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中森明菜 「Silent Love」

ほんの小さな過渡期

(84.12.21/ワーナー・パイオニア/18L2-47)

1.BLUE BAY STORY  2.LITTLE PARTY   3.TERMINALまでのEVE   4.星のX'MAS-BERRY 〜A TENDER STAR


 84年年末に発売されたクリスマス向けミニアルバム。
 これは中森明菜にとってはじめてのコンセプトアルバムなんじゃないかな。 全曲が「作詞・伊達歩 作曲・井上大輔 編曲・瀬尾一三」で統一。 全体がストーリー仕立て、LPのみの発売で、ジャケットは海外からの小包風の装丁、と凝っていた( 後にCD化した時の装丁は簡素なものでちょっと拍子抜けしたが、まあ、いい )。



 とはいえ、その主軸となっている物語は、たわいもないというか、ベタというか、 なんかもう、これは「愛・旅立ち」ですか。
 本牧だとか山手だとか自由が丘だとかが舞台でさぁ、 深夜ポルシェを走りまわしている不良少年DANと、いつもひとりぼっちのツンデレ少女のREIが YOKOHAMAサリーズショップのダンスパーティーで知り合いーの、出会いは最悪だったけれどもふたりはいつしか寄り添うようになってーの、 横浜港の夜景を眺めながら REIは「クリスマスはふたりでできるかしら?」とたずねーの、DANはそれに答えられず―の、 なぜなら、DANは先天性心臓病、手術のためにクリスマスを待たずにロンドンに旅立ち―の、REIは教会で祈り―の、 で、クリスマスの朝、ロンドンのDANからREIへピンクのポストカードが届き―の、で、おしまい。



 「愛・旅立ち」って、ツッパリ少年とツンデレ少女が束の間に出会い、そして病に引き裂かれ、っていうそういう話だったよね、確か。 このアルバムのリリースが84年12月、「愛・旅立ち」の公開が85年1月なわけで、そのあたり連動した展開なのかなぁ。
 世界観的には、いわゆる、百恵「赤いシリーズ」的というか、マッチの恋人的というか、いわゆるツッパリたちの心の恋人路線。 前作「POSSIBILITY」に続いてアイドル時代の明菜のパブリックイメージで固めたような世界、ベタであるが手堅いともいえる。

 作家陣を統一したり、あるいはアルバム一枚でひとつの物語を成すように仕立てたり、 というのは、アイドルのコンセプトアルバム作りとしては王道であるし、事実そういう名盤は数多い。 ちょうど同時期リリースの河合奈保子の「さよなら物語」なんて、その成功の最たるものなんじゃないかな。
 が、そうした名盤にこの「Silent Love」がなりえなかったように思える。
 なぜか。
 「手の内が最初から見えるような平凡なプロデュースワークでは明菜は光らない」
 このひとことに尽きるんじゃないかなぁ、と、わたしは思う。
 とはいえコンセプトアルバムを作ろうというその気概は買いたい。



 あともう一点、評価したい部分がある。
 明菜がこのアルバムから意図的にボーカルの実験をはじめている。
 コンセプトに合わせて全ての楽曲を声を抑えながら、その中のバリエーションで歌唱表現しているのだ。
 これは翌85年以降顕著に見られるが、その萌芽はここにある。
 普通ならビブラート全開で張って歌うはずの百恵のツッパリソング風の「Blue Bay Story」ですら、あえて小さくいじらしく歌唱している。
 これが19歳の明菜にとっての"静謐な愛"ということなのだろう。
 とはいえ、そのピアニシモのボーカルが成功しているかというと、もちろんそうではない。
 ただ、近年中森明菜が多用するピアニシモ唱法で統一したはじめてのアルバムであり、 86年年末の『CRIMSON』の前哨戦として見ることも可能であるわけで、成功ではなかったこのアルバムの存在意義もあるのかな、と。



 初のコンセプトアルバム。初のボーカルのトライアル。ポスト百恵的旧態依然の世界観。ありきたりの方法論。
 ちょうどこの『Silent Love』は このアルバム以降現在にいたるまでの中森明菜のアルバム表現の核をなすものと、 このアルバム以降、なりを潜める"アイドル・中森明菜の世界"が混交としている。 つまり彼女がアイドルからアーティストへと成長を遂げる過渡期的アルバムであり、今の中森明菜が中森明菜たらしめるその過程にあって必然のアルバムであったわけだ。
 ちなみに、このアルバムのリリース時のシングルは奇しくも「飾りじゃないのよ涙は」である。

2007.03.17
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