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全アルバムレビュー 裕木奈江


裕木奈江。彼女を語る上でかかせないであろう。2人の人物をまず挙げる。

「曖昧・ME」でのデビューから10年弱のあいだの彼女のプロデューサーであり、所属事務所社長であった星野東三男氏が、まず、その一人である。
彼は70年代前半のフォークブームの最中「横浜ふぉーく村」を主催。 70年代中頃に石黒ケイと山崎ハコというふたりのシンガーソングライターを見出す。常に横浜を中心に活動し、メジャーフィールドから少しはずれた我流のプロデューススタイルをもっていた。 彼は裕木の声質の良さから、アイドル歌手として売り出すつもりだったらしい。 が、彼女は「女優」になりたい、という。 そこで、星野氏が音楽プロデューサーとして制作に参加することになった映画「曖昧・ME」の監督に裕木奈江を引き合わせたところ、「彼女で撮りたい」と主役に抜擢。 ここでようやく、女優・裕木奈江が誕生することになる。
この映画は単館系の上映であったが、口コミで静かに評判になった。 その映画は一人の有名プロデューサーの目にとまる。 それが彼女のもう一人のキーパーソン、当時のCBSソニーのプロデューサー、酒井政利氏である。



彼女の存在感に食指を動かした彼は裕木奈江のプロデュースを申し出る。
そして、ディレクターには山口百恵、井上陽水などを担当した元ホリプロのディレクター川瀬泰雄氏を招き入れ、盤石の体勢でシングル「泣いてないってば」をリリース。 歌手としても彼女は本格デビューすることになる。
「泣いてないってば」での本格デビュー前後の戦略は「裕木奈江プロジェクト」といってもいいほど壮大で見事なものであった。
JRAの高倉健との共演CM、さらに「北の国から」出演などで充分ブレイクの素地がならされたところに、彼女のパーソナルな情報発進である「オールナイトニッポン」の放送開始(―――ラジオでファンを同心円状に広めるというのはいかにもフォーク的な戦略)、と主演ドラマ「ウーマン・ドリーム」のスタート。
このドラマは裕木奈江役「裕木奈江」の、田舎から出てきた一人の少女がスターとして大成するというドラマで、彼女は「泣いてないってば」で劇中でもデビューする。
そのドラマ挿入歌「泣いてないってば」は田舎から都会に旅立つ少女が幼なじみの留守番電話にメッセージを残す、という歌。 (―――ドラマの虚と実際の芸能界の実をダブらせた手法で古くは吉川晃司のデビュー「すかんぴんウォーク」、最近では中島美嘉のデビューでも取られた古典的な手法といえよう。) この一連の流れで彼女はこれで一気にブレイクする。

というわけで、いきなりのブレイクをはたした裕木奈江だが、好事魔多し。 それからわずか数ヶ月で彼女のプロジェクトには暗雲が立ち込めることになる。
事務所社長の星野氏が大事故で長期間現場から離れ、それと同時に勃然と彼女へのバッシングがはじまる。 特に彼女が何をしたというわけではないのだが、友人の父と不倫の恋に落ちる女性を演じたドラマ「ポケベルが鳴らなくて」の彼女と実際の彼女をダブらせたようなバッシング記事がゴシップ誌の誌面を埋めることになる。
機能不全となった所属事務所と、バッシング報道、この二つによって、アイドルとしての裕木奈江は一気に失速していく。



そして、95年のアルバム「アラモード」を最後に歌手は廃業。以後は女優一本で地道に活動を続けていくようになる――05年現在は文化庁の在外研修でギリシアでお勉強中らしい。
わたしは女優としての彼女の魅力というのはよくわからない(――悪いというわけではまったくない、ただ語れるほどみていないのだ)。 ただ、歌手の面だけみても、「こりや、惜しい」と思える才能の持ち主であると私は思う。
決して歌は上手くないのだが、歌に重みがあるというか、情景や物語、風の気配が見えるような、説得力のある、奥行きと豊かさのある声の持ち主で、 彼女は、ふと、鼻歌のように歌を歌うのだけれども、その軽さが、ただ軽いだけでなく、重さをともなった軽さで、新鮮であるのに決して浮わついてなく、存在感があるのだ。

