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松田聖子 「Strawberry Time」

松田聖子に与えられた課題

(87.05.16/CBSソニー/32DH-656)

1. Strawberry Time 2. 裏庭のガレージで抱きしめて 3. Kimono Beat 4. 妖しいニュアンス 5. シェルベールは霧雨 6. All of You 7. 雛菊の地平線 8. チャンスは2度ないのよ 9. ピンクの豹 10. LOVE


 87年作品。出産休暇明けの復帰アルバム。 プロデュースと全作詞はいつもの松本隆。作曲は、土橋安騎夫、小室哲哉、大江千里、米米CLUB、辻畑鉄也など、当時のロック・NM系の新進アーティスト勢が大集結。編曲はこれまたいつもの大村雅朗を中心に、西平彰、笹路正徳など。

 前作、「SURPREME」は、当時人気絶頂のアイドルが、結婚し、出産しようという、そのまったただなかに制作しなくてはないらないという、前代未聞のシチュエーションだったわけで、 さすがの松本隆御大も、恐る恐るプロデュースしているな、という感のただよう作品だった。―――どこまで今までの≪アイドル・松田聖子≫の色を残すのか、どこまで変えてしまっていいのか、という微妙なさじ加減の苦慮が垣間見えた。 が、その「SURPREME」が松田聖子のオリジナルアルバムで自己最高のセールスを記録したこと、さらにそのアルバムで人類愛・母性をテーマにした「瑠璃色の地球」がもっとも好評価であったことがはずみになったのだろう。 この本格復帰アルバムで、松本隆は松田聖子を変える勝負に出た。
 このアルバムのコンセプトは、ズバリ「松田聖子を大人の女性にする」だったんじゃないかな。 このアルバムで、松田聖子は、なにものにもとらわれず自らの意志で自らの道を歩む「自由」を手に入れた。



 デートの帰り、自宅の裏庭のガレージで「お休みのキスの続きはないの?」と恋人を積極的に誘う「裏庭のガレージで抱きしめて」。
 「不幸な恋になってもかまわない」と恋にすべてをかける「チャンスは二度ないのよ」。
 気のすすまないお見合いを「未来くらい自分の手で選びたいの」といって、晴れ着のまま恋人と海辺へ逃げ出す「KIMONO BEAT」。
 男の自尊心や劣等感、女性観を見透かし、鼻で笑いながら「からかうのって、楽しい」と恋人を手のひらで転がす「妖しいニュアンス」。

 かように表現される、あらゆる規範から逸脱して自由奔放に生きる彼女の姿が印象的だ。
 そして、それは決して下品には映らない。
 そのいっぽうで、その自由と引き換えに背負わなければならない「孤独」と、全てを包み込もうとする「愛」が描かれているからだ。



 懐かしい街にひとり降りたち、かつての恋人を偶然に見かけるものの、過ぎ去った時の重さに一度も視線を交わすことなく別れる「シェルブールは霧雨」。
 自由を求めるがゆえに愛するものと別れ、しかしそれでも後悔を振り切ってその先を歩もうとする、登山の道のりと人生の道のりをかけあわせた「雛菊の地平線」。
 弱いわたしだからこそ、木洩れ日や水面にきらめく光のように、愛をあなたに注ぎたいと歌う「LOVE」。
 タイトル作「Strawberry Time」も無意味系の作品に見えて、「争いのない永遠に平和な国への地図をあなたにあげる」という歌なわけで、LOVE&PEACE的な歌ともいえる。



 意のままに恋から恋へと自由奔放に生き、それと引き換えに自らの責任を持って、孤独に生きる。 そして、自由と恋と孤独の向こうに「愛」を。惚れた腫れたの色恋を越えた、ひとつの魂としてひとつの魂を、そしてその向こうにあるさまざまを抱きしめる「愛」を描く。
 これが松本隆が松田聖子へ提示した≪成熟した大人の女性≫像であり、それは、このアルバムでは成功したといえる、と思う。 この路線は、次作「Citron」でさらに強化されることになる。

 が、松田聖子自身は、「自由」の部分は充分体得したのものの、そのいっぽうの、それと引き換えに背負わなければならない孤独というのが、どうもわからなかったようで、結果、深い愛というのもピンとこなかったようで、 松本隆の手を離れて以降の、松田聖子自身の手による作品は、どうにも≪いつも底の浅い恋愛ばかりしているただの色ボケのオバサン≫の歌(――実際の聖子ちゃんの恋愛がどうかってのは、知らんよ)ばかりになってしまって、ごにょごにょ。 ――ま、以後の聖子ちゃんはともかく、これはいいアルバムだぞ、と、強引にまとめる。


2006.02.24
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