。
H:ああ、じゃあやっぱり小説道場までは、ていう。
M:ただ三田さんは「槎川色」名義で早くからちょくちょくショートショートを書いていたけれども、長編はちょっとあとだから。
H:内容も軽いギャグ程度だったのよね。
M:そうそう。
H:じゃ、やっぱり道場主の中島梓先生って偉かったんだなあ……。
M:まあ、そういうことにもなりますが。でも森内、吉原あたりも評価していこうぜっっ。単行本はいっぱい出ているわけだし。
H:まあフォローしておくと吉原センセの「幼馴じみ」とか、熱心に読んでますよ私。北里萌えーとかゆって。



M:あとよるのはせおとか、大和志保とか、深沢梨絵とか初期ではこういった方がいらっしゃいましたが。
H:結構そのへんは、大JUNEのいかがわしさをひきずってる感じじゃないです? むしろ本来の王道だったというか。
M:あーー、そうっすね。ただ、そのせいか寡作。しかもすんごい上手いわけでもなくって感じで、結果埋もれてしまった、という。
H:うん、そのへんで残ってる方はいない? のかなあ。
M:って、もしネットとかで活動していたらどうしますよ。
H:ああ、あるかもね。名前変えてたりして。 読みたいです先生方(笑)。
M:ここでアピールしてどうするよ。
H:なんかそのころの人で復刊してみればいいのに。って同人誌とかあったのかもしれないけど。
M:うーーん、みなさんいいお年だろうしなぁ。そこは大変かも。
H:あ、そっか。それもね(笑)息子中学生とかで、今さらJUNEかよ!って感じかもねえ。って寂しいなあ。

■ 
偉大なる「小説道場」

M:ともあれ榊原、森内、吉原三羽烏で初期小Jをまわしていたのが中島梓の「小説道場」でいろいろ変わっていくわけですよね。
H:うん、私にとってはですが、そのころから面白くなった。道場自体が読み物として面白かったせいもあるし。
M:「小説道場」は、中島梓=栗本薫が84年にJUNEで、よりよいJUNE小説を生み出すために弟子を集めてはじめた「実演・小説講座」なわけだけれども、ひとつの成長小説のようでもあって、リアルタイムで作家が育っていくそのシズル感はたまらないものがあった。
H:ほんと成長物語、みたいな。今読んでも、良いこと書いてるなあ、と感動するとこ多いですよ。
M:や、これは読み物としてホント素晴らしいですよ。「中島梓」として最高傑作かもしれないとわたしは思う。
H:うん、私もそう思います。
M:柏枝真郷が少しずつ心を開いていく過程とか、感動的ですらありますよ。
H:ええ。なんか読んでてね、泣けるもん。(話が逸れるので必死で愚痴を我慢している/笑)
M:愚痴って。それって「栗本先生は中島梓さんという人が書いた小説道場という本を読んだほうがいいと思います。参考になることがいっぱい書いてあると思います」みたいなこと?
H:はい。
M:はいって……。まあ、それはいいとして。
H:そこに逸れると果てしないから(笑)。
M:ともあれ、「小説道場」は実際優れたやおい作家もたくさん輩出したわけで、やおい界のひとつのエポックであったな。と。
H:ただ小説道場に関しては後から、「あれくらい誰でもわかってるような内容」とかゆー人もいるんだけども、「いねーよ!!!」って力いっぱい言いたい。あれをああいう形で書けた人はいなかった。
M:あ、それは小説技法とか、書き手としての心構えとかそういうこと?
H:うん。今「あんなの小説書く人間なら誰でもわかってる」みたいなね、そういう声って多いなと思って。後だしジャンケン的にいうわけですよ。
M:やだね。いやらしい。「あれくらい誰でもわかってる」と言い切るならすばらしい小説を書いて、さっさとデビューしろといいたい。
H:あれはとても優れた指南書だと思うけども。私は。
M:ヤ、素晴らしいですよ。下手な小説に対して愛があるあたりも素敵だし。
H:そうそう。JUNEとか、JUNE少女に対する愛情がね。泣けますよ。
M:「影人たちの鎮魂歌」とか。
H:「二番もあるんだぜ」?(笑)。
M:そうそ。「いっそう美しくなられましたな、女のように」のアレとか、ああいうしょうもない作品にしっかり臨み、スポットを当てるというのはまさに愛こそであって、素晴らしいです。
H:あとさっき読み返したから言うんだけど、一人一人にほんと細かく成長を促してやっているっていうか。
M:そうね。
H:もうセラピスト並みですよね。
M:下手な人には下手な人なりに上手い人へはまたそれにみあった指導、という。
H:あの愛情と手腕はすごいなあ。中島先生。
M:小説道場の高弟をおおざっぱにふたつに分類すると、数作投稿してすみやかに初段もらってそれっきり、というタイプと、何度も何度も書きまくって意地で初段もぎ取るタイプに分かれるかな。
H:最初はまあプロ養成というよりは「おはなし教室」みたいなノリのつもりだったんだろうから。竹宮恵子先生のほうは「お絵かき教室」て銘打っていたわけだし。
M:竹宮たんのほうは西炯子がデビューしたよね。
H:投稿者も何がなんでもプロに!って人はあまりいなかったのでは。
M:まあ、カルチャーセンターというか、自分が満足すれば、みたいなノリが強かったですからね。
H:うん、というか当時のJUNE自体がそういうものだったかと、市場がなかったし。
M:そういえば秋月こおがまだ段持ち以前の頃に「わたしはプロ志向だし、もう雑誌で書き分けとかできる段階だし」とうっかり失言して、中島センセに思いっきり怒られていたなぁ。ふと思い出した。
H:さすが後に政治家になるだけあって……(笑)。
M:野望は大きいぞ、と。
H:ま、でも色んな個性の人がいたよね。というかそれを受けとめてやってたよね、道場主様が。やおい少女はいつの時代も歪んだ自意識過剰な部分はあるけどもそれをきちんと「小説」に昇華するよう指導してた感じ。
M:色んな人がいて「みんな違って、みんないい」みたいな不思議なユートピアっぽくはあった。
H:あはは。ユートピア。
M:でも「小説道場」読むと今でもテンションあがんない?
H:あがるあがる。もう井上陽水の「少年時代」みたいな気分になる(笑)。
M:いまだに、くわーーーっと来ますよ、わたしは。「俺も小説道場に投稿するっっ」って、思わず思ってしまう。もうないけど。
H:違うところに違うものができているらしいですけどね。
M:あ、そうなん? それは神楽坂的なことで?
H:うん。またそれは後で話すよ(笑)。話が愚痴になるし。

