文明開化以来、私たち日本人は、東洋と西洋の文化の狭間で、人格をふたつに引きかされている――(今となっては「いた」なのだろうか、どうだろうか)。 わたしたちの先達は、西洋の様々な文物を日本化するのに、様々な試行錯誤を繰り返した。その一連の流れの中で、西洋のロックを日本の文化とさせる、その作業もまた同様であった。
日本語とロックの融合を目指したはっぴいえんどが東と西の間でアイデンティティーを失い「さよならアメリカ、さよならニッポン」と最期の呟きを残して太平洋のど真ん中に水没したのは1972年のことである。
そのメンバー細野晴臣が次なる一手としてYMOを結成するのは1978年。彼らはジャパネスクを逆手に取り、「東洋・西洋」という対する概念を記号化し、意味を解体させた。
さてさて、一方、同じく日本語によるロックを標榜していた加藤和彦が、サディスティック・ミカ・バンドを海外での成功直前に空中分解させてしまうのは1975年のことである。
彼もまた、西洋と東洋の文化の隔たりに弾かれた。そして自身の音楽性を変革させる。
1977年、安井かずみと結婚。公私共にパートナーとなったふたりの手による加藤和彦名義のアルバムは、歌の舞台をすべて海外とした。ベルリン、パリ、ベネチア、バハマ、ニューヨーク……。
それはちょうどYMOが「西洋から見た東洋」を戯画化したのと、まったく同じだったのではと、私は感じる。
安井かずみと加藤和彦のアルバムはつまりは、「東洋から見た西洋」のアルバムなのだ。
そのようにして彼らも、文化的浮き草である近代日本から、音楽的自我を確立し、民族性・歴史性を超克したポストモダンな音楽を築いたのでは、とわたしはつまらぬ邪推に思いを馳せる。
もちろんそんな小難しいこと考えなくても、ふたりの作るトラッドなサウンドをベースにしながらも、都市的で無国籍な音世界をゆっくりと遊泳すればそれでいいのだ。
細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、矢野顕子、鈴木茂、後藤次利、大村憲司、清水信之、清水靖晃、小原礼、斎藤ノブ、松武秀樹、高中正義……。参加ミュージシャンは日本の最高峰ばかり、極上のサウンドがそこにある。
77年の結婚から94年の永訣に至るまで、安井かずみ・加藤和彦コンビが残したアルバムは全部で9枚。
彼女の死去以降、加藤和彦が安井かずみと築きあげた世界をふたたび披露することは、絶無であったのと、
またほとんどの作品の入手が困難であった状況から、今となってはあまり知られていない二人のアルバムだけれども、
欧州の気品溢れる、エレガントでロマンチックな世界に是非、うっとり酔っていただきたい。
幸いに現在は、これらのアルバムの復刻が進み、手に入りやすくなっている。
ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦、サディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦もいいけど、わたしにとって加藤和彦は、この安井かずみと共に居た加藤和彦なのだ。
02年にフォークルは坂崎幸之助をゲストに期間限定の再結成。ミカバンドは89年にボーカルに桐島かれんを迎え、また06年には木村カエラのボーカルで期間限定の再活動を行った。いつの日か、安井かずみと築き上げた世界も再び披露する日を私は待っている。
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◆ それから先のことは… (76.12.20/ランクインせず)
1. シンガプーラ
2. それから先のことは
3. ジャコブ通り
4. それぞれの夢
5. キッチン&ベッド
6. 貿易風
7. 春夏秋・・
8. 光る詩(うた)
9. 二度目の冬
10. 淋しい歌のつくり方
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アラバマのマッスル・ショールズスタジオで録音。安井+加藤コンビの一枚目。
とはいえ、今作でふたりが組む必然というのは、あまりなかったようで、
安井曰く「加藤のアメリカでのレコーディングが決まったもののふたりとも一時も離れたくなかったので『じゃあ、私が作詞するわ』」
と、ま、素敵なバカップルですね。ちなみにジャケットのポラロイド写真は安井かずみの手によるもの。
ミカと離婚し、サディスティック・ミカ・バンドを大成功一歩前でなし崩し的に空中分解させてしまって後ということもあるのか、
「なんとかなるだろう」という、リラックスしながらも、ちょっと心に風吹くような淋しい明るさが、このアルバムにはある。
