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全アルバムレビュー 鬼束ちひろ


 誤解を恐れずにいうならば、鬼束ちひろは、かつての尾崎豊のような存在ではないかな、と、わたしは感じる。 10代の頃なら誰でも多少なりとも感じるだろう、周囲との疎外感や劣等感、自分への焦燥。そういった、実はありふれた感情を、蒸留して純化して、歌という結晶にする。そういうアーティストだ。
 本当は盗んだバイクで走り出さないし、夜の校舎の窓ガラスを壊してまわったりもしない――でも、出来たらきっといいだろうなぁ。青春という牢獄にいた私たちは、そんな風に妄想した。 腐敗した世界に落とされたわたしは神の子――そう、言い切れたらいいだろうなあ。そのように、鬼束の歌もまた、享受されたのではなかろうか。
 尾崎豊は、青春のちぎれるような痛みを歌った鮮烈過ぎるファーストアルバム「十七歳の地図」を決して乗り越えられずに、この世を去った。
 さて、鬼束もまたファーストにして決定打ともいえる傑作アルバム「インソムニア」で爆発的な支持を受け、その後、永らく迷走した。 尾崎と同じように、プロダクションやレコード会社との軋轢や深い心の病を経て、そして、07年のアルバム「LAS VEGAS」で新たな局面を迎えようとしている。
 はたして彼女はこの先、どうなるのだろうか。 死んでティーンのカリスマになるより、彼女の歌にあるように「生きて生きて生きて―」(「Castle・imitation 」)、その後を見せてくれるだろう。と、私は信じている。


cover ◆ INSOMNIA  (01.03.07/第1位/134.5万枚)
1. 月光 2. イノセンス 3. BACK DOOR(album version) 4. edge 5. We can go 6. call 7. シャイン(album version) 8. Cage 9. 螺旋 10. 眩暈 11. 月光(album version)
 いつの時代だってティーンネイジは重く、苦しく、辛い。自分と周囲の間にアレルギーを起こして、世界中が全部敵に見えて、立ち竦んでしまうものだ。 そんなどこにでもいる陰鬱な少女であった若き鬼束の、表面張力ギリギリまで高められた衝動が、羽毛田武史のピアノの音色に合わせて一気に溢れ出した。 世界観の狭さも、思い込みの激しさも、練れてなさも、すべてここにおいては美点になる。そんなあまりにもよく出来すぎたファーストアルバム。
 つまりここにあるのは、尾崎豊の「17歳の地図」の女性版である。 ――と、見立てると、抑圧的な学園生活を力づくで押しのけようとする「シャイン」は「卒業」、 はかないお互いの体をすり合わせるようにして愛の温かみと切なさをはじめて知る「眩暈」は「I Love You」、 彼女の象徴とも言える代表作「月光」は「15の夜」といったところになるだろうか。
 ジョニ・ミッチェルやジャニス・イアンなど70年代の女流シンガーを日本向けに再構築したかのような、ピアノをメインにしたアコースティックな音作りと、鬼束の若干の背伸びの感じる痛々しい詞にボーカル。 この時点で完全に完成されていて隙がない。鬼束もまた、尾崎と同様に、このファーストの世界を越えられずに悩むことになる。
 改めて聴くに、恋愛が自己救済になる10代の風景が、とても懐かしい。こんな頃もあったんだよな、わたしも、そしてあなたも。 乙女であったことが一度でもあるなら、このアルバムは否定できまい。永遠の一瞬である青い世界を歌った普遍的名盤。9点。