■ 
「小説道場」の門弟たち

M:あと、「小説道場」に関してデータ的なことをちょっと言っておくと。
H:はい。
M:小説道場のスタートが84年一月号の大Jで、小Jの隔月化が84年2月号。これが同時期なんですね。 で、道場の門弟たちを段位の高い順からずらっと並べると、江森備、尾鮭あさみ、柏枝真郷、須和雪里、石原郁子、野村史子、秋月こお、佐々木禎子、吉野さくら、鹿住槙、金丸マキ、布刈丸洋子、滝尾令以子。ここまでが初段。知らない人は、初段でいわゆる単行本をきちっと出して申し分ない、というクオリティーと考えてもらえばいいかな。
H:お、結構いるんだ。
M:ちなみに滝尾と布刈丸は仮免。あとヒスイさんでだれか思い出深い門弟とかいます?
H:「影人たちの鎮魂歌」の人ってなんつったっけ?
M:名誉一級の如月みことさんです。
H:あとは相撲JUNE書いてた人とか(笑)
M:「深緑色の丸薬」坂本美鶴改め水谷聖夜一級です。
H:あと嶋田……ええと。
M:双葉。一級ですね。
H:あの人好きだった。
M:ちなみに山藍紫姫子が一回だけ橘小夜子名義で投稿して二級もらってます。あと、「直弟子」という特別枠で豊田淳子。この人の小説面白かった……。
H:どんなんだっけ。
M:後に「ハヤカワHi」でデビューしたんだけれども、「筒井康隆meets吉本新喜劇」みたいな、凄い小説書いていた人。 小説道場に投稿するも、全然「JUNE」やないやんという、それでも捨てがたく「君にあった所を探してあげる」ってことで直弟子になった。
H:思い出しました。
M:まぁ門弟はいろんな個性の方がいて、作品もさっき云った「古きよき」を背負っているものもあれば今のテイストに近いものもあったり、純文してしまっているものもあったり。
H:うんうん、純文学してたねえ。石原郁子さんとか?
M:そうそ。
H:まこりんさん的に一番思い入れ深いのはどなたですか。
M:えーと、やっぱり江森、尾鮭かなぁ。
H:ああ、じゃあそこは同じか。江森、尾鮭です、私も。
M:ていうかさーーー。結局この高弟トップ2がいちばん「小説」としてちゃんとしているというか、プロ的な小説って感じ。
H:私の周りだと、須和、野村人気がすごく高いんですが、どうですか、そっちは。
M:須和さんはなんか食指が伸びないんだよな――。野村さんは「テイクラブ」は読んだけれども、くわ――っとはあまりこなかった。
H:私あんまり。っていうか、JUNEの中ではかなり好きなほうではあるんだけども、「あー、上手いな。いいね」止まりというか、あまり思い入れ深くなれない。
M:っていうか、いわゆるJUNE的な傷をわかりやすくかきむしる作品を書くタイプって感じする、このお二人は。
H:うーん。
M:「傷ついてもそれでもピュアネス」みたいな、そういう世界。
H:かきむしるテーマを選びたがるけども、すらっとさわやかに書いちゃう感じするんだな、私は。さらっとしているのよ。でもぐいぐいきたって人は多いみたいで。
M:さらっとしているかどうかはそこまで読んでいるからわからんけれども、とはいえ野村・須和とか、あるいは吉原とか、その辺が人気が出たって云うのは、私はなんとなくわかるなー。 JUNE少女独特の被害者意識をおおきく作品にフィーチャリングしている感じがする。
H:ああ、そうなのかなあ。
M:私的には栗本薫の「終わりのないラブソング」もその仲間。
H:え、そうなん?(笑)
M:や、各作品のクオリティーは別ですよ。方向性として、てことで。
H:うん、まあ野村・須和と吉原作品じゃ、文章で違いはあると思うんだけどテーマ的には似てるのかもねえ。