新たなパートナーとともに新しい音楽を築こうという気概はあまり感じられない。飾り気のないふたりのプライベートを活写している私小説的なアルバムといって差し支えない。しかしこれが70年代にして、四畳半フォーク的にならずに乾いたタッチに仕上がるのが安井・加藤コンビなのである。
サウンド的にもゆったりしたソフト・ロックが基調で、その後にふたりが作る世界とは異なっている。安井・加藤コンビも初期はこんなことをやっていたのだなあ、という感慨とともに、7点。
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◆ ガーディニア (78.02.05/ランクインせず)
1. Gardenia
2. Today
3. 気分を出してもう一度
4. 時の流れ
5. Spicy Girl
6. Together
7. まもなく太陽が沈む
8. 終りなきcarnaval
9. Maria
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「それから先のことは」のリリース半年後に結婚。公私共にパートナーとなったふたりの二枚目。
前作は、どこか素のふたりをそのまま表現したという雰囲気が強かったが、このアルバムで大きく印象を変える。
――というわけだけど、この時期、こんなアルバムが実に多かったなぁ。
テクノポップブーム前夜のこの時期の日本のポップス界はクロスオーバーが大流行。ロック系アーティストとジャズ系アーティストがお互い歩み寄るのに、サンバ・ボサノヴァなどのラテンやブラックミュージックが大いに活用された。
というわけで、このアルバムも同時期の高橋幸宏の「サラヴァ」、南佳孝「South of the Border」と同系統といっていい一枚。参加プレイヤーも、坂本龍一、高橋幸宏、鈴木茂、後藤次利、斎藤ノブ、渡辺香津美、と、これらのアルバムとほぼ同じ(――なのだが、それにしても眩暈がするほど豪華)。
リゾートの華やかさと熱狂から半歩ずれてぽつねん佇み、景色を俯瞰している雰囲気が、このアルバムの良さ。これが安井+加藤コンビのアルバムの基調となる。渋谷系の元祖といって差し支えないアルバム。ここで確信を掴んだ加藤和彦は、次回以降の「ヨーロッパ3部作」でさらに飛躍してゆく。8点。
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◆ パパ・ヘミングウェイ (79.10.25/第67位/2.9万枚)
1. Small Cafe
2. Memories
3. Adoriana
4. San Salvador
5. ジョージタウン
6. Lazy Girl
7. Around The World
8. アンティルの日
9. Memories(リプライズ)
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ワーナーパイオニアに移籍。ヨーロッパ3部作に加藤和彦は取り掛かる、その第一弾はヘミングウェイの個人史をアルバム一枚に封印したもの。
レコーデイングはバハマのコンパスポイント・スタジオ、マイアミのクライテリア・スタジオ。坂本龍一、高橋幸宏、小原礼、大村憲司が参加。
ヨーロッパはパリの小さなカフェから始まり(「Small Cafe 」)、ロンドン・パリと古き良き時代を追想し(「Memories」)、大西洋の海上で古い恋人へを別れの手紙を書き(「Adoriana」)、そして最後の楽園・サンサルバトール(「San Salvador」)へ、なつかしい人の待つジョージタウン(「ジョージタウン」)へ……。
冒頭、旧大陸を舞台とした作品は総じてノスタルジックで重々しいのが、海を渡り新大陸へ近づくごとに明るく身軽で開放的になっていくのが、印象的。そしてラスト「AROUND THE WORLD」で世界を彷徨い旅をする者の心を歌い、このアルバムを総括。ラストを彩るインスト「アンティルの日」「Memories(リプライズ) 」はまるでカリブの海に沈む夕日のごとく鮮やかである。
ちなみに、後にSHAZNAが「Gold Sun and Silver Moon」でモロパクした印象的なジャケットデザインは奥村靫正によるもの。またCD版はリミックスが施されていて、オリジナルのアナログ版と印象が違う(――特に佐藤奈々子のボーカルが消えている「レイジーガール」は顕著)ので注意。7点。
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◆ うたかたのオペラ (80.09.25/第10位/5.9万枚)
1. うたかたのオペラ
2. ルムバ・アメリカン
3. パリはもう誰も愛さない
4. ラジオ・キャバレー
5. 絹のシャツを着た女
6. Sバーン
7. キャフェ・ブリストル
8. ケスラー博士の忙しい週末
