メイン・インデックス歌謡曲の砦>さくさくレビュー 安室奈美恵


さくさくレビュー 安室奈美恵


同世代ということもあるのか、安室奈美恵という歌手には、私たちの世代の伴走者として、これからもがんばって欲しいな、と勝手に私は思っている。

売れなかったSUPER MONKEYS時代。ハイパーユーロでなんとかつかんだチャンス。小室哲哉との邂逅。そしてコギャルのカリスマとしていきなり頂点に立ち、二度のレコード大賞の栄冠。 早すぎる結婚・出産。その直後の実母の急死。歌手としての低迷。離婚。SUITE CHICで新たな活路を見出し、そして今は日本の"Queen of Hip-Pop"。
これまでの彼女を振りかえると、実にドラマの連続で、色々あったなぁ、と思わず感慨にふけってしまうことしきりだ。
だが、まだ彼女は28歳。歌手としてはまだまだこれから、まさしくこれからが本番といっても過言でもない年齢だ。 実際、30を手前に彼女の作品は精気に満ち満ちている。 今の彼女はまるでこれから大輪の花を咲かせようとするふっくらとやわらかいつぼみのようである。
彼女はまだまだいけるし、わたしたちはまだまだ彼女を見ていたい。私たちに「まだ見たことのない何か」を見せてくれる、そんな予感を孕んだ歌手のひとりである。



cover
 DANCE TRACKS VOL.1  (1995.10.16/第1位/186.5万枚) 

1.GO! GO!〜夢の速さで〜 2.TRY ME〜私を信じて〜(New Album Mix) 3.Stop the music(New Album Mix) 4.GET MY SHININ' 5.わがままを許して(Groovy Mix) 6.愛してマスカット(Groovy Mix) 7.PARADISE TRAIN(Groovy Mix) 8.DANCING JUNK(Groovy Mix) 9.Super Luck! 10.ハートに火をつけて(New Album Mix) 11.太陽のSEASON(New Album Mix) BONUS-1.TRY ME〜私を信じて〜(Extended Version) BONUS-2.太陽のSEASON(Salsoulike Mix)
92年、SUPER MONKEYSでデビュー以来まったく芽が出ない時代が3年弱続いた安室奈美恵だが、 「TRY ME」のハイパーユーロ路線でようやくブレイクする。
初のアルバムとなった今作もそんなハイパーユーロ一直線でゴリゴリ押し捲っていく。 ダンスフロア直結のユーロ路線は事務所の先輩荻野目洋子のアルバム「流行歌手」(92年)「ノンストッパー」(86年)あたりをお手本にしたのではなかろうか (――しかもに荻野目には93年にHINOKY TEAM作曲のハイパーユーロ「Mystery In Love」というのまである)。
作家陣は、売野雅勇、星野靖彦、小森田実、馬飼野康二、中西圭三と、なかなか豪華布陣。 ただコンセプトがコンセプトなだけにどうにも浮き草っぽいというか、薄っぺらいというか、そういう部分は否めない。
とはいえ、小室哲哉プロデュース以降の重々しく湿って陰な彼女を知っているだけに、この陽気さ、能天気さは貴重。 SUPER MONKEYSの面々と一緒にフライドポテト食べながら大騒ぎしつつ58号線をオープンカーでぶっ飛ばしている、というような、そんな印象の作品。
SUPER MONKEYSといえば、裏ジャケット隅にちっちゃく写るSUPER MONKEYS(――もちろん後のMAX)の姿がなんともせつない。彼女らも売れてよかったよなぁ……。 この時期、CDでは安室奈美恵のソロ名義であったが、「Body Feels EXIT」までは歌番組ではいつも四人を従えての歌唱という安室・MAX史においては過渡期なのである。 ちなみにこのアルバム発売は東芝EMIからであるが、プロデュースはエイベックスのお馴染みMAX松浦氏。 この辺の事情はよくわからない。6点。


cover
 SWEET 19 BLUES  (1996.7.22/第1位/335.9万枚) 