■ 
オリジナルに徹した「JUNE」の短すぎる黄金期

M:「小説道場」によってにわかにJUNEが活況を呈するようになるけれども、結局さっきいったように自分にとって満足いく小説を数編書いて満足して退く作家と下手なのになんかやたらいっぱい書く作家しかいなかったなぁ、って思わずぶっちゃけてしまうわけですが。
H:でも、なんつか結局その大JUNE時代のサブカルっぽい世界っていうのは、ある程度の需要で埋まっちゃう世界でしかない ので、それ以上に拡大したら、そこは……。
M:それが以後のやおい界を暗示していたというか。もっとぶっちゃけいって、小説家なんてそうそう上手い人は出てこないんですよ。上手くてバリバリ書く人なんて。――小Jは、「小説」としてのクオリティーを求めている、というのが、あったとおもうんですよね。
H:まぁ、オリジナル優遇だったしね。パロ特有の「やおい(やまなし、おちなし、いみなしでエロ主体)」からちょっと距離を置いていた。
M:そこはメディアとしての含羞があったんでないかなぁ。商業誌が堂々とパロディーしてどうするよ、みたいな。
H:うん、「JUNE」はそうですね。そういうクオリティみたいなものを求める姿勢が最初はあったんだと思う。小説道場も、そういう気質はあったわけだし。「同人誌の締め切りがあるから、と断る輩がいる」なんて叱ったり。
M:それはもう「ALLAN」のすること、みたいな。でも、じゃあ実際、書き手として相応のクオリティーを持つ、かつ定期的に活動するそういう作家がいるのか、というと少なかったと思うんだよね。門弟で言うと、野村・石原なんてあたりはもっと書けるはずなのに早々に書かなくなるし、布刈丸も結局初段とって終了だし。
H:あのあたりは「あ、一応結果出したからいいかな」ていう感じの実力証明できて満足した、って感じしませんか。それまでそういう公の場はなかった世代というか、ある程度書ける力はもともとあったけど、場がなかっただけという。
M:記念受験みたいなものか。
H:そうそう。
M:それに 書きつづけている人も、最初物凄いテンション高かったのが、だんだん慣れていって普通になってしまったり。誰とは云いませんが。
H:それはサーモン様のことですかっっ。――まぁ、やおい自体がそういうもの、と言ったらアレですが……。
M:で、かわりに微妙な才能の方がバリバリ書いたり、という。誰とは云いませんが。
H:微妙な才能て(笑)。
M:や、ここも名前出すと角が立つので。
H:ああ(笑)うっかり今出しそうになった。
M:吉原せんせとか、秋月せんせとか、うっかり名前を出さないように。
H:っていっているじゃん。今だと…って、挙げるほど知らない……なあ。たまに雑誌買ってパラパラと読むけれども。
M:まず、その辺のリリースする側のクオリティーの問題ってのがまず大きかったかなあ、というのが第一としてあるな、とわたしはちょっと思ったりするわけ。
H:うん。
M:江森・サーモン・石原・榊原クラスの作家がもっとバリバリいてもよかったよなあ、みたいな。
H:そうね。メジャー雑誌ってのは難しいかもだけど、そういうの残せるところがあってほしかったし、場があればフェードアウトとした作家のリビドーももちっと長持ちしたり後続の作家のクオリティーが向上したり、なんてのもあったかも。
M:まぁ、そうね。――でもさ、そもそも振り返るに「やおい業界」自体がそういうものを求めていなかったというのもあるんじゃない? なんて思ってしまったりもするのですよ。
H:結局、フタ開けたら、いわゆるアニパロ的な「やまなし、おちなし、いみなし――で、ひたすらエロ」な部分が一番、需要はあったわけで。
M:そうなんですよね。だから供給側もそっちに流れざるをえない。
H:結局「アラン」に勝ったかに見えたJUNEが、という。
M:そこで負けてしまうわけだ。やはり。アニパロは強かったと。
H:うん、だから「JUNE」が目指そうとした道は、一部マニアにとってはそりゃあもう、大事な、他にないオアシスみたいなものだったんだけど、実際はそれは、商業レベルの需要じゃないっていう。
M:結局パイとしてちっちゃいんですよね、「JUNE」がやっていたことは。オリジナルメインで物語をしっかりと完結させる一貫性と独自色を重きに置いた「JUNE」は結果、2004年にむなしく散ってしまうわけですが。
H:まあ後年はどっしりでもないけど…。
M:迷走していたよね。
H:「コミックJUNE」は残ってるらしいですが、読んだことはあります?
M:や、近年のは、目を通していない。
H:これはギャグか!くらいのエロエロワールドだったよ。
M:サン出版→マガジン・マガジンはやおいに関しては「ピアス」でエロエロ路線に転向したからさ……。もぅ、見なかったことにしよう、と。
H:「ピアス」ね……買っちゃうんだよね表紙に尾とか鮭とかいう字があるとつい…。
M:業だ。
H:そして泣きながら読むという(笑)。
M:泣くな。
H:ま、でもそれもありかな。
M:ありなんかい。

■ 
同人誌にぴったり張りついてやおい王国を築いた「ビブロス」

M:で、まぁ一方アニパロのほうへ目を転じると、「ALLAN」亡き後、同人ブーム真っ只中の89年にビブロス(――当時青磁ビブロス)のアニパロアンソロの刊行がスタートし、そこから同人作家を大量投入した漫画誌やアンソロジーを刊行しまくってボーイズラブ界で一大出版に成り上がりましたが。
H:ビ、ビ、ビ、ビブロスね!その名前を出しますか。
M:何故この名前におののく。
H:や、ビブロスがある意味、まあ今のボーイズラブの元祖なのよね。新世代のやおいの元祖。
M:同人的なものと直結した「やおい」って部分ではビブロスは大きいよね。
H:てらいがなくなったというか、売れたもん勝ちでしょ!っていう。
M:ま、その前に新書館が年号が平成に変わる直前に「グレープフルーツ」をつぶして、元々SF漫画誌だった「ウイングス」を同人やおい系少女漫画誌に大きくリニューアルさせているわけで。
H:新書館はでも、実験的な挑戦も常にしてきたわけじゃない?
M:それが高河ゆんや、CLAMPの起用に繋がった、と。
H:だから「グレープフルーツ」の血は生きているか、と。
M:まぁーーー「ウイングス」はカオスだったしね。
H:雑誌の方向性が変わっても伸たまきの「パーム」とか載っていたわけだし。買うのに非常にグルグル迷う雑誌ですね(笑)。
M:やおい史における端境期の雑誌って感じ。
H:どっちに行けばいいんだ、みたいな。
M:これまたウイングスのやおいは微妙なやおいなんだわ。
H:やおいというか、ほんのりボーイズ風味でキャラ萌えてんこもり、みたいな。
M:そうね。
H:でもそこそこがっつりといいストーリーも組み込んでくるから困るっていう。とはいえ「JUNE」亡き今となってはがんばってほしい雑誌ではあるのかも…カオスだけど。
M:「プチフラワー」・「LaLa」→「ASUKA」→「ウイングス」→「ビブロス」。こういうやおい漫画界の流れがあったというかそんなイメージがある。腐女子の定期購読誌の流れっての?
H:で、ビブロス系より売れてる雑誌はまだないんじゃないかな。ここまでやおいレーベル多発しても。そこからさきがなんかまた分岐しつつある感じはちょっとする。
M:いちばん同人的なものをそのまま商業にトレスしているもの、ビブロスは。ある意味一番下手にいじっていない、というか。ゆえに王道、と言う。
H:だから、ビブロスのアニパロの同人誌のアンソロジーが普通に書店に並ぶようになって、そのへんからJUNEとやおいがマーブル状態で、なにがなんだかみたいな、そういう印象はある。
M:そうかもな。ビブロスのアンソロは合間に執筆者の同人誌の通販情報をバシバシ載っけていて、同人誌への水先案内のような役割も担っていたし。
H:それまでは一応、アニパロは、黙認というか同人のもの、という線引きがあったけれども、ビブロスがそこをなし崩しにして、一般のマンガファンが同人を気軽に手にできるようになった。そこから「やおい」を知ったら、そりゃ確かに「JUNE」はかったるい。
M:そうねーー。「アニメ好き→アンソロ→同人誌→どろぬま」みたいな罠だったのか、アレは。ビブロスはほんと超新星って感じだよなぁ、そう考えると。
H:ビブロスは出版界としても、飛び道具的新星だったんじゃ……(笑)。
M:ビブロスの一発目のアンソロ、「メイドイン星矢」一巻持っているけれども、「香ばしいなあ」という感じだったもの。同人感覚で本作ってるなこいつら、と。
H:あれが、商業として売られるというのが、私にとってもちょっと衝撃ではあった。