9. ソフィーのプレリュード
10. 50年目の旋律
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テクノポップブーム到来にあわせて、一気に打ち込みサウンドをフィーチャリング。
YMOの高橋幸宏、細野晴臣、坂本龍一の三氏にプラス矢野顕子、大村憲司、岡田徹、清水信之、巻上公一、佐藤奈々子らが参加し、西ドイツ・ベルリンのハンザスタジオで録音された傑作。ミキシングは後にGLAY、BOOWY、 B'z、中森明菜「Stock」も担当したMICHAEL ZIMMERLING。
東西に分断された80年の灰色がかったベルリンの街から、20年代の豪奢な花の都を想起する。静まり返ったブランデンブルク門、華やかなウンター・デン・リンデンは跡形もない。
門上の女神ヴィクトリアの像は物言わず街を見下ろしている。歴史が生み出し、歴史が破壊した、ひとつの都市。うたかたのオペラのように、ここには未来も過去すら、ない。
安井かずみは、東ベルリンを訪れ、歴史的遺構が無惨に野ざらしにされている姿に「まるで生ける屍のよう」と驚嘆。東ベルリンから西ベルリンへの亡命者の話を聞き、眩暈と失語症に陥ったという。
他の参加アーティストは、ベルリンという街になにを感じ取ったのだろうか。
ノスタルジックで華やかなテクノ・サウンドなのだが、どこか陰鬱で、ひとつ不幸の幕のかかったような感じがある。緊張感が盤全体に云いようのない漲っているのだ。東西冷戦時代の影の部分をポップスで表現した歴史的名盤といっていいだろう。
これも「パパ・ヘミングウェイ」と同じくCD版はリミックスが施されている。特に「ルムバ・アメリカン」と「ラジオキャバレー」は顕著だが、盤全体のエコー感がぜんぜん違う。ベルリンの、紗のかかって掴めない感じはオリジナルのレコード盤のほうが正解。これは是非ともレコードで聞いていただきたい。
ちなみに「絹のシャツを着た女」は「おかえりなさい秋のテーマ」と改題してシングルカット、資生堂の化粧品ソングとして小ヒットしている。
YENレーベル的な構成主義のジャケットデザインは前作に続いて奥村靫正。9点(CD版は8点)。
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◆ ベル・エキセントリック (81.07.25/第48位/1.5万枚)
1. ロスチャイルド夫人のスキャンダル
2. 浮気なGigi
3. American Bar
4. ディアギレフの見えない手
5. ネグレスコでの御発展
6. バラ色の仮面をつけたマダム
7. トロカデロ
8. わたしはジャン・コクトーを知っていた
9. Adieu,Mon Amour
10. Je Te Veux
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ヨーロッパ三部作のラストは、引き続いてテクノ色強めな一枚。ロマンチックでスイート。大貫妙子「クリシェ」やかしぶち哲郎「彼女の時」などがお好きな方ならたまらない傑作になっている。今度は、パリ郊外のシャトー・デ・エルビーユというかつてショパンやコレットも滞在したという由緒ある城館を改造したスタジオで録音。
高橋幸宏、細野晴臣、坂本龍一、大村憲司、矢野顕子、清水信之といったお馴染みの面々を引き連れて、もっともエキサイティングでもっとも優雅でもっとも残酷だった1920年代の巴里を再現してみせた。
ディアギレフ、ニジンスキー、ピカソ、ストラビィンスキー、コクトー、ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ココ・シャネル、アンノ・ド・ロチルド……。20世紀を代表する芸術家や富豪たちが夜毎酒を酌み交わした。巴里のレ・ザネ・フォル(狂乱の時代)。豊かで華やかで輝いていた悦楽の夏の風景――。
20年代の巴里を振り返ったこのアルバムを今聞きなおすと、もっとも華やかであった80年代の日本と、そのポップスの風景もまた二重になって響くのであるから、不思議なものである。
時がすぎ、巴里の夜を彩った彼らが静かに舞台から去ったように、このアルバムに参加した日本を代表するといって過言でないミュージシャンたちが、再び集い、このような華やいだアルバムを制作することは、およそ不可能であろう。
日本にとっての80年代は、ひと時だけ何かの蓋が外れたかのような、お祭り騒ぎの、愉快で奇妙な、悦楽の夏の時代であった。そしてその時代の真ん中に、このアルバムに参加したミュージシャンたちがいたのである。
坂本龍一のピアノによる「Je Te Veux」で時代を蝋印して、このアルバムは終わる。その甘い余韻が切ない。
