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cover
小林智美

溢れ出すエロチシズム

(『艶舞』/中央公論新社/2000.03)


うっすらと放置気味のこのコーナー。
災難は忘れた頃にやってくる。
というわけで今日はこの人を褒め殺し。
私が今、この世で一番好きなイラストレーター、小林智美さんです。

スクウェアのおかげですっかりこの方も有名ですね。
という私も最初の出会いは「ロマンシング・サガ」なわけですが。
……、あれ。藤川桂介の「幻々斎志楽」のほうが先かなぁ。
ともかく92年ごろよ。

ま、そのころは絵ぇ上手い人だなぁ、結構好きだなぁ程度だったのですが。
ばちこーーーんとハマったのは(やっぱり)June小説との出会いからですな。
確か榊原史保美の「龍神沼綺譚」ハードカバー版の装丁で、あっっ、ともみっっ(はぁと
って感じになって、江森備の「私設三国志 天の華・地の風」で完全にともみマンセーー厨房化したって流れですな。
アールビバンで版画買ったりはしないけど、もちろん画集「艶舞」は限定五千部のハードカバー版の方もっとるし、津守時生と一緒にやっとった聖闘士星矢の同人誌までもっとるもんね(「PRISONER」の11巻。私はまだ待っています)。
そう、つまり、私はただのファン。
一応知らん人のために言っとくけど、画風は劇画チックで伊藤彦造、岩田専太郎あたりの大正昭和の挿絵画家のテイストに池上遼一、生頼範義、堂昌一とかを混ぜたような感じ。

小林智美の絵の魅力はなんてったって、色っぽさ。
色っぽいというかエロイ。
なんかエローーーイのよ。
描かれる人物人物が男女問わずいちいちなんっかいやらしい。
書かれるキャラのいちいちが、こいつ、セックス強そーーー。とか、こいつ、情が濃やかそうって見えてしまう。何故か。
別にセックスしている絵ばっか描いているとか人物がやたら特出ししているとかそういうわけじゃないのよ。
普通に服着て普通につったっているだけでも、じんわりとエロチシズムが滲み出てくるのよ、絵から。
昔さぁ、中島梓の「梓の元禄繁盛記」の小林智美の表紙絵見た従兄弟が「これって、エロ本!?」って聞いたことがあったくらいに、なんかどういうわけかエロエロオーラでまくり。

かといってキャラが変態チックに見えるってわけじゃないのよ。
なんかいわゆる逸脱したプレイとかしなさそうな感じ。
これは小林自身が性に対する屈折がないからなんだろうなあ。
小林の絵は「セックス全肯定」って感じで常にある種の正しいすがすがしさを伴っているのでエロチックなほの暗さはあってもそこに不思議とじめじめとした感じがない。
じめじめエロスってのはどこかに性に対する原罪意識がないと生まれないからね。

これは日本文化の中ではかなり特筆すべき点であると思う。
谷崎に乱歩に伊藤晴雨の責め絵に、と日本のエロスはじめっと黴くさいのが王道だったわけだから。
ま、確かに近頃はこのじめじめ路線もコンビニエンスなAVの流れにさらわれてしまっている感はあるけど、逆に今のノリはプラスチックが腐っていくみたいな(そんなことはないんだけれど)高度管理化された悦楽とその裏返しの荒廃と虚無って感じだし。
ともあれ性に対する原罪意識みたいなものは今のノリでも引きずっているような感じなのよね。
小林智美には太陽の光の下に晒してもなんら恥じることがない性に対する素直さ、正しさってのが全面で出ていて、凄いよなあと思ってしまう。

ちなみに本人はこんな風に言ってます。
私はセクシュアル、エロティックなものにとても惹かれます。エッチとかスケベーとか言うものです。
笑っている場合ではありません。
エッチ、スケベーは「陽気・陰鬱さ」両方もち合わせていて、それらは人間が創る肉体的にも精神的にも大変美しいものだと思うのですが、つまり何が言いたいのかというと生きている人間て美しいわという、私が絵を書く上での記号(サイン)のようなものということです。
エッチ、スケベーは私の人間賛歌なのね。

「彩華」(新書館刊)  あとがきより


わたし的に小林ともみんキャラで一番はやっぱり江森三国志の孔明かなあ。
小林智美イラストに江森の小説ってのは最強のコンビでした。
でもどぜう髭は勘弁な。
あと、これだけは言いたい。ともみんの一輝×氷河は永遠に不滅です。
ハーレクインの主人公のような二人、とってもお素敵。

2003.04.30

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