■ 
現状はやおいの本質? それとも凋落?

M:ということで、「現在のやおい状況」までようやっと話がたどり着きましたが。
H:でも、今や商業やおいも、カオス極まりないですよね。
M:やたらできては潰れるし、よくわからんす。
H:こっちで人気の作家が、あっちじゃ誰も知らないみたいな。そういうジャンルになりつつある。まるでほんと同人ジャンル。JUNEのころなら、総数が少ないから、みんな読んでるわけでしょ。
M:まぁね。
H:だから、例えばまこりんさんと、JUNE作家の話なら名前出して通じるけども、今のやおい作家を語ったらお互い通じない、みたいな。
M:っていうか、俺はマジ読んでいないし、通じる通じないも……って感じだ。
H:私も、読んでないなあ。まず選ぶ気力がない……。
M:だめじゃん。そもそも語る権利があるんか。このふたりに。
H:でもまこりんさんも「エロシーンだけのやおいなんてつまらない」って思うんでしょ。
M:まあ、確かに。
H:ところがいまや実際に売れるのはそっちになっているんだよね。てことは、それがそもそもこの世界の需要なのかな、と。
M:最近のやおい雑誌とか読んでいてもうお約束のようにエロシーンが展開するのとか、非常に萎えるんですけれども、ああいうのが今は受けるってことなんだよね。
H:だからもし、さっきまこりんさんが言うように、後続にクオリティの高い作家が表れたとしてもたぶん活動は難しいかと。
M:場所がないってことでしょ。
H:今や、一冊のエロシーン回数、ページ数まで指定される世界らしいですし(笑)。
M:頭痛い。ただ今の商業やおいは同人の変な部分を歪んで発達させた感があって、決して需要と完全に合致したものには見えなかったりもするんだよなぁ。完全に私観だけれども。
H:なんだろ。実際はよくわからないけれども、雑誌も単行本も売れなくなってきてるんじゃない? ゆえにエロ系へとヒートアップしていっているのでは、と。需要とズレがあるってのはわかってるけど、どうもっていっていいかわからないから、ひとまずエロを過激にして、みたいな。
M:変な話、読んでいて「この編集、やおいのやの字も知らんな」と思ったりとか、ほんとよく思うし。
H:面白いなと思うのが、いま「同人誌のやおいはいっぱい読むけど、商業やおいは知らない」って人とか、逆に「商業やおいは月100冊読むけど同人誌知らない」て人も増えてるでしょ。
M:あ、そうなん?
H:そうみたいですよ。そういう住み分けみたいのが生まれて。
M:ある意味またここでの分離もはじまっているのか。
H:うん、そんなところもあって出版側も掴みたくても掴めてない感じなのかなって。
M:まあ、全やおらー共通の「やおい」のツボって、ないものだし。
H:ツボはいまや、分離どころかもうカオス。男性向けと同じ探し方になってるというか。「健気受け」とか「ヘタレ攻め」とか「医者萌え」とか(笑)やおいもそういう感じじゃないですか?
M:だから「これじゃただのセックスファンタジーだよなぁ」という落胆は正直言ってちょっとある。AVと同じハコだなぁ、と。
H:ま、でも「今はそういう質が低いものだけだから」みたいなこと言ってたら、ただの繰り言だけどね。
M:そこは希望を持とうと。「だってJUNEも24年組も栗本薫も小説道場もなんも知らないって人がごっそり自称やおらーとして徘徊している時代だもんな」なんてことはいっちゃいけないわけですね。
H:ユーザー側が――ってそれは私たちなんだけれども、現状の「やおい」に確実に飽きてきている部分はあるんじゃないかな。だから過剰にエロに加速してるわけだと思うし、そうなったら次の淘汰ってのはあるかな?と。それがどっちに転ぶかはわからないけども。
M:では未来に向かって明るい話を。ヒスイさんは近頃のやおい作家で気になる方っています?
H:今同じ質問しようとした(笑)。「あ、これちょっと面白いな」みたいな人はいるんだけども、それも軽く「面白そう」「これはいいね」みたいな。情熱のない買い方してるかなと。
M:全単行本そろえるとか、そういうのではない、と。
H:うん。作家買いしてない、かも。まこりんさんは?
M:私のアンテナの張りかたがわるいのかもしらんが、小説は、はっきりいって、ない。漫画に関しては藤たまきさんとか、JUNEとしかいいようのない世界で好きだったりとか、他にも色々いらっしゃいますが、いかんせん、私の気に入る人は寡作でさーー。すぐどっかいなくなる(哀)。
H:わたしは「あ、これはそこそこ。今のボーイズなら及第点ね」みたいな冷めた読み方してる部分があるというか、萌える部分もあるんだけど。
M:それでも読んでいるのね……。
H:や、まこりんさんのほうが読んでるよきっと。たまに買って読んではいるけれども、JUNEを発売日に買いに行ってたような情熱はない、なあ(笑)。
M:って、結局、年寄りの寄り合いみたいになっていますね。