ちなみにジャケットは金子国義。加藤和彦は彼の絵を相当気に入ったようで、以後すべてのアルバムが彼のイラストに、また「うたかた〜」「パパ」再発版も、彼の絵に差し替えになっている。9点。
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◆ あの頃、マリーローランサン (83.09.01/第48位/1.4万枚)
1. あの頃、マリーローランサン
2. 女優志願
3. ニューヨーク・コンフィデンシャル
4. 愛したのが百年目
5. タクシーと指輪とレストラン
6. テレビの海をクルージング
7. 猫を抱いてるマドモアゼル
8. 恋はポラロイド
9. 優しい夜の過し方
10. ラスト・ディスコ
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CBSソニーに移籍。加藤和彦は常に傑作を出しつづけていく。
ここは、ロンドン? パリ? ニューヨーク? それとも東京? 歴史性から断絶された現代の大都市は、それがどこにあろうと、どこか似ている。それぞれの街とその歴史を色濃く表現した「ヨーロッパ三部作」の次に、ふたりがたどり着いたのは、現代の、混沌として無国籍な都市の情景と、そこで生活する者どもの、些細な喜びと悲しみであった。
坂本龍一、高橋幸宏、高中正義、矢野顕子、清水信之、清水靖晃といったいつもの気の置けない仲間たちとともに作りあげた、豪華でリラックスした音が、心地いい。あえて「うたかたのオペラ」以来のテクノ色を、あえてアコースティックな方向に針を戻したのも、好印象。ジャズ的なクールネスがある。瀟洒だ。
「ガーディニア」に世界は近いが、こちらのほうがより作りこんでいる。
安井かずみの詞作も「グレイのフラノ」「ルイ・ヴィトン」「イサドラ・ダンカン」「マリー・ローランサン」など、要所要所で、あえてスノッブない固有名詞を散りばめながら、ぎりぎり下世話さから逃れてイマジネイティブ。うまい。
バブル前夜の80年代の日本の、最も幸福だった時代が、このアルバムに封印されている。このアルバムにある洗練に、いま、はたしてどれほどのアーティストが到達しているだろうか。8点。
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◆ VENEZIA (84.11.21/第84位/0.2万枚)
1. 首のないマドンナ
2. ハリーズ・バー
3. トパーズの目をした女
4. 真夜中のバレリーナ
5. 七つの影と七つのため息
6. Small Hotel
7. Nostalgia
8. ピアツァ・サンマルコ
9. Song for VENEZIA
10. 水に投げた白い百合
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人の歴史の幾重にも折り重なる、陰影の深い水の都、ベニス。碧色の運河は今日も人のいくつもの喜び悲しみを吸いこみ、深く淀んでいる――。
現代の都市を描いた前作とは一転、時の流れから取り残され、歴史の重みにまさに沈みゆこうとしている滅びの街を舞台に、肉体を失ってもなおこの街に留まりつづける美しい亡霊たちと、ふたりは優雅にワルツを踊った。
15世紀のベニスの元首、アンドリア・グリッティーの館に長逗留して作りあげた。再び打ち込みメインのヘビーなサウンドを基調としているが、今回シンセサイザーはYMO陣営ではなく、マーク・ゴールデンバーグに一任。他、参加アーティストは高橋幸宏、浜口茂外也、清水靖晃ら。
とにかくアルバム全体を包む、歴史の重厚感と甘い頽廃美がたまらない。
長閑な祝祭を描いた「ピアツァ・サンマルコ」、ベニスのホテルでの朝の一景と言った感じの「ハリーズ・バー」などなどの、観光地としてのベニスの表層的な華やかさと、
「首のないマドンナ」「トパーズの目をした女」「真夜中のバレリーナ」といった、ゴシック・ホラーともいえる華やかさの内側に息づく歴史の闇、その光と影のコントラストが実に鮮やかで、実にイタリア的。この国は、血と闇の匂いを孕みながら、どこかあっけらかんと明るいのだ。――この質感が双璧の傑作といっていい「うたかたのオペラ」との大きな違いであり、ドイツとイタリアとの違いなのだ。
メイン・テーマとも言える「Song for VENEZIA」は出口のない迷路を彷徨うような甘美さ。ラスト「水に投げた白い百合」は沈みゆく街への葬送歌。ここにあるのはテクノポップの耽美主義だ。森川久美のイタリアを舞台にした少女漫画を読みながら聞きたい。10点。
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◆ マルタの鷹 (87.12.05/ランクインせず)
1. ARTICHOKE & FRESCOBALDI
2. COZY CORNER
3. FANCY GIRL