そんな彼女に、酒井氏は裕木奈江のディレクターに川瀬泰雄、アレンジャーに萩田光雄をあてがい、 また山崎ハコや村下孝蔵、伊勢正三など、フォーク系の作家に楽曲を発注している。 彼は裕木奈江の向こうにの百恵の幻想を見ていたのではないだろうか。
裕木奈江の故郷の横浜・瀬谷は百恵が小学生の頃に住んでいた場所でもあったし、百恵が母子家庭であったように、 裕木奈江の家庭も祖母との二人暮しという、ちょっと複雑な環境である。
星野氏が裕木奈江のことを「人を信じてないという目」といったように、彼女の姿にはどこか払いがたい翳りがあって、それが不思議な磁場を生みだして人を惹きついていたような、そんなところがあった。 その要因を家庭環境に求めるのはいささか早計ではあるが、とはいえ、普通の少女にはない、半歩ずれて世の中を見ているような、そんな風情が二人にあったのは確かである。




cover ◆ a Leaf  (1993.01.21/10位/5.5万枚)
1. 泣いてないってば 2. ラベンダーの約束 3. 平塚のうわさ 4. 元気出せよ 5. 満月
 密かに下積み長めの裕木奈江の本格歌手デビューミニアルバム。全曲秋元康―筒美京平―萩田光雄だが、この並びだと秋元先生が浮くような……。デビューから既になつかしい。そんな筒美―萩田ラインのやわらかな音作りは素晴らしいのだけれども、そこに秋元先生だとメッキがすぐに剥がれてしまうというか。 「泣いてないってば」もフォーキーな佳曲といってもいいものだけれども、詞は過去の上京テーマのヒットソングを色々うまくサンプリングした感じで、ちょっとあざとい。科白部分などはずかしいことこの上なし。「平塚の噂」もご当地ソングとしてそこそこだが、同じような気恥ずかしさがあり。それにしても「満月」の「散りぎわはいさぎよく 赤い血を流すまで」という部分がやたら不穏で気になる。「不思議少女の情念」を一瞬見せつけられたようで、 バッシングを含めた以後の彼女を暗示しているようにも聞こえる。6点。


cover ◆ 森の時間  (1993.04.01/6位/5.8万枚)
1. 聞いて下さい 2. 拗ねてごめん 3. 星めぐり 〜Ave Maria〜 4. Z 5. いつでも 6. たなばた 7. 生まれた朝を覚えている 8. ゆびきり 9. 幻紫蝶 10. Avec toi maintenant 〜拗ねてごめん〜
 ファ―ストから矢継ぎ早に出されたセカンドフルアルバム。全編曲を萩田光雄が担当。秋元―筒美の前作ラインの作品も多いが、村下孝蔵作品の「たなばた」、さだまさしの「星めぐり」、山崎ハコの「幻紫蝶」と、フォーク系の楽曲の印象がこのアルバムでは強い。 彼女のフォーク系の歌は遠い昔に引き出しにしまったきり、すっかり忘れしまった幼時の宝物のような鈍い輝きがあって、なんとも耳から離れがたいものがある。 自作詞の「聞いて下さい」や「Z」(――ともに作曲は山口美央子)の詩を読むに、どうも彼女ハートには70年代フォークの血が流れているよう。 暗さに実感があり、地味過ぎて悪目立ちしてしまうように、妙な光彩を彼女は放っている。ここまで回顧的というのはむしろ、反時代的で心地いい。 それにしても、彼女、事務所の先輩の山崎ハコとの相性がよい。以後のハコから裕木奈江への楽曲提供は続くが、アルバム一枚ハコプロデュースというのもあってよかったかな、と思う。7点。