1.Watch Your Step!! 2.MOTION 3.LET'S DO THE MOTION 4.PRIVATE 5.INTERLUDE〜Ocean Way 6.Don't wanna cry(Eighteen's Summer Mix) 7.Rainy Dance 8.Chase the Chance(CC Mix) 9.INTERLUDE〜Joy 10.I'LL JUMP 11.INTERLUDE〜Scratch Voices 12.i was a fool 13.PRESENT 14.INTERLUDE〜Don't wanna cry Symphonic Style 15.You're my sunshine(Hollywood Mix) 16.Body Feels EXIT(Latin House Mix) 17.'77〜 18.SWEET 19 BLUES 19....soon nineteen
小室哲哉プロデュースによる初のアルバム。 小室哲哉が安室奈美恵に托したのは、ひとつの「街角の神話」であった。 これは華原朋美の『LOVE BRACE』と見事に対応しているといっていいだろう。 アイドルの持つ「シンデレラストーリー」的役割を華原に、「同世代の代弁者」的役割を安室に振り分けたわけである。 つまり今作は19歳になる彼女の実存に迫ったアルバムといえる。 今時の少女の、散文詩のような、たわいのない、応えのない呟きが、ひとつのブルースとなる、それが『SWEET 19 BLUES』のコンセプトである。
それにしても『LOVE BRACE』もそうだが、何故この時期の小室哲哉はここまで少女の内面が見えたのだろうか、不思議で仕方ない。 彼の詞の多くに散見される、日本語としてどうも意味のおかしいところすらも、ここでは、まだ言葉をよく知らない子供が必死に語彙を寄り合わせて感情を吐き出しているようにも見え、見事にはまっている。
もちろん、小室哲哉自身も、シングル曲のほとんどをアルバムコンセプトに合わせ作り直したり、しっかりと密度の濃い作品となるべく一部の隙もなく作りこんだり(――オープニングから「Don't wanna cry」までの流れが完璧すぎる)、 と、努力の片鱗はあちこちに見え隠れしているが(――なにより音の粒が違う、と、リリース当時は驚いたものだ。安物のCDラジカセなのに、なんでこんなにいい音なの?と)、 とはいえ、今作はもう、個々人の努力を越えたところにある、色んな偶然と必然が巡りあって生まれた、それこそ時の女神に引っ張られたという、そういう作品に思える。 まさしく90年代中期という時代の空気をそのまま封印したような象徴的名盤。聴いたことないという人は、ひとまず聴いとけ。
ただタイトルと安室の年齢にあわせて19トラックになっているが、これはちょっと遊びが過ぎたかなぁ、と思ったりする。10点。

cover
 Concentration 20  (1997.7.24/第1位/193.0万枚) 

1.Concentration 20(make you alright) 2.B w/z you 3.Close your eyes, Close to you 4.Me love peace!! 5.No Communication 6.a walk in the park 7.To-day 8.Storm 9.Whisper 10.CAN YOU CELEBRATE? 11.I know... 12.How to be a Girl
華原朋美で表現したかったことがアルバム『LOVE BRACE』のみであったように、 小室哲哉が安室奈美恵で表現したかったことは、『SWEET 19 BLUES』のみだったのではなかろうか。
前作で日本を代表するスーパースターとなった彼女。それに見合った、実に作りこまれた、実験的、先鋭的な音像を小室哲哉は構築しているが、 安室奈美恵という存在をどう演出するか、という部分が、まったくといっていいほどこのアルバムでは欠如している。 音は優れているのだが、安室奈美恵が歌う必然が薄い作品が多い。これでは「仏作って魂入れず」である。
しかし、小室哲哉が音作りに没入した時のみに立ち現れる、大きな実験場の無菌室で作り上げているような、無機質で、マッドサイエンスで、他人を拒絶する雰囲気というのはなかなか捨てがたいものがある。 つまりは、無茶した小室哲哉が好き、という方にはたまらないものが、というそういう作品。 ま、でも、YMOなら「B.G.M.」がベストだね、という人もいるわけだし、ま、これはこれでいいのかもな。 冒頭三曲とか「Whisper」とか、「うわっ、なんかわからないけれども俺、いま、小室哲哉に試されているよ」なんて、よくわからない高揚感をわたしは味わっちゃうわけだし。
ただ、今回はアルバム曲のほとんどをマークパンサーが担当しているのだが、これが印税を仲間内に分け与えているだけに見えてちょっといただけない。 そんな穿った考えも浮かぶほどここでのマークの詞の完成度は低い。
ここで不覚にも小室・安室組の限界性がちらついたわけだが、そこに多くのリスナーが気づくよりも先に安室は結婚・出産、一年間の休業へと入る。6点。


cover
 GENIUS 2000  (2000.1.26/第1位/80.3万枚) 