cover ◆ This Armor  (02.03.06/第3位/51.0万枚)
1. ROLLIN' 2. 茨の海 3. シャドウ 4. everything, in my hands 5. Our Song 6. 流星群 7. LITTLE BEAT RIFLE (album ver.) 8. Arrow of Pain 9. infection 10. CROW
 ファーストを何百回とも知れず繰り返し聴いて、そしてこのセカンドをはじめて聞いた時、拍子抜けしたのを覚えている。 前作と布陣はほぼ変わらない。サウンドも詞も前作の延長であり、そして前作ほどのテンションもない。 前作にあった、やむにもやまれぬという部分は鳴りをひそめ、その分、彼女のソングライターとして、シンガーとしての荒さ、練れてなさが目立つ。
 二年目の新人、まだまだなのは考えれば当たり前なのだが、前作が前作だけあって、あのインパクトを求めてしまうと、アレ?という。
 まあ、詞作も、よくよく見れば前作から元々理が勝っている部分とか中二病的な思い込みとか、あったものなあ。疾風怒涛の勢いでその辺、見えなかったのかもな。盤全体に漂うNot Badという空気をどう評価するか。
 ただひとつ、「流星群」の「あなたに触れない私なら、いないのと同じだから」部分に、物凄い訴求力がある。 前作の「眩暈」でもそうだが、彼女は、男女の愛の歌に独特の世界がある。贖罪と救済の匂いとでもいえばいいのか、そこにあるのは男女の性愛だろうに、なぜか宗教的なのだ。7点。


cover ◆ Sugar High  (02.12.11/第2位/29.5万枚)
1. NOT YOUR GOD 2. 声 3. Rebel Luck 4. Tiger in my Love 5. Castle-imitation (album version) 6. 漂流の羽根 7. 砂の盾 8. King of Solitude 9. BORDERLINE 10.Castle・imitation (M-10は8cmシングル)
 わずか9ヶ月という短いスパンで3枚目。サウンドプロデュースは、ひきつづき羽毛田丈史。前作・前々作と、アルバム収録の約半数がシングルという、シングル重視の戦略に嫌気がさしたのか、今回はシングル一切なし。本来ならシングルで別売りするだろうタイアップ曲「Castle・imitation」はわざわざ8cmシングル同梱という徹底ぶり。
 ファーストで出来た世界観をなぞるようでいながら、そこで彼女はもがいている。 かつて「I'm a God Child」と高らかに宣言した彼女が「Not your God」と告げる一曲目にはじまり、生きる痛みを歌った「Rebel Luck」、 自らへの励ましなのだろう「生きて生きて」と連呼するそれが、聴くものへも響いてくる「Castle・imitation」、 まさしくタイトルのごとく、猫科の猛獣が爪を立てるように聞き手に襲い掛かってくる「Tiger in my Love」、 彼女の当時の混乱状況を象徴したかのような、狂気にみちた「BORDERLINE」など、ファーストを完全に凌駕した、とは言い切れないが、自らの周囲に立ち込める奇妙な閉塞感(――それは、プロダクションやレコード会社との軋轢であったと、後年、判明するのであるが)や、これまでの自分を打ち破ろうと苦闘する彼女の姿が、作品から垣間見える。
 白眉なのが「King of Solitude」。愛するものへ、世界へ、彼女は祈る。そして抱きしめる。「積もる雪も翼に変え、貴方の肩を温めよう、眠れるまで」。 「眩暈」「流星群」をはじめとする彼女のひりひりとした、どこか宗教的ですらあった愛の歌、それがいつしか大いなる愛にと成長していた。
 ここにおいて彼女は、自らが腕を広げて、その胸に包み込み、他者を救済しようとしている。 誰かに、何かに救済されることをただひたすらに望んでいた、頑是無い子供たちの歌として傑作であった「月光」を踏み台にして、この世界がある。これがあって「Sign」「私とワルツを」という傑作が生まれる。8点。


cover ◆ the ultimate collection  (04.12.01/第3位/23.3万枚)
1. 流星群 2. 声 3. 眩暈 4. 月光 5. infection 6. We can go 7. Fly to me 8. シャイン (album version) 9. BACK DOOR (ALBUM VERSION) 10. King of Solitude 11. CROW 12. 茨の海 13. 私とワルツを 14. call 15. Sign
 03年、鬼束は声帯結節の手術をするも、メーカーはシングルを連発。メーカー・プロダクションはさらに04年春に四枚目のアルバム発売を強行しようとしたが、さすがに鬼束はその負荷に耐えられず、ここで周囲と鬼束の信頼関係が完全崩壊。 色々とすったもんだのあげく、契約消化的な『シングルBOX』を発売し、鬼束はデビュー以来の事務所とレコード会社を離れる。
 その年の秋にはシングル「育つ雑草」で再出発――というタイミングで、業界のお約束、旧所属メーカーからのベスト盤の発売となったわけだが、うーん、選曲がいまいち見えない。 アーティスト本人が関わっていないベスト盤ってどうしてこうもとんちきになるんでしょうね?わからないです。初めてのベスト盤なんだから、もっとフツーでいいんだよ、フツーで。オリジナルアルバムをきちんと買っているなら、翌年出たベストのほうを買ってこちらはスルーするが吉。6点。