cover ◆   (1993.12.12/32位/2.9万枚)
1. みんな笑った 2. 青空挽歌 3. 不思議ね 4. いたずらがき 5. 勇気がほしい 6. 転校 7. 冬の東京 8. りんごでもいっしょに 9. 夜と朝のすき間に 10. 虹色の世界地図
 みずから「私は時代の日陰者」とおっしゃる裕木奈江さん。このアルバムで、秋元先生とお別れして、さらにフォーキーで70年代プレイバックな方向へと突き進んでゆく。前作からの村下孝蔵、山崎ハコの他に、今回は伊勢正三、小室哲哉、松本隆―細野晴臣コンビらが参加。松本・細野組の「青空挽歌」「いたずらがき」はいつものアイドルポップスというよりも「はっぴいえんど」の方向。 これは彼女の要望でもあったのかな? 裕木奈江はファーストコンサートで「夏なんです」「氷雨月のスケッチ」 を思わずカバーしてしまうほど(――これはベスト盤『Ever green』に収録)のはっぴいえんどファンなんだとか。 ともあれ「勇気がほしい」「転校」「冬の東京」などなど、高度経済成長で、四畳半フォークで、学園運動の敗北の後の空虚で、ATG映画な、そんな乾いていて、虚ろで、なのにどこかぽかんぽかんとしてのどかだった70年代の空気をこれほど再現されると参ってしまう。よくできたアルバム。 それなのに、彼女への根拠なきバッシング報道によってなのか、「旬」というタイトルにもかかわらず売上は前作から大幅減。既に裕木奈江は「旬」を過ぎたアイドルになってしまったのか。8点。


cover ◆ ever green 〜Best〜  (1994.03.21/31位/1.4万枚)
1. 見上げてごらん夜の星を 2. 泣いてないってば 3. 拗ねてごめん 4. ロング・ロング・アゴー 5. この空が味方なら 6. 春夏秋… 7. 星めぐりの歌 8. 冬の東京 9. なごり雪 10. 時には母のない子のように 11. はっぴいえんどメドレー 夏なんです〜氷雨月のスケッチ〜かくれんぼ
 彼女の唯一のベスト盤。アルバム未収録作品を多数収録し(――なんと八曲)、オリジナルアルバムでもあり、ベストでもあり、といった作りなのだが、どの曲も本当に捨てるものがない。 一気に聴くことができる。 またこのアルバムは、カバーが四曲も入っているのだが、これがもう、なんというか、いい。 選曲もいいのだけれども、とはいえ彼女の声に漂う郷愁感は物凄い。 「見上げてごらん夜の星を」「時には母のない子のように」は思わず涙が溢れてしまうほど、やさしく切ない歌になっている。 「はっぴいえんどメドレー」も「これはむしろ今の歌だな」と思える新鮮さと勢いがある。
それにしても宮沢賢治の「星めぐりの歌」と寺山修司トリビュートアルバム収録だった「ロング・ロング・アゴー」(――ともにアレンジはもちろん細野晴臣)は素晴らしすぎるっ。 ますむらひろしの絵によるアニメ映画「銀河鉄道の夜」のイメージで、こういうスペイシーで観念的な、人間的な臭みを排除したトラックに彼女の声がこれほど似合うとは。 彼女の歌手としての天賦の魅力が味わえる一枚。9点。


cover ◆ 素描 〜Dessin〜  (1994.07.01/38位/1.3万枚)
1. MEMORY 2. 時を旅して 3. もう森へなんか行かない 4. 雨 5. スーツケース 6. 愛が聞こえる
 フランソワーズ・アルディーのヒット曲「もう森へなんかいかない」など、新曲・カバー織り交ぜた全曲フランスの作曲家によるフレンチポップス系ミニ・アルバムなのだが、 アレンジがいつもの萩田御大だからなのか、いつもの70年代歌謡テイストが色濃く出てしまっております。 彼女だとどうしてもこういう方向になってしまうのかしらね。磐石なキャラクターでありまする。 「雨」のフレンチっぽくもあり、古い歌謡曲っぽくもありというあたりがこのアルバムの肝なのかな。 とはいえ、ちょっとした遊びで出しましたというミニアルバムの域を出てはいない。もっと思いっきり「おフランス」してもよかったんじゃないかな、これは。冒険がたりない。 6点。