1.Make the connection complete 2.LOVE 2000 3.RESPECT the POWER of LOVE 4.LEAVIN' for LAS VEGAS 5.SOMETHING 'BOUT THE KISS 6.I HAVE NEVER SEEN 7.STILL IN LOVE 8.MI CORAZON(TE'AMOUR) 9.YOU ARE THE ONE featuring IMAJIN 10.KISS-AND-RIDE 11.THINGS I COLLECTED 12.NEXT TO YOU 13.ASKING WHY 14.GIVE IT A TRY 15.LOG OFF
結婚・出産による一年間の休業をはさんだ、実に二年半ぶりのアルバム。一年という、トップスターになりたての彼女にはあまりにも長い休暇後でもあり、 また前作が前作だったこともあり、"安室奈美恵ここにあり"というようなハイエナジーでわかりやすいアッパーチューンが並ぶアルバムを当時の私は期待していた。それこそ「SWEET 19 BLUES」再び、という。 が、それは見事に裏切られた。というわけで、当時の私はこのアルバムと距離を置いていたわけなのだが、次作「break the rules」、さらにSUITE CHIC以降の彼女を踏まえて改めて聴いてみると、非常に腑に落ちる作品というか、や、これなかなかいいアルバムじゃないですか。
このアルバムと次作はダラスオースティンと小室哲哉の分担プロデュース。ふたりの共同制作の楽曲はないし、ただきっちり半分ずつ楽曲を分担しただけで、一見お互いの精神的交流というのはさしてないようにも見えるのだが、 この時期の小室哲哉にしてはいい仕事っぷりをしているのを見ると、ダラスのパワーに引っぱられてた部分はあるのかな、と思ったり、色々と興味深い。 彼女が休業しているわずかの間に「小室哲哉」というブランドは大衆に消費し尽くされ、そして小室自身も、そんな時代の潮流にのみこまれたのか、それともあえて逆らった結果なのか、この時期の彼は多くの迷曲と謎ユニット、謎歌姫を残したわけだが、 そうした彼の迷走がまるで窓の向こうの出来事のように、このアルバムでの小室の仕事は堅実である。
「SWEET 19 BLUES」の少女のその後とも聞こえる復帰シングル「I HAVE NEVER SEEN」は安室奈美恵の存在感と人馬一体となった重厚な名曲だし、ダラスとのコラボの始まりとなった「SOMETHING 'BOUT THE KISS」もやっぱり欠かせないし、 雑なお祭りシングルという印象のあった小室系総出演シングル「YOU ARE THE ONE」も、リアレンジと安室のボーカルによってしっかり聞かせる作品に生まれ変わっている。 バッハの小フーガト短調からのいただきであろうフレーズが印象的な「Love2000」も好作品。アルバム曲ではシーラEとの共作の「MI CORAZON」が意外なスパニッシュテイストで、安室になかなかはまっている。7点。

cover
 break the rules  (2000.12.20/第2位/33.5万枚) 