■ 
もう、美少女な美少年は「ナシ」なのか?

H:ちょっと振り返って「小説道場」の作家について言いたいんですが。
M:あ、どうぞ。
H:首席の江森はともかく、次席の尾鮭サーモン様って、道場出のなかでは今はあまり評価されてない気がするんですが、どうしてなんでしょ。
M:うーーーん。こんなこといっちゃアレだけれどもサーモンは「受けの子が女性であってもまったく問題ない」これが大きいのでは。
H:あああ(笑)。それはやっぱりダメなん?やおい的には。
M:それがやおら―に支持を受けにくい最大の原因かと。や、わたしは「美少女な美少年」全然アリなんですが。
H:あ……うん……そうかも。今、もういきなり核心つかれて返す言葉がない(笑)
M:やっぱ、サーモンの受けの子は女性性を持ちすぎているし。一也様も潮もナタも、女やん、という。だったら、やおいやないやん、という。
H:私の周りにもやおらーは多いんだけども、サーモン人気なくてなんで?って思ってたけど。
M:そういうところでやおらーの心のベルを鳴らさないのかも。
H:そうかもしれません。吉原系は、そういうところは「男の子」的。
M:でも、どうなんだろね。正直言って「やおい作品の男」って、男性から見れば受け・攻め関係なく、普通に全部女性なんですけれどもね。こんな男いねーよ、という。
H:うーん、まぁ私は擬似「男の子」的受けに書かれているほうが、かえってダメなとこがあって、むしろ完全に女の子マインドな受のほうが面白いと思ってしまうけども、まあたしかに「女でもいいじゃん」ってのは罵倒語だからなあ。やおい界。
M:ヒスイさんは「男そのもの」みたいな容姿をしているのに言動が「女性そのもの」みたいな受のいるやおいとか嫌いなんでしょ。
H:うん、オカマさんならかえっていいけどね。最近流行のサラリーマン受けとか、そういうのは苦手だな。
M:今時の一般のやおらーはそれは大アリでその逆がダメなんすよ。
H:「美少女ばりの美少年」って実は昔からあまりやおらー受けはしてないのかな? 榊原せんせの「龍神沼綺譚」の恭彦くんみたいなのはダメなの!?(笑)
M:昭和が終わる頃まではこういうのも本流としてあったんだろうけれども、今はちょっと傍流に回っているような……。 これはフェミニズムの成熟も関係したりするのかな、と思ったりするけれども。
H:でも「龍神沼」も実は主人公の受けは、普通の男の子 でしたっけ。
M:事件に巻き込まれて最後はあっち側にいっちゃうんだけれどもね。
H:「間の楔」って一世を風靡したけどもあれも「男の子」系ですね。受けは。
M:あーー、リキ?
H:うん。あれなんかまさにアニメの主人公タイプでしょ。
M:で、美形のイアソンが攻めるわけだ。クールビューティーのいあちょんが。
H:そう。あれはたぶん、今でも受ける設定の受け攻めなんだろうけど、私ダーメだあったなあ。
M:正味な話、今時のやおらーの多くがもっているドリームとして「自分が女性的な美しさをまとった男になって男性的な魅力の溢れる男性を犯したい」ってのは結構あるような気がする……。
H:あ、そっちなのか! なるほど。
M:「自分が女性のような美少年になって男に犯される」でなく「自分が女性のような美形になって男を犯す」という。
H:やおらーは攻めに感情移入するんでは? というのは実感としてわかっていたけれども、私はそこで「じゃあ可愛い受のほうがいいやん?」的なとこがあったから。なら美少女がいいやんけ! という。それでも対象は「男性」でないとダメなのね。
M:そりゃ、そうでしょ。性対象は絶対ずれないでしょ、そこは。ずれたらサッフォーの人になってしまうし。
H:なるほど、きれいな男になって元気男を犯したい、というのもありなのですね(笑)。「トラブルフィッシュ」の潮くんじゃ、ちょっとツボを外れるんだ。
M:そうなるとずれるでしょうね。
H:「トラブルフィッシュ」でなら、今だったらむしろ潮に感情移入、になるのかな。で、月岡俊をがんがん犯す、と。
M:って、そんな作品読みたくありません。先生。
H:ま、そういう読み方だけじゃないだろうけども。
M:やおらーの立ち位置が受け側か、攻め側か、ってのは、大きい分水嶺だと思う。当初は受け側寄りだったのが90年代くらいを境に攻め側よりになっていると言うか。だから江森三国志の孔明とか、今はダメなのかな、と思ったり。
H:よく外部のやおい論で「やおいって、結局都合良く愛されたい願望でしょ?」みたいな批判とか分析ってあるじゃない? でも今はむしろ攻めよりの立ち位置が多いなと。「愛されたい」というより「愛したい」だと思うし。
M:でも攻め側に立つってのも、そこに変なねじれがあるようにも見えるんだけれどね。
H:いや、あるでしょ(笑)。 むしろなかったらやおいじゃない。ないなら普通に「タイタニック」で感動してればいいじゃんっていう。
M:っていうか、でもそういうパターンって攻め側がたいてい雄雄しくないわけでしょ。
H:イアソン様の系譜?
M:まぁ、そんな感じ。どちらかというと、女性性的な立ち位置にいる。
H:ああ、ゴツイ大男とかじゃないっていう。クール美形みたいな。
M:そうそう。
H:最近は、きれいな美少年系が攻め、というパターンも多いしね。
M:ごつい男の攻めと男性的な受けのパターンになるとただのホモになるからなんだろうけれども。
H:うん。
M:神崎春子とかそんな感じだし。
H:ああーそうだね(笑)。
M:だからそこで逆位的な段差というか、差異を出しているってことなんだけれども、とはいえそれも「女性的であることのいい所だけキープしたまんま男性のいいところも獲得したい」って本質は変わっていないわけで。
H:そうね。それはやおいの基本かなとわたしは思う。
M:そういう点では「美少女な受」と大差なかったりするかなと。どっちにいっても初手から、ご都合主義かな、と。
H:意外とやおらーは男×男に萌えてたりもしません? 「スラムダンク」萌え!みたいな。そういう関係性萌えっていうのか。どっちも男!的なものの人気も高い気が。私そっちの属性がないからわからないけども。
M:攻×攻みたいの、というか、そういうんでしょ。でもそういうのに萌えている方も、結局オリジナル作品からやおいに読み替える時、どうしてもいわゆる男女的な性愛の位相をそのまま仮借して物語を構築してしまうというか、そういうところがあるかな、と。それがただの手癖なのか、本質なのかよくわからないけれども。
H:それは私「自分が入りたくない」感じかと思ってた。
M:あーー、それも一方であると思うけれども。「自己を希薄化したい」という願望。「わたしはイアソンとリキの守護天使になりたい」みたいな。
H:そういう自己を排除したい感じもやおいに不可欠かと思う。端から見ていたい系というか。それって、やおいでしょう。
M:うん。でもその傍から見る視線が「無自覚に女性的な読み替えだなぁー―、それは」。なんて思ったりするものも多かったりして。 それがサーモンの作品のように受けキャラがもともとわかりやすく女性性を背負っていると、すんなり飲み込めるんだけれども、そうでない近頃のものは、私はちょっと引っかかる。 この路線ってただの「ホモのおとめちっく」なだけなんじゃ、なんて思ったりして。
H:ああ、まあねえ。でも「女性的な読み替え」ってのは当たり前というか、仕方ないやぁね。男性向けロリの女性キャラが非現実的なのと同じで(笑)。
M:女性的でいいんだけれども、「無自覚」であるところが気になるんだよなぁ。わたしは。男性向けもその辺はそうなんですが。まぁ、ともあれサーモンがいまいちやおらーの心を揺さぶらないのは男性・女性の位相を攻・受でそのままトレースしていて関係性に危なげがないからってことなんでしょうな。
H:それじゃ意味がない、という。
M:その辺がひずんだ方がより「やおい」心をくすぐるのかな、と。
H:なっるほどね。「ストップひばりくん」がやおらーじゃなくて一般に受けるよーなもんですね。
M:松田聖子みたいな性格のリーマンがアラブの石油王にレイープされるような話でないとダメなんすよ、今のやおいは。
H:それ。それもなんか新しい潮流じゃない?ここ数年の。「ハーレクインロマンスやおい」っていう。
M:やーー、でも山藍紫姫子とか、むかしっからハーレクインでない? 神崎春子なんかもある意味ハーレクインだし。
H:ああ…うん、まあでもあれはレディコミっつうか。
M:もっとマイルドなハーレクインが今きているわけ?
H:うん。時代錯誤というか大正ロマンとか家元ものとか、そういう昔よくあった大時代的な設定ではあるのに、心は現代ハーレクイン、という。まあでも昔とは微妙にウケセメのタイプが逆ではあるけれども(笑)。

