山本リンダにはじまり、中島みゆき、山崎ハコ、尾崎亜美、金井夕子、岩崎良美、岡田有希子、堀ちえみ、工藤静香などなど、 とにかく女性アーティスト育成に絶対的なパワーのあったキャニオン・渡辺有三班。 その綺羅、星のごとく輝く彼女たちの中で、天賦の才を持ちながらももっとも不遇であったのが、山口美央子になるんじゃないかな? 彼女は80年に「夢飛行」でデビューするものの、大きな支持を得ることなく、三枚のオリジナルアルバムと一枚のベストアルバムを残してアーティストを廃業する。 83年春のコーセーのキャンペーンソング「恋は春感」が小ヒットしたが、今となっては覚えている人も少ないだろう。 その後はすみやかに職業作曲家に転向し、古巣ポニーキャニオン系のアイドルを中心に佳曲を連発し、今でも現役の作曲家である。 そんな彼女の音楽を、一言でいうとしたら「山口小夜子 plays YMO」だ。 当時の世界的トップモデル・山口小夜子のような、まるで日本人形に息吹を吹き込んだかのような妖しく神秘的な女性が、初期YMOのごとく、オリエンタリズムに溢れたテクノポップを奏でる――という世界。 だから、多分山口美央子は、日本ではなく、海外――特に、ヨーロッパなどでこそ、評価される人材だったんじゃないかな、と、思う。 当時、極東からやってきた奇妙な音楽集団としてYMOが、神秘の女性として山口小夜子が、欧米で一大センセーションを巻き起こし(――それが日本にまで波及して日本でも認められ)たように、歌う日本人形として彼女もまた受けいられる余地はあったのでは、と。 彼女の作品に散見されるファニーなオリエンタリズムは、欧米が求める「東洋の美」の世界だと思うのだ。 彼女のサウンドメイクのパートナーであった井上鑑、土屋昌巳がその後、海外を視野に入れた活動に及んでいるのに、その可能性は絶対あったよ。矢野顕子なにするものぞ、という感じで、欧米における汎東洋的なイコンとなる山口美央子――。悪くない妄想だと思いません? 欧米に出て一番成功するは、山口美央子のような、いい意味でわかりやすく「日本的」でありながら先鋭的・実験的な部分をきちんと持ったアーティストだとおもうんだよね。 とにかくわたしが云いたいのは、ポニーキャニオンさん、これはもう全作すみやかにCDで復刻すべき、そしてこの才能をもっと世に知らしめるべきですよ、と。いつまでわたしにLPから落とした音源で聞かせるんですか(笑)、と。 彼女の才能がどれほどのものかは、これはもう、聞けば誰しも、すぐわかるはず。全作品が一度もCD化されていないというのは、これ、日本音楽界の損失ですよっっ。云いきっちゃう。 ◆ 夢飛行 (80.11/ランクインせず)
「未来の落とし子」――。デビュー時のキャッチフレーズそのまま、80年代が夢見た近未来の日本の風景を歌ったアルバム。 音楽の様々な要素をごたまぜにしたコンピュータサウンドは、さながら異世界としてわたしの耳に響く。 サウンドメイクは全篇、山口美央子と井上鑑の共同作業。井上鑑をはじめ、斉藤ノブ、マイク・ダン、今剛といったパラシュートの面々が大胆に参加し、「アナザーYMO」と云っても過言でないサウンドが繰り広げられている。プログラミングはもちろん松武秀樹。 ここでの参加ミュージシャンや、あるいはYMOの周辺の、スーパーテクニックを持つスタジオミュージシャンたちによって70年代後半のフュージョンブームは花咲き、そのメンバー達が横滑りするように、YMOをはじめとしたテクノブームがやってくる――そんな歴史の流れも、このアルバムからわかるんじゃないかな。 東洋的な神秘主義、仏教的な「和」の世界観と最先端の科学が融合した「永遠にやってこない未来の音楽」それがこの時代のテクノポップなのである。 伝統的なお囃子をベースにしながら、三味線とシンセを融合させ、ピコピコとプラステックに展開する「お祭り」は、土着と洗練が同居する当時の細野晴臣ワークス的で、実に象徴的なんじゃないかな? もうひとつ、このアルバムの聴きどころは、彼女の言語感覚。 「雲居の彼方」「浮橋越えて」(「夢飛行」)や「定めなき世」(「パラダイス」)といったおよそポップスにはない古めかしい言葉を使う一方で、「うん あっ」(「東京LOVER」)といった身体的な口語を使ったり、 「I am very ゴメンナサイネ」(「ある夜の出来事」)とヘンテコな日英混ぜ合わせやら、 「あなたに カラミ・ツク よ」(「ワルツ」)と、わざとカタカナで異化させたり(――これ、20年は早い歌詞の方法論だな)、変幻自在でいて個性的なのだ。 韻の踏み方、語呂の合わせ方も、ヘンテコでいて耳に残って、つい口ずさみたくなるんだよな。「そんな風に云ったって 私 あなたにくびったけ(ある夜の出来事)」とか、言葉にコケッティーが溢れていて、つい歌っちゃう。 これらなべて、つい先日まで学生だった若手の女流作家みたいな感じで、言葉が霰のようにパラパラと四辺に散って、心地いいいのだ。 才媛・美央子と一緒に、束の間のSF夢飛行。夢の欠片を夜空一面に散らしたかのように瑞々しい傑作だ。ちなみにシングル盤「東京LOVER」は別バージョンで佐藤準編曲らしいが未確認。9点。 ◆ Nirvana (81.7./ランクインせず)