1.RULE 8AM 2.no more tears 3.better days 4.break the rules 5.LOOKING FOR YOU 6.PLEASE SMILE AGAIN 7.never shoulda 8.CROSS OVER 9.GIRLFRIEND 10.NEVER END 11.think of me 12.RULE 8PM 13.HimAWarI 14.no more tears REMIX
安室奈美恵が変わろうとしてる。このアルバムを聴いて私の心にそんな言葉が落ちてきた。 一曲目「no more tears」からして、ファルセットを多用した羽根のような軽さは今までの彼女にはなかった魅力。 デビュー当時、彼女のボーカルはともすれば一本調子な「沖縄アクターズスクール節」だったわけだが、そんな過去など遠くにかすんでしまうほど ここでの彼女の歌声はふくよかで、陰影が深い。憂いや切なさ、翳り、ためらい、そんな淡い感情を彼女はしっかり表現できる歌手にいつのまにか成長していた。
笑う時も、もう10代の頃のように無邪気になんて笑えない。けれど、そのかわり少しだけ色んな事を知った今だからこそできる微笑を今、わたしは見せることができる……。 そんな、フェミニンで大人の余裕のある、新しい彼女の姿がこのアルバムにはあった。 バラードも「think of me」など、以前に比べて明らかに説得力が増している。
ダラス作品の「better days」「never shoulda」あたりもいいが、何よりいつもの小室哲哉がいい。 前述した「no more tears」もいいし、タイトル曲「break the rules」から「PLEASE SMILE AGAIN」の流れもカッコいいし、「HimAWarI」は正調小室節の名バラードでこれはまさしく「SWEET 19 BLUES」の系譜。 とにかく小室哲哉、裏で鈴木亜美にあんな無茶なことをさせているとはとても思えないほど、嘘のようにいい仕事をしている。 そんな彼の仕事っぷりがどうにも「小室哲哉、最後の輝き」と見えるのがなんとも切ないが、とはいえ、よくできたアルバム。個人的には『SWEET 19 BLUES』よりも好きです。8点。

cover
 When Pop Hits The Fan (SUITE CHIC)   (2003.2.26)

1.hits the fan 2.What's on your mind feat.XBS 3.GOOD LIFE feat.FIRSTKLAS 4.baby be mine 5.We got time 6.Without me 7.segway 8.DAMN FIGHT 9.Not This Time 10.WHAT IF feat.VERBAL(m-flo) 11."Uh Uh,,,,,," feat.AI 12.SING MY LIFE feat. DABO 13.ain't yours 14.segway 15.SIGNS OF LIFE 16.Just Say So feat.VERBAL(m-flo) 17.sweet and chic
VERBAL、ZEEBRA、今井了介、今井大介など日本を代表するR&B、ヒップホップ系アーティストが一堂に会し、ボーカルは安室奈美恵が務める、 というスペシャルプロジェクト「SUITE CHIC」のアルバム。
2000年の『break the rules』を最後に小室哲哉の手を離れた安室奈美恵だが、同時期に離婚というプライベートのごたごたもあったせいか、シングルのリリースは散発的になり、 またそのクオリティーもいまいち決め手にかけるものばかりであったように感じられた。 「Say the word」も「Wishing On The Same Star」も、危なげはないがどこか停滞感の漂う、鮮度の感じられない作品としてわたしの耳に響いた。 そりゃ、一定の売れ行きはあるだろうけれどもさ。 彼女も結局こういう退屈なところに落ち着いてしまうのだろうか……。その危惧をこの一枚のアルバムがあっけなく打破した。 もともと黒っぽい存在感のある彼女であったが、ここまで追求しきったのはこれがはじめて。
しかしこれが安室本人の名義でないというところが、なんとも皮肉。 長年のプロデューサーの手から離れ、プラベートのパートナーと我が子からも離れ、おそらく歌手として、そして安室奈美恵一個人としても、もっとも重要な転機であったこの時期、 彼女が「安室奈美恵」でなく、「匿名」の仮面を被るというのは、おそらく必要なことだったのだろう。
レコ大歌手で、小室系で、コギャルのカリスマで、という「安室奈美恵」という存在を捨象して、すべての余計な垢を洗い流して、ひとりのボーカリストとして歌う。 そこで彼女は、自身に眠る歌手としてのコアな部分を見出したように私には見える。
もちろん前作『break the rules』からその萌芽はあったのだが、安室名義ではあそこまでが限界だったのだろう。 このプロジェクトを契機にひとつの殻を破り、彼女は現在にいたるまで迷うことなく、この路線を邁進していくことになる。8点。


cover
 STYLE  (2003.12.10/第4位/22.2万枚) 