■ 
アニパロの麻薬のような心地よさにJUNESTは負けたのか?

M:やおい界の「アニパロ」と「オリジナル」の対立構図で話が進んだついでに最後に「どうしてオリジナル至上主義は敗北したのか」って話をしていいですか?
H:はい。ってこれ敗北してない!って怒る人いそうだなあ……(笑)。
M:さっき、だいたい「JUNE」とかで本格派を書けるような人ってパイとして少ないじゃん、とか、あと昔はオリジナルでなくては、と書き手でも思っている人が結構いて、出版もその辺の線引きができていたって話をしたと思うんですけれども。
H:はい。
M:でもさ、やおらーの率直な意見として、アニパロって気持ちよくない?
H:率直にですか?JUNEストとしてのプライドを捨てて(笑)?
M:はい。読んでいて癖にならん?
H:なります。というか、私その邪悪なパロ同人にどっぷり十年選手ですから……。
M:アニパロは、もう、はまったらこれほど心地よいものはないですよ。
H:私、前にブログでも書いたんだけども、アニパロやおいって、作品としての質がどうこうの前に、やおらー的に心地いい作品では、絶対あるから。
M:そうね。
H:というか、それがそもそも「やおい」かなって。
M: ま、高河ゆんたんなんて、それでブレイクしたようなもんだし。
H:うん(笑)。
M:それで一定のクオリティーをもっていてくれたら最高っすよ。
H:そうそう。ツボを押さえて、かつ質の高いものちょうだい!!っていう。 本音言えば、やおらーはやっぱり、一番目はそこだけど、そこだけじゃ満足できないってジタバタだだこねてるんだろうなと。やおいって本来、人に見せられないものじゃない?エロって意味じゃなくてね。
M:そうなん?
H:アニパロやおいは文学作品を 薦めるようには薦められないでしょ。
M:まぁそうだわな。
H:そっと自分だけが心地いいものじゃない?
M:それはもう確実に。そもそもアニパロが求めているストーリーってのは 一貫性のある「物語」では零れ落ちてしまう部分でしょ。
H:うん。共同幻想がある人にしか伝わらない心地よさよね。それは。
M:だから「やおい」の「やまなし、おちなし、いみなし」ってのはまさしく「アニパロ」の言葉であって。
H:そうそう。あのキャラがあのキャラとこんなこと「しちゃったりして」っていう、妄想の部分だけだから。
M:だから、もともと「JUNE」の系譜とはまったく違うところにあるものなのかなと思ったりする。
H:ああーうん、そうね。
M:水脈違いよ、という。
H:だから最初は、そういうのがあったんじゃない?それぞれのユーザーが別れてたというか。
M:結局同人界が肥大することによってそれがぐたまぜになってしまったというかそんなかんじなのかな。
H:もともとのそのアニパロ「やおい」のユーザーはJUNEの物語性とか、重厚さはいらなくて。逆にJUNEユーザーは、実は「やおい」の部分を自分が欲しがってたことに気付いちゃったという。
M:低きに流れてしまったわけだ。「JUNE」のコアにある部分ってのは24年組的な世界観だと思うんですよね。
H:うん。
M:やおい同人ってのは、高河ゆんとか尾崎南とかCLAMPとか、そのへんが最初の大手作家でしょ。
H:そうね。
M:その間って結構溝が深いのかなぁ、と今思った。
H:その間っていうのは、ユーザー側じゃなくて作り手側?
M:作り手とユーザーが混ざるのがこの手のジャンルじゃん。それはどっちも、かな。 ていうかそもそも少女漫画ってのは「モラトリアム」の世界を描くものだと思うんですよね。何者にかなる前の猶予期間、というか。 フェミっぽく云えばきちんと性役割を背負って、社会の中で何らかの機能を果たす前の世界というか。
H:うん。「少女」マンガ、だしね。
M:24年組系の作家ってのはそのモラトリアム特有の自己の中間性をじっと見つめている感じがある。自分が宙ぶらりんだからこそ女にも男にもなってしまったり、という発見をするのも、その凝視する姿勢ゆえだとおもうし、ゆえにそこから先の世界へという志向も生まれるわけで。 ともあれ、ある種の解決を求めている佇まいがあるように見えるのね。だからこそ、その派生である「JUNE」も何らかの結末へ向かっていく話なのかな、と。それが破局でアレ、と。そうおもったりもする。
H:それが、ゆん・尾崎世代にはないってこと?
M:彼女らは自己の中間性を無自覚に肯定しているという、そんな感じがあるのよね。そもそも「やまなし・おちなし・いみなし」っての語義だけでみれば"中間性大肯定"ってことでしょ。いつまでも意味付けられることのないところでぶらぶらしてていいじゃん、という。
H:それは結局、時代背景につきるんじゃ? 三田菱子さんのいうところの「フェミのネガ」なんて話は、やはり時代性なのかなと、おもったりするし。 ちょっと話ずれるかもしれないけれども、私は、昔のJUNEって「親子関係」が根本的なところにすごく関わっているのでは思ってたんだけど。
