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河合奈保子「さよなら物語」

(84.12.05/AF-7370/日本コロムビア)

1.LA JETEE(霧雨の埠頭) 2.PARIS OCTOBRE(パリは悲しみに燃え) 3.VENEZIA(水の中の蜃気楼) 4.HOTEL RITZ(人生という名のレヴュー) 5.FIN(白夜の季節) 6.WIEN(哀しみのコンチェルト) 7.BARCELONA SENTIMENTAL(海岸道路N2) 8.LAST DANCE IN MOSCOW(モスクワ・トワイライト) 9.SA・YO・NA・RA(ラスト・シーンズ)


 84年年末作品。
激化する80年代アイドル戦争まっただなかの84年。その中でも楽曲的に最も激動だったのが、河合奈保子だったんじゃないかな。
 82年の「夏のヒロイン」をもってアイドル第一期を終え、83年には「けんかをやめて」をはじめとするフェミニンなNM路線と筒美京平のペンによる「エスカレーション」などの挑発歌謡ポップス路線の二軸体制で彼女のアイドル第二章がはじまった。 しかしそれも束の間、84年は更に変化していく。84年の彼女のテーマは、アルバムアーティストへの変貌だ。 彼女はこの年、オリジナルアルバム3枚、新曲を含む企画アルバム1枚、ミニアルバム1枚、の計5枚をリリースしている。その数だけでも物凄い。 しかも内容もそれぞれ密度が濃く、加速度をつけて彼女は変貌していく。

 「あるばむ」のヒットによって定着したかと思われたNM系アーティストのコラボアルバムは初夏発売の「サマーデシカシー」で終了。 矢継ぎ早に盛夏にはTOTO、シカゴ、EW&F、等のメンバーの完全サポートによってL.Aで録音された「デイドリームコースト」を発売。 さらに年末には、奈保子の挑発路線を担当した売野・筒美コンビによる本作がリリースされる。
 しかもテーマはシングルのそれとはまったく異なり、「ヨーロッパの哀愁」と、当時であれば大貫妙子あたりが追及しそうな路線で、まるきり「河合奈保子」というパブリックイメージにはない世界を追求している。 当時の女性アイドルの頂点であった聖子・明菜・小泉ですら、ヒットシングルのイメージの延長で作った大衆的な手堅いアルバム制作に終始していたこの頃、ここまでの急展開はさすがに多くの彼女のファンには戸惑いとして受けとられたのか、 本作のチャートの最高位は11位、堅調なセールスを誇った河合奈保子のアイドル時代にあってこのアルバムは唯一ベストテンランクインを逃している。 後に何度か彼女の旧譜は一斉に再発売されたが、必ずといっていいほどこのアルバムはその対象から除外された。 とはいえ、完成度の高さからファンの間では高い評価を受けているアルバムでもある。彼女の最高傑作と推す声も高い。

 というわけで、わたしもこのアルバムは彼女の作品の中で最高のクオリティーだと、すばらしいと、絶賛の嵐を送りたいのだが、ちょっと待てよ、これって河合奈保子でやる意味あるのか?
 大衆的でありながら流麗な筒美京平のメロディーラインは相変わらずすばらしいし、 そこに矢島賢・マキ夫妻の手による、当時の最高級シーケンサー・フェアライトCMIを駆使した打ちこみながらもクラシカルな気品と緊張感の感じるサウンドは、さながら当時の坂本龍一+大貫妙子コラボレーションに匹敵する高品位なものといっていい。
 また「鏡の中の十月」(小池玉緒)「モナムール」(中森明菜)あたりで既に散見された(が、まだおおっぴらに放っていなかった)売野雅勇の一方の得意技たる耽美主義的な詞もここにおいて炸裂、 パリ、ウイーン、ベネチア、バルセローナ、モスクワ……、それぞれの街を舞台に、ご当地ソング的な大衆性を残しながらも、それだけに終わらない深みを感じるところは、当時の加藤和彦作品に於ける安井かずみのような役割を果たしているといっていいだろう。
 さらに歌手として着実に成長した河合奈保子の、張った声の凄み、抑えた声の翳り、このあたりの絶妙なコントロールがアルバム全体で冴え渡ってもおり、はっきりいってこのアルバムの彼女の声は(――河合奈保子なのにと云ったら失礼だが)色っぽい。いい女の匂いがする。 捨て曲一切ナシでどれも粒揃いの佳曲だし、全体のうねりも完璧。曲順を変えたり、あるいはこのアルバムからのシングルカットといったことが考えられないくらいに曲の前後がそれぞれ緊密に絡み合っていて一体感をもっている。コンセプトアルバムとしてほぼ完璧だと思う。 文化の爛熟した末の、頽廃的な空気を感じる「Hotel Litz」、矢のごとき悲しみの疾走といった感のある「Wien」といったあたりがわたしは好みだ。

 しかしだね、彼女のあまりにも健康的過ぎる肢体や言動と、頽廃的なヨーロッパの雰囲気というのは、あまりにもミスマッチが過ぎるのでは、と、彼女のパブリックイメージを知れば知るほどわたしは思ってしまうのだ。 コンセプト設定がそもそも、どうなのよ、と。
 アイドルの格上演出として「ヨーロッパ路線」ってのは、まあ、手堅いし、私はこの路線大好きだけれどもさ、このアルバムって、 「河合奈保子はこんなこともできるんですよ」というデモンストレーション以外に、今後のなにかにプラスになるような作品には思えないんだよね。 つまりは、この一枚から「法人・河合奈保子」の企業戦略が、見えないのだ。  多分、この作品スタッフを含め周囲はノリノリだったんだろうけれども、河合奈保子本人は、特に思い入れがあるものじゃないだろうなあ、という気がする。 ボーカリストとして一生懸命演じました歌いました、という、それだけだったんじゃないかな。
 とはいえスタッフの悪ノリはとどまることを知らず、四ヵ月後には、ほぼ同じスタッフによる不穏なサマーリゾートアルバム「スターダストガーデン」をなぜか春先にリリースする。 これもまぎれもなく傑作なんだけれども「さよなら物語」と同じく本人不在のアルバムなんだよねぇ。
 これらの背伸びの過ぎるアルバム群たち、歌手としての成長めざましい河合奈保子を眩しく思うファンもいただろうけれども、しかしそれと同等かそれ以上のファンは、河合奈保子はスタッフに似合わないことを強いられていると、あるいは望まない形へ河合奈保子は変貌してしまったと、そう、捉えたんじゃないかな。 わたしは84〜87年頃の河合奈保子の勢いのあるアルバム、大好きだけども、「夏のヒロイン」とか「スマイル・フォー・ミー」を望む人の作品じゃ絶対ないものなぁ。 歌手の育成というのはつくづく難しいもの。

2008.02.10
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