1.Namie's Style 2.Indy Lady feat.ZEEBRA 3.Put'Em UP 4.SO CRAZY 5.Don't Lie To Me 6.LOVEBITE 7.Four Seasons 8.Fish feat. VERBAL & Arkitec (MIC BANDITZ) 9.gimme more 10.As Good As 11.shine more 12.Come 13.Wishing On The Same Star 14.SO CRAZY (MAD BEAR MIX) 15.Wishing On The Same Star (Movie Version)
「It's show time !!」の安室の一声から幕開けする本人名義では3年ぶりのオリジナルアルバム。 「SUITE CHIC」での水分補給が効を奏したのか、全てにおいてなんともみずみずしい。
何しろ一曲目のタイトルが「Namie's Style」というのだから、腹が据わっている。 「みんな待ってた? こんな感じはどう?」と新しい"Namie's Style"をリスナーにプレゼンしている彼女だが、や、これは最高です、安室先生。ここでの安室は確信に満ち満ちていて、そして確信犯的に突き抜けている。
「SUITE CHIC」の系譜からゴリゴリと押し捲ったR&B、ヒップホップ系のシングル「Put'Em UP」「shine more」「SO CRAZY」がカッコいいのはもちろんだけれども、 それとは違った毛色の作品もどれもこれもよくて参ってしまう。ユーロな「Come」「Lovebite」もいいし、涙ものの切な系バラード「Four Seasons」もいいし、いかにも日本人好みな哀愁歌謡ロック「As Good As」もいい。 「Fish」の三味線アレンジも、力技でねじ伏せられるというか、有無を言わせない説得力。 シングルに切るには大味バラードだった「Wishing On The Same Star」もこの流れなら全然アリ。
安室奈美恵にはまだ歌手としてやっていないことがまだまだあるな、まだ彼女には堀りあてていない眠れる金脈があるな、そう実感できる作品。 安室はジレンマを吹っ切って見事にこっそりやってのけた。まだまだ彼女は伸びる。9点。


cover
 Queen of Hip-Pop  (2005.7.13/第2位/45.5万枚) 