M:あ、それはそうだね。
H: 女であり母になることへの拒否みたいなものというか。その要因はその親との関係から来てるものだったり、と。
M:なんらかの、屈託というか、そういうのは欠かせないものとしてあったよね。
H:まこりんさんが言ったように「中間性への無自覚な肯定」ってのがあるとすると、その辺りもぼやけてくるというか、もし、今「宙ぶらりん」になるとしたら、もう親との関係とか、性差じゃ割り切れないからのような、なんて私は思う。
M:その辺りは今のやおいをしっかり読んでいるわけでないので私はわからないです。ともあれアニパロのいう「やおい」ってのは「みんなが仲良く、誰も卒業しない世界」ってことだとわたしは思うんですよね。 結婚や或いは破局といった「結果」(=オチ)でも、その結果から立ち上っているひとつの「意味」でもなく、「結果」から逆算して立ち表れる一貫性のある「流れ」(=山場)もない。という。そして些細な日常の描写だけが塵のように積もる、という。「決して卒業することない、終わらない日常という楽園」という、それこそがアニパロやおいにあるコアな思想なのかな、と。
H:そういう「誰も卒業しない」ってのは、答えが見つからないからってことじゃないのかな。「死」であるとか、そういう破局でオチつけても、どうせ解決できないよっていうある種の投げやりな時代だからなんじゃないの?
M:それ自体が心地よいからなんでないかなぁ。だって アニパロの描く些細な日常のたわごとの応酬って読んでいて抗いがたく気持ちいいじゃん。
H:うん、私も心地いいんですわ。だからそれが自分で不思議で(笑)。 それ「だけ」でもいいじゃん、って気になったりすることもある。
M:「ヒルトンハワアンビレッジのバナナブレッドと俺の作ったバナナブレッド、どっちが美味い」(by 影艶)とか、たわいのない言葉を覚えているわけじゃん(笑)、わたしたちは。
H:そうだね(笑)。そういうところが一番心にヒットしてるわけだよね。
M:そんなアニパロやおい的な世界を楽しむにつけ、書き手も受け手も、中間性を無自覚に受け入れて、解答のない曖昧な世界を戯れに漂っているなぁ、と。私は思うわけなんですよ。にまにまためすがめつ同人を読む一方の脳みそで(笑)。
H:ただ、アニパロ同人はそこでいいと私も思うんだけども、最近やおいレーベルじゃないライトノベルのレーベルが、ことごとくボーイズ化してるじゃないですか。
M:あ、そうなん?
H:そうなんですよ。ライトノベルがほんのりやおい化してる(笑)。そのなかに小野不由美とか、20年前ならJUNEに書いてくれてたんじゃないのかなってタイプの作家が混ざっていたりして、という。 で、オリジナルのボーイズラブのほうは、小説としてのクオリティーよりも、どれだけ萌える設定を詰めるか、みたいな感じで。それこそ書き手も読み手も「設定」だけでいいよ、みたいになっちゃってて、そういう作家を逃してる気が。
M:それはつまりはあれだ。「アニパロ」の「モラトリアム全肯定」にみんなやられているってことなんすよ。もうオチとか意味とか一貫性とかそういうの面倒くさいよ。と。 心地いいシチュエーションで心地いいキャラといっしょに終わらない世界でふらふら戯れるのが一番だよ、と。
H:やはりその心地よさに勝てないのか。じゃ、もうみんなアニパロになっちまいなー!ってことでまこりんさんはいいわけなの?(笑)
M:それがファイナルアンサーで。みんな好き勝手に萌えるがいいよ、ということで(笑)。
H:まじかい。
M:ただ、アニパロっていうはオリジナルがあってはじめて成立する影法師みたいな存在だと思うんですよね。与党があってはじめて野党が存在するみたいな。 そこが今は逆転して奇妙なことになってしまっているというのはあるかもね。
H:今はオリジナル自体が、アニパロ化してるっていうこと?
M:そうそ。何度も何度もコピーの繰り返しで、オリジンがどこなのかもわからないくらい、という。
H:オリジナル自体が知ってるもので「補完」されちゃってる感じはするね。そこ同人の領域ですよ、同人のために残しておいてよーっていうところまで。
M:だからいまや、商業でも同人とやっていることが本質的に変わらなかったりするな、なんて思う部分も多い。
H:つまりさ、もうストーリーは真面目に創る気はないんじゃない。みんな「補完」して、日常を楽しむものが読みたいし、書きたいんじゃないか。
M:って、そんなに ヒスイさんはオリジナルで くだらん日常劇場されるのいやなん?
H:いや?全然。むしろ好きだよ。
M:だったらいいじゃんっっっ!! 何が不満だ。
H:いや、だから悪いとは言ってないじゃないか(笑)。だけど、それ以外に本筋で骨ある話も読ませて欲しいのーんっていう私のワガママですよ。それは。
M:結局それかい。