cover ◆ 水の精  (1994.11.02/46位/1.5万枚)
1. 月夜のドルフィン 2. 宵待ち雪 3. 恋人たちの水平線 4. めかくし 5. 空気みたいに愛してる 6. 鏡の中の私 7. すっぴん 8. サーブ・アンド・ボレー 9. 時空の舞姫 10. 風の音
 とうとう松本隆御大のプロデュース。文句なしの名盤。流れる水の面に描いた景色――それは音もなく静かに移ろっていく。 その様を10曲、10のシーンに写し取ったというそんな感じ。 もともと薬師丸ひろ子「Woman 〜Wの悲劇より〜」や中谷美紀「いばらの冠」など、冬の水辺で決定的な詞を書いてきた松本先生だけれども、このアルバムではそれが連打の応酬のお祭り状態。
 裕木奈江の、どこか人を信用していない孤独癖の強い性格や、決して上手くないのに悲しいほど透き通っていて心に染み入る声質をも最大限に生かしている。 作家は松本人脈総動員で、筒美京平、矢野顕子、鈴木茂などみんないい仕事してらっしゃいますが、 特に「時空の舞姫」「宵待ち雪」の細野晴臣コンビが出色すぎる。レゲなのに、凍てつくように冷え冷えとしてしまう「宵待ち雪」もいいし、 「かぐや姫」 のように平安御伽噺的でありながらなぜかSF的な「時空の舞姫」は静的であるのにあでやか。完璧。 これ以上のものが彼女にできるのだろうか、という、あまりにも決定的な作品。10点。


cover ◆ ALAMODE  (1995.12.21/85位/0.4万枚)
1. 夏のエクリプス 2. ダレダレのブギ 3. 優しい嘘 4. 白い桃 5. エンゼルフィッシュの独り言 6. 冬支度の木 7. ネバー・エンディング・ラブをあなたに… 8. ワンナイトサンバ 9. どうして微笑んだの? 10. 星からの手紙
 帯には「GS、ドドンパ、マンボ etc 日本ポップス変遷盤」と銘打ってある。 戦後50年の節目にリリースされた「日本戦後歌謡史」アルバムといったところか。オリジナル楽曲による過去の歌謡曲の再現を行って、なかなかの好企画だが、 このアルバムから歌謡史観的なものが見えないのがちょっと残念。こういうものはもっと批判性の強いほうがいい。 タモリのアルバム「戦後日本歌謡史」まではいっていない。惜しい。
作家もいつもの山崎ハコ、村下孝蔵の他、湯川れい子―井上大輔コンビや、近田春夫、大槻ケンヂなどが参加しているが、面子もちょっと散漫。うっかりすると「これって、Mi-ke?」という陥穽がある。 せめて全体を編年体的な構成にするべきだったのでは? また裕木奈江の歌声も、いつものウィスパリングボイスを改めて、しっかりと前に声を出してがんばっているが、ちょっとこの大きなテーマにはついていけていない。 確かにカバーソングで圧倒的な魅力を放った彼女だけれども、この企画にはちょっと荷が重過ぎる。彼女の場合、軽く、鼻歌みたいな感じでカバーするのがいいのであって、こういう真正面からというのは、ちょっとずれてしまう。 こういったアルバムを作るのは大切なことだと思うけれども、もっと正統派の中堅以上の歌手がこの役割を担うべきだったかな。と。

などと悪いことばかり言っているが、もちろん裕木奈江をはじめ、みなさんなかなかがんばってはいます。 大槻ケンヂ―山崎ハコの異色コンビの「ダレダレのブギ」は笠置シヅ子の再現なのだろうが、これがなかなか案外いいし、近田春夫の「ワンナイトサンバ」も手堅いし、湯川れい子―井上大輔コンビ「夏のエクリプス」はいわゆる二人の王道なフィフティーズ風(――まあ、シャネルズみたい、といったらそれまでだが)。 ―――ちなみに先輩、山崎ハコは同時期に戦後歌謡のカバーアルバム「十八番」をリリースしている。ちょうど今作とハコの「十八番」は姉妹のような作品といっていいかもしれない。8点。

2005.09.18
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