1.Queen of Hip-Pop 2.WANT ME,WANT ME 3.WoWa 4.I Wanna Show You My Love 5.GIRL TALK 6.Free 7.My Darling 8.Ups & Downs duet with Nao'ymt 9.I Love You 10.ALL FOR YOU 11.ALARM 12.No
「SUITE CHIC」以来のR&B/ヒップホップ路線の極めつけ、という一枚。 かつてレコード大賞に輝いた歌手が、ここまで自由闊達にコアな音楽を展開して、それでいて趣味に走らず大衆性を失わない、これはもう、奇跡というしかないのではなかろうか。 安室奈美恵を羨む歌手は多いだろうなぁ、そんなプロが思わず嫉妬してしまう一枚といっていいだろう。
Misia、宇多田ヒカルを端緒に90年代末期に猖獗を極めたR&B系ディーヴァ。 彼女らは安室を時代の桧舞台から失地に追いやった者たちであった――更にもうひとつ挙げるとすると、浜崎あゆみを代表とする「女子高生のカリスマ」系歌手もそうだろう。
が、時代は変わった。 かつてのR&B系ディーヴァの多くが、いまや初志をまげ、なんとなくフツーの、なめらかでカラオケ映えするJ-POPを歌うようになった今(――というか、彼女らはどこかいかにも早晩転向しそうな、J-POPナイズドなところがもともと散見されていたんだけれどね)、 あえて、安室奈美恵が最もそのコアな部分を表現する。 「Queen of Hip-Pop」というタイトルは、彼女からのひとつの表明であり、皮肉でもあり、そして時代のいたずらでもある。
もちろん振り返って彼女の作品を聴くと、ブラックミュージックへのアプローチはそれこそ、デビュー時からのものであり、 R&B/ヒップホップ系への傾倒もそれは小室時代から予告されていたものではあった。小室哲哉は、宇多田登場以前からJ-POPにおけるR&B/ヒップホップの可能性を示唆する発言を繰り返していたし、 実際、ダラスオースティンとの共同プロデュースとなった後期の安室作品『GENIUS 2000』『break the rules』は小室哲哉側からの、ひとつの解答といえる作品であった。 が、小室哲哉は最後までR&B/ヒップホップと安室奈美恵と日本のPOPS(――あえてJ-POPといわない)との距離を正確に測りかねていた――ということが、このアルバムを聴いてはじめてわかる。 彼女のほの青い炎のようなクールな情念と、強気で高度で高飛車ともいえるトラックがここでは見事に融合している。
蛇足だが、ヒップッホップ特有の謙譲の精神のまったくない生意気で俺イズムなリリックが、ここでは生意気とはまったく響かない。これはまさしく彼女の存在感だからこそではないかな。 「つまらないことなら I say NO」(「No」)とか、「I'm on the top ついてこれる?」(「Queen of Hip-Pop」)とか、「ミリオンどころかビリオンうならせるアラブのセレブも驚く成りあがり」(「My Darling」)とか、 それこそ本当に1度頂点に立った彼女の存在感をもってはじめて飲み込めるというか、彼女ならばねじ伏せられても、ま、仕方ないかな、というか、それこそぽっと出の奴がいうと、虚しいことこの上ないのだが、ここではそんな女王サマな魅力が炸裂しまくっている。
それにしてもあくまでリズム重視でトラック重視でありながら、情感が立ち上がる安室奈美恵という歌手は、実に稀有な才能の持ち主である。 サビへと登りつめる展開を持たないミニマルな作りで、さらに歌詞はほとんど無意味に思えるものであるのに、何故か聴いていると一定の感情が、浮き上がってくる。 それはいわゆる洋楽的な魅力ともまた違い、またJ-POP的な魅力とも一線を画している。まさしく"Namie's Style"。 彼女の成果をリスナーの多くが認めたのか、右肩下がりだった売上もここで大きく伸ばして、まさしくこれからが楽しみな彼女といえる。9点。


cover
 PLAY  (07.06.27/第1位/51.4万枚) 

1. HIDE & SEEK  2. FULL MOON  3. CAN'T SLEEP, CAN'T EAT, I'M SICK  4. IT'S ALL ABOUT YOU  5. FUNKY TOWN  6. STEP WITH IT  7. HELLO  8. SHOULD I LOVE HIM ?  9. TOP SECRET  10. VIOLET SAUCE  11. BABY DON'T CRY  12. PINK KEY
 ついに1位獲得。確実に第二次全盛期が来ている。ジャケットが往年のジュリー、正確に言えば「憎みきれないろくでなし」の頃の彼のようであるのは、おそらく意図的だろうな。 タイガースの貴公子だった彼が、様々なスキャンダルで潜行していたのが、「勝手にしやがれ」をきっかけにドラマチックなシングルと過激なコスチューム、印象的な振りつけで再び王者に返り咲いたように、 彼女もまた再びその女王の椅子にたどりついた。その証のようなアルバムといえばいいだろう。
 聴衆のひと時の戯れ(PLAY)を主催する彼女、とにかく貫禄がある。そこにあるのは、ショービスの冷酷さとうらはらの華美。色でいえば、間違いなくゴールドだ。 豪腕でいてこますというよりも、合気道的に、気がつくとごろにゃんされてしまうのである。テクニシャンだなぁ。楽曲にも一切の隙がない。
 「BABY DON'T CRY」はダンスポップスを追及した彼女のはじめてものにすることのできたメッセージソングだろう。彼女が今まで歌ってきたメッセージソング(――らしいだけで特に意味のない)バラードとはまったくの別次元。言葉に、深い掴みがある。 日々を生きることの辛さ悲しみを感じさせながら、羽根のように軽やかなところに救いがある。それでも明日はやって来る。いつしか悲しみは薄れていく。それが私たちの最後に残された希望なのだ。名曲。9点。
(記・09.01.12)

cover
 BEST FICTION (08.07.30/第1位/154.9万枚) 

