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中森明菜 「 トワイライト 〜夕暮れ便り〜 」

明菜だからこその失敗作


(83.06.01/ワーナー・パイオニア/L-1661)

1.トワイライト 〜夕暮れ便り〜 2.ドライブ


 80年代に数々のヒット曲を飛ばした中森明菜にあって、最も語られることのないヒットシングルがこれなんじゃないかな。 43万枚という、大ヒットといってまったく問題ない数字を残しながら、明菜ファンのあいだで語られることも、明菜本人がこの曲の思い出について語ることも、ほぼ毎年行われるツアーやディナーショーのセットリストに組み込まれることも、ナツメロ番組で取り上げられることも、まったくない。
 一曲ごとにコンセプトをかっちりと固めて作られていた当時の明菜のシングルは、良くも悪くも初聴時に一定の衝撃をリスナーに与え、賛否両論を巻き起こしていたわけだが、 そのなかにあってファンからも関係者からも、良いという評判はもちろん、悪いという評判すらあがらない、およそなかったことになっているというのはとても珍しい。 とはいえ、そういう評価というのもやんぬるかな、というところ。

 この曲、来生たかお・えつこ姉弟の手によるシングル第3弾ってところなんだけれども、 前2曲の「スローモーション」「セカンドラブ」の楽曲の完成度や中森明菜のパブリックイメージとの合致具合と比べると、やっぱり落ちる。
 あまり中森明菜が歌う必然の感じられないんだよね。 薬師丸ひろ子でも河合奈保子でも来生作品が嵌まる歌手なら、誰でもいけるんじゃなかろうか、という。

 83年夏は、この「トワイライト」をはじめ、薬師丸ひろ子「探偵物語」、原田知世「時をかける少女」、河合奈保子「エスカレーション」の4女性アイドルの4曲がオリコンや「ザ・ベストテン」などのチャート1位をめぐって激しい攻防を繰り広げる構図にと展開、 結果、薬師丸、原田、河合の3名のシングルは自己の最高セールスあるいはそれに準ずる成績を残し、自らの代表曲となったのだが、それに比べると明菜の「トワイライト」の印象はあまりにも薄い。
 ちなみに薬師丸、原田、河合の3名の前シングルがすべて来生作品(「セーラー服と機関銃」「ときめきのアクシデント」「ストロータッチの恋」)というのが面白い。 それだけ当時のアイドルにとって来生たかおというのは、需要の高い、手堅い作家であったということなのだろう。

 確かに来生ソングとしてみた時「トワイライト」は決して悪くないのだ。むしろいい。
 83年12月に来生たかおがリリースしたセルフカバーアルバム「Visitors」に、この「トワイライト」は「スローモーション」「セカンドラブ」「シルエットロマンス」などとともに収録、アルバムのラストを飾っている。 来生盤は、明菜盤をてがけた萩田光雄のアレンジにプラス、星勝が追加アレンジ。 海辺の清涼感と黄昏の残照の感じる抒情的な名曲といってさしつかえない出来になっている。
 歌から風景が見える。風を感じる。
 初夏の海辺を点景した曲として薬師丸ひろ子の「探偵物語」といい意味で好対称だな――薬師丸だったらどうこの曲を消化するかな、と、そんな風にすら思える。 ――が、明菜盤では、何かが足りないのだ。

 「明菜は海を見ないで育った少女」
 そういったのは平岡正明だったが、明菜の歌う「トワイライト」からは、海辺のざわざわした感じがまったく感じられない。 この曲に明菜が共振している部分、それがあまりにも少ないように感じられるのだ。

 ただの「いい曲」――それだけでは中森明菜の曲は成立しない。
 この問題は、現在にいたるまで中森明菜についてまわるわけだが、 83年の明菜は、まさしくその壁にぶちあたり、暗中模索した一年であったといえよう。
 アルバムでもシングルでも、決定打のない、どこか煮え切らない作品が並ぶ。
 年間オリコンチャートベストテンにシングル1曲、アルバム3枚を叩き込み、デビュー2年目で日本で最もレコードをセルしたアーティストになった中森明菜だが、しかし、自己確立にはまだ遠かった。 そのなかにあって「トワイライト」は中森明菜の歌声では名曲に仕立て上げることの出来なかった、明菜にしては極めて珍しい失敗作であり、名曲であったといえよう。
 ――ってわけで、今回は来生たかおのフォローに入るわたしであった。や、でも、来生盤の「トワイライト」、ほんといいです。聞いてない方は是非一度どうぞ。

 もひとつちなみに。この曲のジャケット写真は明菜の選定によるもの。 暗中模索のこの時期から明菜は楽曲発注やアートワークなど自身のプロデュースワークに深く関わるようになっていく。 その成果は翌年翌々年と次々に実を結ぶことになる。

2007.06.04
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