cover ◆ SINGLES 2000-2003  (05.09.07/第7位/6.6万枚)
1. シャイン 2. 月光 3. Cage 4. 眩暈 5. edge 6. infection 7. LITTLE BEAT RIFLE 8. 流星群 9. Sign 10. Beautiful Fighter 11. いい日旅立ち・西へ 12. 私とワルツを 13. We can go (summer radio mix) 14. Castle・imitation 15. 守ってあげたい
 「育つ雑草」で再出発しようとしたけどなんだか精神的に崩壊してしまったようで、ままならない鬼束さん。 ――と、いうわけで、結局休業に入ってしまった頃合に再び東芝からリリースされたベスト。
 今度はシンプルに全シングル+レアトラックコレクション。こういうのでいいんだよ、こういうので。発売順に並び、東芝末期のアルバム未収録の作品やバージョンも多く入っているのでつぶさにシングル作品を買ってこなかったファンはもちろん、新たに鬼束のファンになった方もこちらをおすすめ。
 03年、四枚ものシングルを鬼束はリリースした――というか、されられたのだが、ベストとはいえない体調でありながら、しかし、その緊張状態が効を奏したのか、はたまたアーティストとしての変革期であったのか、どれも掴みが深く、のっぴきならない表現欲を感じさせる。もちろん「いい日旅立ち・西へ」を除いて、だが。
 「Sign」にある、愛する者への祈り。夜空を越えて、悲しみも喜びも越えて、ただきみを想う。それを星屑の小さなサインにこめよう。それを君は、何も聞かないで、ただ笑って受け入れて欲しい、と歌う。そこにはささやかであるが、一途で豊かな愛がある(――谷山浩子の「銀河通信」や「電波塔の少年」との聞き比べをわたしは薦める)
 そして「私とワルツを」だ。孤独に孤高に生きる淋しい人へ「ひとりでなんて踊らないで、どうか私と一緒にワルツを踊りませんか」という、それは愛の告白の歌なんだけれども、その告白はまさしく祈りであり、その愛は無私の愛である。 孤独なふたつの魂がひっそり寄り添う、美しくもせつなる愛を描いた傑作だ。
 特に最後の「どうか私とワルツを」の一声、この部分の歌唱が本当にすばらしい。 恐れと怯えと覚悟と慈愛がまじりあいながら、そっと愛するものに手を差し伸べる。 そのように愛する者の「荊の冠」を、業と罪の証を、そっと自らのものとする。その瞬間がここに封印されている。ここまで「愛」そのものの歌がかつてあっただろうか。「不思議な炎に焼かれているのなら〜」から先の部分でわたしはどうしても泣いてしまう。
 自意識に自縄自縛であったかつての彼女が、この曲と「Sign」で、自意識を振り切って、本当の意味で大人になり、愛することを自らのものとした。 そして「月光」にある世界を完全に乗り越えた。これは次のアルバムが楽しみだなと思っていたのに、まさかその後、あんなトラブルが待っているとはなぁー―。
 Simple is Best な選曲とオリジナルアルバム未収録の「私とワルツを」「Sign」の収録で、10点。