1.Do Me More  2.Wishing On The Same Star  3.shine more  4.Put 'Em Up  5.SO CRAZY  6.ALARM  7.ALL FOR YOU  8.GIRL TALK  9.WANT ME, WANT ME  10.White Light  11.CAN'T SLEEP, CAN'T EAT, I'M SICK  12.Baby Don't Cry  13.FUNKY TOWN  14.NEW LOOK  15.ROCK STEADY  16.WHAT A FEELING  17.Sexy Girl
 待ちかねたぞ、武蔵ッ。
 ついに来た。「shine more」以降の売上低下をものともせずマニアックなシングル切りまくり、その徹底した姿勢に再評価へと至った「安室・V字回復期」のシングルを完全収録した六年ぶりのベスト盤ですよ、ねぇさん。
 新曲二曲、アルバム未収録曲は三曲。両A面作品の二曲目がことごとくカットされたのがちょっとだけ残念だけれども、いやいや、マーベラスです。ああ、もうカッコいいなあ、ホント。踊りたくなっちゃうよ。これは売れるだろうなあ。盤全体からいい波が来ている感じがする。目指せ100万枚っっ。て、もう単純にファン視点です。――って、発売当日にこう書いたら、なんと年間第2位で150万枚弱というビッグヒットをたたき出してしまった。すっごいなぁ。全曲DVDつきという物凄いおまけの効果もあるんだろうけれども、いやはや。
 今の安室って、余分なものがなくって骨太なところがいいとわたしは思う。
 シンガーとしてパフォーマーとして、完全に割り切ったクールでスマートなショービズの世界。すべてがプロフェッショナルで、金額分楽しませてくれて、それ以上でもそれ以下でもない、あとはみなさんお好きにどうぞ、という感じ。今の彼女の存在は、聞き手におもねるように自己を切り売りする安っぽい"セルフプロデュース"が横溢しているJ-POP界への痛烈なカウンターなのだ。
 歌手は歌を歌っていればいいのだ。才能もないのに作詞したりブログで日常生活を垂れ流したり、ましてや服屋や海の家をはじめたり、ジュエリーをプロデュースしたり、そんな必要はまったくないのだっ。
 これからも彼女はあんまり余計なことせずにクールに楽曲だけでいてこましていただきたい。10点。
(記・08.08.03)

cover
 Past<Future  (09.12.16/第1位/57.0万枚) 