夜のエレベーターの扉の向こうに、涅槃が広がっていた――。このジャケット、秀逸だなぁ。 でも、この絵に似合うぶっ飛んだ歌はタイトル作の「Nirvana」くらい(――この歌のイントロはいきなり大伽藍につれてかれる感じですごい)で、今回は卑近なラブソングが中心。 サウンドもわりとオーソドックスな作り。当時の井上鑑らしい、彼のリーダーアルバムの「予言者の夢」に近い感じ。 「Lonely Dreamer」や「風に抱かれて」といったあたりは竹内まりやあたりが歌いそうなライトでメロウなA.O.Rだ。 前後作にある、異次元としかいいようのない妙ちくりんなエナジーというのはない。今回は前作でも発揮された歌詞の妙味が楽しめる作品集といったところかな。 井上鑑とのボーカルの掛け合いで男女の電話の駆け引きを演じた「Telephone Game」、 中国娘が太平洋を渡って、アメリカ男と束の間のアバンチュールといった趣の「チャンキー・ツアー」、 小娘のじらしが可愛らしい「可愛い女と呼ばないで」あたりが特にいい。 彼女は「ねえ、ダーリン」(「コードCの気分」)とか「うん、あとで」(「可愛い女と呼ばないで」)とか、 口語っぽい歌詞の、甘えを含んでしなだれかかる様が、実にコケティッシュなんだよな。 血のひと雫に至るまで「かわいいおんな」なところが、この人の魅力。成熟一歩手前の、はっとするほどの瑞々しさと、しっとりと上品な色気がある。 彼女のサウンド面での最大の持ち味である東洋の伝統美の現代的な再構築という面では、このアルバムでは琴の音がテクノポップと融合した「コードCの気分」「秋波」あたりが白眉だろうか。8点。 ◆ 月姫 (83.03.21/第64位/0.5万枚)
80's Techno Popの超傑作!! プロデュースは立川直樹、アレンジは土屋昌巳へとバトンタッチして3枚目。 今でもV系をはじめいい仕事しまくり土屋昌巳だけれども、彼のサウンドワークのなかでも、これ屈指の名作なんじゃないっすか?「ライス・ミュージック」を標榜して、日本らしい"ニューウェーブ・サウンド"を模索していた彼だけれども、自身のアルバムでなくここで結実してしまっている。 テーマは「和」。江戸情緒とでもいえばいいのかな。 下町暮らしの内向的な若いおねぇ様の見る、ひと時の物憂い幻想を覗き見てしまった、とでもいえばいいのか、 ぬるくあまい水のように、聞き手の心を捕らえてはなさない呪力がある。 源氏物語がモチーフなのだろう薄倖の美女、夕顔を想起させる切ない恋唄「夕顔 〜あはれ〜」、 夏の午後のうだるような暑さにしどけなく着崩す妙齢の美女といった感じの「夏」、 続けての「沈みゆく」〜「鏡」〜「白昼夢」のパートは、うとうとするままに滑りこんでいった午睡の沼で、心の奥に眠っているもうひとりの自分に会ってしまったといった感じだ。 さらに、ファーストの「お祭り」をさらに発展させたといっていいお囃子テクノ「さても天晴 夢桜」、 「かぐや姫」をSFとして解釈したのだろうきらぎらしくファンシーなシンセが、実に楽しげで心浮き立つタイトル曲「月姫」は、今様お伽草紙といった趣だ。 全八曲とコンパクトで、しかもヒットシングル「恋は春感」が明らかに継子という作りだけれども、捨て曲はまったくなく、アルバム一枚がひとつの美しい幻想になっている。埋もれた名盤というのは、この作品のためにある言葉なのか。91年作品の福島祐子「時の記憶」と精神的双子な傑作。求むCD化。10点。 ◆ Anju (85.11.21/ランクインせず)
孤高の才女。山口美央子のシンガー・ソングライター時代に唯一残したベストアルバム。 とはいえこれは、ビデオ作品「Anju」のサウンドトラックといったほうがいい感じ。なので、唯一のヒット曲の「恋は春感」ですら収録せず。 ビデオ作品のほうは、山口美央子の音楽にあわせて、「白蛇伝」「西遊記」「安寿と厨子王丸」「アラビアンナイト・シンドバッドの冒険」といった1960年代の東映動画の映画作品の映像をコラージュした、全篇アニメーションの意欲作。 なかなかこれがいいのだ。彼女の東洋風で色っぽいサウンドと、当時の手塚治虫風のまるっとして可愛らしいキャラクターたちのぴょんぴょん跳ねるアニメーションが見事に融合し同期している。なつかしいのに、なぜかあたらしい感じ――というこれは彼女の音楽性そのものでもあるのだ。それにしても昔のアニメって、なんか妙に艶っぽいね。 新曲は「Anju」と「恋するバタフライ」。ともに久石譲アレンジ。打ちこみビシバシのポップなピコピコテクノポップに仕上げている。特に「Anju」は傑作。 これはビデオを見ればわかるように「安寿と厨子王」の安寿の唄なんだけれども、中世説話をテクノポップにしてまったく違和感がない。東洋の伝統美と実験性が同居する彼女ならではの逸品だ。疾走テクノでありながら艶っぽく悲劇の匂いもある。 フォーストからサードまで満遍なくセレクションし、彼女の音楽性の豊かさが実によくわかる充実したベスト盤だが、これにて歌手山口美央子の活動は終了。以降は作曲家として堅調な活動を続けることになる。――が、この才能、もったいなさすぎだろ。9点。 |