cover ◆ LAS VEGAS  (07.10.31/第6位)
1. Sweet Rosemary 2. bad trip 3. 蝋の翼 4. 僕等 バラ色の日々 5. amphibious 6. MAGICAL WORLD 7. A Horse and A Queen 8. Rainman 9. Angelina 10. BRIGHTEN US 11. everyhome
 まず聴いて、風を感じるアルバムだなと、感じた。
 所属プロダクションやレコード会社とのトラブルの果て五年のブランクの後のアルバムとなったが、五年の間に起こった様々が確かにこのアルバムにはある。
 逃れようもないヘビーさは、かつてのそれ以上にごまかすことなくありのままで表現されているが、それでもそこには風が流れている。いままでにはない開放感がそこにはあった。以前にはなかった力強さと大きさが備わっていた。
 オープニング、カントリー調の「Sweet Rosemary」の悲しく軽やかな彼女の姿。あなたのこともいつか思い出すだろうと、ひとり身軽な旅を続ける彼女がこのアルバムの彼女である。密室で鬱々と自らを慰撫していた東芝時代の彼女はかつての彼女となった。
 今回、鬼束のサウンドメイクのバトンを羽毛田丈史から渡された小林武史の仕事も堅実。羽毛田氏の築きあげたピアノメインのアコースティックなサウンドを基調としながらも着実に世界を広げている。バンドサウンドで光を感じる「蝋の翼」(――イカロスだろうか?)、「amphibious」に今までにない新しい局面が見てとれる。
 ラスト。「わたしの弱さや痛さや孤独を、わたしが愛さなくては、誰が愛するの?」と歌う「Angelina」から、アカペラのほとんど賛美歌な「Brighten Us」、「everyhome」と続く流れは圧巻。
 惨めな疵を晒しながら、力強い意思をもって歩いていく彼女の姿が垣間見える。今は夜明け前。まだたどり着くことはあたわない。しかし、歩きつづければいつかはたどり着くだろう。
 「まだ今は来ない次の列車を待つ」
 あまりにも早すぎた傑作であったデビューアルバム「インソムニア」をようやく乗り越えた先に見つけた広々とした地平が、このアルバムだ。 色々なトラブルも、アーティストとして成長するために必要なハードルだったのかもしれない。長すぎるブランクだったけれども、待ってて良かった。そう素直に思える。9点。


cover ◆ 剣と楓  (2011.04.20)
1.青い鳥 2.夢かも知れない 3.EVER AFTER 4.IRIS 5.僕を忘れないで 6.An Fhideag Airgid 7.SUNNY ROSE 8.NEW AGE STRANGER 9.CANDY GIRL 10.罪の向こう 銀の幕 11.WANNA BE A HAPPY WARRIOR 12.琥珀の雪
 最近のインタビューでのお姿にビビッた――アダムス・ファミリー? ちひろ様。暴行事件やら度重なるメーカー移籍やらすっかり業界のお騒がせ面白キャラ化した観なきにしもあらずだけれども、そんな二年ぶりの新作。
 内容はというと、ちひろ本日も通常営業中といったところか。初のセルフプロデュ―スということでピコピコテクノしたり、リズムを強化してロックしたり、あるいはストリングスがアニメっぽかったり、サウンドの変化はあるものの、上辺の包装を変えただけで、やってることはいつものアレといっていいかと。「月光」以来の中2病の全開路線。そろそろファンがいい大人になって中2病を卒業する頃合なので(――もうブレイクから10年以上経ったしね)、路線変更もあるかなと思ったりもしたけれども、いやいやいや、全力疾走であります。どんどん病こじらせとります。
 はなからボーダーラインぶっきぢっていたCoccoがいつのまにか山下清のごとく《おかしいけど、いい人》として受け入れられてしまったのと対照的に、ちょっと思い込みの強いけどフツーの女の子レベルで受け止められていたのが、どんどん悪化していき、周囲からドン引きされ、幸薄くなっていってるちひろ様、今どちらが面白いかといったら断然彼女でしょ。
 今作は特に、心中願望にも似た、恋のただなかに失墜する感覚が強く覆っているかな。「青い鳥」「琥珀の雪」など、ただならぬマゾヒズムにぐっときます。これは自らを血肉を削っていないとけっして立ち現れないリアルさかと。
 この先、どこまで墜ちていって、どれほど泥水飲むのかはわからないけれども、その実ご本人はそういうのがたまらなく好きなタイプに違いなかろうし、新作を聴く限り、きちっとダメダメな人生歩んでいる分だけ、作品のクオリティーにフィードバックされてる様子なので、これからも頑張ってダメな人生歩んで欲しいな、と。付きあいきれずにうんざりした人から彼女の歌聞かなくなって(――自らの過去を恥じるようにディスりだして)く思うけど、私は追いかけますよ、ええ。エンタ―テイメントという強固な硝子越しに。もちろん、いい作品である限りは、だけれども。
 これからもケータイバキバキ折りまくりつつ、歌頑張って欲しいかな。

2009.01.15
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