1. FAST CAR 2. COPY THAT 3. LOVE GAME 4. Bad Habit 5. Steal my Night 6. FIRST TIMER feat.DOBERMAN INC 7. WILD 8. Dr. 9. Shut Up 10. MY LOVE 11. The Meaning Of Us 12. Defend Love
 安室奈美恵 のニューアルバム「Past<Future」がアホみたいにカッコいいんですけど、なんなんですか、これは。
 SUITE CHIC以来、R&B・HIP HOPど真ん中で突き進んだ彼女だけれども、前ベスト盤「BEST FICTION」のビッグヒットを成果に、また少しハンドルを別の方向に切り始めたようで、それが今作ということなのだろう。ま、そのへんは「BEST FICTION」のジャケ写をびりびり破いている今回のジャケットを見れば一目瞭然か。
 音は、今までの世界観をベースに、テクノ/エロクトロ要素を加味、歌謡感も最近のアルバムでは一番あるかな。「SHUT UP」「Defend Love」あたりは初期の小室路線を今風にリファインされた感じもしたりするのだけれども、どうざんしょ。
 ぱっと聞いた印象としては最近のアルバムではいっちばん、ゴージャス。色で言えば、ギラギラと輝くゴールド。金かかってますぜー、という感じ。派手です。
 とはいえ下世話さは一切ない。マーケティングの答え合わせのように音源を制作するような退屈なやり口を一切拒否しているし、だからもちろんカラオケ需要をねらった甘ったるい曲は一切ない。
 あくまで、リズムコンシャス、トラックコンシャス。デビュー以来の「歌って踊ってカッコいい安室奈美恵」の32歳の今の本気が満ち満ちているのだ。
 しかも、今回シングルが「WILD/Dr」しか収録されていないというのもふるっている(――これ、70〜80年代のアルバムのつくりだよね。10〜12曲程度で、シングルは1〜2曲って。「小室ブーム」以来のシングルつめまくり、収録時間はCDリミットぎりぎりまで、のJ-POPアルバムのフォーマットをとうとう小室本陣だった彼女が捨てるというのもなかなか感慨深い)。
 カッコいい音楽、実験的な音楽を作れる人は他にもいるだろうけれども、芸能のもつ、グラマラスでありながらやばさの漂うあの不可思議な色気を保持したまま表現できる今の彼女は、とても稀有な存在だと思う。
 中森明菜の「Diva」の世界がもう少し、世間一般に受けいられていたら、今の安室のライバルたりえるのだけれどもなぁ――と明菜ファンのこれは蛇足。
 他にも、今の彼女に関しては、気になることがあるのだけれども、ともあれ。今日はここまで。
 もうひとつ蛇足で。個人的に、自作自演しない、いわゆる「歌謡曲」で「アイドル」のポジションだった彼女は、現在堂々と自我を確立し、ポプュラリティーを獲得したわけだけれども、そして今後どのように展開していくのか、それが物凄く気になる。
 今の彼女には、少なくとも日本には参考になる先達がいない。ファンに阿ることなく、自らの自意識に振り回されることなく、自己満足の自作や退屈なバラードに溺れず、「ポップアイコン」という名の「着せ替え人形」の役割を自覚し自らの表現へと組みこんでゆき、クールなショービジネスに徹する。その一方で大衆性のぎりぎりのラインでハイクオリティーの作品を作り出す。
 それは聖子の道でも百恵の道でも浜崎の道でもない。一番近いのがセルフプロデュース開始から自殺未遂を起こすまでの明菜だけれども、結局明菜はわずか数年で自意識に踏み潰されてしまったわけで、彼女の参考にはならない。
(記・09.12.21)


おまけ。シングルレビューを格納するところがないのでここに――。

cover ◆ Funky Town (07.04.04/第3位/5.4万枚)
1.Funky Town 2.DARLING
 もう、安室先生といいたい。悔しいほどにカッコいいなぁ。
 時代とシンクロしてしまった歌姫が、その時代の移り変わりとともに、その座を誰かに明け渡さなくてはならなくなった時、 大きな痛手を彼女たちはこうむることになる。
 明菜は自らの内肘を傷つけなければなかったし、聖子は今までのスタッフを切り捨て金髪に染めスキャンダル・タレントとならなければなかったし、 ピンクレディーのふたりは、ガラガラの後楽園球場で雨ざらしのラストライブを敢行し、晒し者にならなければならなかった。 宇多田と浜崎のふたりは、いままさしく、その座を明け渡すかどうか、という瀬戸際の真っ只中。女王の座を降りるとともに引退した山口百恵だけは、大きな痛手をこうむることなくサバイブした( ――そのかわりに永遠にゴシップジャーナリズムに追いかけられることになったわけだが )。  それらに比べて、本当に彼女は上手くシフトチェンジしたよなぁ。
 身内の悲劇はあったものの、パブリックイメージを損なう大きなスキャンダルを起こすこともなく、 音楽的にも小室哲哉の手を離れた一時退屈になったものの、SUITE CHICプロジェクトを経てすぐに復調。よりいっそうコアな世界を展開するようになって、で、新曲これだモノなぁ。
 今の彼女、トップ獲る必要性がない独自の立ち位置にいるくせして、セールス的に、一時期よりも随分いいところにいるっていうのが、はっきりいってズルい。 カラオケ需要の甘いラブバラードでヒット狙う必要もなく、どこまでも辛口でタイト、攻めの姿勢を崩さない。 その揺るぎなさが今や彼女の支持の大きな基盤になっているのじゃないかな。 トップの座を降りた歌姫のその後として、あまりにも理想的。  このまま安易な芸能臭を大衆臭を感じさせることなく、攻撃的に突っ走って欲しい。六月のアルバム「Play」もとっても楽しみ。
(記・07.05.29)
追記 2009.01.12
2005.10.31
アーティスト別マラソンレビューのインデックスに戻る