■ 
後記にかえて……  高河ゆんは抜け目なし

M:「JUNE」の歴史とともにやおい業界の歴史と現状をざーーーっと流してみましたが、どうでしたか?
H:私、何で後半説教されたんだ?という(笑)。
M:それかよ。
H:や、でもまこりんさんの見解が私には新鮮で面白かったなと、と、楽しかったです。 サーモンが何故受けないか、という理由は「へー そっか!」と。
M:ていうか、やおらーのメイン層は女性っぽいのがメインに来るのはダメ、ってことくらい気づけよっっ。
H:え、それもう周知の事実だった?(笑)
M:え、そうでしょ。なんか空気として察知していたよおれは。
H:くそー。私が鈍かっただけか。
M:だってやおらーは自分が女性であることが認められないんだもん。できるならば女性がいない世界に行きたいんだもん。そりゃ、女性性の強いキャラはおいそれとメインに立てられないよ。
H:でもさ、それは「表面的に男であれ」っていうことなのかね。
M:え、そういうことなんでないの? みるに、いくら男性的な容姿でも「お前の行動原理が女だ」みたいなキャラはアリっぽい感じだし。 内面が女性的でもその辺は割といい感じ。
H:見た目は可愛いほうがいいじゃねぇか、とか言っちゃダメなのね。でもさ、そしたら、何故に「アーシアン」ではちはやが一番人気なのよ。あれはもうどっから見ても「女」だし。
M:それは、ずばり古いからだ(笑)。でも「アーシアン」でも二番手カップリングのラファエル・ミカエルは、あっち側じゃん。
H:あ、ああー。ラファ・ミカは、そうだね。確かに今時なやおいカップリングだ。あれは。っ、て相当古い作品なのに(笑)
M:だから新旧のやおいパターン両方あるよ、という。お得。
H:なるほど。オイシイとこが盛り沢山。どっちの人もおいで、という。
M:ゆんたん抜け目なし、と。そのへんの移り変わりはやっぱフェミニズムの成果というかそんな感じで、時代とともにより解放されていったのかも?  わたしは男に抱かれるのでない、私が男を抱くのだ。みたいな。
H:ともあれ私はこれからのやおい界に、いまだかつてないほどの美少女(的な美少年)受けが流行ることを。もう、男に抱かれるとか抱く前に美少女抱いとけ! っていう波をぉぉ希望。
M:永遠に来ません。
H:(泣)
M:っていうかそれじゃロリエロじゃん。
H:あっ……それ、いつ言われるかとビクビクしてた。まあぶっちゃけ私は男性向けロリエロも好きですから(笑)。
M:って、そんな無駄なカミングアウトは今ここには要りませんっ。
H:――まこりんさんのほうが真面目にやおい好きな感じですよね。
M:あ、そう?
H:まぁでも、自分もやおい好きなんだな、と再確認しましたよ。これだけ長く語り倒しているわけだし。
M:やおい観ってのは人それぞれ、100人いたら100人の「やおい」があると思いますのでわたしがやおういうんぬんというのもどうかと、という感じですが。
H:そう思いますよ。だから「やおい」って語ると100人が100人違うなって実感するだけで、結局自分に返ってくるからなあ。「私ってこうなんだ」とか「私ここが違うんだ」とか、そういう感じになりません?やおらーと話すと。
M:まさしくこの対談とか、そうですしね。
H:まこりんさん、この対談持ちかけた時に「ネット上にやおい対談って少ない。見かけない」という話していたじゃないですか。
M:はい。
H:その理由もわかりました(笑)。
M:や、俺もわかった。結局まとまりのない「自分語り」の応酬になる(笑)。ただ一応歴史として縦の軸でざっと事実を整理できたので、それで良しとします。 というわけで今回は、もうぐちゃぐちゃでメタメタなまこりん対談でした――――。
H:さよーならーーー。


2005.09.20
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