4. CHINA TOWN
5. DECEMBER SONG
6. JOKER
7. BACCARAT ROOM
8. TURTLE CLUB
9. JUST A SYMPATHY
10. MIDNIGHT BLUE(INSTRUMENTAL)
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安井・加藤コンビは傑作しか作れないのか。毎回明確なコンセプトアルバムを作りながら絶対外さないのには、驚く。
古巣、東芝EMIにもどって三年ぶりとなった今作は、アメリカ黄金時代を髣髴とさせるジャジーなアルバムとなったが、これまた秀逸。
「あの頃、マリーローランサン」の世界をなつかしい飴色に染めて、そこに金の粉を散りばめたような雰囲気。
20年代のベルリンを「うたかたのオペラ」で、巴里を「ベル・エキセントリック」で表現した加藤和彦が、今度は、大西洋を渡り、20年代のニューヨーク、ジャズ・エイジの若々しい熱狂を表現した、といったところか。
録音は東京と巴里。今回はアレンジを加藤和彦・清水靖晃・Carlo Savinaで分担。他参加ミュージシャンは、大村憲司、小原礼、高橋幸宏ら。
演出効果を狙って、あえてアンティークのマイクロフォンで録音するという凝り様なのだが、確かに今までにない、明瞭でありながら空間的な広がりが豊かな音像は、80年代録音であるのに、どこかなつかしの時代の音。音の粒がひとつひとつきらきらと輝いているのだ。
宵闇のざわざわとした街角の浮き立つような感じを見事に表現した「COZY CORNER」や美しい女優の成功と死をハードボイルドに歌った「FANCY GIRL」で聞くことの出来るスリリングなホーンセクションは絶品。全篇で鳴る清水靖晃のサックスやクラリネットが物凄くいい味だしてるんだよなぁ。
アメリカの探偵ドラマ風の「CHINA TOWN」や貴族たちのスマートな賭け事な世界を歌った「BACCARAT ROOM」などの出色。
モノクロームの往年のハリウッド映画を楽しむように聞きたい。時期は、年末が似合うかな。9点。
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◆ Bolero California (91.02.27/ランクインせず)
1. ジャスト・ア・シンフォニー
2. 3時にウイスキー
3. マラケシュへの飛行
4. ジャングル・ジャングル
5. ほろ酔いバタフライ
6. ピアノ・BAR
7. マグノリア館
8. シバの女王
9. 愛のピエロ
10. 百合の時代
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89年のミカバンド再結成も大成功。――というわけで、今回のソロアルバムはそのクールダウンという目的もあったのかな、かなりライトなつくり、全体の雰囲気は「ガーディニア」の世界に近い。
特にこれといったコンセプトは提示せずに、リゾート感覚で、ゆったりと色んな音楽に身を任せているという感じ。
今まで培ってきた安井・加藤コンビの美味しい部分をさりげなく披露している。
アレンジは全てニック・デ・カロに一任。ミックスはアル・シュミット。
録音場所は明記されていないけれども、タイトルが示すようにロサンゼルスかな?ミュージシャンは全てL.A在住のもののばかり。
チャチャチャの「ほろ酔いバタフライ」、マンボの「シバの女王」、
ドラマチックなホーンが聞き手を煽る「マグノリア館」、センチメンタルなボサノバの「愛のピエロ」、アコーディオンの音色の切ない「百合の時代」、ストリングスの美しい「ジャスト・ア・シンフォニー」、旅の期待感がゆったりと募る「マラケシュへの飛行」などなど、
安井・加藤以外の全てが海外のミュージシャンの手による作品であるのに、古き良き日本のミュージックホールにいるような、あるいはモボモガの闊歩するかつての銀座にいるような雰囲気になるのがこのアルバムの妙味。
「ジャングル・ジャングル」なんて、笠置シズ子「ジャングル・ブギ」のわかりやすいオマージュにしか、聞こえない。
ここにあるのは日本人のイメージする「バタ臭さ」の世界であって、実態のそれとは大きく違う。東洋と西洋が奇妙に混交してノスタルジックな、大正モダニズム期の日本という感じ。西洋的でありながら東洋的という不思議なアルバムである。ここにおいてふたりの音楽は、完全に日本化したといっていいだろう。世界中をまたに身軽な旅を続けたふたりの道程が、このアルバムでようやく終わった。
そして94年、安井かずみは亡くなる。以降、加藤和彦ソロ名義のアルバムは発売されていない。7点。
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